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赤い闇の邂逅

 運命の歯車はいつから回りだしたのだろう。

 不思議な糸巻き棒を受け取ったときから?

 恵太が美冬の転落を防いだときから?

 それとも、去年のクリスマス、恵太がマンション火災に巻き込まれたときから?


 どの答えも正しいとはいえない。

 おそらくわたしが生まれたときから……生まれる前からかもしれないけれど、すべては運命で定まっていたのかもしれない。


 アシリアといっしょに突入した時の止まった交差点で、得体の知れない存在に憑りつかれた冷河(以下ダーク冷河と呼んでおく)に立ち向かうこと。

 それは気の遠くなるほど遥かな昔から決まっていたことなのかもしれない。


「恵太をどこにやったの!」


 美夏は焦る気持ちを抑えた。

 光の柱が消滅したあとには、恵太の姿はなかった。

 アシリアが辺りを見渡して恵太を探している。

 隣にいたはずの彼女でさえ彼がどこへ消えたかわかっていない。


 スカートのポケットに入れたスマホが振動している。それどこじゃない無視だ無視。

 ダーク冷河がハサミの先を地に擦りつけながらゆっくり近づいてきた。


「知りたければ力づくで聞き出せ」


 青い車の横で立ち止まり、運転席を覗き込んでいる。


「とはいえ、この美しい世界を醜い争いで汚したくない」


 ダーク冷河はため息交じりに左手を空に掲げた。


「まずはクロト、お前からだ」

「え?」


 美夏の足元から、恵太のときと同じ光の粒子が立ち昇っていた。

 声を上げる間もなく圧倒的な光の奔流に飲み込まれた。


 眩しさに目がくらんだ。

 目が慣れてくると、そこには一変した景色が広がっていた。

 空は血のように赤く染まり、天を彩る小さな星々は見たことのないようなスピードで流れている。

 場所は同じ交差点のようだが、地面は所々砂に覆われ、瓦礫の山が散乱し、目にはいる建物は倒壊しかかったものばかり。

 激しい空襲を受けたような光景だった。


「ここは……」


 隣にいたはずのアシリアも消えていた。

 消えたというより、自分だけ引きずり込まれたというべきかもしれない。


「遠く過ぎ去ったこの世の果て……赤い闇の彼方」


 元は小さな雑居ビルだったと思われる瓦礫の上にダーク冷河はいた。

 憤怒を感じさせる目で美夏を見下ろしている。

 元々目力の強い冷河が怪しく光る巨大バサミを持った姿は、本物の死神のようだ。


「赤い闇……? なんなのよそれ。あなたいったい誰なのよ」


 いや……わたしは知っている。

 赤い地球のことを知っている。

 星が赤く染まるのは、生きているものがいなくなったという証。

 愛しい人の子らは、憎悪に飲み込まれた者の手によって、ひとり残らず焼き尽くされてしまった。

 ここは滅びを迎え、完全な消滅を待つだけとなった墓場の宇宙だ。

 こうなる運命を変えたくてわたしは彼らを────

 ……ちょい待ち。なんでわたしがそんなこと知ってんの?


「わたしはアトロポス。運命の女神であり、死と未来を司る。そしてお前は、生と現在を司る女神クロトだ。この光景に見覚えがあるだろう。記憶を捨てたところで、その身の機能と能力が消えることはない。お前にはなんとしても運命の女神として再生してもらわねばならん」


 胸の奥が苦しい。心臓が激しく鼓動している。

 頭は痛いし、思い出そうとすると吐き気までしてくる。

 自分は何者か、そんなことに向き合いたくなかった。変な特技のことを考えたら普通であるはずないのに。運命の女神ってなによ。このわたしが冷ちゃんに憑いてるやつと同類って言いたいわけ? そんなアホなことあるもんですか!


「わたしは滝沢家の長女、滝沢美夏よ。あなたのことなんて……知らないっ」


 美夏は疑念を打ち消すように、沈黙したままの糸巻き棒を強く握った。

 数日前の深夜、この棒の真価を発揮できたときは、円錐の先から光り輝く刀身を発生させることができた。これは剣の柄なのだ。きっとこのアイテムなら悪者女神に対抗できるはず。

 なんとかして発動させることができれば!

