もう一度ブライトネス①
「あのー、聞こえる? 滝沢恵太、って呼べばいいのかな? もし聞こえたら、なにかリアクションが欲しいな……」
駅前にあるお気に入りの喫茶店で物思いに耽っていると、男の声が聞こえた。同い年くらいだと思うが、聞き覚えはなかった。クラスメイトじゃないと思うし、喫茶店の店員さんに声をかけられたわけでもない。
フルネームを呼んでいるから知り合いだとは思うのに。
そもそも、今の声はどこから聞こえてきたんだろう。
声をかけた可能性の高い店員さんにしたって、入り口近くで他のお客さんの接客中だし、この喫茶店へは一人で来てるのだ。
「よかった。ちゃんと通じてるね! たぶん、境界線が曖昧になってきたんだ。去年の火事のあと、キミが俺の記憶に触れることができたから……」
なんでそこまで詳しいんだ?
キミは誰なんだ?
それにさっきからキミの姿が見えないのはなんで?
「そりゃそうだよ。俺の肉体はひとつしかないし、その一つは今はキミのものなんだから。これは脳内会議ってやつだと思う。ここまでいえば、もう俺が誰かわかる?」
「……もしかして、アナザー恵太?」
マジですか。すごい変な感じだなあ。俺の声ってこんなだったんだ……。
「声はどうでもいいから! 俺としてはそっちこそアナザー恵太って気がするけど、まあ今はそれでいいや」
まさかアナザー恵太とお話できるとは思わなかった。
色々聞きたいことがあったはずなのに、いざとなると何から聞いていいのか……。
「あんまり時間の余裕がないんだ。今日までずっと呼び続けて、はじめて俺の声が届いたからね。またすぐ繋がらなくなるかも」
「そうなんだ。なんか、ごめん……。できればそっちに体を返してやりたくても、どうすればいいのかわからないし、今、キミがどこにいるのかも……」
「俺自身、自分が今いる場所がよくわからない。まるで暗闇の荒野に一人取り残されてるみたいだ……。でもまあ、そう深刻にならなくていいよ。不思議と気分は落ち着いてるんだ。むしろ、未来の経験を持ってるキミのほうがいいと思う」
「そんなことまで知ってるの?」
「どういうわけか、キミが今日まで体験してきたことは全部わかるんだ。こっちにそっくりな世界から来たってことも、水城舟先輩のことも、キミが美夏姉や妙成寺さんを知らなかったってことも」
「知らないというか……俺のいた世界には、姉さんやアシリアはいなかったんだよ」
「不思議だよね。どうしてこのふたりだけいない世界なんてあるのか。ただ、美夏姉に関してはひとつだけ思い当たる理由があるんだ」
二人がいない理由? なんなのそれは?
「美夏姉は女神だからね」
「……うん?」
真実を言いまくる悪魔じゃなくて?
う~ん、言うに事欠いて女神と来たか。正直、少し引く。さすがに俺もその単語を使ったことはないなあ。いやはや……女性を褒める最大級の賛辞とはいえ、そんなに? そこまで褒めちぎっちゃうか……。
アシリアじゃないが、本当に俺って重症だったんだなあ。
「待って。頼むから憐れむのやめて! そうじゃなくて、本当に美夏姉は女神なんだよ。例えでもなんでもなくて」
「ええっと。例えじゃなく女神っていうのは、小説やゲームで登場するみたいな存在ってこと? 女神っていうと水の女神とか、自由の女神とか、勝利の女神とか色々あるような? つまり人間じゃなくて本当に神様ってこと?」
「そうそう。きっと女神は何人もいないからね。だから、キミのいた世界にはいなかったんじゃないかな~」
うーん、これはヤバそう。
改めて言ってやりたい。アナザー恵太って、気は確かなのかな?
