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霧生冷河はうろたえない③

「ドクズ……スケコマ……ヤリチン…………」

「おい、好き放題言われてんぞ。聞いてたのとだいぶ違くねぇか」

「いやあ本当は優しい子なんだよ。ちょっと険のある言い方なだけで」

「冷ちゃんどうして……滝沢くんはそんなのじゃ……」


 あっけに取られたアシリアがゆっくり応える。


「うーん、この猛烈な嫌われっぷり……そこは変わってないんだ。霧生さんの言うこともわかんなくはないんだけどね」

「おい、せめてお前は否定してやれよ」

「ええ……アシリアまで……」


 アシリアが苦笑いした。


「アタシも最初は全然タイプじゃなかったっけな~。軽薄でバカで本当にしょうもないヤツだったし、しかもぶっちゃけ自分の顔の良さに自信あるでしょ? 自分の武器自覚して女子にぐいぐい押しつけるとこがあざといし。そういうわびさびもわかってないトコはマジ最悪。これで他に特技でもあれば良かったのに、残念ながら頭の出来はアタシとトントンくらいだしスポーツ万能ってわけでもないから、マジで外面良いだけのオトコ。優しさが取り柄だって言っても、それは恵太の処世術ってだけっぽいしね。おまけに頭ん中はアブノーマル且つねじ曲がった性癖と情念でドロッドロなヤツだし」

「ええ……俺ってそんなにダメなやつだったの?」

「おい、好き放題ダメ出しさせといていいのか」


 遠山が肘で滝沢を突く。


「そんなワケで恵太がバカなオトコだってのは、心底同意するし。きっと霧生さんは、アタシの知らない恵太のダメなトコいっぱい知ってるから忠告してくれてるんだってわかるよ」

「そう。よかった、あなたにわかってもらえて」

「でもさ、霧生さん」


 アシリアが滝沢の腕を絡めて強引に引き寄せた。


「なんかアタシのこと買いかぶってるよね。アタシだって変わんないよ? 恵太と同じくらいバカでしょうもないオンナなんだ~」

「どうしてあなたがそんなこというの」


 世間に蔓延るバカ女みたいなことを。芦莉愛はそんなこと言わない。滝沢の洗脳が完成していて解けないのか。


「それに……アタシも知ってるんだ。たぶん霧生さんも知らない、恵太のダメなトコ。もう本当にダメでどうしようもなくて……どうにかしてやんなきゃってそればっかりで。だからアタシは、問題が解決しないうちは別れるつもりないし」

「なに言ってるの。お願いだから聞いて。妙成寺さん、絶対に間違ってる!」


 見えてる地雷を懇切丁寧に教えてあげたのに。滝沢だけでなくアシリアまでバカなのか? だいたいなんだその、アタシのが滝沢のダメさ加減をよくわかってるんだから支えてあげなくちゃいけないの、的な論理は。ナイチンゲール症候群か。たかが一年付き合ったくらいでカッコつけの滝沢が隙なんか見せるわけないだろ。薄っぺらい理解力で全部わかった気になるとかおかしいっての!


「あの、ちょっといい?」


 滝沢が小さく挙手した。


「まず最初に言わせてもらうと……ごめんなさい。俺の力不足というか配慮不足で、溜まりに溜まった不満があるというのはよくわかりました。そこに関してはこれからなんとかしたいと思う……いや、必ず行動で示していきますので、どうかもうちょっとだけ時間をもらえたらありがたいな~って」

「白々しい。子供のころから全然変わってないのがすべてでしょ。どうやったって、あなたの本質は変わんないでしょうに」


 冷河の皮肉にも滝沢は優しく微笑んでいた。

 ふんふんとうなづくアシリアに滝沢がいう。


「それでさアシリア……ここんとこ俺が勝手なことばかり言ってて本当に申し訳なく思ってる。今までたくさん助けてもらったのに恩すら返せなくてごめん」

「べつにいいよ。すでに十分返してもらってるし、アタシも勝手にやってるだけだから」

「それだけじゃなくて、俺には絶対にやらなきゃいけないことがあるんだ。しかも時間がないからすぐにでも。たぶんそれは、冷ちゃんに言わせれば誠実さのカケラもないドクズなことだし、アシリアにとっては裏切りになる。だから先に謝らせて……本当にごめん」

「うんうん。まあ霧生さんを見てるとなんとなくわかるよ。キミなら絶対そうするよね」


 いまいち二人の言ってる意味がわからず冷河は困惑した。

 二人にしかわからない間があるせいか微妙にイラついてしまう。


 滝沢が席を立って静かに冷河の隣にくると、まるで映画の中のプロポーズのように片膝をついた。


「冷ちゃん……どうか俺と付き合ってください」

「……はあっ!?」


 あまりに脈絡なくいうので椅子ごと倒れそうになった。


「おーおー。今日は端っからフルスロットルか」

「……ダヨネー」

「…………!!」


 遠山はニヤニヤしながら楽しんで、アシリアは懐かしいものでも見るように頬杖をつき、存在を消していた仁美は手で口を抑えて耳まで真っ赤になっていた。


「……わたしの言葉が難しかったの? 滝沢くんのことがキライだってはっきり言ったつもりよ」

「でも俺は冷ちゃんが好きなんだ。優しくて、きれいで、辛辣なところだって全部。昔も今も、たとえ生まれ変わったとしてもこの気持ちは変わらない」

「…………うぅ」


 火の玉ストレートで告るせいで、すっかり見世物扱いだ。隣のテーブルで下品な笑い声をあげていた女子グループが静まりかえって、色気に飢えたハイエナのように聞き耳を立てている。

