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うちの家族が騒々しすぎる

 長~~~~~~~い一日だったように思う。

 異世界に行ったり、宇宙に出たり、バイオレンス女神とガチバトルを繰り広げたり。

 驚くべきは、これらの出来事は現実世界の十秒に満たないというのだから信じられない。

 大切な人たちを守り、大切な友だちとの別れ、あまりに濃密すぎて人生のイベントの99.9%を終えたように思える。


 登校日という何気ない一日は何事もなく終わった。

 例年通り午前だけで終了し、美夏は恵太と一緒に自宅に戻っていた。

 恵太につられて土下座をしたら家族の絆が一層深まった気がした(よく考えたら意味不明だったろうが結果オーライだ)。

 これからは別のイベントが待っている。

 昨夜ママが言い出した北海道旅行に備えて荷物をまとめないといけなかった。


「姉さん! 穂高先輩から電話だよ。姉さんのスマホに繋がらないって」


 恵太が自身のスマホを差し出した。


「ああ、ごめんごめん。ちょうどスマホ壊れちゃってて……」


 美夏は、スマホを受け取って親友からの通話に出た。


(あわてて帰っちゃったから全然話せなかったじゃん。なにかあったん?)


 心配してくれてたらしい。


(なんでもないわ。ママが北海道に家族旅行行こうって言いだしたから急いでただけ)

(北海道? 帰ったばかりなのに忙しいね)

(ホントそれ)

(家族旅行ってことは恵太くんもいっしょ?)

(そうよ)

(楽しんでくるといいよ。旅行なら函館がいいんじゃないかな。海の幸がおいしいよ~)


 親友の気遣いが心に染みる。

 思えば穂高のおかげでバイオレンス女神との第一ラウンドを制することができた。

 必殺腕十字固めはイイ感じだった。

 まるでマジキュアの相方と以心伝心したかのように。

 しかも恵太の糸を修復するために協力までしてくれた。

 本人はまったく知らなくても、穂高は最高の友だちだ。


(ありがとね)

(え? なにが?)

(色々と感謝したい気持ちになったの)

(どういたしまして。なになに? あたしに感謝したいってことはぁ、お礼をしたいってことだよねぇ。だったらさあ、あたし恵太くんの童貞が欲しいんだけどぉ、美夏ちーのほうからそれとな~く言い含めてくれると嬉しいな~。だいじょうぶ、決して悪いようにはしないから。手取り足取り腰取りって、あたしがきっちり教えてあげるんだ~)


 五秒で前言撤回したくなった。

 コイツは最低の友だちだったみたい。


(ねえ、なんか言ってよ~。無言でフンフン鼻息鳴らされると怖いんだって! ただのギャグだからね? あたしシリアスな空気流れるとついついふざけちゃう癖があるっていうか~。美夏ちーがマジメなのはわかってるよ? もう下ネタ言わないから許し──)


 通話打ち切り。

 胸に芽生えた暖かな感情を返せ!

 穂高の脳内には五十代くらいの脂ぎったセクハラオジサンが住んでるんじゃないかなと思っちゃうよ!!

 

 弟よ……、なんでお前はこんな下品な女に好かれたんだ!

 たまには嫌われる努力してくれてもバチは当たんないよ!!


 あっちこっちの部屋を往復するママの後ろ姿を見ながら準備していると、ママのハンドバックから封筒が落ちた。

 美夏は、封筒を拾った。

 住所や宛名が英語だったので珍しい。

 差出人は"Finn Frank Fisher"とある。


「ふぃん……ふらんく……ふぃっしゃー………………って、ええっ!?」


 つい大声を上げてしまった。

 気づかれなかっただろうか。

 ……だいじょうぶのようだ。

 ママは家中の家電製品のコンセントを抜くのに忙しそうだった。


 見ちゃいけないモノを見た気がする……。

 なにこれ? パパからの手紙? 消印はつい四日前。もしかしてパパとママって最近まで連絡を取り合うような仲だったの? ママがいきなり旅行に行こうと言い出したのってこれのせいだったりする?

