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花冠の聖女は王子に愛を歌う  作者: 星名柚花


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45/55

45:妻だなんてそんな!

「あー、疲れた」

 午後十時過ぎ。《百花の宮》の居間にて。


 王宮から帰ってきてすぐにイスカは人払いを済ませ、《変声器》を外してリナリアの隣に座った。

 向かいのソファに座ったイザークも疲れ切ったような顔をしている。


「やっぱり、怒られてしまいましたか」

 リナリアは予め侍女が用意してくれていたティーポットを取り上げ、注いだ紅茶を二人に配った。


「ああ。いくら陛下のお許しが出たとはいえ、あの茶番劇はどういうことだ、王太子を毒殺するなど洒落にならないだろうと、ネチネチした意地の悪い説教をたっぷり一時間は食らった」

 紅茶を飲みながら、イスカは渋い顔をした。


「お疲れ様でした……イスカ様だって好きでやったわけではありませんよね。全てはデイジーを盲信していたウィルフレッド様のためにやったことなのに」


 クロエから話を聞いた後、イスカは秘密裏にウィルフレッドを呼び出して伝えた。デイジーはこれこれこういう人間だから、愛するに値しない、と。


 すると、ウィルフレッドは怒った。

 デイジーは誰よりも美しく、誰よりも優しく、慈愛に満ちた素晴らしい女性だ。

 そもそも、いまの話を聞く限り、犯罪を犯したのは彼女の周りの人間であって、彼女は何もしていないではないか。


 過去の罪を暴かれ、牢に入れられた犯罪者たちと同じように、ウィルフレッドはデイジーを信じていた。それについては何も言えない。リナリアだって、デイジーは人格者であると信じ切ってしまっていたのだから。


 多くの人間を振り回し、過ちを犯させ、人一人を間接的に殺しておいて、デイジーはこれからものうのうと王宮で暮らし、半年後にはウィルフレッドの妃となる。


 デイジーが王妃になれば、国民にとってもウィルフレッドにとっても不幸だ。

 デイジーがセレンの義理の妹になるなど許しがたい。


 そこでイスカは国王に直談判し、ひと芝居打つことにした。

 大貴族たちを巻き込んだ計画は大成功だった。デイジーの本性を知ったウィルフレッドはデイジーを見限り、婚約破棄を申し出た。


 ウィルフレッドは「目を覚ませてくれてありがとう。兄上は僕の恩人だ」とイスカに礼を述べたらしい。


 疑いの晴れたロアンヌは自由の身となり、婚約破棄されたデイジーは王宮からの速やかな退去を命じられた。


 これからアーカムは針の筵に座るような地獄を味わうことになるだろう。

 何しろあれだけの目撃者がいるのだ。しかも目撃者の半数以上が力ある大貴族たち。醜聞はあっという間に広がり、フォニス家は爪弾きにされ、社交界での居場所を失うのが目に見えている。


「まあウィルフレッドのためでもあったけどさ。自分のためでもあるよ。真の黒幕が無罪じゃ腹の虫がおさまらねえよ。アンバーがいなきゃ、おれはお前を失っていたかもしれなかったんだぞ?」

 イスカはティーカップを置いて手を伸ばし、リナリアの頬に触れた。どきりと胸が鳴る。


「そ、そうですね。アンバーには感謝しないといけませんね」

「……。俺は退室したほうが良いでしょうかね? 俺も結構、いや、父上に負けないくらい滅茶苦茶頑張ったんですけどね。ねぎらいの言葉一つなしですか、そうですか……」

 はっとして前を見れば、イザークは半眼になっている。


「悪い。イザークには本当に世話になった。おれのために奔走してくれてありがとう」

 イスカは姿勢を正して頭を下げた。


「はい。いましがた存在を綺麗さっぱり忘れ去られていたことは水に流します」

「ありがとうございました、イザーク様。イスカ様を守り、支えてくださって」

 リナリアもまた頭を下げると、イザークは小さな笑い声をあげた。


「リナリアはイスカ様の妻みたいだな。結婚してないのが不思議なくらいだ」

「妻だなんて、そそんな、イザーク様! 気が早いですよ!」

 顔を真っ赤にして首と両手を振る。

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