滝沢家の長女
ダーク冷河がかっと目を見開いた瞬間、全身から眩い光が放出された。
「なにこの光!?」
「すぐに離れて!」
電話の主の忠告は間に合わなかった。
美夏は、荒れ狂う暴風のような力に吹き飛ばされた。
崩れかけのビルから突き出たパイプに掴まることができた。
くるりと回転してパイプの上に登り、遠巻きに吹き飛ばされた地点を見る。
赤い空を突き抜けて宇宙まで達しているかのような光の柱が伸びていた。
まるで天への通り道だ。
「もう! あとちょっとだったのに」
「マナー違反してでも負けるのが嫌だったみたいね。一個飛び越えて真・真・能力解放までいったわ」
「それってつまり……」
「30%の全力ってことよ」
なんとも安直なネーミングセンス。この法則だとフルパワーになったら真が9回付きそう。
状況を観るべく現在視を発動。
光の柱の中心に立っているダーク冷河の姿が変わっている。
全身に電子基板のパターンのような青い線が数本走っていた。線の中には小さな光がいくつも駆け巡っている。ギアを上げたというのも伊達ではなさそうだ。
ダーク冷河が屈伸でもするように体を丸めると、その背中から翼を模した金属骨格むき出しの翼が現れた。翼は左側だけ生えていて、アンバランスな天使を連想させた。
気が立っているのかブツブツと文句を呟いていた。
「グググ……ワタシハ、負ケラレナイ。ワタシノホウガ、優レテイル。ワタシノ、ホウガ、姉ニフサワシイ。美夏チャンデハ、彼ヲダメニスル……」
直後ダーク冷河は飛翔した。片翼の翼からロケットブースターのような炎を噴射しながら、グングンと上空へ舞い上がり雲の向こうへ消えていった。
「逃げた……?」
なにか仕掛けるつもりなんだろうか。
再び地面が揺れ出す。空に黒い大蛇のような暗雲が立ち込めた。雷鳴が轟き、揺れはますまず激しくなり、小さな瓦礫が宙に浮き始めた。重機でコンクリートを掘り返すような衝撃音の後、ダーク冷河のいた地点を中心として建造物が浮き上がっていた。物体が浮き上がる範囲は瞬く間に広がっている。
天変地異と呼ぶにふさわしい有り様だ。
「なにこれ!? ぜったいおかしいって!」
「あっちゃ~、ついにマジギレさせちゃったかなあ。終局を迎えた世界とはいえ、アトロってば容赦なし……」
電話の主の声は呆れているように聞こえた。
驚嘆している間に美夏の体まで浮き上がり始めた。
「あわわわっ、どうなってんの!」
強風が吹いてるわけでもないのになんで浮き上がるんだ?
「引力の均衡が崩れ始めてるみたい。早く脱出しないとタダじゃあすまないかも……」
「なんでもいいからっ、なんとかする道具はないのっ?」
「よしきた。こっちも真・真・能力解放いっちゃうよ~!」
全身から眩い光が放出され、手足に青い線の模様が現れた。これで30%解放完了らしい。
見た目以外あまり変わった気がしないがおそらくパワーアップしたんだろう。
「あとはこれ、フライトモジュールね。脳波コントロールで自由に飛べるよ」
お腹に金属骨格で作られた腰巻のようなものが装着されていた。
お尻の辺りを包むように骨組みが伸びており、さながら鳥の尾翼に見える。
尾翼からアフターバーナーのような炎が噴射されると、自分の意思で動けるようになった。
「あ、スゴイスゴイ! わたしって空も飛べるんだっ」
「ミカ、神器も回収してね」
「わ、わかった。……むむっ」
キュアソードを放棄したままだった。
意識を集中すると遠くから柄だけのキュアソードが飛んできて手の中に収まった。
「よし、じゃあ急いで退避よ」
「でも、退避って……どこに?」
「上を目指して」
「う、うえ?」
言われるまま上空へ飛んだ。アクセルを踏み込むような気持ちで加速をかける。あっという間に地上がグーグルマップで見るような眺めになった。
よく考えたら今日まで飛行機に乗ったこともないのに生身で飛行していいんだろうか。
高く飛び上がり過ぎて落ちてしまったというイカロスのお話を思い出して不安になってきた。
「だだ、だいじょうぶかなあ? こんなに上まで来て……」
「まだまだ。雲の上に出るんだよ」
「ええーっ」
しかたないので我慢して黒い雲へ突っ込んだ。上も下もわからなくなりそうで、いろんな方向から雷鳴が聞こえた。
美夏が雲を抜けたとき、目を疑うような光景が広がっていた。
「ウソ…………でしょ?」
異常なまでに大きくなった月があった。
水平線に沈むときの月が巨大に見えるのは目の錯覚らしいが、これは違うだろう。物理的に距離が近い。しかも徐々に近づいているのだ。
「環境への負荷が大きいって、こういうこと!?」
10%から30%へパワーアップしただけなのにスケールがおかしい。
月を引き寄せて落とすとか反則だ!
