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うちの弟が狙われすぎる

 その後の監視任務は、いたって平和なものであった。

 観覧車やらコーヒーカップやら、乗り継いでいく健全なデートそのもの。

 ときおりアシリアが恵太の手を握ろうとしては引っ込めるの繰り返しでいじらしい。


 派手な格好に似合わないところが見れて、思わずほっこりする。

 いかがわしいことやらなんやらは勘違いだったようで一安心。


 気になるのはやはり恵太か。ほんの少し違和感があるような。

 いつも通り爽やかに笑って、いつも通りトーク繋げて、いつも通りの弟の姿。それでも──


 なんだろ。

 うまく言えないけど、どっか違うのよね。


 違和感の正体を探ろうとすればするほどわからなくなってくる。

 弟におかしなところなど何もないはずなのに。


 恵太が珍しく女の子を怒らせたところで、そろそろ帰ろうかという話になり、二人は遊園地を後にした。


 今日はこれ以上の監視は不要かしら、美夏がそう考えたとき、スマホが鳴った。

 発信者は水城舟穂高であった。

 猫かぶりで男好きな去年のクラスメイト。

 あまり出たくないけれど、今日会ってしまった手前出ないのも気が引ける。


「もしもし。どうしたの?」

「美夏ちー。はは、今日ちょっと失敗してしまいまして」

「失敗って。……うん、まあわたしも遠目に見てたけど、もしかして」

「そ、別れちゃった」


 湿っぽい話ではなかったみたい。思ったより軽いなこいつ。


「なんで失敗したの? 穂高にしては珍しいじゃん」

「いやぁ、それがねぇ。今日、美夏ちーの弟くんも来てたじゃない? こないだも学校で見かけて、マジでガチイケだよねーって思って。ついついそんなことばかり口にしてたらお相手が怒っちゃって」

「そりゃあ、誰だって怒るわよ」


 我が弟は女子には評判よくても、男子にはナンパ野郎としか見られてないもんね。

 親が白人のハーフで顔までいいなんて卑怯とか、練り歩くハーレムだとか、陰口たたかれてるのを耳にしたことがある。


「私ね、ハーフの子とは付き合ったことないのよねー」

「は?」

「それに年下の子と付き合ったこともないし」

「ねえ、ちょっと、なにいってんの?」

「見た感じ今日一緒にいた女の子とは、そんな深いとこまで行ってないみたいだし~」

「やめて。……本当、一生のお願いだから!」


 やばいわ。こいつやる気だわ!


「というわけで、あらかじめ美夏ちーには断っておくからね。あとは当人同士の問題よね!」


 そういうと穂高は一方的に通話を切った。

 スマホをアスファルトに叩きつけたい衝動を堪えて、心の中で叫ぶ!


 恵太! あいつは今どこだあっ!




 美夏はスマホを頼りに恵太のあとを追い、息せき切って一心不乱に走った。

 まずいことに市街行きバスに乗り遅れてしまい、次のバスが来るまで足止めをくった。

 待っている間にもGPS信号がどんどん離れていっている。


 今にして思えば、先ほどの穂高の電話はわたしをバスに乗せないための時間稼ぎだったのね、と思い至った。

 穂高は今、恵太と同じバスに乗っているのだろう。

 なんてしたたかな女なの!


 そもそも前々から怪しかったのだ。


 去年、家に遊びにきていた穂高は、恵太も一緒に映った家族写真を見るなり目を輝かせていた。

 気のせいでなければ、「ンホ!」とかおっさんみたいな歓喜の声も漏らしてた。

 「カッコいい弟くんだね」「今日は家にいないの?」と今にして思えば食いつき方があからさまだった。

 きっとこの頃から恵太をターゲットに含めていたんだろう。

 外でイケメンを見かけては舌なめずりするような面食い女だったので、もうまちがいない。


 ちょうどいいところにタクシーが近づいてきたので、手を挙げて呼び止めた。

 お金はかかるが仕方ない。わたしの言う通りに走ってほしいと運転手泣かせなお願いをした。


 白髪の多く混じった運転手のおじさんが心配そうにいう。


「べっぴんのお嬢ちゃん、市街行きだったらそこのバス停で待ってたらいいんじゃないかい? あと十分もないだろう。タクシー代のほうが高くつくよ」


 こちらの財布事情を気遣ってくれるとはなんて良い人なんだろう。美人だなんてお世辞までいってくれるし、おじさんが紳士すぎて泣けてくる。


「ありがとうございます。でも、いいんです。緊急事態なのでお願いします!」


 勢いに任せてもう一度お願い。

 カリオストロ城の某姫のように、おじさま、私も連れてって! って顔で。

 運転手のおじさんはなにかを諦めたような表情で、それ以上なにも言わなかった。


 きっとまだ間に合う。アシリアって子を家に送るといっていたから、穂高が行動を起こすにしても、恵太が一人になってからを狙うはず。

 それにしてもなんて女だ。女好きの男と男好きの女がマッチングしたら、悪夢のような合体事故(暗喩)が起きてしまう!


 ヤバいヤバいヤバーい! そんなことになったらママにどやされる!