 ポケットのスマホがまた震えている。

 ダーク冷河が呆れたように首を振った。


「くだらない。いつまでも人間の真似事はやめろ」


 身を屈めると数十メートルに達しようかというほど大きく跳躍してきた。

 蹴った反動で瓦礫が重々しい音を立てて崩れていく。

 空気を切り裂くような鋭い音を響かせて、上空からハサミを振り下ろしてきた。


「きゃあああああっ!」


 美夏は咄嗟に糸巻き棒で受け止めた。

 今まで感じたことのない凄まじい重圧がかかり、体中の力を目一杯振り絞った。

 激しいエネルギーの衝突を物語るように地面が割れ、砂や瓦礫が吹き飛ばされていく。


「人間を運命から守るためには圧倒的な力が必要だ。力の無い女神など誰も認めない。必要ともされない。人知を超えた女神の能力、もっと引き出してみせろ」

「……じゃっかあしいぃっ!!」


 相手を思い切り押し返して距離を離す。


「はあ……はあ……はぁ…………なんてことを。誰か……、巻き込まれたら……、どうすんのよ」

「気にするな。我々を除き、ここにあるものといえば生命のない物質だけだ」

「……さいですか」

「それよりどうだ。頭の悪いお前にもわかっただろう。これだけの力を発揮できて、まだ自分を人間だと思っているのか」


 美夏たちは大地の窪みの中にいた。一瞬の攻防だけで、隕石が衝突したようなクレーターを形成している。

 それほどの破壊力で打ち込んだ相手もだが、手足に小さな擦り傷負っただけで済んでる自分もちょっと……いやものすごく変だ。


「……当然でしょ。これがありえないくらい丈夫だったから耐えられただけよ」

「神器の耐久力は関係ない。ただの人間なら肉体が潰れて死ぬだけだ」

「正論パンチかますやつは嫌われるって知ってる?」


 どうしたらいい?

 早く冷ちゃんを助けて、恵太のところに行かなきゃいけないのに。


「最初の威勢はどうした。少年を救いに行きたいのだろう。ならばわたしを退けてみろ。紡ぎの神器を起こせればどうにかなるかもしれないぞ」

「紡ぎ……」

「防御の態勢をとれ」


 言うやいなやハサミで強烈な横なぎが繰り出される。

 美夏が再び受け止めると、衝突の余波で耳をつんざくような破裂音がした。


「ああああああっ!!」


 踏ん張りが効かず、凄まじい勢いで後方に吹っ飛ばされた。

 建物をぶち抜き、尖った地面に叩きつけられ、何度かバウンドしながらどこかの壁にめり込んでようやく止まった。

 パラパラと破片が落ちていく音を聞いて、美夏は自分がまだ無事であるということを知った。

 大砲の弾として撃ちだされた気分だ。

 体を動かすのも嫌になるし、目の前が真っ暗になりそうだ。


 見通しが甘すぎた。

 子供のころ好きだったマジキュアのヒロインみたいに颯爽と登場して、恵太みたいに人を助けられると思ったのに。

 文字通りぶっ飛ぶほどの理不尽全開ドメスティックバイオレンス受けてるだけで何の役にも立ってない……。


「うぅ……いったぁ……。いぢおう……、まだ生ぎでるみだい」


 事実を認めなきゃいけない。

 ダーク冷河の言うとおり、確かにわたしは普通の人とちょっと違うらしい。

 昔から風邪をひかない健康な体だけが取り柄だったけど、そりゃこんだけ頑丈なら風邪ひくわけないわ。

 はぁ。バカだなぁ……。自分が普通じゃないことにまったく気づかなかったなんて。

 わたしって何なんだろうなあ……。

 人間になれないことを思い悩む怪物ってこんな気持ちになるんだろうか。

 めちゃくちゃショック大きいし、目が枯れるくらい泣きたくなるし、誰かに思いっきりすがりたくなる。


 家族のことが脳裏をよぎった。

 昔、恵太が冷ちゃんを家に連れてきたこと。恵太に余計なこと教えるなとママにマジギレされたこと。恵太がいかがわしいことをしないよう影で監視するようになったこと。

 ああ、なんかこれ走馬灯みたい……、夢なんか見てる場合じゃないのに。

 あきらめるには少し早すぎる。

 まだ、わたしには、大事なミッションが残ってるんだ。


 あるものはある、できることはできるで受け入れるしかないよね。

 取り乱したってしょうがない。

 みじめでぶざまで見苦しいマネだけはするなと教えられてきたんだから。

 滝沢家の長女として、恵太や美冬の姉として、恥ずかしくない生き方しなきゃだからね!


