下校時の雑談
1.
「ほっしー、今日一緒に帰れる?」
「今日は部活もないからいけるよー」
今話している二人は、真由華ちゃんと美星ちゃんです。
二人は仲良しでいつも一緒にいます。お互いに「ほっしー」「まゆちゃん」と呼び合う仲です。
帰り道で二人のする話をちょっと聞いてみましょう。
2.
「ねえねえ知ってる? 三ヶ月後に明らかになる大物YouTuberなんだけど、実は……」
「なになに?」
二人は噂話をするのが好きです。と言っても、その九割は真由華ちゃんです。
彼女はどこから仕入れてくるのか、日ごとに新しい噂話をたくさんします。
「まゆちゃんの話はいつも面白いね」
「え? それで褒めてるつもりなのだとしたら、ちょっと足らないかな」
しかし、どこかマイペースな彼女の話をちゃんと聞いてくれるのは美星ちゃんだけでした。
「じゃあ、ほっしーにクイズ出します!」
「お、おー」
そうすると、真由華ちゃんは人差し指を鼻に当てて「しーっ」としました。
「――これは、私の伯父さんのお話」
「クイズ?」
「――お墓参りの帰り道、行きと同じ道を戻ってきたはずなのに……なぜか、伯父さんは道に迷ってしまったのです」
長い沈黙。
「――どうしてでしょうか?」
クイズでした。
「その人がボケてたから」
「ぶー」
「行きが道なき道だったから」
「ぶっぶー」
「なんかヒントちょうだい」
「それではヒントです。【道に迷う】を英語にしてみたら?」
「なぞなぞなのこれ?」
「とにかくやってみてよ」
「うーん、【ロスト】とかじゃない?」
「いいね! もっと区切るように、繰り返し発音してみて」
「ロ・ス・ト・ロ・ス・ト・ロ・ス・ト……」
「わかったでしょ?」
「わかんないよ。全然わかんない。むしろ私の方が迷っちゃったよ」
「ピンポーン! つまりはそれが答えなんだよ」
「いや、わかんないんだけど、説明……」
心底楽しそうな真由華ちゃんと困り顔の美星ちゃん。
3.
「下校途中、うるさい蝉の声が聞こえなくなった日の話しようか」
「答え教えてよ。道に迷ってしまったのはなんでなの?」
「そう、あの出来事は二年前の冬のことでした――」
「置いてかないでよ。わかんないって」
「半年前まではあれほどうるさかった蝉が、なぜか聞こえなくなっていたのです――」
「そりゃそうだよ、冬だもん」
「どうしてこうなってしまったのでしょうか――」
「冬だからじゃないの?」
「そう思いながら、防護服を着た私は、核に汚染された惑星を散歩するのです――」
「ええっ!? ナニソレ聞いてないよ、そんな話!」
「あっ、ほっしー生きてる! 確か、三年前の最終戦争でチャコペンを残して滅したはずなのに――」
「あたし、まゆちゃんのことがわかんないよ」
楽しそうな光景が広がっていますね。
どういうことかと思われたかもしれませんが、これが彼女らの平常運転です。
4.
「最近、ほっしーと帰れなくて寂しいよ」
「そんな風にはまったく見えないけど」
「言ったね? 煽り耐性なしの私に」
「他人には散々煽るのに?」
「こうなったら、ほっしーの部活スペースに噂ばらまいてやる」
「どんなの」
「美星ちゃんの幼稚園の頃からの親友が――実はメチャクチャ寂しがってるって」
「それ噂じゃなくて、事実じゃない?」
「親友ってことは認めてくれるの!?」
「んー。このまま、まゆちゃんの家に行ってもいい?」
「いいよ。ママにLINEで伝えとく」
これは意外な展開となりました。
今までの二人は道の途中で別れていたからです。
これがはじめてだというのに、お互いにまったくためらいが感じられませんね。
友情がしっかりしている。
更に彼女達を追ってみましょう。
5.
