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13:魔物と薔薇庭園

 夕刻を過ぎた頃、出かけていた公爵夫人ヴィネッタ・バークレインが馬車に乗って帰宅した。


 赤い髪に真紅の目をした美女は宮廷魔導師団長である夫ジョシュアと至急連絡を取り、解呪魔法の専門家を探すと言ってくれた。


 さらに、イスカの呪いが解けるまでリナリアがこの屋敷に滞在することを許してくれた。


「エルザから話は聞いています。あなたは王子妃選考会で緊張のあまり嘔吐してしまったエルザを庇い、バークレインの名誉を守ってくれた恩人。無事イスカ様の呪いが解けた後、働き口を探すのならば力になりましょう」

「なんならこの屋敷で侍女として働いても良くってよ? 待遇は保証するわ」

 微笑むヴィネッタとエルザに、リナリアは深く頭を下げたのだった。




 居間でヴィネッタたちと話し込んでいる間に夜も更けた。

 リナリアは自分にあてがわれた二階の客室で眠る努力をしたのだが、硬い地面や板に敷布を敷いただけのベッドに比べて公爵邸のベッドがあまりにも高級なせいか、どうにも寝付けなかった。


(……いや、眠れないのはベッドのせいではないわね)

 いまリナリアの頭の大部分を占めているのはイスカのことだ。

 何を考えても、結局思考がそこに行きついてしまう。


 リナリアは良い香りがする清潔な毛布を身体から離して起き上がった。

 寝間着のまま廊下を歩き、玄関の扉を開けて外に出る。


 半分欠けた月に照らされた薔薇庭園。

 あと半月もすれば薔薇が美しく咲き乱れ、この世の楽園となるであろうその場所にイスカがいた。


 瀟洒な東屋へと続く階段。

 イスカは東屋の入口に背を向け、階段の一番上に座っていた。


 東屋の周囲をぐるりと囲むように無数の薔薇が植えられている。

 いくつか咲いているものもあるが、まだ大半が蕾だった。


「イスカ様」

 ぼうっと半分の月を見上げていたイスカは、声に反応してこちらを見た。

 そして、気まずそうに目を逸らしてしまう。


 でも、彼は逃げることなくそこに留まっていた。

 どうやら会話は許される、らしい。


「あの、……」

 言葉が続かない。どうしよう。何を言えばいいのだろう。


「その。昼間は、はしたない言葉遣いをしてしまって申し訳ございませんでした」

 いくら腹が立ったとはいえ、クソみたいな話ですね、などと、とんでもないことを言ってしまった。

 もしチェルミット男爵邸のマナー講師に聞かれていたら、恐らく彼女は卒倒している。


「それと、その……王子様と気づかず、数々の無礼を働いてしまって、本当に……」

 口ごもる。謝って済む話ではない。首が何度飛んでもおかしくない。

 腹の前で何度も手を組み替え、意味もなく右手の親指で左手の親指を押していると、イスカが階段を下りてきた。


 リナリアは地面に跪き、罰が下される時を待った。


 ――ぽんぽん。


(えっ)

 肉球のついた前足で足を軽く叩かれ、リナリアは驚いた。


「……怒ってないんですか?」

 イスカはこくこくと頷いた。

 リナリアを見上げ、何やら懸命に両前足を振る。

 伝えたいことがあるらしいが、彼は言葉が話せない。


 伝えたい言葉があっても伝えられない。

 それはどれほど、もどかしく、辛いことだろう。


 一年もの長い間、彼はその苦しみに苛まれ続けていたのだ。


 小さな両前足を一生懸命振り回す彼を見ていると、自然と涙が出てきた。


 イスカが驚いたように動きを止め、首を傾げた。

 どうしたんだ? 大丈夫か? そう言っているような気がする。


 泣いては駄目だ。彼を困らせてしまう。泣きたいのは彼のほうだ。

 自分にいくら言い聞かせても、涙が勝手に溢れてくる。

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