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もう一度ブライトネス②

 二〇二一年四月二十五日 日曜日


「ちょっと。ねえ、起きなさいよ」


 目覚めると、気の強そうな眼差しがそこにあった。

 周りに配慮したような抑えた声で、隣に座っている冷河が言った。


 喫茶店にしては暗すぎる場所だ。正面には巨大なスクリーンに出演俳優のエンドロールが流れている。

 気が付くと、恵太は映画館にいた。現実か夢かで混乱したが、これは現実だ。


 徐々に思い出してきた。今日は日曜日で、映画好きの冷ちゃんを誘って映画館に来たんだった。

 エピローグに差し掛かったあたりで居眠りしたようだ。


「わたしといるのがそんなに退屈なら、これで解散にしてもいいわよ?」

「いや、ぜんぜんそんなことありませんので! まだまだこれからなので!」


 最初から乗り気じゃない冷河を連れ出すのも一苦労だったのだ。

 朝の登校時には冷河のマンションまで迎えに行き、休み時間にはかかさず声をかけ、昼食は必ず同席し、下校時は騎士のつもりで見送り続けた。その間は冷河から冷ややかな言葉を浴びせられ、好きな人から口撃されまくったおかげでメンタルはボロボロだ。

 ここまでやってきて肝心の本番でやる気がないと思われるのはぜったいにダメなのだ。


「う~ん、後味悪い感じの話だったな~。前半無意味な会話だらだらだし、ネトフリで見てたら切ってたかも。オチは良かったからそこは評価できるか……」

「……ふわあぁぁ。ん、なんだ? もう終わったのか?」


 恵太たちの後ろ座席にいたアシリアの批評に、達也が目を擦りながらいった。


「……というか、なんで妙成寺さんたちまでいるの? べつにいいんだけどね」


 冷河がいった。


「アタシたちのことは気にしないで! たまたまヒマで映画館に来たら、偶然、恵太たちを見かけただけだから! どうせなら一緒にと思って」

「よくいうぜ。一人で見張るの恥ずかしいからって、俺まで引っ張り出しやがって。こっちだって忙しいんだぜ?」

「アンタは黙れ!」


 アシリアが達也の指をとってヘンな方向に捻じり上げた。


「おいバカやめろ。関節が捻じれる!」


 平和な様子を見ながら、恵太はさっきの夢を考えていた。

 喫茶店で姿の見えないもう一人の自分と話してた……ただの夢だったとは思えない。

 以前にも眠った拍子にアナザー恵太の記憶が蘇ったりしたのだ。今回もきっとそうに違いない。

 女神の生まれ変わりがどうだとか、内容はことさらファンタジーっぽかったとはいえ、あとで達也の耳にも入れておくべきか。

 そして、機会があればアシリアにも……。


「滝沢くん……いい加減に手を放してもらっても?」


 言われて気付いた。眠ってしまう前から座席の手すりに置かれた冷河を手に自分の手を重ねていたらしい。


「……あれ? ご、ごめんね。邪魔だった?」


 眠ったといっても五分もなかったはずだが、それまで冷河が文句ひとつ言わなかったのが不思議だ。


「ふんっ。それで、次はどうエスコートしてくれるの?」


 冷河は座席から立ち上がって、青のフレアスカートを優しく払った。


「次は遊園地行こう。西スクって、冷ちゃん覚えてる?」

「場所は覚えてるわよ。デートコースとしては定番すぎる気がするけど、仕方ないわね。この辺だとあそこくらいしか遊ぶところないし」

「おお~西スク久しぶりじゃん。せっかくだからアタシも行こっかな~」

「俺は行かねえからな……。何が楽しくて妙成寺と金魚の糞に徹せにゃならんのだ」


 アシリアが笑顔のまま達也の指を再び捻じった。


「わかった、行く。ついて来りゃいいんだろ!」




 数か月ぶりに訪れた西スクは相変わらず混雑していた。

 娯楽の少ない街なので、休日になると子連れの親子や中高生の的になりやすい場所なのだ。


「わ~懐かしい。最後に遊びに来たのって小学生以来ね。どこから回ろっかな?」


 ノスタルジィに浸らせて冷河の機嫌を取る作戦は成功だ。

 この調子で少しずつ関係を改善していこう!


