表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/80

うちの弟が見境なしすぎる

 八月五日 水曜日


 自室で暇つぶしにYouTubeを見ていると、ピロンと音が鳴った。


 美夏は、手に持った煌びやかな装飾を施したスマホとは別の、机の上に投げ出されたように置かれたもう一つの飾り気のないスマホを手に取った。


 ある目的のためオークションサイトにて格安で入手した型落ち品だった。

 先ほどの音の発信源である。


『ちょっと相談があるんですけど これから会えますか? (。>人<。)』


 発信者は妙成寺アシリアとあった。変わったお名前ね。


 五日前の登校日、カレシの浮気を防ぐにはどうしたらいいか、とカレシのいない友人たち(自分含む)で大いに盛り上がった。

 そんなとき、他人のLINEアカウント受信メッセージを別端末に転送する方法を詳しい友人に教えてもらったのだ。


 美夏は、この裏技を即座に実行した。


 恵太のアカウントとパスワードさえわかればすぐにでも実行可能というお手軽さも素晴らしい。

 実の姉弟だ。パスワードなど恵太がお風呂に入ってる間に突き止められた。


 どうして盗聴まがいのことをするのかといえば、我が家の平和を守るためだ。

 女バカな弟を不埒な道に迷わせないために。

 

(人に言わせると、わたしたち姉弟の見た目は羨ましいものみたいなのよね。パパがドイツ人で、ママが日本人のハーフだったから)


 見た目の華やかさだけでいえば、それなりにモテるほうかもしれない。

 

 しかし、恵太のモテ方は大問題だ。

 女子の目線でみれば眉目秀麗、隣に連れて歩く妄想をするにはぴったりな見た目の男の子で憧れる子がいるのも理解はできる。

 そして、素なのか計算なのか知らないが、女にはとにかくマメな性分……見た目なんかよりこれが本当にいけない。


 先ほどLINEが届いたアシリアなる子以外にも、トーク画面の一覧は女の子の名前でいっぱいだ。


 ヒナ、メグミ、ヨウコ、マミ、ヒトミ、エマ、ユウキ、アサヒ、カヤネ、イオリ、ミオ、サクラ、ハルカ、アリサ、コトネ、コクハ……まだまだいるわ…………って多すぎるわ! やっぱバカだあいつ! もう目を通すのも面倒になってきた。


 これだけの人数一人一人にきちんと応答し合ってるのだから呆れるほかない。

 返信は三分以内というルールでもあるのかマメな上に素早い。


 なるほど、こんなにいっぱい女子と頻繁に連絡とりまくってれば向こうからアプローチのひとつくらいあるか。

 命中率高いくせに数撃ちゃ当たる戦法マジでやめてほしい。


 いくら女子と付き合いたいからってここまでやるか?

 そこそこという概念がないの?

 バカなの? 頭が下半身で、下半身も下半身なの?

 スポーツでもゲームでもなんでもいいから、ほかに夢中になれるもの見つけてくんないかなマジで。


 美夏は素知らぬ顔で、出かける準備をしている恵太を観察していた。

 ロゴが控え目の白Tシャツに黒のスラックスパンツ、モノトーン調でまとめてデートするには外れになりえない服装……完全にガチだ。

 メッセージを盗み見なくとも、なにかあるなと女の感で察知していたところだろう。


 玄関で靴を履こうとしている恵太に声をかけてみる。


「恵太、どっか行くの?」

「うん。ちょっと友達に会いに」


 まあ。なんて白々しい。さも十年来の男友達に会うような言い方しといて、あんたの場合友達=女子じゃん。嬉しそうな気持ちが顔ににじみ出てるわよ。


 さて、恵太が家から出たら、自分も出かけなくては。

 今回恵太が会いに行こうとしている対象がどういう娘か目定めなくちゃ。

 その結果次第では邪魔してやる気まんまんだ。


 恵太、あなたにはなんの恨みもないけれど、わたしはママの命令には逆らえないの。なぜなら、お小遣いを減らされるからね!