 滝沢は、引き気味の冷河の手を優しくとった。


「だからチャンスをください。絶対に冷ちゃんの中のダメな恵太を塗りかえてみせる」


 恋愛映画のワンシーンのようなセリフに、滝沢の手を握り返してもいいんじゃないかと思えてくる。情けないことにすでに耳が焼けるように熱く、顔は桜色に火照ってしまってるだろう。


 まったくぶれない眼差し……これだけ真剣な顔して言ってるんだから……もう一度だけ信じてみてもいいのでは……?


 ……いや、ダメだ、冷静になれ。滝沢が子供の頃、なんどわたしの気持ちを裏切ってきたか忘れたのか! こいつがどれだけ最低な男かだれよりも知ってるでしょう! 本心のわけがない。まして改心するようなやつでもない。だいたい彼女持ちの分際で平気で浮気するとかしないとか以前に、当のアシリア本人の前で告白するとかありえないでしょう!


 ヒューヒュー! はやく返事してやれ~! リアルでこんなの言われるとか超羨ましいぞ~! TikTok用に撮ったれ~!

 女子を中心に野次が飛ぶ。


 やかましいぞバカ女ども! 高みの見物決め込みやがって! 野次馬なら他でやれっての!


「……自分に酔ってんじゃないの? それともわたしをバカにしてるの?」


 これ以上、滝沢のジョークには付き合いきれない!


「絶対にお断りよ。アンタなんか趣味じゃないの!」

「そこをなんとかお願いします。せめて今度デートだけでも」

「絶対にイヤ!」

「なら今度お茶にいったりは」

「妙成寺さんと行けばいいでしょ!」

「どうしても冷ちゃんと行きたいんだ」

「…………ぐくぅ……」


 どうして食い下がるんだ。まずいことに気持ちが揺れかけてきた。下手にお願いしてるようで、その実攻めこまれてるのがファッキン! 普通の男子なら恥ずかしくて口が裂けても言わないことを自信たっぷりに言いやがってぇ。


「なあ妙成寺、アーカイブ映像を見てる気にならないか。アレがお前の去年の姿だぞ」

「うっせぇわ、忘れろよ!」

「たいていの女は滝沢を断らない。よほどの理由がない限り、美男美女を拒否する人間はいないからな。決して個人の主観や好みの問題じゃねえ。容姿の良し悪しってのは、相手の遺伝的欠陥や遺伝的相性を測るパラメーターだと俺らは本能的に認識する。性格や能力、気持ちなんてのも後付けで納得するようにできてんのさ。しかし、まれに生物の本能に逆らうひねくれものもいる。お前や霧生みたいにな」

「しょうもないご高説どーも!」

「そして見てろよ。ここまでやっても落とせない女を叩き切っちまう滝沢の伝家の宝刀を」

「なにそれ」


 我関せずの遠山とアシリアが耳打ちしあっていたが、冷河には聞こえていない。


「ちょっと妙成寺さん、なんとかして! あなたは滝沢くんを叱らないとダメでしょう!」

「う~ん、そうなんだけど、恵太特有のビョーキだってわかってるから。ビョーキなら優しくしないとなあって」

「おかしい! あなたたち揃いも揃っておかしい!」


 これじゃただのNTR……いやネトラセじゃないか。


「だったらこうしない? 俺とゲームして、冷ちゃんが勝ったら俺が言うこと聞きます。俺が勝ったら、今度の土曜にお茶しましょう」

「イヤよ。勝手なこといわないで!」

「一回だけ。この一回で俺が負けたら、もう二度と冷ちゃんに迷惑はかけないから」


 滝沢が子供に言い聞かすように茶目っ気を出してウインクした。


 受けたくもないゲームを受けなければならないのか……断れば今後も絶対付きまとってくるぞ……百パーセント全開の好意を誰に咎められようが恥ずかしげもなく押し付けてくるだろう……なにせ子供の頃からそうだった。

