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霧生冷河は隠れたい①

 二〇二一年七月六日 火曜日


 女神という名の貧乏神が姿を見せなくなって一週間が過ぎた。

 今日までこんなに間を空けて姿を見せなかったことはない。


 いなければいないで快適な生活が送れるとはいえ、帰るなら一言くらいあってもいいのに。

 そもそも彼女は、滝沢を助けに来たんじゃなかったの?

 ほっとくと宇宙がめちゃくちゃになるとかアホみたいなことのたまってたじゃない。

 あなたの使命はどうしたの、使命は?


 結局アトロポスは、男女の仲を取り持とうとする老婆心まる出しの姑みたいなことばかり言ってただけだ。

 なんだったのよ一体……。

 いなくなったってことは、滝沢はもう大丈夫と判断していいんでしょうね?

 そうなんだよね? そう受け取っていいのよね? そうとしか受け取らないわよ?

 違うっていうなら早く戻ってくればいいのに。


 自分にも何か手伝えたらいいのに、あいにくアトロポスは肝心なことは何も話してくれなかった。

 ただ滝沢のそばにいろというだけで、これといった指示は何もない。

 ……エロいこと以外は。


 今の自分に手伝えることといったら、滝沢の頭を多少なりとも賢くしてやるくらい。

 それとはべつに、時々仕掛けてくる彼のセクハラも問題だ。


 確実に怒るとわかってる自分にしてくるくらいだから、きっとこれまで付き合ったことのある女子にもしたに決まってるわ!

 クソが。

 ちょっと顔がいいからってお調子に乗って……。

 わたしは、他の女みたいにあなたをちやほや持ち上げるような人間じゃないんだからね!




◇ ◇ ◇




 昼食を終えて食堂から教室に戻る途中、空き教室から話し声が聞こえた。

 誰かの悪口を言ってるようだ。

 声に聞き覚えがあり、冷河は戸の影に隠れて様子をうかがった。話しているのは二人だけ。どちらも同じクラスの男子……。

 バレー部所属の脳筋男伊勢と、学年成績上位の津川だ。


「やる気なくすよなあ。クラスの女ども、みんな滝沢のほうしか見てねーじゃん」

「仕方ないよ。滝沢くんがイケメンなのは事実だし」

「にしたって顔だけだろ? あいつただのカッコつけで、運動神経とか良くないし」

「たしかに、この間の授業のバレーでもボール受け損ねて顔にヒットしてたね」

「だろ? おまけに頭良いわけでもないしよ。女子も頭悪いよな~。男を選ぶなら顔より中身で選んでほしいぜ」


 ああ、なるほど……。

 人の陰口言って慰め合ってるみじめな集会だったか。

 滝沢ばっかりモテるから、他の男子に妬みが生まれるのは当然だ。


「可愛い子みんな総取りとかないわ。宝多に、妙成寺に、今は霧生だっけ? なんであんな奴に女が途切れないんだ? 女を顔で選んでるような奴に」

「いや、それがさ~。滝沢くん、特に可愛くない子とも付き合ったりしてたんだよね」

「あいつは雑食かなんかか? 美少女の見すぎで感覚マヒしてんじゃねえの?」

「ステーキばかり食べても飽きるっていうしね。といっても、その子は代わりにオッパイがでかかったよ」

「なるほど。そりゃ大事だ。ははっ」


 ぶっ殺してえっ。

 下品な笑い声あげやがって。

 なんっってクッソしょうもない奴ら。

 アンタらこそ女を外見で選んでんじゃないのよ。

 そーゆートコ見抜かれてっからだよ、アンタらがモテない理由!


