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09:あなたのための子守唄(2)

「なら、アルルとセレン王子はどういう関係なの? そもそもどうやって知り合ったの? かたや森で暮らす魔物。かたや王宮で暮らす王子様。接点なんてまるでないはずなのに、無関係ではない……? わからない。謎は深まるばかりだわ」

 頭を抱えていると、視線を感じた。

 手を下ろせば、アルルは変わらずリナリアを見ている。


(……そうよね。いくら考えてもわからないものはわからないのだし、深く考えるのはやめましょう。聞きたいことはこれだけだわ)


「セレン王子は、あなたにとって大事な人?」


 リナリアの問いにアルルはぴくりと片耳を動かして、頷いた。


「そうなのね……カミラさんは『セレン王子は無事だ』と言っていた。あの言い方は、まるで王宮か、彼自身に何か異変があったかのようだった。でも、王宮で大事件があったなんて話は聞いてないわ。大事件があったなら王子妃選考会なんて開いている場合じゃないわよね?」


(そういえば、王子妃はデイジー様に決まったらしいわね)


 王都を歩いている間に、市場にいた商人から噂を聞いた。

 第二王子ウィルフレッドと公爵令嬢デイジー・フォニスが婚約したと。


(デイジー様は歌がお上手なのはもちろん、人格的にも本当に優しくて素晴らしいお方だったから、彼女に決まって嬉しいわ。国王はセレン様とウィルフレッド様、どちらを王太子に選ばれるのかしら)


「セレン王子は生まれつき病弱だと聞くわ。ここ最近、具合が悪かった? 病状が回復したから、もう大丈夫、セレン王子は無事だ、と言ったの?」

 考えをそのまま言葉に出してみるが、アルルは俯き加減に動かない。


「アルル、大丈夫よ。私には何がなんだかよくわからないけれど、とにかくセレン王子は無事だったのでしょう? だから大丈夫」

 椅子から降りてアルルの頭を撫でたが、アルルは何か考え込んでいるようだった。




 心ここにあらず。

 夜が更けてもアルルはそんな調子だった。

 ベッドの上でうずくまり、どこでもない一点を見ている。


「アルル。今日は疲れたでしょう? もう寝ましょう。明日は早いのよ。陽が上ると同時に王都を経ち、昼にはミストロークに着く予定なの。ほら、おいで。明日に備えて寝ましょう?」

 掛布を軽く持ち上げると、アルルは素直に潜り込んできた。


「良い子」

 微笑んで手を下ろす。


 共に旅を始めた当初、何故かアルルは頑なに同じベッドに入ることを拒んだ。


 三日が経過した夜、痺れを切らしたリナリアは「アルルがベッドで寝ないなら私も床で寝るわ!」と宣言した。アルルはその日からようやく一緒に寝てくれるようになったのだ。


 明かりを消した部屋の中、リナリアは無言でアルルを見つめた。

 呼吸の度にアルルの身体は僅かに上下している。

 この小さな生き物はいま何を考えているのだろう。


(おかしいかしら。アルルは魔物なのに、私はアルルが何を考えているのか知りたいと思ってる。落ち込んでいるのなら励ましたいし、悩んでいるなら解決策を一緒に考えたい。ねえ、アルル。セレン王子はあなたにとってどんな人なの? あなたにその耳飾りを贈ったのは誰? それとも、その耳飾りはただ森で拾っただけなの?……)


 仮に声に出して疑問をぶつけたところで、アルルが返事をすることはない。


 声帯そのものがないのか、それとも声を出せない要因があるのか、これまでアルルは鳴き声一つあげたことがなかった。


 アルルが人語を理解しているとわかってから、リナリアはアルルに文字を教えようとした。

 言葉が喋れないのなら文字を使えば意思疎通が図れるのではないか。そう期待して、リナリアは簡単な文字を地面に書き、アルルに真似るよう頼んでみた。


 しかし、アルルは文字が書けなかった。

 書こうとした途端に、何故か不自然に固まってしまう。

 何度試しても結果は同じで、そのうちリナリアは諦めた。


(声を出せないことといい、文字が書けないことといい――まるで誰かに意思伝達を阻害する呪いでもかけられているかのようだわ)


「アルルが喋れたらいいのに」

 気づいたら呟いていた。


 リナリアの小さな呟きに反応して、アルルの長い耳が動いた。

 うずくまっていたアルルが起き上がる。


「あ、ごめんなさい。独り言。寝ていいのよ」

 慌てて言うと、アルルは身体を横たえた。

 ただし、眠ろうとはしない。

 至近距離から青い目でじっとリナリアを見ている。


「眠れないの? それとも何かに悩んでるの? だとしたら、それはやっぱりセレン王子のこと?」

 喋れないアルルはただリナリアを見つめているだけ。


「……大丈夫。大丈夫よ。きっと全て上手くいくわ」

 なんの根拠もないけれど、とにかく元気を出してほしくて、リナリアはアルルの頭を撫でた。


「セレン王子は無事だし、私もアルルも無事。明日もきっと大丈夫。ね? そうでしょう?」

 アルルは目を開けたまま、彫像のように動かない。

 無音の時間だけが過ぎていく。


(そうだ)

 思いついた。いま自分がアルルのためにできること。唯一、人に誇れる特技。


「~♪」

 心を落ち着けて、出来る限り優しい声で、リナリアは歌い始めた。


 ――愛しい我が子よ、瞼を閉じて、おやすみなさい。明日があなたにとって素晴らしい一日になりますように。


 それはフルーベル王国に広く知られた子守歌。

 リナリアが幼い頃、孤児院の先生が歌ってくれた歌だった。


(……あら?)

 歌っている途中で気づいた。

 いつの間にか、アルルはぐっすり寝入っている。


(これは予想外だわ。こんなに早く眠ってくれるなんて……まだ歌い始めて一分も経ってないわよね?)


 ともあれ、眠ってくれたのは良いことだ。


(やっぱり疲れてたのね。おやすみなさい。良い夢を)

 静かに寝息を立てているアルルにそっと掛布をかけ、リナリアは目を閉じた。

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