「それなら断然ジェットコースターだし! それがいいし、それしかない!」


 ……本当についてきたアシリアと嫌々ながらの達也をどうしたもんかな。

 ダブルデートというのもなくはないが。


「よ~し、じゃあジェットコースターで! 行きましょう妙成寺さん」


 けっこう仲が良いんだよねあの二人。

 アシリアのテンションに当てられた冷河が彼女を引っ張って行ってしまった。


「あいつ、ぜったい空気読めてねえよな……。あいつなりに滝沢と霧生のボディガードのつもりなんだろうが」


 達也がため息をついた。


「そういえばアシリアは知ってるんだっけ。俺と冷ちゃんの、この先の運命というか」

「そうだ。妙成寺には滝沢の未来、というよりも滝沢の経験した過去を知っている。おまえのいた世界には存在しないという特殊性ゆえのものかはわからんが、俺らにとっては未知数としかいえない」


 少しだけ重なるように思う。アナザー恵太によれば、美夏にも不思議な力があったという。


「さっき……映画館で眠ってる間に、変なことがあったんだ」

「変なこと?」

「夢の中で、俺は喫茶店にいて、そこでアナザー恵太と話すことができたんだ。妙にリアルでただの夢だとは思えなくて」

「夢、か。なんらかのきっかけで潜在意識の深くに眠っていた情報が引き出されたのか、それとも、あいつはまだお前の頭ん中にいるっていう仮説が正しかったのか。ともかく、内容を聞かせてくれや」

「美夏姉さんは子供のころ、遠くにいる人の言動を言い当てることができたって……」

「ほう。いわゆる遠隔視能力か。視えないものを視るという点で妙成寺と似ている気がするな」


 達也は、ジェットコースター待ちの最後列に並んだアシリアを目で追っていた。


「あと……疑わしい情報もひとつだけ」

「なんだ?」

「美夏姉さんは女神の生まれ変わりだとか。女神は何人もいないだろうから、オルタネイトにしかいないんじゃないかって」

「……はあ?」

「その反応、俺とまったく同じだよ。とにかく、美夏姉さんが子供のころにそう豪語してたって」


 達也が罰が悪そうに鼻をかいた。


「まったく、滝沢といると常識がゆっくりと侵食されてくようだ。常識とは偏見のコレクションであるとはよく言ったもんだぜ。今度は女神転生で、終いには天地開闢までいきそうだ。ただ、子供の戯言といえない事情が色々重なってるからな。百歩譲ってマジモンの神だとしても、重要なのはどんな神で、誰にとっての神かってことだ。知ってるか? 日本の言い伝えだと神ってのは八百万もいるらしい。多神教極まれりな数だが、日本人のいう神ってのは外国と違って固定の姿を持たない目に見えない存在だ。白いヴェールを羽織った髭面の好々爺じゃねえ。神は山、海、森や木やその辺の石ころに至るまであらゆるものに宿っていて、そいつらが自然を形作る。大げさにいえば、神は俺らが目にするすべてに顕現していて、この宇宙を含めた万物を構築してるともいえるんだ」

「そんな一気にスケールを広げられると、バカな夢見ただけって気がしてきた。宇宙がどーたらって、美夏姉さんにもっとも縁遠い話だと思うんだ。本物の女神が百円ショップに入り浸ったり、YouTube中毒になったりする?」