 封筒を拾ったことを伝えづらくて悩んでいると、玄関ベルが鳴った。


「だれよこの忙しいときに。美夏、出てきてくれる? 新聞や新興宗教の勧誘なら毅然とした態度で興味ないっていうのよ。聞く姿勢を見せたらダメ」

「わ、わかってるって。子供じゃないし」


 美夏は階段を駆け降りた。

 封筒のことは後回しだ。

 玄関ドアを開ける。

 そこに立っていたのは、上質そうなオーダースーツを着こなす髭を生やした西洋人と思しき男性……。

 男性は美夏を見るなりパッと明るい表情で、


「やあ美夏、綺麗になったね。もう立派なレディだ。ぼくのおばあちゃんの若い頃に瓜二つだよ。ほんとうに久しぶり……といっても、キミはぼくのことを憶えてないだろうね。パパだよ~」


 渋い美声で抱擁してきた。

 美夏は口をあんぐりと開けたまま逡巡した。


 バイオレンス女神の一万倍ヤバい人が来てしまった……。

 この恐るべき訪問者をどうしたもんか。

 毅然とした態度で興味ない、とは言えない……。


「あのぅ……もしかして、フィン・フランク・フィッシャーさん……ですか?」

「そうだよ」


 この時が来るのをどんなに待ちわびたことか! と言わんばかりの笑顔。


(うわあ……てっきり恵太が年取った感じだろうって想像してたのに……ぜんぜん似ても似つかないじゃん!)


 線細ヒョロヒョロの恵太とは大違い。

 家の壁なら楽々壊せそうなくらい腕、脚、胸板とすべてがブ厚く筋肉モリモリのマッチョマン。


 肌色は日焼けを通り越した黒さで(サーフィンでもやってるの?)、モジャモジャ伸び放題の髭のせいで素顔がよくわからない。スーツを着てなかったら仙人か世捨て人のようだ。

 美夏は、訪問者を押し出してドアを閉めた。


「なんで来ちゃったんですか? なんで来ちゃったんですかーっ!?」

「ええ!?」


 美夏は、家の敷居をまたがせてなるものかと、パパを押し出した。

 約16年ぶりの、感動の親子の再会、なんてものはどこにもない。


「帰ってください。いますぐにUターンしてください!!」

「そ、そんな……」


 追い出したい!

 とにかくこの刺激物のような男フィン・フランク・フィッシャーを我が家から追い出したい。

 できれば金輪際関わってほしくもない!

 恵太に悪影響がありそうだし、ママは言わずもがなだし、わたしも内面穏やかではないのだ。

 なんで浮気しちゃったのとか、今ごろノコノコ現れてどういうつもりだとか、つい最近まで亡くなってるとばかり思ってたのにとか、言いたいことは山ほどある。

 でも、いま一番重要なのはママの気持ちなんだよ。

 パパには積年の恨みがあるのに!

 ママと鉢合わせしたらトラブルになるのが目に見えてる!


 ドアの向こうからサンダルをはく音が聞こえる。

 そうこう言ってる間にママが降りてきたようだ。


「ママ、来ちゃダメ!」

「ちょっと美夏、どうしたの。断り切れないならわたしに任せて……」


 ママがドアを開けたところ、恐れていた事態が起きた。


「やあアキ。元気そうでよかった。我慢できずに来てしまったよ」


 パパは穏やかな笑顔で足もとに置いてあった袋を差し出した。

 高そうなワインボトルだ。

 ママは汚らわしいゴミを見るような目でパパを凝視している。

 やがて冷静さを取り戻したように。


「……ダメじゃない美夏。こういうどこの馬の骨とも知れない怪しい風貌のドイツ人と口を聞いてはいけないわ。人さらいだったらどうするの」


 いやドイツ人て見抜いとるやん。

 一目でどこの馬の骨か看破しとるやん。

 そんなツッコミができる雰囲気じゃない……。

 パパはあたふたしていた。


「待って待って。そうだよね。きみの怒りはごもっともだ。なにもかもぼくが悪かった。許せないと思うのは当然だし、図々しくお願いできるような立場じゃないことも承知しているが、少しだけぼくの話しを聞いてくれないかい? 三十分だけでいいんだ。約束するよ。話が済んだらぼくは消えるから……」

