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もう一度フレンズVer2①

「ああ、美冬!」

「ママ~」


 インフォメーションセンターのカウンターで伯母の姿を見つけるやいなや、美冬は走り出して、冴子先生の胸の中に飛び込んでいった。


「滝沢くん、ありがとう。美冬を見つけてきてくれて。ほら、連れてきてくれたお兄さんとお姉さんにご挨拶しなさい」

「みふゆ・れーな・ふぃっしゃー、です。ごさい、です。ひがしみやしにすんでます」


 東宮市といえば、自分たちの住んでる宮央市みやおしの隣接市だ。

 やや片言ながら厳しく仕込まれたみたいに、美冬は、恵太、美夏、冷河、達也に向かって順番にお辞儀していった。


「お、おう」

「れーな?」

「ち、ちゃんと挨拶できてえらいね。ところで、お名前、もう一度お願いしていいかな? 佐々木美冬ちゃんじゃなくて?」


 達也と冷河は不思議そうな顔をした。

 恵太が聞き返すと、美冬は、


「みふゆ・れーな・ふぃっしゃー、です。ごさい、です。ひがしみやしにすんでます」


 巻き戻したようにリピート。

 丸暗記……帰国子女なんだろうか。思っていたより日本語に慣れてないようだ。

 冴子が補足した。


「この子のお父さんが外国の方でね。日本にいるときは母方の姓で通してて、普段は父方の姓。だから、もうひとつの名前は、美冬・レーナ・フィッシャー」

「へ~、そうなんですね。納得しました」


 レーナがミドルネーム、フィッシャーがファミリーネーム、ということらしい。

 なんにしろ、美冬ちゃんが無事で本当に良かった。この子に何かあったら悔やんでも悔やみきれないところだった。人の命は簡単に割り切れるようなものじゃない。

 そして、もうひとつはっきりしたことがある。


「今の聞いた姉さん? ちゃんとお父さんいるってさ。それに先生のことママって言ってたし、きっと大人の人だったらママとかパパって呼んじゃうんだよ。これで容疑は晴れたでしょ?」


 そもそも美冬ちゃんが生まれた五年前といったら、自分はまだ十一歳。

 その若さで親だなんて、容疑と呼ぶことすらバカバカしくなる。

 美夏は鼻を鳴らした。


「フン。どうでしょうね。容疑は継続中。あなたに似すぎてるのは事実だし」

「だからさ、男の俺に似てるっていうのもどうかと思うんだ。美冬ちゃんは女の子だよ? 同性の姉さんに似てるっていったほうがいいと思うよ」

「いいのよ。あんたも小さいころ女の子みたいだったじゃん。裸になんなきゃわかんないくらい」

「そういうことは忘れてくれないかな……」

「そんなことより! 先生にもっと聞き取りしとかないと安心できないわ」


 頃合いを見て、美夏は美冬ちゃんを抱きしめている冴子先生に尋ねた。


「あの~、先生? 良かったら、美冬ちゃんのご両親について、少々お聞きしてもいいですか」


 冴子は顔を上げた。


「美冬の? ええ、なにかしら」

「先生のお姉さんがお母さんっていうのは聞いたんですけど、お父さんはどんな人なのかな~、って」

「お父さん?」

「みふゆのパパー」


 美冬が冴子の脇の下越しに、恵太を指さした。

 冴子は意外な顔で美冬に尋ねた。


「滝沢くんがどうかしたの? パパはフィンさんでしょう」

「ソックリー」


 フィン、というのがお父さんの名前か。

 似てると言われて、冴子は恵太の顔をまじまじと見つめた。


「あの、どうですか。フィンさん……ですか。うちの恵太、そんなに美冬ちゃんのお父さんに似てます?」


 おそるおそる美夏が聞くと。


「う~ん、どうかしら。似てるかどうかはなんとも。フィンさんの素顔って見たことないのよねぇ」

「素顔?」

「口ひげやあごひげ、おひげをたくさん生やしてる人だから。宗教上、そうしないと子どもっぽく見られるらしくて。まあたしかに目元だけなら滝沢くんと似てるかもね」

「ちなみにお父さんってどちらの国の人ですか?」


 冴子の視線が宙を舞った。


「……昔、姉に紹介されたとき聞いたはずなんだけど、どこだったかしら。日本語がネイティブ並みに流暢な方で、さほど気にしたことなかったわ。う~ん、ヨーロッパのどこかではあるはず。この間はフランスから帰ってきたけれど」

「じゃあフランス人?」

「お仕事で色んな国を行ったり来たりしてる方だから。ごめんなさい。フィンさんに聞かないとわからないわ」


 美夏はなにやら苦々しい顔をしたかと思うと唇に指を当てた。


「先生……ちょっとだけ気にかかることがありまして……できれば確認していただけませんか。美冬ちゃんのお母さんなら、当然知ってますよね?」

「姉さん、失礼だよ。よそ様の詮索なんかして」

「やかまし! とっても大事なことなんだから、あんたは黙ってなさい。もしかしたら、もしかするかもしれないでしょ」

「もしかしたら? ……姉さん、ひょっとして美冬ちゃんのお父さんが、俺たちの父さんと同じ人だって思ってる?」

「おかしい? そういう可能性だってあるじゃない」


 美冬の姿が幼少期の自分たちに似ているのが偶然ではないとしたら、結論はそうなる。


 でも、それはあり得ない。父さんはとっくの昔に亡くなったと母さんから聞いたのだ。

 死んだ人がどうやって美冬ちゃんの親になる?