「そりゃまあ……神もピンキリってことじゃねえか? なあ、今の美夏さんはそれらしいこと言ってたのか?」

「いや。アナザー恵太がいうには……どうも自分が女神だってこと忘れてるらしくて……」


 聞いたとたん達也は太ももを叩きながら大爆笑していた。


「たしかに、滝沢の姉ちゃんらしいっちゃらしいな。そうかそうか、忘れたときたか! だが、なんとなくわかりかけてきたぞ。オルタネイトにしかいない唯一無二の二人。この際、神でも異世界人でも失われた古代文明の末裔なんでもいいが、美夏さんのルーツがこの世ならざるとこにあるってんなら、そいつは妙成寺にも当てはまるはずだ。妙な能力の出どころといい、こんなにわかりやすいことはない」

「相変わらず、タツって俺の話を疑わないよね? 俺の頭がおかしいって一言言ってしまえば、なにもかも現実的な結論になりそうなのに」

「前も言わなかったか? それじゃつまんねえじゃねえか。ガチガチに凝り固まった常識なんて願い下げなんだよ。非常識で非日常的で超常的なことに関われるんなら、俺は悪魔に魂を売ったって構わないと思ってる人間だぜ?」

「頼むから、悪魔が本当にいても魂を売るのはやめてくれよ……」

「死神はいるみたいだからどうだろうな。なんにせよ滝沢にとっては朗報じゃないか。去年の火事で助かったのは妙成寺の助力があったからだって、前に話したよな?」

「ああ」

「仮に妙成寺も同じく女神の生まれ変わりだとして、同じ神様のカテゴリなら死神とどっちが格上なんだろうな。神にも序列があるはずだ。死神のほうが格下であれば、妙成寺を味方につけとけば滝沢の身の安全は担保される」

「おいこら、男どもー!」


 アシリアが順番待ちの列から離れて戻ってきた。


「女子に列並ばせといて自分らはお喋りとか。早よ来いし!」


 数分で順番が回り、安全バーが降ろされ、地上十八メートルまで昇っている途中、後部座席のアシリアがはしゃいでいた。


「この昇っていく瞬間のスリルがたまんないしー! あれ、そういや恵太って、コースター苦手だったっけ?」

「あ、ああ。でも、一回くらいなら全然大丈夫だから」


 本当はすでに鳥肌が止まらないくらいびびっていた。

 何度乗っても慣れないものは慣れないのだ。

 アシリアの隣で口数がめっきり減った達也も少し顔色が悪いような気がした。

 よく見ると全力で安全バーを握りしめているし、たぶんこいつも絶叫系が苦手なんだろう。


「この程度のアトラクションで情けないわね……。一応、男なんだからどっしり構えてなさいよ」


 隣の冷河が軽蔑の眼差しを向けた。


「恵太と冷河は昔も一緒に来たことあるんだよね? 恵太って子供のころからこういうの苦手だった?」


 アシリアが冷河に尋ねた。


「どうだったかなー。初めて遊びに来たころってコースター系に限らず、空中ブランコとか観覧車とか。とにかくあらゆる乗り物に積極的じゃなかった覚えがあるわ。臆病で、無口で、なに考えてんだかわかんないくらい無表情で。自分じゃ何一つ決められないような情けない子供だったな」


 う~ん、手厳しいな~。

 うんと小さいころとはいえ、たしかにそういう時代もありましたので否定できないんだよね。

 質問したアシリアが一瞬言葉に詰まっていた。


「……ごめん。それって誰のこと?」

「もちろんこの人のことよ?」


 冷河が恵太を指さした。


「臆病で、無口で、無表情な子供……?」


 アシリアの視線が後頭部に突き刺さってる気がした。

 今の人物像と一致しなくて釈然としないんだろう。

 言い換えればそれだけ今の自分が成長できたんだなと、なんだか誇らしい気持ちになった。


 ちょっぴりの嬉しさを噛みしめていたのに、車両の高度が頂点に達したとたんわずかな嬉しさも吹っ飛んだ。

 地面へと落下して死にそうな恐怖を味わいながら強く思う。

 どうしてこの世には、絶叫系マシンという処刑具が存在するんだろう!

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