「約束? 約束ですって。あなたの口からもっとも吐いてほしくないワードよね。あなたのようなクズに約束という概念があったなら、結婚生活が破綻することもなかったでしょうに!」

「ほ、本当にごめんよ……」

「話を聞く必要はないわ。こっちはあんたの顔を見たくないの。手紙なんかよこすからいきなり来るんじゃないかって予感がしてたら的中ね。なによ似合いもしないくせに偉そうな髭なんか生やして!」

「どうかそう言わずに……ところで、手紙の内容の件は……」

「知らない。封開けてないもの。どうせロクな要件じゃないんでしょ」

「アキが銀行口座を変えたみたいだから、養育費の振り込み先がなくなってるという内容で……」

「もう要らない。子供も大きくなったし、そもそもあんたのお金に手をつけたこともなかったしね。要件がそれだけなら帰ってもらえる?」

「いや……それとは別に、とても大事な用があってね……」


 ママが十数年ぶりの鬱憤を晴らすかのようにまくし立てた。

 パパは一切反論せずペコペコと頭を下げている。

 そんなパパの態度が余計にママの口撃を煽ってしまってる。

 やがて玄関の騒動を聞きつけた恵太も降りてきた。


「どうしたの? お客さん?」


 パパは恵太を見たとたん、ドッペルゲンガーに遭遇したかのように目を見開いて固まっていた。


「ね、ねえアキ……もしかしてこの子は……」

「知りません。この子はうちの子じゃないし、ましてあなたの子でもない。元夫と別れたあと橋の下で拾ってきた子よ」

「ええ!?」


 あまりに無情な作り話に恵太も驚愕していた。

 ニコニコ顔でパパが質問する。


「きみの名前はなんていうんだい?」

「け、恵太です。滝沢恵太……」

「ケイタ……そうか、恵太か! いい名前だ。ぼくはフィンだよ」


 パパは恵太と握手を交わすとママに尋ねた。


「いいね。すごくクールだ。ぼくの若い頃にそっくり」

「そっくり? 笑えないジョークね。鏡で自分の姿を見てみなさい。衛生観念の欠如した小汚い髭男とどこがそっくりなのよ」

「ご、ごめんよ。こうしておかないと貫禄がつかなくて。それにしても、どうして二人目のことを教えてくれなかったんだ。そうと知ってたら別れたりしなかったのに」

「そんなのはわたしの勝手でしょうが! そんなことより、せめてその不潔な髭剃ってから出直して。生理的に許せないの!」


 髭のディスり具合がすごいな~。

 火に油を注いだみたいに玄関での応酬はヒートアップしていた。

 放っといたら近所迷惑にならないだろうか。


「姉さん……あの人って……」


 恵太が聞いた。


「うん。わたしたちのパパだってさ」

「ほ、本当に生きてたんだ。姉さんの言うとおりだったね。それにしても、どうして母さんは、死んだなんてウソついたのかな」

「パパの浮気が原因だったからね。ママにとってはいないほうがマシな人だったの」

「そ、そうだったんだ。なんか話しを聞いてるかぎり、俺がいたことを知らなかったのかな……」

「認知すらさせなかったみたいね。そういう仕返しもあるってことじゃない?」


 女性に謝り倒すさまが恵太そっくりだ。

 こういうところ遺伝子って強いな~。

 同時に、聞いていたほど悪い人じゃない気もしてきた。

 非を認めてとにかく謝ろうという誠意だけは感じられるし。

 話を聞いてあげるくらいは許してもいいんじゃないかな~、とか思っちゃうわたしは甘いんだろうか。


「……で、結局なんの要件なのよ。うちは旅行の準備で忙しいから、話があるなら手短に」


 ついにママが折れた。


「ああ。それじゃあ本題に……ちょっと待ってて。すぐに呼んでくるから」

「呼んでくる?」


 パパはさっと身を引くと敷地から出て行った。

 ほどなくして、頭にゲーミングネコミミをつけた女の子を抱えて戻って来た。


