第13章 ブラダマンテと釘
「次は……フランスの騎士?」
陽希はモニターを眺めながら呟く。
「ブラダマンテ……女性の騎士ですね」
莉桜が説明する。
「女性騎士に釘を売るのか……いや、戦場で使うものじゃないだけマシか?」
「でも、また戦場に行くことになりそうですね」
「……俺は平和な街で商売したいんだけどなぁ……」
陽希はため息をつきながら、次の時代へと向かった。
目を開けると、陽希と莉桜は湿った森の中に立っていた。高くそびえる木々が鬱蒼と茂り、霧が立ち込める。風が吹くたびに葉がざわめき、どこか不吉な気配が漂っている。陽希はあたりを見回しながら呟いた。
「……今回は静かだな」
「戦場に放り込まれなかったのは良かったですけど、どこにいるのかさっぱりですね」
莉桜も霧の向こうを見つめながら慎重に言った。
「ブラダマンテに会うには、まずこの森を抜ける必要があるみたいですね」
陽希は軽く伸びをしながら、前に進み始めた。
「まあ、騎士なんだから城か砦にいるんだろう。そこまで行けば……」
しかし、その言葉が終わる前に、足元に違和感を覚えた。
パキッ
枝を踏んだわけではない。何か固いものが靴の裏で砕けた感触がした。
「ん?」
陽希が足元を見下ろした瞬間――
ガシャーン!!
とてつもない音と共に、陽希の体が宙に舞った。
「うわああああ!!?」
「陽希さん!!?」
莉桜が驚く間もなく、陽希は網に絡め取られ、木の上に吊るされてしまった。
「ちょ、ちょっと! なんだこれ!? まさかの罠!?!?!?」
「大丈夫ですか!? どうやって降ろしましょうか!?」
莉桜があたふたする中、陽希は必死にもがくが、網は思った以上に頑丈だ。
「うおおおお……こ、こんなところで商人が無様に吊るされるとか……!」
しかし、その時、葉の間から何者かの気配が現れた。
「獲物がかかったようだな」
低い声が響き、森の奥から影がいくつも動き出した。
「……ちょっと待て、まさか……」
陽希が青ざめる間もなく、霧の中から姿を現したのは、剣や棍棒を手にした粗野な男たちだった。
「よそ者か。運が悪かったな」
「お前たち、何者だ?」
莉桜が鋭く問いかけると、男たちはにやりと笑った。
「この森は我々の縄張りだ。通るならば“通行料”を払ってもらおうか?」
陽希は木の上で思わず叫んだ。
「いやいや!! そもそもこの罠にかけたのお前らだろ!! 通行料って何!? まず俺を降ろせ!!」
男たちは笑いながら近づき、陽希の荷物を漁ろうとした。
「ほう、なかなかの品を持ってるな……これは高く売れそうだ」
「ちょっと! それ商売道具なんですけど!!」
莉桜は腰に手を当て、冷静に言った。
「私たちはただの商人です。あなたたちに敵意はありません」
「だったら素直に金を置いて行くんだな」
男たちは剣をチラつかせる。
陽希は網の中で身じろぎしながら、必死に考えた。
(くそっ、こんなところで強盗に捕まってたら、ブラダマンテどころじゃない! 何とかしないと……)
その時、彼は自分の鞄の中に釘があることを思い出した。
(……いや、まてよ? 釘……?)
「おい、お前ら!」
陽希は意を決して叫んだ。
「そんな安っぽい略奪で満足してるのか?」
男たちは怪訝な顔をする。
「何?」
「ただ荷物を奪うなんて、正直言って二流だな」
「……どういうことだ?」
陽希はニヤリと笑った。
「お前たち、この森に拠点があるんだろう? でも、雨が降ったり風が強くなったりすると、まともに住めないんじゃないか?」
男たちの表情が僅かに変わる。
「……確かに、最近の嵐で小屋の壁が崩れた」
「そこでだ!」
陽希は網の中から鞄を漁り、釘を取り出した。
「こいつを使えば、どんな木の板も強固に固定できる。お前たちの拠点を強化するのに役立つぞ!」
「……釘?」
「そう! ただの釘じゃない! 特製の“戦士仕様”の釘だ!!」
「……戦士仕様?」
「強風でも抜けにくい特別な形状! さらに、金属疲労を軽減する設計で、普通の釘より3倍長持ち!」
「……本当か?」
「もちろん!」
陽希は即答したが、内心は(いや、そんな特殊機能ないけど……)と冷や汗をかいていた。
「試してみろよ! これがあれば、お前たちはただの強盗じゃなく、“最強の要塞を持つ山賊”になれる!」
男たちは顔を見合わせた後、一人が試しに釘を受け取った。
「……おい、あの崩れた壁に打ってみるか?」
男たちは疑いながらも釘を持ち去り、しばらくすると戻ってきた。
「……おい、本当にすごいぞ! しっかり固定された!」
「だろう?」
陽希は誇らしげに笑った。
「ということで、俺を降ろしてくれる?」
男たちは少し考えた後、しぶしぶ網のロープを切った。
ドサッ!
