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うちの弟がピンチすぎる②

 お風呂のあとはレストランに行き、女子・男子・先生家族揃っての夕食だった。牡蠣をふんだんに使ったパスタ料理は格別だったものの、精がつきすぎて眠れなくなりそうだ。

 そして、水城舟家洋館の自室に戻った。


「……なにこれ?」


 あてがわれた部屋の前に何かある。おしゃれな廊下敷きマットの上で、二十センチほどの細長い銀色の棒が鈍い光沢を放っていた。

 鍔がついていれば竹刀の柄、あるいは玉のない剣玉のようにも見えた。


「……あの、下に紙、挟まってるみたいです」

「本当ね」


 ともに部屋へ戻る途中だった仁美が指摘し、冷河が棒と紙を拾った。


「書き置きね。なになに……『重要なものみたいなので捨てずに持っておいてください。あなたの味方より』だってさ」

「えー……」


 そんなこと言われても。重要なものみたいって書いた本人もわかってないみたいじゃん。

 というか誰が置いてったかわからないとさすがに気味悪いわ。


「妙成寺さん……じゃないかな? 字が似てるような」

「たしかにそうね。なんにしろ実害はないでしょ。美夏ちゃん、はいこれ」

「う、うん」


 美夏は、冷河から棒を受け取った。

 本当になんだこれ……アルミ製? 中身が空洞みたいに軽くて、そのわりには強く握っても凹まない。


「あの……たぶんそれって糸巻き棒じゃ?」

「糸巻き棒?」

「毛糸玉作るのに使うやつで……棒に糸を巻いて最後に引き抜くと玉になるんです」

「へ~! ひーちゃん物知り!」

「うちのおばあちゃんが編み物するときに使ってたから……」


 握りの部分にはデジタルカウンターのパネルがあった。

 編み物用のローテクアイテムにパネル? なんで?


「バッテリー切れじゃない? ほら、横に充電用の端子ついてる」


 たしかにUSBType-Cらしき小さな穴がある。


「う~ん、なんでこんなもの預けたんだろ。聞いてみよっかな」


 リアの部屋は洋館二階の東側。自分たち西側とはまるっきり逆だ。


「ムダなんじゃない? 名前書かずに書き置きだけ残してるってことは、妙成寺さん的には正体隠したいってことでしょう」

「そっかぁ。まあ、送り主がリアだってわかってればいいか。ところで……」


 美夏は、冷河と仁美の間に入り、がっしり腕を絡めた。


「え? え? えっ!」


 冷河が驚いていた。

 今こそ女子会を実行すべきときなのだ!

 まだ寝るような時間じゃないし、バカンスで女子がそれぞれ個室に籠るとかないでしょ!

 穂高も誘いたかったが、彼女には「ちょっとやることがありますので」と丁重に断られてしまった。

 ならばせめてこの子たちとともに一晩中遊びたおしたる!


「わたし、空いた時間は試験勉強にあてたいんだけど! ねえ、ちょっと! なんでぇぇぇ!?」


 怪物の潜む暗がりに引きずり込まれる被害者のような悲鳴が洋館に響いた。

 そうして女子会開始から一時間ほど経った。


「美夏さんって……、小さい子の面倒みるの上手ですね。わ、わたしだったら……あんなふうに大人しくさせてからだ洗ってあげたりできないかも……」

「上手ってほどじゃないよ~。昔っから恵太の面倒見てたから、慣れてるだけ」


 ポテチをほおばりトランプゲームに興じながらおしゃべりするのが楽しい。

 仁美は心から尊敬してくれてるようだった。

 特技といえるようなものがなくて悩んだこともあったのに、弟の世話で培ったものが褒められて嬉しい。

 ママから命じられてやってたことがいつの間にか達人といえるレベルになったのかもしれない。


「恵太に比べたら美冬ちゃんなんて楽チンよ~。恵太って筋金入りの風呂ギライでさあ。放っとくと一週間入らなくても平気なやつだから。昔はお風呂に連行するところからやらなきゃいけなかったから大変だったな~」

「うっわ。滝沢くん、顔に似合わず不潔なのね。もしかして今でもそうなんじゃない?」

「大丈夫。中学くらいになるとちゃんと毎日お風呂入るようになったよ。いや~、わたしが一緒に入ってからだ洗ってやらないとダメなくらいものぐさだったころを思えば、ずいぶん成長したな~」