「み、美冬ちゃん?」

「若パパ~」


 数日前に別れたばかりの美冬・レーナ・フィッシャー。

 小さな手をぶんぶんと振っている。

 元夫が愛おしそうに抱いている子を見て、ママは度肝を抜かれたようだった。


「そ、その子は……まさか……」

「ほら美冬。ママとお姉ちゃんたちにご挨拶してみようか」

「みふゆ・れーな・ふぃっしゃー、です。ごさい、です。ひがしみやしにすんでます」

「話というのはこの子のことだよ。ぼくと再婚した人との間に生まれた子なんだけど、その人は早くに旅立ってしまって……。どうかお願いだ。しばらくの間、この子を家に置いてもらえないだろうか」

「「「えーっ!!!」」」


 あまりに急展開。

 いつかは義妹と一緒に暮らせたらいいな~と思っていたことが現実に!

 でも、ママにとっては寝耳に水なことなので。


「……は? なんでうちに?」

「勝手なことを言っているのは重々承知してるよ。ただ、ほかに頼れる人がいなくてね。海外を飛び回ることの多いぼくといるより、姉妹とひとつの場所に落ち着いたほうが幸せなんじゃないかなって……」


 ママは血が滲みそうなくらい唇を噛み、肩を震わせていた。

 やがて我慢の限界に達したように、廊下の片隅に置かれたハンドバックでパパを殴り始めた。


「母さん!」

「ママ、やめて」


 ママが手を上げてるところを初めて見た。

 ママの中でギリギリ耐えていたものが美冬ちゃんを見て決壊したようだ。


「この世にぃっ、これほどおっ、人をバカにした頼みがあるのかしら!!」


 パパは神妙な顔で殴られるがままだった。


「人のこと裏切って、さんざん好き放題やって、16年ぶりに顔出したと思ったらこっちの都合も聞かずに母親代わりをやれですって。……ふざけんなあっ!! どうしてわたしがよその女に産ませた子どもの面倒を見なければならないの。再婚相手が亡くなったのはご愁傷様だけれど……その子はあなたの子であってわたしの子じゃないのよ」

「アキのいうことに反論の余地はない。でも、そこをなんとか……。きみにしか頼めないんだ。ぼくにできることなら何でもする」

「嫌! ぜったいにごめんよ!!」


 パパとママを交互に見上げていた美冬は、ママに近づくと、その足にクラッチホールド。

 ママは恐る恐る告げる。


「な、なにをするの。離しなさい……」

「ママ……」

「ち、違う。わたしはあなたのママじゃないの……」

「ママぁ…………」

「だから、違うってば……!」

「ウリウリウリウリウリウリウリウリウリウリウリウリウリウリウリウリウリウリリリリリぃぃ~~~~~~ん」


 美冬は必死におでこをママに足にこすりつけていた。


「ああ、なんなのこれ……。昔の美夏に玩具屋でしがみつかれてるようなこの感覚は……」

「おごらないでくだざい。おいでくだざい。わがままはいいまぜん。おねがいじまづ……」

「それがすでにワガママで……おかしいわ、こんなのぜったいおかしいわ。わたしの子育てはほとんど終わったはずなのに、振り出しに戻ろうとしてる!」


 さすがのママも強く言えなくなってきた。

 さすがわたしたちの妹。

 戦況不利と見るや素早く泣き落としにかかり、かつてわたしが(玩具をねだるために)編み出したウザ絡み戦法も習得済みとは……。

 本当に将来が末恐ろしいなぁ。

 恵太は震え声で言った。


「なんとかならないかな。こんなに頼んでるんだし……。美冬ちゃんの…………い、妹の面倒は俺がしっかり見るよ。母さんの手は煩わせないようにするから」

「簡単に言わないの。恵太は子供一人預かることの大変さと責任の重さがわからないでしょう!」

「それは……そうなんだけど……」


 ここで頼りがいのある姉が援護射撃!