「うわっ! 痛った……」
地面に転がった陽希はすぐに立ち上がり、埃を払った。
男たちは最後に一言、陽希を見つめながら言った。
「……お前、ただの商人じゃないな?」
「いや、ただの商人だけど?」
陽希は肩をすくめながら言った。
「まあ、また何かあったら相談してくれ」
男たちは去っていき、陽希と莉桜はようやく一息ついた。
「……なんで俺たち、毎回こんな遠回りしてるんだろう?」
「陽希さんがトラブルを引き寄せるからですよ」
「そんな才能いらない……」
陽希は頭を抱えながら、ようやく森を抜ける道を探し始めた。
ブラダマンテに会う道のりは、まだまだ遠い――
陽希と莉桜はようやく森を抜けたが、前方にはさらに厳しい難関が待ち受けていた。
目の前に広がるのは、巨大な石造りの城塞。分厚い城壁がそびえ立ち、巨大な門がぴたりと閉じられている。壁の上には武装した兵士たちが巡回しており、門の前には屈強な衛兵が二人、槍を構えて立っていた。
「……まさかの、入れないパターンか」
陽希はため息をついた。
「まあ、城なんだから当然ですけど」
莉桜も冷静に言う。
「でもどうします? ここを突破しないと、ブラダマンテには会えませんよ」
「突破って……俺たち、攻城戦しに来たわけじゃないぞ?」
「じゃあ、どうやって入るんですか?」
陽希は顎に手を当て、しばらく考えた。
(うーん……普通に商人として訪ねても、門前払いされるだろうな……)
その時、目の前を歩いていた農民の一団が、門番と何やら話し込んでいた。
「今日の食料の納品はこれで全部だ」
「よし、通れ」
「……あれだ!」
陽希の目が輝いた。
「どういうことです?」
「商人としてじゃなく、“食料の納品業者”として城に潜り込む!」
「ええっ!?」
莉桜が驚くのも無理はないが、陽希はすでに行動に移っていた。
農民の一団が城内へ入るタイミングを見計らい、彼らの荷馬車にさりげなく近づく。
「すみません、ちょっとお話いいですか?」
陽希は親しげな笑顔を作りながら、荷馬車を押していた老人に声をかけた。
「なんだね、旅の商人か?」
「ええ、実はうちの商品、釘なんです」
「釘?」
老人は眉をひそめた。
「城の中にはもう十分な釘があるぞ?」
「いえいえ、ただの釘じゃありません。“特別な釘”です!」
「……特別?」
陽希はポケットから数本の釘を取り出し、老人の目の前で見せた。
「この釘は、湿気に強くて錆びにくいんです! さらに、どんな木材にも簡単に打ち込めて、驚くほど丈夫!」
「本当か?」
「もちろん! それに、今ちょうど食料の補給で荷物を運び込んでるじゃないですか? 城内の補修や修繕作業にぴったりですよ!」
「ふむ……」
老人は少し考え込んだが、やがてうなずいた。
「まあ、試してみる価値はあるな。よし、お前らの分も積んでやる」
「ありがとうございます!」
こうして、陽希と莉桜は食料を運ぶ一団に紛れ込み、無事に城門を通過することに成功した。
城内に潜入、そして――
城の中は、騎士たちの訓練場や厩舎があり、活気に満ちていた。金属のぶつかる音や掛け声が響き、屈強な戦士たちが行き交っている。
「すごい……本当に戦士たちの城ですね」
莉桜が感嘆の声を上げる。
「さて、ここからどうやってブラダマンテを探すかだな……」
陽希は周囲を見渡しながら、さらに奥へと進んでいく。
すると、突然――
「おい、そこのお前!」
鋭い声が響き、二人は思わず足を止めた。
振り向くと、そこには一人の女性騎士が立っていた。
長い金髪を背に流し、鋭い眼差しでこちらを見据えている。鎧は美しく整えられ、肩に羽織ったマントが風になびいている。
彼女の威風堂々とした姿に、陽希は直感した。
(間違いない……こいつが、ブラダマンテだ!)
「貴様ら、見慣れぬ顔だな。何者だ?」
「ええっと……!」
陽希は一瞬焦ったが、すぐに営業スマイルを作り、鞄から釘を取り出した。
「私たちは商人です! 素晴らしい品を持ってきました!」
ブラダマンテは釘をじっと見つめた後、静かに言った。
「……釘?」
「そう! ただの釘じゃない! 戦場仕様の“騎士専用”の釘です!!」
ブラダマンテはじっと陽希を見つめる。
「……ふざけているのか?」
「え?」
「私は、戦場で剣を振るい、祖国を守るために戦っている。お前は私に“釘”を売ろうというのか?」
(うわ、完全にご立腹モード!!)