「阿鼻叫喚の地獄絵図になるよね。だからも~っと高く上がらなきゃ。衝突の余波に巻き込まれたらさすがに無事じゃ済まないよ」
「そりゃそうでしょうね!」
しかし上がると言っても限度があるだろう。赤い空の境界を越えたのか景色が暗くなってきた。
「あの……どこまで行けばいいのかな。これ以上は宇宙に出ちゃいそう……」
「そうだよ。宇宙空間に出るんだよ。アトロはとっくに出てるし」
「いやいやいやいや。死ぬよ! 息できないじゃん!」
気圧とか温度とか宇宙線とかやばい要素盛りだくさんだよ!
「生命維持装置は完璧だから問題ないよ。ボンベ背負ったダイバーだと思って安心して宇宙デビューしちゃえ~」
「不安しかないよ!!」
成層圏に入ったあたりで諦めがついた。こうなればヤケだ。現在視で捉えたダーク冷河のところまで猛スピードで突っ切ったる!!
小さな星が次から次へと視界に入っては消えていく。
美夏は、月と地球の引力を振り切って宇宙へ飛び出していた。
電話の主のいう通りなぜか呼吸することができた。破れかけた制服を着てるだけなのに、極端に寒かったり熱かったりすることもなく、ぬるま湯のプールを泳ぐような感覚なのだ。
生身で空を飛んだり、宇宙に出たりしたことのある女子高生は自分が史上初だろう。いつか遠い未来で、すべての人たちがこんな旅をできるようになるのかなあ……。そんなのんきな感想が浮かぶ。
宇宙遊泳の後、美夏は、暗黒の宇宙で静止しているダーク冷河の元にたどり着いた。
「どういうつもり? いくら人がいないからって、ぜんぶをめちゃくちゃにするようなことを!」
ダーク冷河は肩を大きく上下させていて苦しそうに見えた。
「わたしには、お前の思考パターンが理解不能だ」
「……なにが?」
「少年に入れ込んでどうなるというのだ」
美夏は、キュアソードの刀身を伸ばして構えた。
「お前の拠り所にしているものなど儚い幻。借り物だ。まがいものに過ぎない」
「何度も言わせないで。わたしの前世は関係ない。わたしは滝沢家の長女で、恵太の姉よ」
「違う。お前はただ立ち寄っただけの存在だ」
ダーク冷河が何もない空間に手をかざすと、手の中に黒い球体が引き寄せられた。
「赤い闇の彼方は、すべての異次元世界の終着点……終局を迎えた世界が蓄積されている。儚くも美しい泡沫の世……過去、現在、未来のすべてがある。この球体は、あるひとつの宇宙が凝縮されたもの」
「……それがなんだっていうのよ。異世界の話なんかされたって、わたしには関係ないでしょう」
「そう思うのなら、現在視で球体の中を覗いてみるといい。お前の知りたがっている真実がある。あるがままの正しき世界が見えてくるはずだ」
嫌な予感がした。ダーク冷河の薦めるものなど見る必要はないはずだった。一方で、もしかしたらという疑念が捨てきれない。無理やり納得して頭の隅に追いやっていた闇が膨らんでいくみたいだ。
「どうした。何を恐れている。お前は、少年の姉なんだろう?」
その挑発ともとれる言葉に、美夏は抗えずに現在視を発動した。
最初に見えたのは赤ちゃんの頃の恵太だった。下半身丸出しで、ママがおむつを替えているシーン。居間の床に恵太を寝かせ、台所にある紙おむつのパックを取りにママが立ち上がった。一人で残された恵太を見守るものは、誰もいない。居間の額縁には、子供の名前と生年月日が書かれた命名紙が収まっている。
命名紙は、恵太のものしか収まっていない。
……やめて。こんなもの見せないで。
次に見えたのは小学生の頃の恵太だ。学校の運動会で、徒競走を終えた恵太がママと一緒に写真を撮っている。よく頑張ったとママに褒められ、恥ずかしそうにしている恵太の笑顔が可愛らしい。
現像された一枚の写真には、恵太とママしか映っていない。
……イヤ! こんなの違う!