「お嬢ちゃん、日本語上手だね。こっちに住んで長いのかい?」

「わたし、これでも日本人なので!」


 美夏はスマホの追跡アイコンから目を離さなかった。

 よくされるお決まりの質問だったので、返事はオートで口から出る。

 恵太の信号がゆっくりになったところで徒歩だと判断して、適当なところでタクシーを止めてもらった。


「なんだか訳アリのようだが、気をつけてなべっぴんのお嬢ちゃん」

「はい。ありがとうございました」


 ほとんど土地勘のない場所だったので、このあたりの家や塀が似たような形にしか見えず、美夏の目はスマホと風景をいったりきたりで忙しい。


 そうして、恵太の姿を発見したときにはすでに遅かった。

 歩道でへたり込んでいた穂高の手を恵太が取っていたのだ。


 恵太は、泣いている穂高(どうみても泣き真似)を慰めるように、バス停のベンチまで連れ添っていた。

 泣き真似を続行する影で、穂高は、美夏がいることに気付いているらしい。

 美夏に見えるように歪んだ笑みを向けていたのだ。


 どどど、どうすればいいの? 無理やり割り込んだりしたら、穂高はきっとわたしがストーキングしてたことをばらすわ。


 そんな不名誉な称号は欲しくない。

 事実そうだから反論できないし、弟から見下される屈辱を想像するだけでめっちゃ病む。


 もうだめなのか。自分はすでに詰んでいるらしい。あの女のほうが一枚上手だったのだ。

 もはや自分にできることは、涙を呑んで盗聴するのみだ。


 穂高の猫かぶりは男にこそ真価を発揮する。

 丁寧な言葉遣い(滑稽そのものよ)、お嬢様っぽい仕草(どこで覚えた?)、そして女の涙(目薬なんてコスい手を!)だ。

 さっきからこれ見よがしに目薬を見せつけてくるから憎たらしい。


 これでは、女を疑うことを知らない恵太では、ひとたまりもないだろう。

 そう思っていたのだが。

 何を思ったのか、恵太は穂高に心底同情したらしく、優しく彼女の手を取って労わりの言葉をかけていた。


 淫靡で大人なムードなんてあったものじゃないなぁこれ。

 期待していたラブロマンス的な流れと違ったらしく、穂高は困惑した表情でありがとうございますと返すしかなかったようだ。


 未曽有の合体事故は防ぐことができたと、美夏は胸をなでおろした。




 なんだか本当に濃い一日だった。


 日も落ちてきたところでようやく我が家の前に着き、帽子をとった。

 前髪が額にべったりくっついて気持ちわるい……。

 一刻も早く冷たいシャワーを浴びてサッパリしたい。


 女の子と遊ぶ恵太を尾行するのは初めてではないものの、今日ほど疲れた日はなかった。


 すべて穂高のせいだ。あの猫かぶりが絡むとろくなことにならない。

 できれば過去に戻って友人の縁を切りたいところだ。


 アシリアとのデートはけっこう微笑ましい気持ちで見ていられたのに、穂高が乱入してからはもう最悪。

 穂高が色気を使って篭絡するようなことをしなくて本当に良かった。

 小癪にもわたしよりおっぱいだけはありやがるからな。

 泣きじゃくる女が腕に抱きつくとかされていれば、さすがの恵太も狼に変貌していたかもしれない。


 急に点と点が一本の線で繋がったような気がした。

 

(わかったわ、違和感の正体!)


 今日、穂高に会ったときの恵太は、彼女の肩に手をかけ、バス停のベンチに導いていた。

 労わりの言葉をかけ、手を取っていたのに……。

 アシリアには、まったく手を触れていなかった。


 そういえば穂高のバカも言ってたっけ。深いとこまでいってるように見えないと。


 二人で歩いている時も、乗り物に乗りこもうとする時も、ちょっとしたエスコート癖が染みついてるはずの恵太が指一本触れていない。

 これはこれで異常なのだ。


 仮にも付き合ってるんだろうに、彼女の手すら握っていないとは。

 あの女好きに限ってそんなことあり得るのか。


 いまさら恥ずかしさでも芽生えたか?

 それとも……ガチなやつか。

 この心境の変化らしきもの、なにか利用できないだろうか。


 そもそもわたしが恵太の監視をしなければいけないのも、多数の女に気の多い弟の面倒を見ろとのママの命令だ。

 ママ的に問題なのは、多数の女というところだ。

 一人の女だけに真剣だったら、それは健全というもの。

 ママもなにも言わない気がする。


 どうすればいいか思案した。

 考えて考えて……。なにが平和な未来につながるか考えて……。

 …………………………………………。

 うん、決めた。アシリアって子を応援しないまでも、邪魔する必要もなし。

 ファッションが攻めすぎなところを除けばめっちゃ可愛いかったし。

 今日のうぶな様子なら、恋の進展には時間もかかりそうだもん。


 美夏が玄関に入ったところで、恵太は靴を脱ぎながらなにやらぶつぶつと呟いていた。

 こちらの気配に気づいたように、恵太が振り返った。


「美夏……姉さん。どこか行ってたの」

「ええ、ちょっと大事な任務……じゃなくて、我が家の平和を守りに」


 きっともうすぐ平和になると思うわ。

 意味が分からないのか恵太が首をかしげると、彼の肩をがっしり掴んで。


「あとはあなた次第だからね。しっかりやるのよ!」


 お願いだから一刻も早く一人の子に落ち着いて。でもってわたしの仕事を減らしてちょうだい、と目で訴えとくのは忘れずに。

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