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第三十六話 昼休み

 ちょうど昼の十二時ごろ。体育祭は昼休憩の時間に入った。


 障害物競走や謎解きといった、別会場で行われていた競技に出ていた人も、この時間にはもう学校に戻ってきていた。


 俺も学校に戻り、七条と市川から大体の成績を聞いていた。


 聞いた話によれば、100メートルと玉入れは上位にかなり入ったが、他はほぼ全滅。障害物競走も俺と浦田以外は全滅なので、現在のFクラスのポイントは相当マズい。


 クラスポイントに関しては、体育祭の組分けでAクラスと同じ赤組なこともあってボーナスが貰える可能性は高い。だが、それでは個人の脱落は防げない。


 俺からすれば誰が脱落しようが知ったことじゃないが、他がそう望んでいるのだから仕方ない。リレーでどうにか点数が取れればいいが……というか、今はそれしかできることはない。


「そっちはどうだったの?」

「まあ……それなりに。七条が心配するまでのことじゃない」

「そっか。早見くんがそう言うなら心配ないね」


 あまり詳しくは言えないが、七条も市川も俺がどれくらいのことをやってきたかはわかっているだろう。今回の結果はすぐにわかることだが、俺がいい成績だったからって何になるんだか……と思い、何も言わなかった。


「じゃあ、そろそろ私たち行くね」

「ああ、リレーの招集か」

「そう」


 時刻は十二時半ごろだった。七条に関しては今日走っていないこともあって、ウォーミングアップでもするつもりなのだろう。


「Fクラスはボクたち次第ってことはわかってる。だから、精一杯頑張ってくる」

「そうだな……頑張ってこい」


 俺にはそうとしか言えなかった。


 俺が走るわけでもないし、女子のリレーは俺に関係ない。でも、二人に脱落してもらっちゃ困る。俺がどうこうできる話ではないから、本当に二人に頑張ってもらうしかなかった。


「じゃあね」


 二人はそう言い、いつもの屋上を後にした。



  ◇  ◇  ◇



「リレー、どうかな……」


 校舎の階段を下りながら、市川はそう呟いた。


「音葉は100でいい結果出してるんだから大丈夫だよ」

「まあ、そうだけど……」

「わかってる。他がってことでしょ?」

「う、うん……」


 口には出せないが、正直市川は自分を信じ切れていなかった。


「これがベストメンバーなんだし、きっと大丈夫だよ」


 七条は階段を少し早く下り、踊り場で振り返りながらそう言う。


「そうだといいけど」


 市川は少し笑いながらそう返す。


 その時、七条の視界には、市川に背後から近寄る人影を見た。


「ん……?」


 パーカーを着ていて、フードを深く被っているせいで、誰かは全くわからない。学校のジャージを着ていることから、生徒なのは間違いないが……


「音葉! 後ろ!」

「後ろ……?」


 市川が七条の声で振り返ろうとすると同時に、その人物は市川のことを両手で押した。


 市川はそのままバランスを崩し、階段を落下していった。その途中で、下にいた七条にもぶつかり、七条も一緒に階段から落ちる。


「いった……」


 二人が痛みをこらえて階段の上を見ると、そこにはもう誰もいなかった。


 ――ついに来たか……


 市川には、その人物の顔が微かに見えていた。そして、その人物に心当たりがあり、ついそう呟きそうになった。なんとかこらえたが。


「優里愛、大丈夫?」

「だ、大丈夫。……痛っ」


 七条はどうにか立ち上がろうとしたが、足を痛めたようで自力で立ち上がることができなかった。


「ちょっと見せて」


 市川はそう言って七条の足首を触る。


 市川が右の足首あたりを触ると、七条はかなり痛がる様子を見せた。


「捻挫……かな……」

「捻挫……? 何にせよ、走れそうにない……」

「そうだよね……どうしよう……」


 その後、七条はすぐに天音に電話を掛けた。


 だが、天音は全く電話に出ず、ついに留守電となってしまった。


「何でいつも肝心な時にいないのよ……」


 七条は思わずそう言葉を漏らす。


「とりあえず、恵口くんに連絡したら? 出られそうに無いってことくらいは、伝えておいた方が……」

「そうだね」


 七条はすぐに電話相手を恵口に切り替える。


「そういえば、音葉は大丈夫?」

「大丈夫じゃなかったら、こんなに心配してない」

「それも、そっか……」


 七条は、市川に怪我が無くて少し安心していた。


「とりあえず、ボクはもう一回早見くんに掛けてみる」

「お願い」


 市川一人で七条を支えて保健室まで連れて行くにはかなり時間がかかる。そんなことをしていては、リレーの招集にも間に合わないかもしれない。だから天音の助けを借りようとしていたのだが……


「やっぱり出ないや、早見くん」

「もういいよ」


 七条は諦めて、壁に手を突きながらなんとか立ち上がった。


「……自分でどうにかする。いつまでも早見くんに頼ってもいられない」


 痛めた右足を浮かせた状態で立ち、七条はそう覚悟を決めた。


 その時、誰かが階段を登って二人に近づいてくる足音が聞こえてきた。


 市川は万が一の可能性も考えて、その方向を睨むように見つめる。


「ん? どうした? 市川」


 姿を現したのは、担任の来見だった。


「先生……よかった」


 市川が想定していた万が一は桃山たちが来ることだったが、さすがにそれはなかったようだった。


「よかったって、何がだ?」

「その……優里愛が、怪我しちゃって……」

「そうか……保健室に連れて行け、と言いたいんだな」

「まあ、そういうことになりますかね」


 市川は若干申し訳なさそうにそう言った。


「俺でいいならやるが……階段で躓きでもしたのか?」

「いや……誰かに、ボクが突き飛ばされて……そのまま優里愛にぶつかっちゃって」

「なるほど……」


 来見は起きていることを理解し、大体の仮説を立てた。仮説を立てなくとも、監視カメラ映像を見れば分かりそうなことだが、今はそんな余裕がない。だから、仮説が真実だとするならば、という前提で今は動こうと決めた。というか、そう動くしか無かった。この学校で、教師が介入できることはあまり多くない。


「先生は、何でここに?」

「え?」

「休憩中とはいえ、こんなところにいて大丈夫なんですか?」


 助けてもらうにもかかわらず、七条は来見にそう聞いた。


 市川はそんなこと聞いている場合ではないと言いかけたが、確かに競技運営もあるだろうし、こんなところにいていいのかと疑問に思った。


「ちょっとお手洗いに。そしたら、物音が聞こえて。だから来てみた」

「そうですか」


 来見はそう上手く言ったが、それは真実ではない。本当は、ある人に呼び出されて、その道中だった。来見は、持ち場を抜けるためにお手洗いに行くと伝えたため、辻褄を合わせるためにもそれをそのまま言い訳に使ったのだった。


「やっぱり、俺じゃダメか」

「いや、そんなことないです」


 七条は少し嫌なことを言ったと自覚し、一生懸命そうフォローする。


「それならいいんだけど……」


 来見が七条を引き受ける流れになると、市川のスマホに何かの通知が届く。


 一瞬天音かと期待したが、その相手は恵口だった。


「どうかした? 音葉」

「恵口くんから。リレーのメンバー変わるから、その話し合いしたいって」

「そっか。音葉、頑張ってね」

「……うん。先生、あとはお願いします」

「ああ」


 市川は七条を来見に任せ、一年Fクラスの教室に向かった。

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