「……は? ちょっと待って。一緒に入ってたって、何歳まで一緒に入ってたの?」


 聞き捨てならないとばかりに冷河が突っ込んだ。


「恵太が小五くらいまでだったかな?」

「……いくらお風呂嫌いだからって、姉と弟でしょ? 普通、別々に入るものなんじゃないの?」

「小さいころから『弟の面倒を見なさい』ってうちのママに言われてたもんで。気づいたら色々やってあげてた感じ? 思い出すな~。恵太と最後にお風呂入ったときのこと。いつも平気だったくせに、突然『自分でできる』『だからこれからは別々にしよう』って言い出してさあ。そんなこと言われたって、一人だと適当にすませちゃうってわかってたから、わたしもムキになってさあ。まあムリやり洗ってやってたわけなのよ」


 弟の名誉のために、オチンチンおっきしてたことは黙っとこ。


「大変だったのはそのあとよ! お風呂での一部始終をママに相談したら、『あんたもう十一なのにまだ一緒にお風呂入ってたなんて!』ってめっちゃ怒られてさあ。ひどくない? わたしはママの言いつけを守ってただけなのにさ」

「いや、それは美夏ちゃんが悪い。自分でやるって言ってたならまずやらせてみるべき。自主性を尊重してやらないと一人でなんにもできない人間になるじゃない」

「わ、わたしもそう思います……」

「……そっかあ。ふたりがそう思うなら、きっとそうなんだろうね」


 構いすぎだったのかあ、わたし……。はっきり言われちゃうとヘコむなあ……。




 眠れない。

 寝つきはいい方なのに眠れない。昼寝しすぎたか、もしくは夕食で摂取したものが燃焼中か……いずれにしても目が冴えてる。

 冷河と仁美は安らかな寝息を立てていたので、テレビをつけるのは忍びない。

 時計の針は〇時三十分を過ぎていた。洋館の探検でもしようかなと思っていると、隣室の扉が開いた音がした。

 隣室の主は、今回のリゾートの発起人水城舟穂高だ。ちょうどいい。


「穂高? あなたも眠れないの? よかったら一緒にさあ」


 ドアを開け確認したら白い着物姿の穂高。


「な、なんで着物? そんな雪女みたいな……穂高?」


 質問するより先に穂高に口を塞がれた。


「あんまり大きな声出さないで。他の方が気づいちゃうでしょう」

「なんで? 気づかれちゃマズいことでも──」


 近づかれて気づいた。腕に当たる穂高の胸が変だ。……柔らかすぎる。普段なら絶対あるはずの硬さがない。


「ねえ穂高……なんでノーブラなの?」


 言おうか言うまいか迷う様子を見せ穂高は。


「いや~、あたしも迷ったんだよね。これからすること考えたら着けないほうがより効果的かなあと思ってさあ。いくら可愛い下着してても男性はそんなとこ興味ないって意見が多数派らしくて」

「……なんの話し?」

「品のない言い方しますと……愛しの彼に夜の寝技をかけに」


 あまりに憎たらしすぎるテヘペロ。

 美夏は無言でしがみつき、行かせまいとした。

 何が夜の寝技だあんた柔道やってないでしょ!

 おっぱい使って恵太バブらせる気満々とか最悪だよ!!


「させるかあっ! 恵太を食べさせてなるもんかっ! 昔のロマンポルノみたいなカッコして! どうりで激しい運動させたり、精のつくものばっか食べさせたり、お風呂で入念にカラダ洗ってると思ったらぜんぶこのためか! あなたみたいなお嬢様は恵太なんかに寄り道しないで、お見合いでもなんでもしてもっといい条件の相手見つけりゃいいでしょうが!」

「は、はなして! 寄り道じゃないし、本気だしぃ! 恵太くん以上の好条件なんかいないよ。今日にすべてを賭けるつもりで準備してきたんだから!」

「なお悪いわ!」


 おっぱいさらけ出す覚悟決めた痴女って手に負えないよ!