さらに見えたのは中学生の頃の恵太。自宅でママと一緒にクリスマスケーキを切っている。我が家のクリスマスは、子供の誕生日祝いも兼ねているイベントだ。ケーキのプレートメッセージに、姉弟の名前が記されているはず。
プレートには、恵太の名前しか記されていない。
……ああ、そんな! わたし、わたしは────
これ以上見ていられなかった。突如湧きあがった悲しみの波はあまりに高い。頭が混乱して、涙といっしょにない交ぜの感情が流れ出てきた。
キュアソードの刀身が原動力を絶たれたように短くなった。
「違う違う違う違う違う、違う! こんなのウソよ。あなたのでっちあげに決まってる!」
「なにも違わない。お前が存在しないものであることは、まぎれもない真実だ」
誰かに否定してほしいと願っても心の奥ではわかっていた。ダーク冷河はウソを言っていない。わたしはどこにもいないのだ。滝沢家には長女などいない。きっとどの時間、どの世界にもわたしはいないのだろう。
滝沢家には、恵太とママしかいないのだ。
「女神が人になるのは……まだ早い。つまらん夢を見るのはよせ」
それが世界の、本来あるべき姿だった。
「ミカ」
電話の主の声は頼りない。
わたしは、割り込んだだけだ。存在しないはずの時間、存在しないはずの空間に。わたしは滝沢家にいてもいなくても変わらない。事実そうだった世界が存在していたし、今この瞬間も存在しているに違いない。わたしのいる世界がおかしかったのだ。じゃあどうして。わたしは何のためにいたの? わたしは何を守ろうとしていたの? わたしはどういう役目を持って生まれてきたの?
「ねえ、ミカ」
「教えてよ。あなたは知ってるんでしょ。本当の本当は、わたしって何だったの?」
「あなたの手にある紡ぎの神器は、まだ光を宿しているでしょう」
「え?」
キュアソードの刀身は、今にも消えそうなほど細く弱々しい。
「紡ぎの神器はミカの意思を受けて起動したものだからね。そのブレードは、あなたの心をよく表しているの。今にも消えそうで、儚い幻のように見えるかもしれないけれど、そうじゃない。あなたがどんなに傷ついたとしても、どんな真実を突きつけられたとしても、それでも消えずに残った大切な光なんだって、わたしには思えるよ。それがミカにとっての真実なんじゃないのかな」
大粒の涙が零れるたびに思い出が呼び起こされた。
恵太のおむつ替えを隣で見てるわたし。
小学校の運動会で恵太と一緒に写真を撮ったわたし。
クリスマスケーキのプレートには姉弟の名前が確かに記されている。
わたしの中に大切にしまわれた思い出……。
これだけはウソじゃない。
だってこんなに暖かいんだもの。
まだまだ甦ってきた。
トイキッズでママの足にしがみついておもちゃをせがんでいるわたし。恵太が不埒なマネをしないように探偵役をこなしてきたし、遠山という男友達もできた。冷ちゃんとはたくさん遊んだし、穂高のデートは邪魔してやったし、母親違いの妹に面食らいながらも一緒にお風呂に入った。いくらでも出てくる。これからもいっぱい出てくるだろう。思い出は今この瞬間も生まれ続けているのだから。
「とってもきれいな思い出がいっぱいだね! よかった~、ミカがわたしの願っていたとおりの人になってくれて。これでわたしの役目は終わりかな」
「え……終わりって?」
「元々わたしは緊急用のバックアップ。ミカの成長を見届けたらお役御免なの。でもだいじょうブイよ! あなたはすでに女神超えちゃってる系女子だから!」
声が遠くなってきた。
「待って」
「あなたの力は、あなたが守りたい人のために使ってね」
それきり声は消えてしまった。
ダーク冷河が憐れみを込めるように手を差し伸べてきた。
「さあ、もういいだろう。仮宿を去るときだ。我らには人の幸福を守るという使命があるはず」
「人の幸福を守るって……どうやって?」
「タキザワケイタとキリウレイカを同時に抹消する。それしか滅びの未来を回避する方法はない」
握りしめたキュアソードの輝きが急激に増した。刀身はエネルギーが溢れんばかりに巨大化している。
抹消なんかさせない。たとえそれが唯一の答えだとしても、ぜったいに!
