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第六話 仕込まれた針

 入学して数週間が経ち、ついにスポーツテストの日がやって来た。


 そんな日にも関わらず、俺は猛烈に体調が悪い。普通ならスポーツテストはおろか、立っていることすら危ないくらいだ。


 原因はわかっている。自分の管理不足なんてことではない。


 ――くろまわ


 そう呼ばれる、ブラックリストにのみ現れる症状だった。


 定期的に体調が悪くなり、酷いときは数日気を失うなんてこともある。なんとなくいつ来るかは予想できるが、今日は予想外。年を重ねるごとに不定期・高頻度・重症化確率上昇と悪いことばかりなのだが、これはその一部だと思う。こんな形で来るとは思ってなかったが。


「……何で今日なんだか」


 俺は思わずそう呟きながらも、なんとか体育館に到着した。


 体育館では、すでにDクラスの競技が終盤に差し掛かっていた。


 FクラスはDクラスの次で、集合時間も近かったことから体育館の端にもう集まっていた。


 なんとなく近くまで行っておくが、まだもう少し時間があるようだった。


「早見くん、大丈夫? 顔色悪いけど……」


 誰かがそう話しかけてきた。それは七条ではなかった。


 浦田うらた美弥みや。女子の中での中心人物と言える人だった。


 だが、なぜそんな人が俺を気に掛ける。今まで関わりも全くないというのに、いくらクラスメイトとはいえ唐突すぎないか……?


「大丈夫だ」


 俺は一言そう答え、浦田から離れるように移動する。


 その時ちょうど来見が体育館に入ってきて、やっとミッションが始まることになった。なんとなく、少し救われた気がした。


 ミッションは男女別で行われ、それぞれ別の教師が担当として見ることになっていた。


 Fクラスの場合は、男子の担当に担任の来見がついていた。


「大丈夫か? 体調悪いのか?」


 来見はそう声を掛けてくる。


 俺は頭の回らないまま、一言「黒の廻り火」とだけ言った。


 来見はそれで理解し、「無理すんなよ」と言い、ミッションをスタートさせた。



 まず最初は上体起こしだった。


 そこでは、ペアになるという、話す相手すらいない俺にとって一番の関門が待ち受けていた――と思ったが、四十人のクラスで男女比がちょうど半分であったため、最後に必ず余らないようになっていた。


 頭が回らない今、そんなことすらも考えられなかった。


 俺は、体の不調の怖さを改めて実感した。


 そして、俺は最後に余った榎本えのもと真人まさとと一緒に組むことになった。いや、無事に組むことができた。


「よろしく、早見くん」

「……よろしく」

「早見くんは、運動とか得意?」

「まあ、それなりには。そっちは?」

「俺もそんな感じ」

「そっか」


 特に気になりもしないが、話の流れで会話を進める。


「えー、こっちで三十秒測る。数は相方が数えること」


 来見がそう指示し、ペアの片方がマットに仰向けになる。


 俺たちは目を合わせ、どちらも行く気がなさそうだったから、俺が先にやることにした。普段ならそうはしないが、今日は早く終わらせたかった。


 もう片方が足を押さえ、準備が完了する。


「行くぞー。よーい、」


 その直後に鳴らされたブザーのような音で、三十秒がスタートする。


 俺はとりあえず目標にたどり着けるくらいに手を抜き、ペース配分を行う。


 本当なら上位を目指すところだが、この体調では難しいだろう。とは言っても、自力で取れる分は最大限取っておきたい。少し無理をすることにもなるが、初動で躓いてしまっては今後に大きく支障が出る。


 ペース配分をきっちり守り、なんとか三十秒耐えきった。


「ふう……」


 お腹が痛い。頭も痛い。痛みが感じなくなるほどに痛い。


「お疲れ様。すごいね、早見くん」

「ん……?」

「三十回だったよ」

「そうか」


 体調不良により下方修正した目標通り、一秒あたり一回で三十回がクリアできていた。当然といえば当然だが、この体調でよくやったなと自分でも思う。



  ◇  ◇  ◇



 上体起こしが終わり、握力測定に移る。


 もう二人組の制度は無くなったが、なぜか榎本は近くにいる。たまたまと言われればそうなのだが……少し気になる。


 握力測定は、よくある小型の測定機器を使う。大体の人数で機械の数だけ四つに分かれ、それぞれ右・左の握力を測定する。


 機械は新しいものと古いものがあり、俺のところは古いものを使うことになった。古いとは言っても、箱が古そうなだけだったが。


 榎本が箱から取り出し、最初に測定しようとする。


「痛っ……」


 小さくそう呟き、榎本はすぐに機械を置く。


「どうした? 大丈夫?」


 そう声をかけたのは、同じグループにいた恵口だった。恵口はクラスで前に立つようなリーダーシップのある人物だった。だから、誰よりも早く気付き、声をかける余裕がある。


「何か刺さった……」


 榎本がそう呟き、恵口は機械の持ち手部分を見る。


「何これ……」


 恵口はそう言って、持ち手部分から何かを剝がす。


 恵口が剥がしたのは小さな針だった。それもいくつかあり、それが榎本の右手に刺さったものと見られる。


「どうした?」


 俺たちの様子に気付いた来見がそう声をかけてくる。


「先生、これがここにつけられていて……」

「ほう……」


 来見は恵口から数本の小さな針を受け取る。


「怪我は?」

「ちょっと刺さりましたけど、これくらい大丈夫です」


 榎本はそう答える。


 榎本の右手の指先には少し血が滲んでいるように思えるが、本人が大丈夫というのなら大丈夫だろう。


「無理しないで保健室に」

「終わったら行きます」

「わかった。他は怪我してないな?」

「大丈夫です」

「じゃあ、続けて」


 来見はそう言って、端の方に戻って行った。


「大丈夫?」

「平気だから。気にしないで」


 恵口の心配を榎本はあっさり跳ね除ける。


「それにしても、こんなところに針が……どうして……?」

「仕込まれたんじゃないの?」


 藤原が恵口の疑問にそう答える。


「仕込まれたって?」

「Fクラスの成績が落とせれば、自分たちが最下位の最大ペナルティを受ける可能性が無くなる。だから、」

「でも、わざわざそんなことするかな……」

「実際、針が仕込まれていた。榎本が怪我をした。たまたま、なんてことは考えにくい」

「確かにそうだけど……」


 となると、誰が仕込んだかが問題になる。


 Fクラス男子の前にはFクラスの女子が使っていた。仕込んだのは同じクラスの人物ならどういう利益どころか不利益になりかねないから、その線は考えないとして……


 その前に使っていたのはDクラス。


「じゃあ、Dクラスが……」


 恵口の独り言のような推理に、藤原がそう加える。


 聞いてみれば、女子はその機械が入っていた箱が汚くて手も触れなかったとのこと。念のため七条に視線を向けて無言で真実を問うが、どうやらそれは事実のようだった。


 だが、DクラスがFクラスに何かを仕掛ける理由がよくわからない。


 Dクラスにしてみれば、何かやるにしても一つ上のCクラスを超えること、一つ下のEクラスに超えられるのを防ぐこと、この二つが優先事項。


 Fクラスの成績を落とすことは、まだ何もわかっていない現時点ではむしろ手を出さない方がいいと思う。目の前でDクラスが一つ前にやっていたことは全員が見ていたし、バレずにできると考えていたわけでもないだろうから、変に険悪な雰囲気になるべきではない。


 結局結論は出ないまま、握力、反復横跳び、立ち幅跳び、長座体前屈の体育館内で行うものが終わった。

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