やっぱり酒は災いの元 その15
「それは…なんとも…凄まじいな」
「手口が手慣れています
かなり呪術の使い手と見て相違ないかと」
伯爵は思わず生唾を飲み込んだ
何度目かの
『この女がいなかったらどうなっていたか』
その思いが胸の内を支配したからであった
子猫の幽霊達が鳴きながらクローディアの足元に寄り添ってきた
ふたりの会話を察してか
クローディアを心配しているかのようだった
クローディアは僅かに目元を緩ませる
『大丈夫だよ』
そう子猫達に言っているようだった
「さて」
クローディアは大きく伸びをしながら
はしたないくらいの大あくびをした
少し寝たくらいでは昨晩からの疲れはまるで取れてはいなかった
正直家に帰りたいくらいの気持ちでいた
この屋敷に仕掛けられていた呪術の手口で
相手の力量にある程度察しがついて
おそらくは呪術が破られた事も向こうも察知して
早ければ今夜にでも確認に来るだろう
そうなればまず休息とクローディアは考えていた
「もう少し休ませていただいてもよろしいでしょうか?
まだ寝足りなくて」
まだ恐怖心が抜けておらず青い顔をしている伯爵には
クローディアの言葉に頷くしかなかった
敵の襲来はクローディアの予想よりも少し早かった
日が傾き
夕闇が支配を始める時間に
その影は忍びよっていた
クローディアは深夜に、と思っていたのだが
人の眼が夜の闇に慣れきる前
その時間に敵は接近して来ていた
伯爵の屋敷、その玄関フロアに大きめのソファを移動させて横になっていた
クローディアは敵の襲来を感覚的に察知すると
上半身を起こし、何の緊張感も無さそうに
うーんと伸びをしながら立ち上がった
椅子に座りウトウトとしていた伯爵は
クローディアが起きた事に気づき
慌ててあたりをキョロキョロとし
子猫の幽霊達はあるものは怯えたようにクローディアの影に隠れ
あるものは玄関の扉に向かって体毛を逆立てながら威嚇していた
クローディアは気だるそうに上着を羽織ると
外に出て、玄関横に予め置いていた松明に手をかざすと
直ぐに焚き木に火がつき、庭を赤く灯した
庭をそれとなくクローディアは見渡すと
小さくくしゃみをした
季節はそんなに寒い時期ではないけれど
昨晩の戦闘と名もなき小さな黒い影達のいたずらで屋敷中の全ての服が
クローディアが着てきた服も破かれてしまっていて
あちこち破れてしまったメイド服から着替えてなかったからだった
肩を少し震わせ
上着の襟を首元に寄せて
少しでも体温が逃げないようにしていると
強い風がないのに
屋敷の鉄製の扉が勝手に開いていき
影が現れた
その影はふたつ
顔がほぼ見えないくらいにフードを目深にかぶって
ボロ布、と言ってもいいくらいの汚らしいローブを身にまとっていた
ひとつは並みの人の身長
もうひとつは明らかに人のものではない
クローディアの身長よりひとまわり、いや、ふたまわりは大きく
横幅も普通の人からは明らかに太い、肉厚な存在のもの
である事が松明の明かりで見て取れた
クローディアは門を開く前から
屋敷出て庭に立った時から酷く顔をしかめていた
クローディアの後に続き扉を開いて
顔だけ出して外の様子を探っていた伯爵もまた顔をしかめていた
酷い臭いが辺り一帯に漂っていた
その悪臭の元は現れたふたつの影
クローディアはその異様な臭いが何かを嗅ぎ分けていた
クローディアも使う薬草やハーブ
草を食べる虫もつかない毒草や食虫植物
何年も何十年も身体を洗うことも衣服を替えることもしていないような汗と脂のすえた臭い
何体もの獣や人の肉体を解体したような濃密な血と臓物の臭い
目に見えないはずの
形を持つはずのないそれらが半ば形を持ってに黒い影となってふたつの影にまとわりついていた
呪術の道を往く者はこの男のような悪臭を
この男のような黒々しい雰囲気をまとう事をクローディアはよく知っていた
人を呪わば穴ひとつ
人を呪う者は自身が呪われる事と同じ事
しかし呪いを術として取り扱う者はその呪いに屈する事は当然なく
その呪いを食い千切り、自身の力とする者こそが呪術士として生きる事が出来る
その為には身を清める事は当然せず
穢れに穢れる事が日常で
その穢れこそが呪術士の力の糧である事もクローディアは知っていた
ただ
恐らくは人並みの背丈の方が呪術士
明らかに大きな影、そのフードの下の正体はクローディアにも見ただけでは分からなかった
人ではない事
ぐらいしか分からなかった
ただ
イメージとしては血の臭いが強いのはこちら
そのように感じていた