「わたしからもお願い。パパのことはともかく、この子は放っとけないよ。わたしの妹でもあるし、なんでも協力するから」

「……顔はもちろんのこと、行動を見てもあなたの妹であるって点はまちがいないわね」


 そうハッキリ断言されちゃうと超複雑な気持ちになるんですけど!

 悔しい! でも否定できない!


 ママは震える手を抑えながら、差し入れの袋を持った。


「……北海道の旅行はまた今度にしましょうか。せっかく高そうなワインを頂いたことだし、晩酌の相手くらいしてもらおうかしら」


 その言葉を聞いて、パパは黙って頭を下げていた。




「え、わたしのフルネーム?」

「そうだよ。アキから聞いてないかい?」


 リビングで家族会議中にパパが色々と知らなかったことを話してくれた。


「美夏のもうひとつのフルネームはね。『ミカ・レーア・フィッシャー』だったんだよ」

「そんなのはじめて聞いたよ。美冬ちゃんがレーナで、わたしがレーアか~。カッコいいかも!」


 当の美冬は恵太と一緒にタブレットで何かのゲームをして遊んでいた。

 その様子を優しい顔つきで眺めていたパパが言う。


「でも、本当に驚いたよ。美冬が『おひげのないパパに会った』と言っていたが、まさかぼくに息子がいたとはね」


 ママは頬杖をついて不機嫌顔だ。


「聞いて喜びなさい。あなたのようなクズが父親とは思えないくらい誠実でいい子に育ったから」

「うん。そうみたいだね。美冬もよく懐いてるし」


 パパは爽やかな笑顔でコーヒーカップをすする。


「それにしてもあんまりじゃないか。いくらなんでもぼくを死んだことにしなくても」

「じゃあなんて言えばよかったのよ。子どもたちにパパは生きてると教えてたら、なんで別れたのかって聞かれるじゃない。原因はあなたの不貞だって正直に言えるわけないでしょ。不誠実な父親がいると子どもの自尊心発達の妨げになるんだから。そんな将来のリスクを回避できるのなら、あなたの命くらいいくらでも投げ捨ててあげるわ」

「そ、そうだよね。ぼくのせいだよね。本当にごめんよ……」


 パパの体がしゅんと小さくなった。

 それにしても筋肉の盛り上がりが見事に思えた。上腕二頭筋といい、大腿直筋といい、プロのボディビルダーみたいだ。ママによると昔は恵太みたいにすらりとしてたらしいのに、どうやってバルクアップしたんだろう。

 ためしにパパの上腕筋に触ってみる。すごい……両手で収まりきらない太さ。


「良かったわね恵太~。パパがこの体格だから、あなたもがんばれば筋肉ムキムキになれるんじゃない?」


 昔よりマシとはいえ弟はまだまだ細い体つきだ。もう少し鍛えてガッシリしてくれてもよさそう。


「え~、どうかなあ……。さすがにお父さんみたいにはなれないんじゃないかな……」

「はっはっは。良かったら将来ぼくの仕事を手伝ってみるかい? ジムに通うよりよっぽど効果がある」


 パパの提案にママは白け顔である。


「恵太はこんなふうになんかならなくていいの。厚みがありすぎて見苦しいだけよ」


 美夏は気になっていたことを聞いた。


「パパって何のお仕事してるの?」

「ぼくが主にやってるのは船の卸売りだよ。クルーザーとかヨットとかね。クライアントサポートのために実際海に出ることも多い。だからけっこう体力勝負なんだ」

「へえ~、そんなお仕事があるんだね」

「一応、ぼくが社長やってる会社でもある。といっても社員はぼくを含めて四人の小さな会社だよ」

「それでもすごいじゃん! へえ~、社長か~」


 それから一言二言会話をしていると、パパはふと思いついたように、ママに耳打ちし始めた。


「はあ? 知らないわ。自分で聞きなさいよ」

「いやあ……この美貌なら誰もほっとかないだろうし……ぼくが聞いて『いる』と答えられたら、とても立ち直れない」

「変なところで小心者ね」


 ママは席を立つと廊下に出た。


「美夏、ちょっと来て」

「え?」


 ママに手招きされリビングの外に連れ出された。

 ママは扉を閉めると腕を組んだ。

 なにこれ? お説教?