しばらく進むと、とある交差点に行き着きました。
横断しようと美星ちゃんが歩こうとしたところで突然、真由華ちゃんが手で制止しました。
驚いた様子の美星ちゃんをよそに、真由華ちゃんは人差し指を鼻に当てて「しーっ」としました。
「これはまじで怖い噂だから、覚悟してほしいかな」
「本当? 今までそうやってくだらない話してたじゃん」
「くだらなくなんかないよ。ただ私たちがオトナになってしまっただけ」
「うん、中学生だよ」
「冷たいなあ。しかし、その冷たさにも勝る話を――あなたに」
「時たま、まゆちゃんの友達から赤の他人になりたくなるんだよなあ」
「それは三年前の夏休みのこと――」
「まだ蝉がうるさく鳴いてた頃ね」
「なんの話?」
「なんでもないよ」
「……まあいいや。ある大学生が久しぶりに田舎のおばあちゃんの家に帰省してたんだって」
「うん」
「おばあちゃんや田舎の人達は孫娘のために、色々もてなしてくれたんだってさ。二泊三日だったらしいんだけど、夢のようだったみたい。それで二日目も贅沢な夕飯を食べて、いよいよ後は寝て帰るだけってなった」
「うん」
「食べ終わった彼女は気まぐれに外を歩いてみることにしたんだ。偶然人もいなくて家からも抜け出せた。それでしばらく歩くとね、交差点があったの。ちょうどここみたいな――ね」
いつもと違う展開。
美星ちゃんも流石にちょっと怖くなってきたようです。
「昔の記憶だとこんな場所はなかったはずだけどなあ、と思いつつ渡ろうとした彼女ですが、そのときスマートフォンが鳴りました。それは非通知でした。無視した方がいいと思った彼女でしたが、出ました」
「なんで出たの?」
「そうしないと話にならないからじゃない?」
「話にならない」
「『どなたでしょうか』
『母です! あんた! 一体どこにいるの!?』
『……え、祖母のところ……』
『何言ってんの? あんたのおばあちゃんは――三年前に亡くなってるじゃないの!』」
ひっ、という声が美星ちゃんから洩れました。
真由華ちゃんはその様子をじいっと見ました。
「『とにかく、さっさと戻って来なさい!』
『……えっと、その……』
『悩んでない! 手遅れになってもいいの!?』
『ごめんなさい、ひとつだけ訊いてもいいですか――』」
迫真の演技。
そして一言。
「『あなたは誰ですか?』」
「……どういうこと?」
「えっとだからね、実はおばあちゃんは死んでなくて、母の方がニセモノだったってそういうやつ」
「ふーん」
「なんだよお、途中まで怖がってたくせに」
「だって結局はいたずら電話されてたって話なんでしょ」
「うーん、まあ、この交差点でおじさんが死んで以来、一帯をうろついてるみたいだけどね」
「しれっと怖いフレーズ出さないで」
怖いなあ。
6.
「そういえば、私達って幼稚園からの付き合いなのに、その時の記憶がないよね」
「うーん、あたしも覚えてない。アルバムでは一緒にいるから、間違いないんだろうけど」
「嫌な記憶を無意識に消しているのかも。ほら、ほっしーって薄情者だから」
「あたしって薄情者なの?」
「小学二年の遠足で、私が弁当を忘れた時――みんなそれなりに恵んでくれた。でも、栄えあるトリになったほっしーは私に何を渡した?」
「え……あー、覚えてない」
「エビフライの尻尾だよ! 親友のピンチにこの仕打ち! さて、薄情以外の何が当てはまるのか!」
「思い出した。まゆちゃんが色んな人からタカろうとしたアレね」
「タカろうとした!?」
「いや、バリバリ断られてたじゃん。先生だけだったよ、まゆちゃんに渡してたの」
「そうだっけ?」
「まゆちゃんって普段の振る舞いの割には、泣くときは静かにこらえるタイプだから、あたしが見かねて渡したわけ」
「それが尻尾だったと?」
「うん」
見つめ合う二人。
「ありがとね」と言いながら、真由華ちゃんは美星ちゃんに強めの肩パンをしました。
気づけば、真由華ちゃんの家の前です。小さいですが鳥居が見えますね。
そのせいか、どんよりとした空気です。大丈夫なのでしょうか。
7.
「――これはそんな遠足の帰りでの噂話」
そう言うと、真由華ちゃんは人差し指を鼻に当てて「しーっ」としました。
今はそのポーズがお気に入りなんだね。
「ある女の子が自宅で宿題をしていました。その宿題はとても量が多い上に難しいものばかりでした。授業をちゃんと聞いていれば簡単だよと、ある親友は言うのですが、そんなのは知ったことではありません」
噂話でしょうか?
「ある時、彼女は遂に限界を迎えます。『帰りたい……』と呟いたのです」
よくありますね。
「しかし、彼女の後ろから『帰り道なんてないよ』と言う声が聞こえます」
そりゃ家ですからね。
「その声はある親友――その子は普段はとても薄情なのですが――のものでした」
根にもつタイプなんですね。
というより、二人で家にいたことがあったんですね。
「『だから一緒に行こうよ』とその子は言ってくれました」
仲睦まじいですね。
「こうして二人で勉強をした結果、無事に終わりました。その時の思い出は彼女の中にずっと残り続けました」
ずっと見ていたいですね。
「さて、ここでクイズです」
クイズ?
「ほっしーの後ろにいる――あなたは誰?」
ちぇっ、見える子だったのか。残念。