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花冠の聖女は王子に愛を歌う  作者: 星名柚花


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43/55

43:真の悪人

 クロエの発言に貴族たちがどよめいた。

 あの侍女はいま何と言った。どういうことだ。


「いきなり現れたと思ったら、何を言い出すの? 私にはあなたが何を言っているのかわからないわ」

 デイジーは困惑顔のまま首を傾げた。形の良い耳に下げた涙滴型の耳飾りが陽光を反射してきらりと輝く。


「ウィルフレッド様の妃選考会で……リナリア様に毒を飲ませたのもあなたですね……実行犯はあの日会場で紅茶を配った侍女のシーラでしたが……シーラはあなたのために毒を盛ったのです」


「まあ、そうだったの? 知らなかったわ。シーラったら、私は毒を盛れだなんて、そんな恐ろしいことは一言も言ってないのに……ごめんなさいね、リナリア。《《知人が一人で勝手に》》暴走したことを謝るわ。でも、彼女はあの後、きちんと捕まって罰を受けたから。どうか許してあげてちょうだい」


 あくまでも自分は関係ないというスタンスを貫きながら、悲しそうに目を伏せるデイジー。


 リナリアは何も答えなかった。

 自分は全く悪くない。本気でそう思っている相手に形だけ謝られても空しいだけだ。


「セレン様の薬を絶ったり……腕の立つ騎士に襲わせたのは……亡くなってもらったほうが都合が良いからです。この国にいる王子は二人……セレン様がいなくなれば……必然的に、ウィルフレッド様が王太子となる」


「もう。怖いことを言わないでったら。セレン様の薬を絶つ? 襲わせる? 一体何のことなの? さっきからクロエが何を言っているのか、さっぱりわからない」

 デイジーはとぼけているが、しかし、クロエの表情は冷ややかだった。


「わからない、では済まないのですよ……メノンは死んだのです。あなたを愛し、焦がれ……あなたに一秒でも長く微笑んでほしくて……恋の奴隷となって死んだのに……このままではあまりにも彼が報われません……彼の友人として、私はあなたを糾弾します、デイジー様」

「糾弾ですって? 私は何もしていないのに? 私に一体どんな罪があると言うの?」

 駄々をこねる幼児を眺める母親のように、デイジーは微苦笑を浮かべた。


「王妃となれと……幼少から父親に強要されたせいでしょうが……あなたは『誰よりも美しく光り輝き、誰よりも愛されたい』という強烈な願望を抱いている……そうでなければ自分には価値がないと思っている節すらあります。あなたは《光の樹》を蘇らせた聖女として……リナリア様が自分よりも注目されることが許せなかった。他人は常に自分だけを見つめ、自分だけを賛美し、自分を気持ち良くさせてくれる存在でなければならないのに……誰もが自分ではなくリナリア様を褒め称える……その状況に我慢ならなかった。万人に恵みをもたらす《光の樹》も聖女も……あなたにとっては不要どころか害悪です。そこで、あなたは金に困っている庭師に《光の樹》の芽を摘ませ、メノンにリナリア様を殺害させようとした……それが事件の真相です」

 いつの間にか、中庭は水を打ったように静かになっていた。


 この先|《光の樹》が生み出すであろう莫大な富も国益も興味がない。

 魔法が使えなくなろうが神の怒りを買おうがどうでも良い。

 誰が困ろうと嘆こうと知ったことではない。


 デイジーはただ注目されたいという、ごく個人的な理由で国の宝である《光の樹》と聖女を排除しようとした。


 あまりにも異様な話に、全員が言葉を失って立ち尽くす。


《光の樹》の喪失により問題が生じた場合は誰かが何とかしてくれる――デイジーはそう信じているのだろう。何故なら困ったときには誰かが助けてくれる、それがデイジーの『当たり前』であり、『日常』なのだから。


(たとえ、生じた問題が人の手に負えないものであっても、デイジー様にとっては心底どうでも良いことなのでしょうね。もし《予言の聖女》の予言通りにフルーベル王国が滅びるなら他の国に行けば良い。『次』の場所で新たに信奉者を増やし、己が望む理想の楽園を築けば良いと思っているに違いないわ)


 デイジーは王妃になることを望んでいるが、王であれば相手は誰であろうと構わないのだろう。


 彼女には愛国心がない。

 他人に対する敬意も思いやりもない。


 彼女に在るのは強烈な自己愛と承認欲求と虚栄心。ただそれだけだ。


「……クロエ、一つ聞く。メノンの遺書に書かれていた『王妃殿下』というのはなんだったのだ? ロアンヌのことではなかったのか?」

 テオドシウスが眉間に深い縦皺を刻んで聞いた。


「はい、第二王妃ロアンヌ様のことではありません……デイジー様のことです。あの遺書には『未来の』という肝心な言葉が抜けておりました。デイジー様の存在を仄めかしては迷惑がかかる……それを厭い、わざと言葉を省き、罪をロアンヌ様に着せようとしたのでしょう……」


「だから、私は本当に何も知らないのよ? メノンが勝手に行動しただけなの。そんなのにこんなことになって……良い迷惑だわ」

 デイジーは額を押さえてため息をついた。


「大体、メノンがどんな遺書を残そうとどうでも良いでしょう? 彼は卑しい平民だもの。平民とは、貴族のために奉仕する働きアリ。つまり、《《人ではないのだから》》」

 問題発言に貴族たちがどよめき、それを見てデイジーはまた困った顔をした。


「ねえお父さま。どうしてみんな怒っているのかしら。平民とは私たち貴族のために存在する生贄であり道具。人ではないとお父さまは常々仰っていたのに――」

「黙れ!! それ以上喋るな!! 何ということをしたのだ、お前は!!」

 真っ青な顔でアーカムが叫ぶ。


(ああ。デイジー様が歪んでしまったのはアーカムのせいなのね)


 そういう意味では、真の黒幕はアーカムなのだろう。


 男の――王子の心を掴めるよう、誰よりも美しくなれ。誰よりも愛される娘になれ。

 私はお前を王妃とするために育てているのだ。

 王妃になれなければお前に価値はない。


 幼少から脳にそう刷り込まれ、間違った教育を施された結果、デイジーの性根はすっかり歪み、ねじ曲がってしまった。

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