「だいたいあんたらまだ付き合ってもないくせに、いきなりカラダの関係ってぶっ飛びすぎでしょ!」

「えー、そんなことなくない? まずカラダの相性確かめてから付き合うっていうのが昨今のグローバルスタンダードだよ」

「ここは日本だっての! ……いいこと? 恵太には恵太の人生プランってものがあんの! あいつには滝沢家の柱としてステップアップしてもらわなくちゃならないの! いい大学入って、いいトコに就職して、でもって良い相手を見つける! 穂高に勝手されるとこっちのプランが狂っちゃうの!」

「あ、それだったら利害一致だ。あたしと一緒になったら水城舟の会社にコネ入社させられるよ。お父様の会社って一応ホワイト企業だからね。そこらの会社よりは高収入も期待できる。お父様は、近いうちにアウトドア関連以外の新会社も起こすつもりだから、重要ポストの席が増えるわけよ。恵太くん頑張り屋でコミュ力もあるし、将来は本部長、もしかしたら専務取締役だって狙えると思うな~」

「な……!」


 やば。ホワイトとか高収入とか本部長とか専務取締役とかすっごく魅力的な単語がいっぱい!

 いや、でも、しかし……!

 こんなあからさまな人参に食いついたら負けよ美夏! 足元見られてるよ!


「ほらほら~、悩むことなんてなにもないよ~。あたしは恵太くんが好きで、彼の欲しいものはたいてい与えられる。美夏ちーのお母さまだって息子がホワイト企業に入って、良いお給金もらえるとなったらきっとさぞ喜ばれることでしょう。みんなが幸せになれるんだから。さあさあ~、美夏ちーも大いなる流れに身を任せちゃいなよ~」

「だ、ダメなんだから。そんなのダメなんだから……。わたしは、恵太のためにできることを……」


 思い出せママの教えを! 男が注意せねばならない三大誘惑! 金、ギャンブル、女!

 いま恵太に降りかかろうとしてるのは、恋に恋焦がれた女。

 しかもこの女、金や地位を持ち合わせた現代の貴族階級。

 まさに最凶の災厄だ。


 飴ばかり与える女とくっついたら恵太のダメなDNAが目覚めてしまう!

 そうとも、弟には未来があるのだ。いまは冷ちゃんと一緒に大学受験に向けて勉強ガンバってるし、いずれは美冬の兄として自覚を持たせ襟を正していかなきゃならんのだ!

 それが年若いうちから女に溺れてみろ。人によっては人生の良い経験でも恵太は違うぞ。パパとおんなじダメ人間コースまっしぐらだっつーの!


「やっぱダメ! ぜったいダメ! いまの穂高、恋の麻薬にどっぷり浸かってるだけじゃん! ね、もっと冷静にならなきゃ。あなたが悩みを吹っ切ったことと、恵太に優しくされたことがごっちゃになって錯覚してるだけかもしれないでしょ?」

「それのなにが悪いってぇ! 恋の麻薬も錯覚も上等じゃない! あたしはいま正しいって信じることを全力でやるだけ! 見てなさい、コトが済んだらあたしは美夏ちーの義妹になってやるんだから!」

「いるかあっ! あいにく新しい妹は間に合っとるんじゃい!」


 強引に恵太の部屋へ行こうとする穂高の着物を全力で引っ張った。


「さっきから騒々しいわね……ぜんぜん眠れないじゃない……」


 パジャマ姿の冷河が目を擦りながら部屋から出てきた。

 こちらの引っ張り合いを見るなり、冷河は苦み走った顔で。


「あの……水城舟さん。胸出ちゃってますので、とりあえず仕舞いません?」


 思わず着物引っ張りすぎちゃった。

 穂高は恥ずかしそうにいそいそと着崩れを正した。


「……で、いったいなんでケンカしてたんですか?」


 廊下に正座させられた二人は、冷河に説明した。


「水城舟先輩……失礼を承知で言わせてください。ぶっちゃけ引きます。もっと段階を踏んでください。美夏ちゃんが引き止めてくれて良かったですね。このまま滝沢くんの部屋に行ってたら、人間性疑われて終わりだったと思いますよ」

「え~、そう? そんなことないと思ったのにぃ~。恵太くんも男の子だし、テニスの試合中もあたしの胸けっこう見てたよ? カラダで迫っちゃえばきっと落とせたんじゃないかな~」


 着物の間からチラチラと乳アピール。

 神さまはどうしてこんな痴女に巨乳という宝を与えたのかと、美夏は歯ぎしりした。


「……落とせたかどうかは置いといて! 相手の気持ちを無視してることが問題なんです。滝沢くんは、たしかに女子の気持ちをないがしろにはできません。水城舟先輩が気持ちよくなるようなことを言ったりやったりするでしょう。でも、それがぜんぶ彼の本心だと思いますか。そんなわけありませんよね。先輩は少しでも滝沢くんの気持ちを考えましたか? 彼の都合は? 自分の気持ちだけ押し付けてませんか? あなたが与えられるものなら無条件に喜んでくれるとでも?」

