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はじめてのおつかい

作者: 十一橋P助

「あのさ。私、子供の頃にとても不思議な体験をしたのよね」

 そこはとあるカフェのテラス席だ。デートの途中で彼女がここで一休みしようと言って立ち寄った。二人分の飲み物が運ばれてくるなり、唐突に彼女がそう言ったのだ。

「不思議な体験?金縛りとか?」

「違う」

「UFOを見たとか?」

「違うって」

「だったら神隠しだ!」

「もう」

 茶化すような僕のセリフに彼女は少し立腹したようだ。口を尖らせ、そっぽを向いてしまった。

「ごめんごめん。ちゃんと聞くから。どんな体験だって?」

 彼女は僕に視線を戻してから、徐に話し始める。

「まだ小学校に上がる前のことだったから4歳か5歳だったと思う。あるときお母さんから初めてお使いを頼まれたの。近所の八百屋さんに行って、りんごを二つ買って、それをおばあちゃんの家に届けて、それからお肉屋さんでコロッケ三つ買って戻って来てって」

 初めてのお使い……なんだかいつか見たテレビ番組のような話だ。そう思いながらも黙って聞いていると、

「お母さんに見送られながら家を出て、言われたとおりに買い物をして、無事家に帰ってきたんだけど、そのとき不思議に思ったことがあるの」

「どんなこと?」

「お使いの間中ね、ずっと同じ人がついてくるの。一人じゃないのよ。大勢。入れ替わり立ち代り、私の側を付かず離れず、知らんぷりをしながらずっとついてくるのよ」

「は?それってまさしくはじめてのおつかいじゃん」

「そうよ。だから初めてお使いを頼まれたって言ったじゃない」

「そうじゃなくて、はじめてのおつかいってテレビ番組だろ、それ」

「え?そんな番組あるの?」

 はじめてのおつかいとは、子供が初めて一人でお使いに出かけたときに、様々な困難やアクシデントに悪戦苦闘する姿をこっそり撮影……と、説明している途中で気がついた。

「って言うか、出たんだろうテレビに。ユウコが知らないはずないじゃん」

「知らないわよ。テレビになんか出たこともないし」

 と言うことは、彼女の撮影分は何らかの理由でお蔵入りになったということだろうか。だから親も彼女には何も知らせていなかったのかもしれない。そうだとしたら、その理由が気になるところだが、当の本人は撮影とは気づいていないのだから、覚えているはずもないだろう。

 ヨウコは不安げな表情を浮かべると、

「ねぇ。この経験って、本当にテレビだったの?」

「たぶんそうだと思うよ。どうして放送されなかったのかはわかんないけど」

「そっか……。ずっと不思議に思ってたんだけど、テレビだったのか……」

「その話って、親にしたことないの?」

「うん。言ったら二度とお使いを頼まれなくなるかもと思って」

「ああ。なるほどね……」

 そこから僕たちの会話は子供の頃のたわいない話へと移っていった。

 小一時間が過ぎ、そろそろ移動しようかと言うことになった。

 彼女が先に席を立ち、僕も伝票を手に後を追う。

 そのとき僕は気づいた。

 僕らが動き出すと、店内の数人の客が慌てたように次々と立ち上がったのだ。その誰もが、丸い穴の開いたバッグを大事そうに抱えていた。その穴は外光を反射してきらりと光る。まるでレンズのように。

 店を出ると通りの向こう側にいる作業着姿の男が目に付いた。不自然な体勢で工具箱を持っており、そこにも丸い穴があるように見えた。

 まさか、今も彼女の撮影は続いているのか……?




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