「信じられないかもしれないけど、本当なんだよ。子供のころ、美夏姉が自分で女神の生まれ変わりだと言いふらしてたんだって!」
「はは~ん、なるほど。よっし、当ててみるよ。昔、美夏姉さんがそう言ったとき、アニメの『ラブキュア』見てなかった? そんでもって必殺技のキメポーズとセリフもばっちり完コピしてなかった?」
「なぜわかったし……いやいや、たしかに美夏姉、そのアニメ大好きで見てたっけ。とにかく、それ以外にも不思議な力が本当にあったんだって。遠くにいるはずの人の言動とか、言い当てたりしたんだ。母さんが職場に忘れ物したときも、美夏姉にはわかってていち早く届けに行ったりしてたし」
「う~ん、もう一人の自分がいうことだからといって、にわかにはちょっと。だいたいなんで家にそんなすごい人?がいるのとか突っ込みどころ多すぎて……」
「それは俺にもわかんないけどさ。ほら、キミを連れて行こうとした怪しい死神だっていたんだから、美夏姉が女神でもおかしくなくない?」
「そう言われるとどうだろ。同列にしちゃっていいのかなあ? でも、仮に美夏姉さんが女神だとして、そんな素振りちっとも見せないのはなぜ? 子供のころは言いふらしてたんでしょ?」
自己顕示欲旺盛な女神様ってどうなんだろう?
「たぶん、今の美夏姉は、そのこと忘れちゃってるんだと思う」
「Oh……!」
しかも忘れっぽいときましたか。ふつう忘れないと思うんですが!
「あんまり美夏姉を悪くいいたくないけど……ちょっと普通じゃないとこあるから……」
「わかる!」
度を超えたパソコンオンチさも気になる……。
「誰にだって欠点はあるし、ちょっとくらいの欠点はむしろ魅力だと思うよ」
そこはいいとして、ちょっと口うるさいかなあ。
「ほったらかしでもいいのに、細かいところまで気にかけてくれて嬉しいよ」
親の命令なら超非常識になったりしない?
これは本当に直してほしい……。
「母さんの期待に応えようと一生懸命なんだよ」
ああ言えばこう言う人だなぁ。ってよく考えてみたら、俺ってこういうところあるかもしれない。
「何が言いたいかっていうと、美夏姉は女神といっても、それとは関係無しにすごくカワイイんだよ?」
「あ、はい。そうですね」
アナザー恵太の性癖にいちいち突っ込んでたらキリがなさそうなので肯定しておく。
それにしても、女神、ねぇ……。
この現代日本の、科学万能でファンタジー要素皆無の現実に女神という神話的で非現実的な存在って……。
剣と魔法の異世界でないと似つかわしくないなあ。
でもそれをいったら、アナザー恵太の言う通り、死神はどうなんだという話になってしまう。
コインに表と裏があるように。愛があるなら憎もあるように。神様がいるなら死神もいる、ってことだろうか。
百歩譲って、アナザー恵太のいうことが真実だとしても、美夏姉さん自体はどう見てもふつうの人にしか見えないし、神様っぽいところなんて微塵も感じないし、いくら説得されても信じ切ることはむずかしいかな。
「なんだったかな~。しょっちゅう自分は女神だって言って母さんを困らせてたのは覚えてるんだ。具体的になんの女神って言ってたかが思い出せないんだよね」
「まあ……わかったよ。話半分程度に、心に留めとく」
「それがいいか。キミが来た原因も、もう一つの世界のことも、ぜんぶ美夏姉に関係あるのか、たしかなことは言えないからね。それよりも問題は、この先起こることについてだ」
そうだ。この先に待っている破滅をなんとかしなければ。
「俺が一番伝えたかったのは、冷ちゃんを救ってほしいってこと。……美夏姉と同じくらい大切な人なんだ。キミも……そうだった?」
「うん。そこは変わらないと思う」
「よかった。だったら安心してすべて任せられる。それと、本当にごめん。厄介事を押し付けるみたいで」
「だいじょうぶ。そっちはそっちで大変なんだから、俺も精一杯やるだけ。俺の方こそ、キミの体を無事に返せる保証がないんだ。一度は火事で死にかけたし、万が一のときはごめん」
「いいんだ。キミは本当にすごいね。俺がキミの立場だったら、同じことができる気がしないよ。……どう使ってくれても……構わないから……」
少し声が遠くなってきた気がする。
「もう……限界みたい……」
この奇妙な通信ができなくなってしまう。
最後に、これだけは聞いておきたい。
「ねえ、アシリアのことはどうすればいい? キミがどう思ってたか、まったくわからないんだ」
アナザー恵太が美夏姉さんを好きなのはわかった。
冷ちゃんのことが大切なのもわかった。
でも、アシリアは? 彼女のことはどう思ってたんだ?
キミの代わりになった俺の行動は、俺の心は、キミの意思に沿っていたのか?
最後にそれだけでも教えてほしい。
「妙成寺さんはね……俺にとって……」
続きを聞く前に、店内の照明は落ちた。