 美夏は亜麻色の髪を帽子の中に押し込み、サングラスをかけた。


 準備万端……追跡開始だ!




 恵太に気付かれては元も子もないので、距離を取る事だけは細心の注意を払う。ただし目の届く範囲を保つのは必須だ。

 

 そうして公園の待ち合わせ場所で待っていたアシリアという娘。


 変わったお名前なので、もしかしてこの子もハーフなのかなと思っていたら、見る限り日本人の女の子だ。

 それもめちゃくちゃ可愛い女の子。

 百万ドルの笑顔を絶やさないところが本当に素敵で、千年に一人と呼ばれる女優にも負けてないように見えた。


 ショートパンツに肩だしトップスという格好でだいぶ攻めている。スレンダーな肢体に自信があるようで手も足も出しまくりだ。

 普通ならもっといやらしくなってもおかしくないのに、本人の醸し出す魅力が上回ってるのか卑猥な感じじゃない。


 う~ん、ファッションはちょっと減点かなあ。アピールしたいのは買うけれど、デート時ならもっとこう手堅く攻めて欲しいところね。


 二人は場所を変えてひとしきり話したあと、また移動し始めた。


 西スク行き方面のバスに乗ったので、こっそり同乗する。恵太はアシリアに気を取られてるようで、こちらに注意を払うことはなかった。代わりにアシリアにはやや怪訝な目で見られてしまったが。


 到着した遊園地の入り口で、美夏は思った。こういうスパイの真似事は非日常的でそれなりには面白い。面白いけどさぁ──


 帽子とサングラスで顔を隠した怪しい女が、独りで遊園地に入場しなきゃいけないなんて!