 とはいえ……あんなバケモンどうしろっての。ぜんぜん、まったく、これっぽちも勝てる気しない。こんなん金髪青髪の戦闘民族かラブキュアのラスボスを相手にしてるようなもんじゃない!

 しかも戦えたとして冷ちゃんの体を傷つけるわけにはいかないし……。


 ポケットのスマホがまた震え出した。まだ壊れてないとは負けず劣らずの頑丈さ。さすが現代技術の結晶だ。

 美夏は壁にめり込んだ体を起こし、地上に降りた。

 降りた地面には「東宮興信所」と書かれた錆びだらけの看板が打ち捨てられている。

 マジか。異世界ではあるけれど、自分たちの住む宮央市の隣町近辺まで飛ばされたらしい。


 スマホを取り出すとヒビは入っていたもののちゃんと画面は映っている。

 電話に出て、と表示されていた。

 人っ子ひとりいないはずの異世界で電話がかかってくる?


「もしもーし。やっと出てくれたね~、ミカ」

「あなた、誰?」


 聞き覚えのある声。

 まるで録音された自分の声を聞いてる感じだ。


「わたしがあなたになる前のわたしってとこかな。そんなことよりもまだいけそう? アトロの折檻受けて泣きたい気持ちでいっぱいでしょうけど、気をしっかり持ってね」

「わたしが、あなた? ……いまはこの際なんだっていいわ。味方なら教えて。どうすればアイツを止められるの」

「よかった、やる気いっぱいみたいね。よっし、とりあえず必要な道具を送るから。利き腕はどっち?」

「え……み、右手」

「じゃあ左がいいかな」


 左手の甲が柔らかい光を放った。

 光が消えると、自分好みのゴールドリングが左手に巻かれていた。


「それは遠隔念動装置キネシスモジュールといってね。念じるだけで離れた対象を引き寄せたり、その逆に飛ばしたりすることができるようになるわ」

「な、なんか超能力みたいね。アイツも同じようなことやってた。見えない衝撃波飛ばしてきたり……」


 本当にできるのかな。試しになにか適当なものを……下に落ちてた興信所の看板に手の平を向けて念じてみた。

 ……浮いた! 看板に羽がついたみたいに飛んでる! スゴイ、わたしってサイコキネシスの才能もあるんだ!! 


「もとは宇宙空間作業用のモジュールで誰にでも使……ってまあそれはいいか。とにかくその左手でアトロの身体のどこでもいいから二秒間だけ触れてみて。それであの子の憑依オーバーダイブを解除できる」

「冷ちゃんを助けられるのね! でも……に、二秒間かぁ……。近づくだけでボコボコにされそうなのに、うまくいくのかなあ?」

「はいはい~、そこで取りいだしたりまするは、あなたの持ってる紡ぎの神器ぃ~! 起動させたら絶対無敵・破壊不可・安全安心柔らかタッチ対応のブレードが発生ぇ~。さらにさらにぃ、おまけにあなたの制限された能力を全開放できるようになるの~。そうなればチョチョイのチョイってもんよ。さ、やってみて!」

「強くなるってこと? うーん、さっきからそうしようとしてるんだけど、コレが動かなくて困ってるの……。練習だと一回だけできたのに」


 ていうか柔らかタッチってなんだ。なんでお子さん向けな機能つけるのよ。


「それはきっとあなたの中に迷いがあるせいね。常識を超えた力を振るうことに抵抗を感じてるんだよ。無理もないけれど、吹っ切ってもらうしかないわ。神器は特別製で、女神の思念を受けることでしか起動できないから」