美夏は、涙を拭った。
「そんなの許すわけないでしょうが! わたしはふたりを助けるためにここにいるんだからね!!」
瞬時に近づきハサミを狙ってキュアソードを振る。
ダーク冷河は、再び分離したハサミで挟み込むように受け止めた。
「まったくこれだから単純バカは始末が悪い。どこまで愚かになれば気が済むのだ」
「それって誉め言葉よねえ。立ち直りが早いってよく人から褒められるわ!」
「居直るな! その目で真実を見ておきながら、お前の居場所ではないことがまだわからないのか」
「それがなんだっていうの!」
「なんだと」
「滝沢家の女に伝わる家訓! よそはよそ……うちはうちよっ!」
抑え込む力が強くなってきた。完全に封じ込まれる前に、美夏はハサミを蹴りつけてキュアソードを引き抜いた。
慣性によって身体が激しく回転、強引に急停止した。
ダーク冷河が頭を振り払いながら息を荒くしている。
「人間の愛が……お前を突き動かしているのか。そんなものは幻想だ。肉と骨の容れ物など纏っているから思考パターンに異常をきたす。お前の感じている愛など脳内で作られる電気信号のまやかしに過ぎない」
「電気信号の前に愛があるのかもしれないでしょ。だからわたしが戦えてるんじゃない!」
「バカの言い分には付き合いきれん」
空気はないはずなのに、遠くの宇宙が震えたような気がした。
地球と月が衝突したのだろう。背後から月の欠片と思しき大量の岩塊が飛来した。
「……さきほどのような小細工は通用しないぞ。所詮、力に目覚めたばかりのお前が、わたしに勝てるわけがない」
「言質は取ったわよ。これで負けたら、あなた本当に言い訳できないんだから」
紫色に揺らめくオーラが、ダーク冷河の体を押し包んだ。
ダーク冷河の手前を岩塊が通り過ぎた瞬間、気配が消えた。
漂っている岩塊に身を隠したわけではない。
現在視によってダーク冷河が信じられないほどの速さで動いているとわかった。
通常の移動速度を遥かに超えている。
宙域一帯に青い火花が拡散していた。
彼女は時の流れを極端に遅くする術を持っている。その逆に自らの時を速めることもできるのだろう。
手首のスマートウォッチが点滅した。
『タキオン粒子増大を検知。
加速の使用を推奨。
YES / NO』
パネルにはそう表示されていた。
何から何まで対抗策を用意してくれた前世のわたしに感謝だ。
美夏は"YES"をタップした。
『アクティベイト、加速モード』
流れていく岩塊が停止した。こちらを警戒するように飛ぶダーク冷河を肉眼で捉えられる。相対的に自分の時間が加速したようだ。
停滞した宇宙の中で、青い残光を描きながらダーク冷河が突進してきた。美夏はすれ違いざまに迎え撃つ。無音の衝撃が爆発的に膨張して、周囲の岩塊が砕け散った。
「こぉのおおおっ!」
身体ごと回転させた一撃で、片方のハサミに亀裂が入った。
「剪刃が!?」
押し負けたダーク冷河が驚愕の表情を浮かべながら後方の宙域に流れた。
「この力はなんだ? 我らの解放段階は互角のはずだぞ。なぜお前が!」
「女神パワーにお姉ちゃんパワー足してんだから当たり前よ!」
「そんなふざけた力があってたまるか……!」
ダーク冷河が高層ビルほどあろうかという岩塊を引き寄せて投擲した。
美夏はキュアソードの出力を上げた。
「てえやあああーーーっ」
岩塊を一刀両断した先に、ダーク冷河はいなかった。
対応が遅れた。
即座に現在視を使い、上に回り込まれているのが見えた。
ふたつの剪刀を重ね、刃の先に莫大なエネルギーを凝縮したような光球が発生している。
月に比べれば数百万分の一程度の大きさだったが、肌で感じる重圧はそれ以上だ。
「得体の知れない力を生み出すものを……血と肉と骨を消してやる」
「それが奥の手ってわけね」
彼氏も作れないうちに死んでたまるか。
ダーク冷河が光球を発射した。
なにかおかしい。当てる気があるのかと思えるほど球が遅い。それなのに避けられないという直感が強く働いた。
きっとあれは爆発するやつだ。巻き込まれる前に破壊するしかない。
「いっせーのっ」
尾翼ブースターを最大に使い、加速をかけて突っ込む!