陽希は内心で冷や汗をかきつつも、ここで引くわけにはいかない。
「おっしゃる通りです! でも考えてみてください! どんなに強い剣士でも、城壁が崩れたら戦えませんよね?」
「……まあ、それはそうだが」
「つまり、この釘があれば、戦士たちがより強く戦える環境を作れるのです!」
「……まだ納得できぬ」
(くっ……やっぱり簡単にはいかないか!)
陽希はさらに続ける。
「それに、戦場では馬の蹄鉄を打ち直したり、陣幕を補強することもありますよね? その時に、普通の釘では役に立たない! でもこの釘なら……!」
ブラダマンテは少しだけ考え込んだ様子だったが、やがて静かに言った。
「……試してみる価値はあるな」
「よし!」
「だが、一つ条件がある」
「えっ?」
「お前自身が、この釘の有用性を証明するのだ」
「……どうやって?」
ブラダマンテは不敵な笑みを浮かべ、陽希に木槌を差し出した。
「この釘を使い、実際に我が城の修繕を手伝え。それができたなら、認めてやろう」
陽希:「えぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
莉桜:「がんばってください♪」
陽希の運命やいかに――!?
陽希は木槌を手にしながら、城の修繕現場に連れてこられていた。
大理石の壁にはヒビが入り、一部は崩れかけている。そこに陽希が売ろうとしている“戦士仕様の釘”を実際に打ち込み、強度を証明しろというのだ。
「……いや、ちょっと待って。俺、商人なんですけど?」
「商人ならば、己の品の価値を証明することもできるはずだ」
ブラダマンテは腕を組み、鋭い目で陽希を見下ろしている。
(いやいや、普通、商人は売った後に職人が施工するでしょ!? なんで俺が!?)
陽希は心の中で叫んだが、目の前の女性騎士は一歩も引かない。
(くそ……これ、うまくやらないとマジで売れないパターンだ!)
陽希は大きく深呼吸し、覚悟を決めた。
「……やります! でも、この釘のすごさを見たら、絶対に買ってもらいますからね!」
「ほう、言うではないか」
ブラダマンテは微かに笑いながら頷いた。
「では、やってみせよ」
陽希は釘を取り出し、木槌を振り上げた。
(やるしかねえ! これが俺の“商人の誇り”だ!)
思い切りドンッ!!と叩くと――
カンッ!!!
見事に釘が石壁に深く打ち込まれた。
「……お?」
ブラダマンテが驚き、周囲の騎士たちも「おお!」とどよめく。
「すごい! 本当に硬い壁にも刺さるぞ!」
「おい、もう一本打ってみろ!」
「よし、今度はここだ!」
陽希はまさかの展開に焦りながらも、次々と釘を打ち込んでいった。
(やべぇ、これ……普通に大工になってるぞ!? 俺、商人のはずじゃなかったっけ!?)
莉桜は少し離れたところでニコニコしながら応援していた。
「陽希さん、すごいです! まるで職人みたいですよ!」
「……おい、それ褒めてる?」
「ええ、とても♪」
「いや、商人として褒めてほしいんだけど!?」
しかし、陽希の手際の良さ(というか必死の努力)により、城の修繕は予想以上にスムーズに進んでいた。
「これは……思ったより使えるぞ!」
「こんなに簡単に修繕できるなら、戦場でも役に立つかもしれんな」
騎士たちは興奮しながら釘の強度を確かめていた。
(よし、これは……いける!!)
陽希は自信を取り戻し、ブラダマンテの方を向いた。
「どうです!? これだけ頑丈で使いやすい釘、買わない理由はありませんよね!?」
ブラダマンテは腕を組み、じっと陽希を見つめる。
(頼む……ここまでやったんだから、もう売れてくれ……!)
そして――
「……うむ」
ブラダマンテはゆっくりと頷いた。
「認めよう。この釘は確かに戦場でも有用だ」
「やった……!」
「よって、軍の補修用に大量に買い上げる!」
「よっしゃあああ!!!」
陽希は両手を突き上げ、勝利のガッツポーズを決めた。
「……なかなか面白い商人だな」
ブラダマンテはクスリと笑い、銀貨を差し出す。
陽希はそれを受け取りながら、(やっと報われた……)と心の中で涙を流していた。
しかし――
「さて、これだけの釘を買うことになったのだ。お前もこの城の修繕を手伝ってもらうぞ」
「……はい?」
「当然だろう? 売った以上、お前がしっかりと使い方を指南せねばなるまい」
「いやいやいや!! 俺は職人じゃなくて商人です!!」
「それは関係ない。良い品を売る者は、良い使い方を示すべきだろう?」
「ええええええ!?!?!?」
こうして陽希は、釘の商談には成功したものの、しばらくの間“ブラダマンテ軍の臨時大工”として働かされることになったのだった――
第13章 ブラダマンテと釘 終