「美夏、あなたいま付き合ってる男性はいるの?」

「え? なんでいきなり。い、いないよ……」

「そう。ならちょうどいいわね。……パパがね、あなたの身辺がすごく気になるらしくて。まあ言ってしまえば、あなたに彼氏がいるのかどうかってことね」

「は、はあ。そうなんだ」


 なんでそんなことが気になるんだろう。


「……パパには付き合ってる人がいる、と言ってあげなさい」

「え、なんで? ウソになっちゃうじゃん」

「ウソでもいいから。むしろ事実と異なるからいいの! あなたの言葉には、あの男の心臓を抉るくらいの威力がある! 父親ってものはね、娘に男の影がチラつくのが大嫌いなものよ。あのクズに自らの愚かさを教えられるのは、この地球上にはあなたしか存在しない! わたしの代わりに復讐を果たすのよ!!」

「そんな~~~~~~っ」


 ムチャクチャだよォ!

 ママの目つきがイってしまってる!

 ウソをつけと言われてもあんまりそういうのは得意じゃないし……。

 それでもママの指示なのだ。やるなら半端はせず徹底的に。

 パパは長い間家族を放っておいたのだから、小さなウソは許されると思う。

 とはいえわたしにカレシができたというだけで大した衝撃は与えられなくない?


 美夏はリビングに戻って不承不承、パパに告げた。


「…………まあ、わたしも高校生なわけだし? お付き合いしてる男の子はいるよ」

「そ、そうか! そりゃそうだよね。美夏のように素敵なレディをほうっておく男はいないなあ」


 胸に強烈な砲弾を受けたかのように、パパは泣きそうになっていた。


「ち、ちなみに、どんな子なんだい? 美夏がパパみたいな最低な男に引っかかってないか心配なんだ」

「え……え~~~~~と、ねぇ………………」


 自分で言うなとツッコミたい~~~~!

 予期できた質問だがこれがもっとも答えづらいな……。

 こんな彼氏だったらいいな、という理想像をあげていくしかなさそう。


「頭が良くて……背が高くて……身体も鍛えてて……わたしが困ってたらすぐ助けてくれて……ちょっと不器用な性格なんだけど、目標を持って一直線に進んでいくような人で……」


 つらつらとお付き合いしたい男性の理想像を喋っていて、我ながら真実味がない。

 そんな優良物件どこにおんねん。

 パパはがっくりと肩を落としていた。


「すごく素敵なボーイフレンドができたんだね。……よかったら、写真を見せてくれないかい? せめて顔ぐらい知っておきたい」

「え……写真?」

「あるんだろう? スマホに一枚くらい……」


 ありません。だってウソだから。

 そもそもスマホが壊れちゃってますので……。

 美夏が言葉に詰まっていた時、再び玄関ベルが鳴る。


「だ、誰かな? わたし出てくるね!」


 美夏は逃げるようにリビングを飛び出した。

 この間に少しでも言い訳をひねり出さなくては!


 次の来訪者は、達也だ。

 ポケットに手を突っ込んでなにやら難しい顔をしていた。


「遠山くん? どうしたの?」

「いやあ、いくつか滝沢に聞いておきたいことがありまして。あいつ、今います?」

「ええ。ただ、今はちょっとぉ……」


 ピーンと閃いた。

 この手しかない。

 写真がないという問題もこれで解決。

 確固たる証拠を出せば信じるしかなくなるはずだ。

 達也にはあとでお詫びしなければならないが、ママの要望をこなすには彼の協力が必要不可欠なのだ!