キュアソードと光球が激突して、灼熱地獄と化したような高熱の場が発生した。
「あっつぅぅいっ!」
スパークとプラズマが激しく拡散していく。
「基本性能が上がった程度では反陽子弾は防げないぞ。己の過ちを悔いて、純粋なエネルギーに分解されてしまえ」
さすがに必殺技なだけあって威力がケタ違いだ。
爆発させたら魂の一片すら残らないだろう。
絶対に、なにがなんでもたたっ斬ってやるんだから!
反陽子だか電子だか知らんけどそれがナンボのもんだっていうのっ!
「しかし、安心しろ。我らに消滅という概念はない。わたしの相互バックアップを使って再生させてやる。肉と骨を纏う前の記録だが構わないだろう。思考パターンに異常をきたす前にリセットできるのだから」
それってわたしの人生丸々なくなるってことじゃん!
ふざけないで。
リセットなんかさせてたまるもんですか!
わたしの生きた時間も、わたしの生きた世界も、わたしの大切な家族も!!
「お前の生きた人生など、取るに足らない夢だったのだ」
「夢を見てもいないヤツに! バカにされるいわれなんかないやろがいっ!」
美夏は、尾翼ブースターをカットし、力のすべてをキュアソードに集中させた。
「名~づ~け~て~、ハイパーキュアソォーードッ!!」
その瞬間、キュアソードの柄は過負荷を起こして溶け始めたが、一キロ近く延長したブレードは光球を貫いた。
「そんなはずはない……あんな不完全な奴に、このわたしが劣るわけが」
痛みに耐えるようにダーク冷河が顔を歪めた。
「……なぜだッ!?」
光球が霧散し、さらにその先にいたダーク冷河の剪刃を砕いた。
砕かれた剪刃が、赤い光をともなった爆発を起こした。
加速した時の戦いが終結し、通常の宇宙空間に戻っていく。
胸を押さえて丸腰となった彼女に、美夏は近づいた。
「これでわかったでしょ。わたしのほうがちょっとだけ強いんだから、いくら能力を解放したって結果は同じよ。さっさと恵太と冷ちゃん返して」
「フゥ……フゥッ……ググ……。たとえ神に見放されようとも、わたしはレイカを……救う。そうでなければ、この地獄は終わらない。わたしが救わなければ、レイカの愛は報われない。愛する者のいない世界など、地獄以下でしかないッ」
ダーク冷河の目は、憎しみの色に染まるように濁っていた。
「あなたのいう地獄ってなに? 冷ちゃんを救うってどういうこと?」
返答はなかった。
悪魔のようにしか思えなかったのに、この芽生えた気持ちはなんだろう。
星を壊してしまうくらいド突き合った相手だからこそわかることもある。
ダーク冷河は必死だったのだ。
必死に模索して、抗って、それでもどうにもならず、冷徹な暴挙に及ぶしかなかったのかもしれない。
「……あなたはあなたなりに、冷ちゃんを助けたかったのね。心からそう思ってることは、よくわかったわ。でもね、死なせることで助けようというのは、ぜったいにまちがってる。わたしはそう思う」
ダーク冷河は、ひときわ苦しそうに呻いた。