「吹っ切れっていわれても……」

「あなたなりのやり方で構わないから。一度はできたんでしょう。その時はどうしてうまくいったのか、よく思い出してみて」

「わ、わかった……やってみる」

「しっかりね。アトロの石頭にガツンと一発特大のをぶちかましちゃいなさい!」


 なにやら恨みを募らせてそうだ。この人もダーク冷河の中の人にドつかれたんだろうか。


「ねえ……もうひとつ聞いていいかな」

「なぁに?」

「わたしって、なんなの?」


 電話の主の返答は早かった。


「あなたはあなた。普通の人よ。それ以外の何者でもないわ。あなたの前世と今は関係ないってことが、アトロにはわかってないだけだよ」

「わたしの前世? それが運命の女神……ってこと?」

「まあそういうことね。前世がゴキブリってよりはずっと格好つくでしょう?」

「それはまあ、たしかに……」


 ヤな励まし方するなあ。


「……きたよ。注意して」


 地鳴りとともに大きな土埃が舞った。

 話し込んでる間に、ダーク冷河が上空から飛び降りてきた。


「良い格好になったな。先ほどまでの人間気取りよりはよほど見られる姿だ」


 盛大に地面を転がされたせいで美夏の制服はあちこち破れていた。

 スカートの裾はボロボロ、シャツの肩口は今にもずり落ちそうでお腹は丸見えだ。

 これ以上ボコボコにされたら制服のほうが耐えられないのは必至。

 下着姿ならまだしも、素っ裸にされるのだけはゴメン被る。


「アトロのことよろしくね~。あんなんでも一応妹なんで、できれば壊さないで。壊さない範囲でならグッチャグチャのケチョンケチョンまで許可するよ。むしろ大いにボコっちゃってちょうだい!」


 オイオイオイ、この電話の主もけっこう物騒なこというな!

 スマホを離すと画面が消えていることに気づいた。砕け散った画面の奥にある部品が見えている。

 当然電源が入るはずもない。とっくに壊れていたようだ。

 わたしはわたし自身とお話ししていたのかもしれない。


「妹、か……。まったく、DVばっかで可愛げのない妹なんて、わたしなら願い下げね」

「なにを笑っている。少しは自分の立場をわきまえたのか」

「ええ、よ~くわかったわよ。わたしは他の誰でもない滝沢家の長女、滝沢美夏だってことがね!」

「…………バカで怠惰でノロマな奴は叩いたくらいでは直らんらしいな」


 美夏は静かに紡ぎの神器を構えた。だいじょうぶ、波の立たない水面みたいに心は落ち着いている。練習の時のようにやればできるはずだ。

 あの時やったことを子どもに戻ったテンションでやればいい!


「紡ぎの神器を起こせればどうにかなるって言ったわよね。見せてあげるわ」


 美夏は大ジャンプして隆起したブロックの上に立った。ニチアサ少女アニメによくある可愛いダイナミックなポーズをとりながら。


「レディ、レッツプレイ! マジキュア・モジュレーション!」


 動きやポーズは体が覚えている。

 紡ぎの神器を手の中で器用にクルクル回す。中学のときやってた器械体操の経験が活きる。変身用スティックの代用にはちょうどいい。

 脳内BGMもばっちり演奏中。

 う~ん、アガってきた。アガってきたよ! なんか猛烈にヤバいのがきそうだよ!

 これが一番集中できるんだからしかたないよね。本当にしかたないんだよね。

 わたしなりのやり方ってやつだから!


「爪弾くは、たおやかなる女神の調べ、マジミューーズっ! 届け、魂のハーモニー、スイートマジキュアっ!!」


 最後はキメポーズ。

 完璧に決まった。最っ高に吹っ切れた。

 オーディエンス有りでやり切ってみると充実感がすごい。

 アニメの世界だったら背景が謎の♪とキラキラ粒子で埋め尽くされてるところだ。

 子どものころママの前でマジキュアポーズばかり繰り返してたら「うちの娘アホなんじゃないかしら」って真剣に悩んでたっけ。

 ダーク冷河は、その時のママと同じ不思議な珍獣を見るような目で見上げていた。


「何のマネだ。今の動きと口上に意味でもあるのか?」


 やめろ。

 かわいそうな人を見る目でまじめに突っ込むんじゃない!

 お約束と様式美のなんたるかをわかってないやつはこれだから。

 紡ぎの神器がカタカタと震え出した。


 よっし、きたきたきたきたきたーっ、動いた!!


 紡ぎの神器から糸状のエネルギーが放出されていく。糸が編み込まれていき、やがて丸みを帯びた白い輝きの棒を形どった。

 それは良くいえば某機動戦士のビームサーベル、悪くいえば光り輝く鉄パイプといった見た目をしていた。

 これこそ紡ぎの神器の真骨頂! ……神器って呼び方どうもしっくりこないのでひっそり心の中でキュアソードとでも命名しておこう。

 美夏は、勇者パースさながらに身構えた。


「今度はこっちから行くわよ!」

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