「あ~あ。俺にもイケメン顔さえありゃあ、滝沢の天下になんかさせないのになあ」


 下らない悪口なんて無視すればよかったのに。

 どうしてもこの言葉だけは聞き捨てならなくて。

 たしかに今の滝沢は調子に乗ってると思うし、妬みたくなる気持ちもよくわかるけど。


 子供のころの滝沢の努力を否定させたくない。

 臆病な自分を変えようと、自分の課したあらゆる無茶ぶりに耐え切った彼の努力だけは本物だったから。


「ふざけたこと抜かしてんじゃないっ!」

「誰だっ」


 突如割り込んだ冷河の声に、津川は呆然とし、伊勢が反応した。

 冷河はファッションショーモデルのごとく優雅に教室へ入り、伊勢を大げさに指差した。


「そこの脳筋!」

「の、脳筋? いきなりなんだ。霧生の彼氏をバカにしたのは謝るからよ」

「そんなことはどうでもいいの。あなたの特技はなに? 言ってみなさい」


 気圧された伊勢がきょとんとした顔で。


「と、特技? ね、ねえよ。俺にはそんなもん……」

「嘘おっしゃい! あなたの腕の筋肉は飾りなの? その恵まれた体格は? 力には自信あるんでしょう?」

「じ、自信あるっていったって……特技でもなんでもねえよ。だいたい、俺なんかよりもっと力の強い奴なんてたくさんいるし……」

「特技なんてもんはね。女子供老人含め、人類全体の半数に勝てるのならそれで十分すごいのよ。立派なものよ。誇りを持っていいのよ! 試しに滝沢くんに腕相撲で勝負挑んでごらんなさい。あいつひ弱だから、あなたなら余裕で勝てるわ。グダグダ文句いう必要なんてどこにあんのよ」

「い、いや、腕相撲で勝っても意味が……。滝沢に文句があるのはそういうことじゃなくて……」


 続いて冷河は津川を指差した。


「そこの学年成績万年二位!」

「ま、万年二位じゃないよ! 去年は遠山くんが独走してて、今は霧生さんがいるから三位に降格したんだよっ」

「そんなのどうでもいいのよ。あなたの特技は?」

「ぼ、僕は……伊勢くんみたいに体格良くないし、特技なんてないよ……」

「嘘おっしゃい! 狙って三位を取るなんて誰にでもできることじゃないわ。胸を張りなさい」

「狙ってないよっ。ていうかサラっとバカにしてるよね?」

「いいから答えて。授業を除いたあなたの平日の勉強時間は?」

「へ、平日なら長くて四、五時間くらいかな……」

「わたしなんてほとんどその倍近くやってるのに、あなたと大きく差が開いてるわけじゃない。ということは、あなたがわたしと同じ時間勉強に費やしたら余裕で追い越せるってことじゃない。その吸収力が特技でなくて何だというのよ」

「そ、そうなのかな……?」


 釈然としなさそうな津川を横目に冷河は教壇に立った。


「よく聞きなさい。どんな宝石だって、磨かなければ決して輝くことはないの。人間だってそうよ。今言ったあなたたちの特技だって、ほったらかして身についたものじゃなかったはず。輝きの裏側には血と汗と涙が詰まってるの。あなたたちが顔だけだって揶揄してた滝沢くんだって同じことよ」

「で、でもよ、ルックスなんて一番特技と呼べないじゃねえか。単純に生まれつきであって、磨くもなにもねえよ」


 いつの間にか席についていた伊勢が挙手した。


「教えてあげましょうか。わたしは小学生の頃の滝沢くんを知ってるけど、昔のあいつはクッソダサイやつだった。泣き虫で、女々しくて、自分はダメダメだって卑下してばっかりの陰鬱な子だったの。もちろん魅力なんて何もなくて、女の子には見向きもされなかったわ。つまり、今のあいつは見た目が良いからモテてるわけじゃないの」

「ええ~……」

「ぜってえウソだろ……」


 疑いの眼差しを受けながら、冷河は黒板に大きく”長所”の文字を書いた。


「他人の長所を妬むなんて非生産的なことは卒業しなさい。自分なりの長所を伸ばす努力をすればいいの。女の子にモテたいんだったら、そうするのが一番の近道ってものよ」

「いや~、でもよぉ。いくら頑張ったって、カッコよくなるわけじゃねえし……。中身が大事、清潔感が大切とか言っておいて、結局女は顔の良い奴しか興味ないんだろ?」

「それは女をバカにし過ぎってものね。ひたむきにがんばってる人だったらちゃんと評価するわよ。だいたいね、あなたたちは生まれつきがどうの以前に、改善すべき点が多すぎる! 伊勢くんなんて鼻毛が一本出ちゃってるじゃない。ちゃんと鏡で身だしなみ整えて」