 もし、実は父さんは生きていて、美冬ちゃんが血のつながった実の妹だとしたら。

 こんなに小さくて可愛い妹がいたら、すごく嬉しい。


「父さんは昔亡くなったって聞いたじゃない。母さんがウソつくはずないよ。父さんのことは名前すら教えてくれなかったけど、それはきっと話せない事情があるからだと思うし」

「そう……話せない事情があるからよ」


 美夏は「偶然……偶然……偶然……偶然……。でももしかしたら……。いえ、誰がなんと言おうと偶然よ!」とうわ言のように呟いていた。

 もしかして姉さんは、父さんについてなにか知ってるのかな。

 冴子は一瞬目を伏せて、冷河に言った。


「霧生さん、少しだけ美冬をお願いしてもいい?」

「ええ。いいですよ」

「ありがとう。ほら美冬、あなたのiPad。お姉さんとお兄さんに得意なお絵描き見せてあげなさい」

「うん」


 冴子は、バッグから10インチほどの端末を取り出して、美冬に渡した。

 美冬は端末を持ち、冷河と達也を連れ立って、待合用の席へ移った。


「美冬の母親、わたしの姉は四年前に病気でね。もういないの」

「……すみません、先生。立ち入ったことを聞いてしまって」


 冴子は首を横にふった。


「美冬に物心がつく前に亡くなったものだから、母親はいないのが普通だと思ってる。あの子にとって家族と呼べるのはお父さんのフィンさんと、叔母であるわたし。滝沢くんには、本当に感謝してるわ。姉さんの忘れ形見だもの。ほかのなにを犠牲にしてでも守りたい子よ。そんな子に万が一でもあったらと思うと恐ろしくなる。もう目を離したりしないわ」


 その万が一が起こりました、とは口が裂けても言えなかった。冴子先生が並々ならぬ愛情を注いでいるのがよくわかるし、いたずらに不安を煽りたくない。本人も途中から気を失っていたし、黙っておいたほうがよさそうだ。


「わかったわ。どうしてもと言うなら、あとでフィンさんに電話して確かめてあげる」

「今すぐは無理ですか」

「時差の関係で、寝てるんじゃないかしら」

「時差? 日本にいないんですか」

「今頃はアメリカのフロリダ州ね」


 北アメリカの端っことはかなり遠いな。世界中飛び回るとはどういうお仕事なんだろう。


「わかりました。ではよろしくお願いします。お手間を取らせてしまってすみません」


 美夏が頭を下げた。


「いいのよ。滝沢くんには、借りがあるんだから」

「借り、ですか?」

「覚えてるかしら。わたし、あなたが高校に入学した頃、髪を染め直しなさいって注意したことがあったでしょう?」

「ええ……そんなこともありましたね」


 入学して早々に悪い印象を持たれたようで、目をつけられていた。きっかけは冴子先生に地毛を誤解されたことから始まった。生まれつきを責められて腹ただしく思っていたこともあった。


「滝沢くんたちも美冬と同じようにお父さんが外国の方でしょう。だから、美冬と同じように髪の色は黒くなるはずだって思い込んでて……意固地になってたわ。調べもしないで経験則でものを語る、教師にあるまじき行いね」

「気にしないでください先生。もう過ぎたことですし」


 一年前、前世の学校にいた時のように、冴子は頭を下げた。




 美冬がパパと一緒に遊びたいというので、恵太は一時間ほど付き合った(パパじゃないけど)。

 冴子には、美冬にヘンなこと教えたら夏休み明けは覚悟しろと脅された(あなたの生徒なのに!)。


 穂高に教えてもらった子ども向けの屋内施設タツノコジャンプ。高校の体育館よりも広い室内にはトランポリンやボルダリング、スポンジプール、シノビチャレンジと呼ばれる子ども用SASUKEアトラクション。

 大人でも童心に帰ってしまいそうな空間。


「パパぁ~、見てぇ」


 美冬は、宙にぶら下がったサンドバッグのようなクッションにしがみついていた。

 ついさっき転落事故にあったばかりなのによく動く。しかも高いところに登りたがる。

 怖いもの知らずというか、図太い根性してるというか。


「すごいすごい、登るのすごく上手! ……ところでね、パパじゃなくて、せめてお兄ちゃんって呼ぼうか」


 学校では厳しかった先生の姪であるというのが疑わしく思えた。

 そのくらい無邪気で、目に入れても痛くないってくらい可愛らしい。

 冴子先生が姪をヘンな人に会わせたくなかった気持ちがよくわかるというもの。(俺がヘンな人と思われてたのはこの際忘れよう……)


 ……本当に妹だったら良かったのになあ。

 一年前に姉さんと出会ったときもそうだった。

 姉弟がいるとそれだけで嬉しいのだ。


 美冬の遊びまわるペースについていけず、美夏はスポンジプールの海に沈んだ。


「あ~~~~~~~、もうダメだ~。今日一日動きっぱなしで体力の限界だわ。なんかママの苦労が嫌ってくらいわかった気がする」

「? 母さんの苦労?」

「下の子の面倒見るのが死ぬほど大変ってこと。とにかく……美冬ちゃんの面倒はまかせたわ……」


 美夏は天に召すような穏やかな表情で目を閉じた。安らかな寝息まで立て始めた。スポンジプールで大の字になった姿は、学校の仕事から帰ったときの母のようにぐったりしている。


「わかったから、そんなとこで寝ないでよ」


 他の子どもたちに身内の恥を晒してるみたいで恥ずかしい……。

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