「遠山くん! ちょっと来て!」

「はい?」

「今日だけわたしの話に合わせて!」

「……………………はなし?」


 達也の腕を取って、美夏はリビングに戻った。


「この人! わたしこの人とお付き合いしてます! 遠山くんっていって、とっても頭いいんだよ」

「……ん? 付き合う?」


 美夏は、達也を矢面に立たせた。

 家族一同目を丸くしている。

 恵太は「そんなの聞いてない」と言いたげに、ママは「あらまあ、あなたたちいつの間に」とちょっと嬉しそうに、パパはどこかで見たことあるような目で。

 一番困惑していたのは、達也自身だったが。

 彼はパパを見てポンと手を打った。


「あれ? バイヤーのおっさんじゃねえか」

「バイヤー?」


 恵太がつぶやいた。


「このおっさんだよ。俺と俺の親父に船旅の楽しさを熱く吹き込んでくれたの。来年、クルーザーを手配してくれる契約もしてるぜ」


 美夏は、船で世界一周してみたいという夢を思い出した。

 達也の夢の発生源はうちのパパであるという。

 いやはやまさかまさかの顔見知りだったとは。

 世間って狭いんだなあ。


「タツ、この人はね、俺たちのお父さんなんだ……」

「オヤジ? マジか?」


 パパは静かに立ち上がると達也に歩み寄り、彼の肩をがっつりと掴んだ。


「そうか、君は遠山さんの……」

「は、はあ」

「君は大切なクライアントの息子さんだが、今ぼくは、愛する娘を預けるに足る男かどうか見極めなければならないんだ。ここまではいいかな?」

「いや、ぜんぜんよくないっす。つうか、おっさんがなに言ってるのかさっぱり──」

「言葉には気をつけたほうがいい。返答次第では君を投げ飛ばしたくなる衝動に駆られてしまうよ。一応ぼくは、君のガールフレンドのパパなんだからね」

「いや、その、親父さん。友だちなんです。俺と美夏さんは、男女の関係とかじゃないっすよ」

「……と、彼はこのように言っているけど、どうなんだい?」


 話を振られ、美夏はぶんぶんと首を横に振った。


「遠山くん、照れてるんだよ! わたしたちもうキスもしてるし!」

「グハアッ」

「ウウッ」


 パパがむせて、恵太は胸を抑えていた。

 ウソじゃないよ。ほっぺにちゃんとチューしたよ!

 しかもついさっき!!


「一緒に旅行だって行ったし! もちろん寝泊まりもいっしょ!!」

「ぐあああっ」

「うごごごっ」


 効果は抜群だ!

 なんでダメージ受けてるのか知らんけど、とにかく上手くいったようでなにより!

 パパは苦悶の表情で額を壁に打ち付けて、ママが悪い顔で満足げ。

 恵太まで床でのたうち回ってるのは……スルーでいっか。


 余命いくばくもないような形相でパパは最後の抵抗を試みた。


「美夏は……彼のことを『遠山くん』と呼んでいるようだが、どうしてよそよそしいのかな? 本当はそこまで深い仲じゃなかったりするんだろう?」

「ふ、二人きりの時はちゃんとファーストネーム呼びだよ? 本当は『タッちゃん』『ミーちゃん』って呼び合ってるの!」


 パパと恵太は白目をむきながら床に突っ伏していた。




 美冬の預かりについての話し合いは、思い出話を挟んだこともあって伸びに伸び。

 パパともどもその日は家に泊まって明日に持ち越すことになった。


 美冬は早寝するたちとのことで、午後九時を回るころには半分夢の中であった。

 妹は恵太に見守られながら、弟の部屋のベッドで安らかな寝息を立てているだろう。


 深夜の一時頃、美夏は喉の渇きに耐えかねて目が覚めた。

 キッチンで水を飲んでから寝なおそうと階下へ降りるとママとパパの声が聴こえた。

 リビングでまだ話し合っているらしい。

 美夏はそっと聞き耳を立てた。


 話し合いというより缶ビールを飲み交わしてるみたいだ。

 プシュ、と炭酸ガスの抜ける音。

 ママはベロベロになったみたいにろれつが回ってないのに、パパをなじる悪口は止まらない。

 相変わらず辛抱強く聞き役に徹してるパパがちょっと気の毒。

 できれば仲裁に入りたいところではあった。


 だけど、民事不介入というか、当人同士の問題というか。

 子どもが割り込むのは野暮なのかも。


 缶ビールの中身がなくなり、パパが持参したワインを開けると、ママは話題を変えた。


「どんな人だったのか聞かせてよ。あの子の、美冬の母親は?」

「……いい人だったよ。佐々木冴香という女性だ。ぼくのことをぜんぶ知った上で受け入れてくれた。以前に結婚していたこと。すでに子どもがいること。ぼくの浮気が原因で離婚したこともぜんぶね」