「え、マジで!」

「津川くんは爪が長すぎて気に入らないわ。垢溜まってて汚いし。女子はそういうとこ目聡く見てるわよ?」

「あ、いや、これは……!」


 伊勢は赤面して鼻を隠し、津川は手を後ろに隠した。


「最低限のカッコつけすらできず、ありのままの自分でいようなんて虫が良すぎるわ! 少しでもその気があるんなら、滝沢くんの特技を参考にしなさい。女子の話がクッソつまらなくても素敵な笑顔で聞く、どんなにめんどくさくても誘ってくれたら休日出勤してでも付き合う、相手が誰だろうと綺麗だ優しいだの褒め称えてお姫様のようにあつかう! 女子の期待に応えるにはどうすればいいか常日頃から考える! おわかり? あいつは無給で働くホスト戦士、女子を満足させる機械みたいなものよ!」


 冷河の授業を受けていた二人は重々しい雰囲気に包まれた。


「なんか……霧生の話し聞いてると、滝沢がムカつくとかの気持ちは消えちまったかなあ。奴隷みたいなマネしないと女にモテないんなら、俺にはムリかなあ……」

「僕も……」

「……あんたらねえっ!」


 それでもタマついてんの?

 女にちやほやされたいのなら意地と根性見せてよね。


 どうしようかなぁ。

 伊勢と津川なんてほっといてもいいが、この二人に不公平感を与えてしまった責任の一端は自分にもある。

 滝沢に女子人気が一極集中するから歪みが生まれるのだ。

 伊勢に他人を侮辱させた根源は、滝沢の才能を発掘してしまったわたし自身にある。


 伊勢と津川にも女子対応の訓練を施してみようか。

 人にどんな才能が眠ってるかなんて育ててみるまでわからないし、ネクラな子どもだった滝沢が今や学校のアイドルなんだからやってみる価値はある。


 それに滝沢のためでもあるのだ。

 滝沢に告られたおかげで、現在は彼の彼女呼ばわりされてる自分だが、そんな状況であっても滝沢に声をかける女子が後を絶たない。

 学校の休み時間や放課後など、滝沢の隙間時間は他の子の対応で奪われる。

 結果として、彼の勉強やスキルアップの時間が減ってしまう。

 これでは滝沢の将来のためにならない。


 解決策は簡単だ。滝沢以外にもモテる男子がいればいい。それだけで彼の負担は軽減されそうだ。

 よし……その方向でやってみるか。人を育てるのは嫌いじゃないし。


 夏休みまで残りは二週間ほど。

 放課後の空き時間だけでも重要な点は詰め込めると思う。

 こんなこともあろうかと滝沢育成の実体験をふまえて要点はまとめてある。

 より効率的、より実践的に進化した、名付けて好男子改造プランだ。


 これは一種の対人スキル。

 劇的な効果が望めるかは神のみぞ知るといったところだろう。

 もしかしたら将来、彼らの役に立つ可能性はあるのだ。


「あなたたち、今のままでいいと思ってるの?」

「え?」

「女子にモテたいんでしょ? 昔、滝沢くんを育てあげたのはこのわたしなんだから、わたしの特別講義を受ければ同じようにできるわよ」

「ほ、本当に?」


 津川が食いついた。


「もちろんあなたたちのやる気次第ではあるわよ。滝沢くんがモテるのは、結局のところ女子の好感度を稼ぐ術を知っているから。これは訓練で身につく技術なの。知ってるか知らないかで、あなたたちの未来は大きく変わる……かもね」

「ぎ、技術? そんなものが? しかも教えてくれるって?」

「やる気があるのなら明日の放課後、この教室に来なさい。不甲斐ないあなたたちを特別に鍛え上げてあげる!」


 伊勢と津川がすがるような眼差しを向けて。


「「あなたは女神さまですか?」」

「……冗談でも二度と言わないでよね! わたし、女神って単語聞くと虫唾が走るから!」

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