第二話 姉兄
校舎を出ると、そこに見覚えのある人物がいた。
「天音、久しぶり」
「久しぶり、姉さん」
三年Fクラス、早見空。俺の姉だ。
帝国学院は完全寮制なので、会うのは本当に久しぶりだった。
「おー、ゆりあー」
姉さんの隣で、誰かにそう呼びかける男がいた。
「あきにい、何でここに?」
「何でって……心配だったから……?」
「心配なら来ないで。むしろ目立つ。生徒代表挨拶なんてして……」
その男は三年Fクラス、七条暁人。先ほど生徒代表挨拶をした、七条優里愛の兄……と思われる。
「優里愛、こちらは俺のクラスメイトで、席次同率一位だった……」
「早見空です。あと、弟の天音」
「七条優里愛です。よろしくお願いします」
お互いに自己紹介を済ませたところで、それぞれで話が始まる。
おそらく、姉さんも七条暁人も、俺と七条優里愛がクラスメイトだということは知っているだろう。
「クラスはどうだった? 反応っていうか……」
「それなりに反発してたかな」
「そうなの……?」
教室を出た直後、誰かが声を上げていたような気がする。誰も校舎から出てきていないことを考えると、個人的に答える質問が長引いているのだろう。
「どうにかした方がいいと思うよ。これからのためにも」
「わかった」
確かに、暁人さんが言っていた早くクラスをまとめることから遠ざかって行ってしまう。
「優里愛ちゃんも、一緒に行った方がいいんじゃない?」
「えっ?」
「一人だけっていうのも印象が悪い。行った方がいい」
「……わかった」
あきにいが言うなら、と優里愛は渋々了承した。
そして俺たちは校舎の中に戻る。
「おそらく、言い合いというか、文句が沢山出ていると思う。私だって、正直納得できない」
「そうか?」
「だって……」
俺はそのまま黙ってしまう七条に、俺の思うことを耳元でそっと呟いた。
「……!? ……確かに、そうだけど……うん。何も言い返せない」
「じゃあそれでどうにか大人しくさせろ」
「えっ……?」
ちょうど教室に到着し、中に入る。
中では一部の生徒が、そんなの納得できない、そんなこと聞いてない、そんなの許されることじゃない、などと来見に強い口調で言い放ち、それを他の一部が止めようとし、他が傍観しているという状況だった。
俺たちが入ったことによる音で、視線は一気にこっちに向く。
「七条さん、早見くん」
そう言ったのは、一部を止める側にいた、恵口神青という男子生徒だった。
俺は何を言うわけでもなく七条に視線を向け、圧をかける。
「一ついい?」
七条が深呼吸の後そう言って、全員の前に立つ。
「確かに、事前に聞いていたわけでもないし、成績が悪いからと強制的に転校させられることに納得できないっていう気持ちはわかる。でも、この学校に入学したからには、この学校のルールに従うのは当然のことだと思う。学校の方針に、生徒は従うしかない」
七条は、俺がさっき言ったことをほとんどそのまま言った。
「でも……!」
「何?」
異議を唱えようとする男子生徒を、七条は鋭い目つきで睨む。
「っ……! ……ルールに従うのは当然だけど、明らかに普通のルールじゃない。納得できるわけないだろ」
藤原結馬がそう言い返す。
「嫌なら退学すればいいじゃない。さっきの説明だと、クラスの人数が減っても残った人たちがそれによって不利になることはない。……ですよね、先生」
「あ、ああ。そうだな」
七条は藤原にそう言って対抗する。
そして、来見が肯定したことによって、藤原は何も言い返せなくなる。
「納得したなら、もう迷惑かけないで」
七条がそう言うと、どこかから舌打ちをする音が聞こえる。
舌打ちをしたのは、文句を言っていた一部ではない。周りで見ていた傍観者の中からだった。
すると、その傍観者の中で椅子に座っていた服部司、西園寺航が立ち上がり、そのまま無言で教室を出て行った。おそらく、舌打ちをしたのはこの二人のどちらかだろう。
「ちょっと……!」
恵口がそう言って追いかけようとするが、七条が手を出して恵口の進路を塞いで止めた。
「えっ……?」
「行ったところで無駄。変な揉め事になるだけ。舌打ちくらいで揉め事を起こさないで」
「……まあ、そうだね」
意外と聞き分けはよかった。
「じゃあ、私はこれで失礼するわ」
七条はそう言って教室を出ていく。話も終わったようだし、続いて俺も教室を出る。
校舎を出たところで、七条は急に立ち止まる。
「……ねえ」
「ん?」
呼び止められた気がして、俺も足を止める。
すると、七条は振り返って俺に近寄ってくる。
「何で自分で言わなかったの? あなたの言った言葉なのに……」
「別に。特に理由はない。ただ、俺より七条の方が声も通りそうだし、説得力はありそうだと思ったが」
「いきなり呼び捨て……」
「七条さん。……これでいいか?」
「いい。あきにいと間違えるだけ。呼び捨てでいい」
「わかった」
その時、姉さんと暁人さんが俺たちに近付いてくる。
「どうだった?」
「なんとかってところかな」
俺は姉さんに一言そう言い、校舎の出入り口から離れる。
「そうだ、天音くん」
「はい」
今度は暁人さんに呼び止められる。
「優里愛のこと、よろしくね」
「えっ?」
「同じクラスだし、早見の弟だし、信頼してる。何かあった時は、頼んだよ」
「……わかりました」
まだ会って少ししか経っていない人間に『信頼してる』なんて、どうせ嘘だろう。知り合いの弟だとしても、そんなわけがない。
まあ、頼まれたのだからしょうがないが。
「あきにい、そこまでしなくていいから」
「いや、だって……」
「いいから!」
七条はそう言って暁人さんの腕を引き、寮が立ち並ぶエリアの方に行ってしまった。
「……さて。天音、ちょっといい?」
「うん」
俺と姉さんは、七条兄妹と逆の方向に向かった。
向かった先にあるのはかなり広い広場で、今は誰もいないようだった。
「今日の暁人の挨拶は見たよね?」
「ああ」
「どう思った?」
「いや、そんなに教えてくれるんだなーと」
「でも、大事なことが一つ抜けてる。まあ、全員ができることじゃないし、暁人もできてないことだから、当然なんだけど」
「うん」
「天音は、わかってるよね?」
「……ああ。もちろんだ」
「じゃあいいや。……天音、これから時間ある?」
「暇だけど」
「案内する。この学園都市を」
そして俺は姉さんに連れられ、学園都市を案内された。
今日は二・三年は休みらしく、学園都市は人で溢れかえっていた。中には一年生もいて、俺も浮いてはいないようだった。ただ、騒がしくてとても居づらい場所ではあったが。それも今日みたいな日だけだといいが。
帝国学院の場合の学園都市は、帝国学院を中心として帝国学院が作った街だと言われている。
一見閉鎖的に見えるが、都会の真ん中に存在しているため意外と他校の生徒が居たりとオープンな一面もある。だが、やはり学校に近くなるほど、入れる人間が限られてくる。安全保障上の理由と言っているが、本当はどうなのだろう。