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第4章 ハゲネと錫製のスープスプーンセット

 次の行き先は、中世ヨーロッパだった。

「ハゲネ……確か、『ニーベルンゲンの歌』に出てくる騎士ですよね?」

 莉桜がモニターを見つめながら呟く。

「たしか、彼は忠誠心の厚い戦士だったはずだ……そんな相手にスープスプーンを売るって、難しそうだな」

 陽希は頭をかかえた。

「でも、やるしかないですね」

 莉桜が微笑む。

 二人は光に包まれ、次の時代へと飛んでいった――

 眩しい光が収まり、陽希と莉桜が目を開けると、目の前には広大な城塞がそびえていた。

  冬の冷たい風が吹き抜け、遠くには深い森が広がっている。

「……ここが、中世ヨーロッパか」

 陽希は周囲を見渡しながら、身震いした。

「寒いですね……」

 莉桜は腕を抱え、吐く息の白さを眺める。

 城の周辺には、甲冑を身にまとった兵士たちが忙しなく動き回っていた。

  鋭い槍を携えた見張りが門の前に立ち、通行人を厳しく監視している。

「完全に戦の空気だな……」

 陽希は緊張を覚えた。

「私たち、どうやってハゲネさんに会うんです?」

 莉桜が小声で尋ねる。

「うーん……たしか、ハゲネはブルグント王国の騎士で、王の側近だったはず。つまり、この城にいる可能性が高い」

「でも、普通に入れるんでしょうか?」

「いや……たぶん無理だな」

 陽希は腕を組み、しばらく考えた後、小さく頷いた。

「とりあえず、近くの村で情報を集めよう」

 莉桜も頷き、二人は城下町へと歩き出した。

 城下町の夜

 城のふもとに広がる村は、寒さに包まれながらも活気があった。

  石造りの家々からは、ほのかに暖かい光が漏れており、道端では商人たちが行き交っていた。

「思ったよりも人が多いですね」

 莉桜が驚いたように言う。

「冬の時期だからこそ、食糧や薪を求める人が集まるんだろうな」

 陽希は村の奥に目を向ける。

  ひときわ大きな建物――酒場らしき場所が目に入った。

「……あそこなら、何か情報が聞けるかもしれない」

 二人は酒場の重厚な木の扉を押し開いた。

 酒場の出会い

 中は賑やかだった。

  大きな暖炉が燃え、酔った男たちが陽気に歌を歌っている。

  奥のテーブルでは、いくつかの集団が酒を酌み交わしながら話し込んでいた。

「ようそこの二人、見慣れねぇ顔だな」

 カウンターにいた髭面の男が陽希たちを見て声をかける。

「旅の商人か?」

 陽希は少し考えた後、頷いた。

「ええ、遠い国から来ました」

「ほう、どんな品を売ってる?」

「これです」

 陽希は鞄から錫製のスープスプーンセットを取り出し、カウンターに置いた。

「スプーン……?」

 男は眉をひそめた。

「こんなもん、貴族くらいしか使わねぇぞ」

 陽希は微笑む。

「では、その貴族に売り込みたいんです。ハゲネという騎士を探しているのですが……」

 男の表情が少し変わった。

「ハゲネ? あんた、本気で言ってんのか?」

「はい。彼に会いたいんです」

 酒場の空気が、少しだけ張り詰めた。

「……ハゲネはブルグント王国の忠実な騎士だ。簡単に会えるような男じゃねぇ」

 男は低い声で言った。

「だが……運が良ければ、今夜ここに来るかもしれねぇ」

 陽希と莉桜は思わず顔を見合わせた。

(……チャンスか?)

「待たせてもらってもいいですか?」

 陽希が尋ねると、男はニヤリと笑った。

「もちろんだ。ただし、待つなら酒の一杯くらい頼んでもらうぜ」

「ええ、もちろん」

 陽希は苦笑しながら、銀貨を差し出した。

 二人は、酒場の片隅で待つことにした――

 暖炉の火がぱちぱちと音を立てる。酒場の喧騒は相変わらず続いていたが、陽希と莉桜は片隅の席に座り、慎重に周囲を観察していた。

「本当にハゲネさんが来るんでしょうか?」

 莉桜が低い声で囁く。

「わからない。でも、ここで待つしかないな」

 陽希は錫製のスープスプーンを手に取り、じっと眺めた。

  光を反射する錫の輝きが、炎のゆらめきに合わせて微かに揺れている。

(スープスプーンなんて、中世の騎士にとって本当に必要なものなのか……?)