「うっ……それはぁ……」


 穂高は返す言葉がなさそうだった。

 はえ~、あっさり諭しちゃったよ。すごいな~。年下のはずなのにどっちが先輩だかわかんないね。というか冷ちゃんの言うことって自分にも刺さるぅ……。

 恵太の気持ちかあ。たしかに、ママやわたしの都合ばっかりで、弟の気持ちなんてぜんぜん考えてなかったかもしれない。

 嫌がってるかもしれない人に無理強いはダメ。当たり前のことだよね。


 ……でも、恵太だからなあ。

 水を差すようで言えないが、あのまま本気の穂高に迫られていたら、一も二もなく抱きしめてたと思うの。そして語るもおぞましい夜のレスリングを繰り広げてたと思うの。自信持って言えるわ。だって子どものころとはいえ姉の全裸でオチンチンおっきさせるようなやつなんだよ? 女好きエリートのサラブレット、紳士ぶったド変態、生まれついての女たらし、むしろ生まれる前から性欲魔人でしょ!!

 長年生活した実姉の忌憚のない意見です!


「だいたい何なんですかその白い着物は? この豪壮な館にまるでそぐわないじゃないですか。夜伽しかけるにしてももうちょっとふさわしい格好ってものがあるでしょう?」

「えー、ひど~い。この着物はあたしのお母さまが新婚初夜のときに着てたやつでお父さまと結ばれたときの──」

「ストップ! ていうかシャーラップ! 聞きたくありません! よその家の極めてプライベートな性事情なんて話さないでください」

「あらそう? ……まあ、霧生さんの言うことももっともだよね。たしかに恵太くんの意思を確かめないまま自分の気持ちだけぶつけようと躍起になってたかも。ごめんなさい」

「いいんですよ。わかってもらえれば」


 しおらしくしていた穂高の表情がわずかに緩んだ。


「というわけで、このまま恵太くんの部屋へ行って色々お話ししてこようと思います。本当は肉体コミュニケーションのほうが好みですけど、急がば回れっていうし。ちゃんとあたしの胸の内を聞いてもらって──」


 美夏は、穂高の背後から素早く羽交い絞めした。


「話しを蒸し返してんじゃないわよ! とにかく今日は行かせないわ! おっぱいのライン丸わかりのカッコなんだから! 恵太が暴走するでしょーが!」

「だからさぁ、なんで美夏ちーは、恵太くんから襲ってくるって前提なのさ? そんなに信用してないん?」

「悪い意味で超信用してるわよ。そもそも恵太は、わたしの知るかぎりそういう経験ないし、一度火が付いたら簡単に消せないトコがあんの」

「えー、意外! めっちゃいいこと聞いたぁ。妙成寺さんとはやってなくても中学くらいで卒業してるとばっかり。魅力的な子なのにピュアだったなんてますます素敵ね! まだならなおのことあたしが──」

「だーから、行かせないっつってんでしょうが、この痴女!」


 嫌がる穂高を部屋へ連れ込んだ。今夜は彼女を見張ってなければなにをしでかすかわからん。

 眠気は吹っ飛んでるし、一晩見張るぐらいわけはなかった。

 しかしベッドでは仁美が大人しく寝ていたので騒がしくできない。

 穂高の発情期が落ち着くまで、もう一度テニスで発散させたほうがいいか。

 ちょうど夜間用のナイター設備も整ってたしね。


 観念した様子の穂高がサイドテーブルに置かれた銀色の棒を持った。

 スマホの充電ケーブルにつないで充電中だったものだ。


「なぁにこれ? もしかして……変なオモチャ~?」

「違う! っていっても、わたしもそれ何なのかわかんないのよ」

「ふ~ん。……あ、なんか光った」


 スマホの充電ケーブルに繋いでいた棒のデジタルパネルが点滅していた。数字が表示されている。

 144:03:23 …… 22 …… 21 ……。

 美夏は棒を受け取った。


「これって……カウントダウン?」


 忘れかけてたプラネタリウムの夢がよぎった。ぼやきにも似たナレーション……内容がよく思い出せない。『すでに糸は切り終えた』。唯一気になったこの言葉だけは印象強かった。自分には、人の内に宿る何かの糸を透視する力がある。そして、恵太の糸は半分のまま。そのことなのか。死と未来の運命はもうすぐとも言っていた。もしかしてこれって……。


 高原に吹く風が部屋の窓を激しく震わせた。

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