 夏休みだけあって人は多かった。小さな子供のいる家族連れが多く、カップルの数もそこそこ多い。


 先ほど小さな子供がわたしを指さして「女幹部、女幹部」と喜んでいた(たぶんサングラスがトレードマークのニチアサ戦隊物悪の女幹部の意)。

 凄まじく帰りたくなってきたわ……。


 世の中には独りカラオケや独り遊園地が平気な人もいるらしいが、自分にはそういった適正はないらしい。


 ママの命令だから仕方ない本当に仕方ないと自らに言い聞かせ、入場料を支払った。あとで必要経費としてママに請求しておかなきゃ。


 入り口でもたついてる間に恵太たちを見失ってしまった。GPS機能ではおおまかな位置しかわからず、パーク内での正確な場所が把握できない。


 あまり大っぴらに探して、恵太たちに見つかるわけにいかず、自販機の横で身を隠しながら探すしかなかった。


「あれ、美夏ちー? そうでしょう?」


 はっとして背後を振り返ると、そこにいたのは……


「げっ、穂高……」

「げ、とはなによ、げ、とは」


 穂高こと水城舟穂高。彼女とは高一のときに同じクラスになり、たまに家へ招いたこともあった仲だ。二年になってからは別クラスで、連絡を取り合うのはめっきり減っていた。


 はっきりいって苦手な女だ。良家のお嬢様みたいな立ち居振る舞いから男子には人気があるようだが、その実、艶っぽい噂の絶えない女なのだ。

 大いに時間をかけたのだろうふわっふわのショートボブ、男受けしそうな丈の長いサマーカーディガンを着こなしてばっちり決めている様を見るにデート中なんだろう。


「どうしてそんな隠れるようにしてるの? そういえば、さっき女の子と一緒にあなたの素敵な弟さんを見かけたわね」


 ぎくりとして、目をそらした。

 穂高が信じられないものを見るような目を向けてくる。


「え、なに。ぷぷ。もしかして、弟さんのあとを追いかけまわしてるの?」

「う、うるさいわね! 家庭の事情で仕方なくよ!」

「どんな事情よ。キモすぎてウケるわ」

「あなたこそ、こんなところでなにしてるの」

「カレシがお手洗いにいってるから待ってるだけ。それにしても……」


 そのカレシとやらも今年だけで三回は変わってると聞く。

 穂高が品定めするように、上から下まで美夏の出で立ちを見つめた。


「尾行するのに帽子、サングラス、黒レザーとかやりすぎでしょ。余計怪しいって気づきなさいよ。美夏ちー、普通にしてたって目立つんだから、そもそも向いてないって」

「余計なお世話よ!」


 ええい無理があることは穂高に言われずともわかっているの。年中男受けすることばかり考えてる輩から正論を言われるとこうも腹立たしいとは知らなかったわ。


「人の幸せばかりご覧になってないで、たまにはご自分の幸せを追求することをお勧めいたしますわ。友人として」


 穂高は、馬鹿丁寧な言葉遣いでうふふと微笑みながら、離れたところで手を振っているカレシのもとへ優雅に去って行った。


 うっさいリア充め。爆発すればいいのに!




 ジェットコースター乗り場の近くにあるベンチでようやく恵太たちを見つけることができた。

 なにやらひどく疲れたようにぐったりした恵太に、アシリアが寄り添うようになにか話しかけていた。


 いったいなにを話しているのかしら……。


 十メートルほど離れた物陰から彼らを監視している美夏には、その会話を聞き取ることはできなかった。

 こうなると彼らの動作(具体的にはいやらしいことをしているか否かだ)から静観を続けるか、邪魔してやるか決めなくてはならない。


 ふたりの間のほんのわずかな機微も見逃すまいと、これまでなら監視を続けるだけだった。


 ふっふっふ、でもね。今日の美夏姉さんには秘密兵器があるのよ!


 ワイヤレスタイプのイヤホンを装着し、スマートフォンからとあるアプリを起動する。

 イヤホンから、ジジジ、とノイズ音が聞こえてきた。


 詳しい友人に教わった秘密アプリだ。


 スマホのBlueTooth機能を使い、ワイヤレスイヤホンと恵太のスマホを同期させて音を拾える。

 これは相手端末に同じアプリを入れる事前準備が必要だったが問題ない。実の姉弟だから。

 弟のプライバシーなんて我が家ではあってないようなものだし、法律的にもたぶんぎりぎりセーフだと思う。


『ありがとう。それにしても、こういうの強いね~。ぜんぜん敵わないや……』

『……乗らされるのイヤならそう言ってってば』


 え、なに、いきなり予想外なんだけど! こういうの強いってなんのことだ? 乗るとか乗らされるとかなんかもういかがわしいアレにしか聞こえないぞ。こんな短時間で? 豪なの? なにがとは言わないが豪の者なの? いったいどういう話の流れなのか、耳に全神経を集中させなきゃ!


『だ、大丈夫。昔は平気だったけど……、最近、苦手になったみたいで……。ちょっと休めば回復すると思う』


 え、なにが? まさか女が苦手になったとでもいうの。ちょっと休めば回復するというのも意味が分からない。というか今までいったい何をしていたのか、そこのところをもう少し詳しく! これまで女好きだった男の子が一気に女が苦手になって、少し休めばまた好きになるって、どんなこと? ……やだ、うそでしょう!


 美夏は物陰に座り込み、イヤホンの会話に集中して、はぁ~はぁ~と桃色吐息をもらした。

 そこへ「女幹部、女幹部」と喜んで呼ぶ子供が通りかかり、また指さされてしまう。


 ちょっと坊や、お黙りなさい!


 失礼な坊やに気を取られた美夏をよそに、恵太たちは園の入り口あたりでなにやら口論している男女に注目していた。

 とりあえず会話の内容は置いといて、男女に注目してみると。


 って穂高じゃん。なにやってんのかしらあいつ。


 彼氏らしき人が穂高を置いて帰っていった。どうみても喧嘩別れだろう。

 人の不幸は蜜の味というのは本当のようで、スカッと胸が晴れる思いだ。


 よっし、リア充が爆発したわ!


 穂高みたいな猫かぶりでも失敗することがあるのね。

 清々しい場面に立ち会えただけで、来た甲斐があるというもんよ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
リンクをクリックしてもらえるとやる気が出ます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