 陽希は自問した。

  確かに、武器でもなければ防具でもない。戦いには直接役に立たない道具だ。

  だが、だからこそ、これをどう売り込むかが鍵だった。

「おい、新入りの商人」

 突然、低い声がかかった。

 陽希が顔を上げると、酒場の入口に立っていたのは、一人の男だった。

 身長は高く、分厚いマントを羽織っている。

  甲冑の一部がマントの隙間から覗き、腰には剣を帯びている。

 その顔には、深い皺と鋭い目つきが刻まれていた。

  長年戦場を生き抜いた者だけが持つ、独特の威圧感があった。

「……ハゲネか」

 陽希はすぐに悟った。

 酒場の男たちが、一斉に彼の方を見て、少しざわめいた。

「お前が俺を探していると聞いた」

 ハゲネは陽希を見下ろしながら言う。

 陽希はゆっくりと立ち上がり、慎重に言葉を選んだ。

「はい。私は商人です。あなたに、ぜひ見ていただきたい品があります」

「ほう?」

 ハゲネは微かに眉を上げた。

「俺に売るものがあるというのか。武具か? 防具か?」

「……いいえ」

 陽希は静かに首を振り、鞄からスープスプーンを取り出した。

「これは、スープスプーンです」

 酒場の男たちが、驚いたように顔を見合わせた。

「スープ……スプーン?」

 ハゲネの表情が、少し険しくなる。

「俺に、このようなものを売るつもりか?」

 その声には、わずかな苛立ちがにじんでいた。

 陽希はゆっくりと、深く息を吸った。

「はい。しかし、これは単なる食器ではありません」

 ハゲネは腕を組み、陽希を鋭く見据えた。

「……説明してみろ」

(ここが勝負だ)

 陽希はスプーンを握りしめ、真剣な眼差しでハゲネを見つめ返した。

「あなたは、忠義の騎士ですね」

 ハゲネの眉がわずかに動く。

「そうだ。俺はブルグント王家に命を捧げている」

「では、お聞きします。あなたが忠誠を誓う王や仲間が、戦の疲れを癒すとき、何を口にしますか?」

 ハゲネは沈黙した。

 酒場の空気が、一瞬だけ張り詰めた。

「戦場では、冷えたパンと、粗末な粥しかない。それが戦士の食事だ」

 ハゲネは低く答えた。

「だからこそ、このスープスプーンが必要なのです」

 陽希の声に力がこもる。

「戦い続ける者にとって、食事はただの栄養補給ではありません。心を休める時間でもある。温かいスープを飲むことで、冷えた体を癒し、次の戦いに備えることができる」

 ハゲネの視線が、ほんのわずかに揺れた。

「……それが、スプーンとどう関係する?」

 陽希は、スプーンをハゲネに差し出した。

「このスープスプーンは、特別な錫で作られています。冷たすぎず、熱すぎず、適度に温度を保つことができる。熱いスープをすくっても、火傷することなく口に運べるのです」

 ハゲネは、スプーンをじっと見つめた。

 その手がゆっくりと伸び、スプーンを受け取る。

 指で触れ、じっくりとその感触を確かめる。

「……なるほど」

 彼は低く呟いた。

「確かに、実用的だ」

 陽希は静かに頷いた。

「あなたが支える王や仲間が、疲れたとき、温かいスープを飲めば、少しでも力が湧くかもしれません。あなたが守る者たちにとって、これは“戦うための道具”になり得ます」

 ハゲネは沈黙したまま、スプーンを見つめていた。

 やがて、ゆっくりと息を吐く。

「……面白い」

 その口元に、わずかな笑みが浮かんだ。

「俺は武器しか知らぬ騎士だが……戦の外にも、戦を支える道具があるということか」

 彼はスプーンを握りしめ、陽希を見つめた。

「……いいだろう。これは、俺の忠誠を支える品となる」

 そう言って、彼は懐から銀貨を取り出した。

「これは、王のために使わせてもらう」

 陽希と莉桜は、ほっと安堵の息をついた。

 第4章 ハゲネと錫製のスープスプーンセット 終




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