「そこまでわかっててよくあなたの子を産もうなんて気になったものね」

「本当は子どもを作る予定はなかったんだ。生まれつき心臓が弱くて、妊娠の負担に耐えられないことも知っていた。だから冴香の妊娠がわかったときも、ぼくは諦めるように言ったんだ……」

「結局産んでしまった、と?」

「本当に……女性の強さには感服するよ。まるで命の炎を燃え上がらせるように、冴香は美冬の出産まで耐えた。そして……産後からたった二ヶ月で、満足そうにこの世を去っていったんだ」

「じゃあ、美冬って名前は、あなたがつけたの?」

「どうしてそう思うんだい?」

「ただの偶然じゃないでしょう。わたしが明来で、娘は美夏。滝沢家の女は生まれた季節を含む習わしだって、昔わたしが教えたわよね」

「半分当たりで、半分外れってところだよ。名付け親は冴香なんだ。……いつかあなたと娘が、もうひとつの家族と仲良くできますようにと、美夏と繋がりを持たせてくれた」


 ワイングラスにワインが注がれる音がする。


「いつか子どもたちを会わせたいとは思っていたが、今さらどんな顔でアキたちに会えばいいのか決心がつかなかった。美冬が遊びに行った避暑地で美夏に会ったと知ったときは、運命だと思ったよ。この機会を逃したら次はないと感じた。そうして気がついたら、アキの家の前に来ていたんだ」

「ふん、調子のいいこと。それで美冬をこの家に住まわせたかったの。わたしが認めなかったらどうするつもりだったのよ」

「断らないとわかってたよ。どんなに月日が経とうと、どんなにぼくを罵ろうと、キミの優しさは変わっていない。美夏がキミを慕う様子を見て確信した。……本当にすまなかった。ぼくはアキの優しさに付け込んだ卑怯者だ」

「はっきり言っておきますけどね。あなたと寄りを戻すつもりはさらさらないわ。でも、故人に免じて美冬のことだけは受け入れてあげる。……ほら、泣いてないであなたも飲みなさいな」

「ありがとう」


 パパは嗚咽をもらして泣いていた。

 昼間とは別人みたいだ。

 パパも苦しかったんだ……。

 亡くなった奥さんとの約束と、ママへの贖罪で板挟みになってたのかもしれない。


「それにしても参ったよ。アキと美夏には殺されてもしかたないくらいの覚悟をしてきたつもりだったのに、まさか息子までいたとはね。おかげですっかり決意を崩されてしまったよ」

「あなたの動揺を誘えたなら、わたしの復讐は成功ね」

「そりゃもう大成功だ。ドッキリバラエティのグランプリを狙える。教えてくれないか。彼、どんな子なんだい? 美夏のようには中々話し合えなくてね。好きな食べ物とか、行きたい場所とか、将来の夢とか。恵太のことをできるだけ知っておきたいんだ」

「自分で聞いてみなさい。十六年ぶりにお墓から蘇ったパパでしょ。父親らしいところを見せれば口を聞いてもらえるかもね」

「はは。まさに身から出た錆というやつか」

「そうよ」


 美夏はそっとその場から離れ部屋に戻った。

 親同士の晩酌はまだまだ続きそうだ。

 いつまでも盗み聞きしてるのも良くない。


 パパも色々大変だったんだなぁ……。

 人を知ろうとするところは恵太そっくりだし。

 やっぱり親子だ。

 お互い気の合う者同士だってすぐ気づくよね。

 明日が来るのが待ち遠しくなってきた。

 これから忙しくなるぞ~。

 美冬の世話もあるし、パパも一緒に住むんなら空いてる部屋片つけなきゃだし……。

 新生滝沢家のスタートだ!!

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