 ついに変態の毒牙が自分に巡ってきたということか。

 悲しいのか嬉しいのか、頭が混乱して自分でもよくわからなくなってきた。


「……ゲームって、なにすればいいの?」

「ありがとう! ルールは簡単。お互い見つめ合って、表情を変えた方が負け。時間は二分。お互いの体に触れるのはダメで目を瞑るのも禁止。にらめっこみたいなものだね」

「また子供みたいなことを……」


 こんなくだらないゲームで勝つしか滝沢から逃れる方法がないとは。

 説明を聞いていたアシリアがテーブルに拳を叩きつけていた。


「ゲームってこれかよ! こんなんアタシなら勝ってたね」

「お前みたいな女は二十秒持たねえよ」

「アタシを誰だと思ってんの。仮にも元役者、演技と表情作りはお手の物。例えアンタが目の前で死んだって笑ってられるからね」

「そこは嘘でも悲しんどけ。まあ見てろ」


 またも耳打ちで冷河には聞こえない。


 勝負のため冷河と滝沢はテーブルを挟んで向き合った。遠山たち以外にもいつの間にか多くのギャラリーが集まっている。惚れた腫れたの恋愛バトルというノリのせいか女子が多く、勝負のくだらなさとは正反対にみんな真剣な表情であった。


「良かったら試しにやってみる?」

「結構よ……。それより時間切れで決着つかなかった場合はどうするの?」

「その場合はゲームを受けてくれた冷ちゃんの勝ちでいいよ。じゃあいってみよう」


 周りのギャラリーから目立ちたがりの女子が挙手してスタートの合図役を買って出た。

 三、ニ、一………………

 開始する直前に滝沢がイケメン顔全開で微笑みながらスタートした。


「ちょっと待って!」


 冷河は待ったをかけた。滝沢の表情がおかしい!


「にらめっこなのになんで笑ってんの!?」

「だって表情を変えたら負けってルールなので。最初から笑顔ならそれを維持するだけだから」

「屁理屈言わないでよ」

「誤解させたならごめんね。とにかく、冷ちゃんは自分が維持しやすい表情してくれればいいから。無表情がいいならもちろんそれでオッケー」

「……まったく」


 気を取り直してもう一度スタートのカウントダウンが始まると遠山がぽつりと呟く。


「勝ったな」


 超渋い声で。


 勝負が始まって滝沢は笑顔、冷河は無表情となった。互いの表情が変わったら負けのルール。にらめっこだと変顔を駆使して相手を笑わせるものだが、表情を変えるというのがミソかもしれない。というのも、単純なにらめっこだと滝沢の端正な顔は不利になってしまう。なにせ元が容姿端麗、例えこいつが全力で変顔したところで、誰も笑いそうにない。


 とにかくたった二分耐え切れば勝てるのだ。わずかな時間さえ過ぎてしまえば逃れられる。滝沢にしてみれば、霧生冷河は大人しくて初心な女子という昔の評価で考えてるだろう。見つめ合っていれば恥ずかしくなって自爆するという舐めくさった判断に違いない。


 そうはさせない。わたしはもう昔のわたしじゃないのだ。もう見え見えの狼には騙されない。


 見つめ合ってどれくらい経っただろう。体感的には一分過ぎたように思えるが、たぶん十秒くらいか。滝沢も眉一つ動かさずに笑顔維持なんてよくやる。わざわざ表情筋を固定するというのは息を止めて水中に潜るようなもの。何かを耐えなければならない状況だと時間の流れは相対的に遅くなるものだ。たしかアインシュタインもそんなことを言っていた。


 と相対性理論を考えながら滝沢を意識から追い出そうとしていたら、彼は器用に表情は変えず、そっと一言。


「冷ちゃん、大好きです(イケボ)」

「…………カハァッ」


 冷河は一撃で決壊した。泣いてるのか笑ってるのか恥ずかしがってるのかもはや本人にもわからない。

 また……不意打ち……最高に眩しすぎる笑顔で……告られた……!!


 見つめ合うだけじゃねえのかよ汚い汚すぎるクソみたいに汚い汚職政治家すら漂白したシャツに思えるくらい汚くトラックいっぱいに積載した肥料の山にダイブするよりも超絶に汚くウンコ漏らしたパンツ頭にかぶるほうがマシなんじゃないかって悩むくらい超ド級に汚いっ!


「うっわ、エグ……。手は出さないで口は出すとか」

「付け加えるなら霧生の無表情も愚策だった。人間は他者から好意を向けられると同じ気持ち、表情で返そうとする性質がある。相手が笑ってたら自分も笑うほうがマシってことだな」

「うん。なんかわかる気がする……」


 後方視聴者面となった遠山とアシリアが謎の拍手をすると、回りの女子たちからも拍手が起こった。

 いいもん見せてもらったと冷河には祝福の声がかけられた。

 滝沢が顔を覆い隠した冷河に声をかけた。


「ごめんね冷ちゃん。どうしても負けるわけにはいかなくて」

「……う・る・さ・い゛っ」


 だめだ。どうしても顔を上げられない。

 どうしても負けたくないというのは、アシリアを差し置いてでもというのは、そんなに自分と……デートしたいということ?

 ……ボケナス、オタンコナス、オタンチン! 紳士さも誠実さも聡明さもなんにもないくせに。顔しか取り柄のない単細胞の大ウソつきのくせに!

 なのにどうして頬が緩んでしまうんだ。こんな顔、誰にも見せられっこない。


 一刻もはやく、滝沢の前から消えてしまいたい!

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