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過去と約束の女優

「状態は?」

「患者は一六歳男性。火災発生から二十分たっており意識障害あり。血中の酸素濃度は86%に低下しています」

「見たところ火傷は一切ないようだが? 一酸化炭素中毒か。もう一人の幼児は?」

「搬送中に意識が回復しました。彼が覆いかぶさっていたので煙から守られたようです。男の子の母親も同じ現場から救助され、朦朧としてはいますが覚醒しています」

「よし、念のため意識回復した二人にも酸素吸入は続けて。この患者は高圧酸素治療室へ。せっかく助かったのに、後遺症は残させたくない」


 救急車で市の総合病院に到着し、恵太を乗せた担架が慌ただしく病院内へ運ばれていく。

 まるで戦場のような気迫の医師たちが全力を尽くしてくれるのを見守るしかない。

 ミカ、穂高さん、達也、アタシの四人は、各々すがる思いで待合室で待った。


 やがて連絡を聞きつけた恵太のお母さんが待合室に駆けこんできた。


「美夏!」

「ママ……」

「良かった……あなたはなんともないのね。二人して火事の現場にいたっていうから」

「うん……でも、でもね、恵太が」

「あなた、ひどい顔してるわ。疲れてるなら先に家に帰って休んでなさい」

「できないってそんなの! 恵太が苦しんでるのに」

「わかった。じゃあ一緒に待ちましょう……」


 そういって恵太のお母さんは、アタシたちに会釈するとミカをあやすようにシートに座った。

 長い時間だった。

 慌ただしく病院のスタッフが行き交うたびにミカはビクっと身を強張らせて、周囲に気を配っていた。

 これ以上悪いことが起きないように、アタシには祈ることしかできない。


 少し休みなさいという忠告に従い、ミカはお母さんの膝に頭を置いて横たわった。


「ほんとにバカな子に育っちゃったわねぇ。人を思いやれと言い聞かせたつもりだったけど、限度ってものを教えなかったのが失敗だったのかしらねぇ」


 恵太のお母さんがミカの頭を柔らかく撫でながら言う。


「あいつのバカは生まれつきだと思う」

「そうかもねぇ。小さな男の子を助けたって?」

「うん。そうみたい……」

「そっか。それは良かったわね」

「ぜんぜん良くない」

「こら。そんなこと言ってはいけません」

「いくら人を助けたからって。どれほど美談にしたって……。恵太が死んだりでもしたら、なんにもならないじゃない」

「死んだりなんかするもんですか。善いことをしたんだから、神様だって見捨てたりしないわよ」

「いるわけないじゃん、神様なんて」

「ちゃんといるわよ。でなきゃお母さん、あなたたちみたいな良い子を授かってないわ」


 奥からやってきた白髪の医師が神妙な面持ちでお母さんらに声をかけた。


「滝沢恵太さんのご家族ですね? お話がありますので、こちらへどうぞ」


 医師が奥の病室へ案内する。


「あの……息子は大丈夫なんでしょうか?」


 お母さんが震える声で尋ねた。


「初めに申し上げておきますと、恵太さんの一命は取り留めました。その点はご安心ください。お話の続きは向こうで……」


 医師はミカとお母さんを連れ、廊下の奥へ案内していった。

 その様子を見ながら、穂高さんは席を外してスマホで誰かに電話をかけ始めたのだった。


「良かった~。恵太、ダイジョーブだって!」


 アタシは、指を組んで難しい顔をしていた達也に話しかけた。


「本当にそう思うか?」

「なんで? 大事に至らなくて良かったじゃん」

「今回はな。いや、それにしたって疑問があるんだよ」

「疑問?」

「俺は見たんだ。滝沢は助けた子供と一緒に炎に囲まれてた。助かるはずなかったんだよ。あいつ自身、一度は死を覚悟したはずだ」

「それは……運よく雨が降ってくれたからでしょ。火の勢いが弱まったってことで」

「たしかに派手に広がりこそしなかったが、それでもあの部屋は全焼状態に違いない。それに滝沢が消防隊員に担がれてきたとき、俺は滝沢がどこで見つかったのかって聞いたんだ」

「……どこで見つかったの?」

「俺が最後に見たときと同じ、ダイニングのほぼ中央だったらしい。どういうわけか、滝沢と子供の回りだけ全焼免れてたんだと。まるでモーゼの海割れみてーにな」


 都合の良すぎる奇跡の連続が腑に落ちないのか。

 奇跡でもご都合でもいいじゃないか。

 恵太の命が助かったんだから、その理由を追及する意味ってある?


「妙成寺よぉ。単刀直入に聞くが、お前なんかしたか?」


 達也は背もたれにもたれかかって、身を大きく反らせた。


「なんかしたかってなんのこと?」

「つまり雨を降らせたり、火の海を割ったりしたかってことだ」


 いきなり何言ってんのこいつ。


「はあ? ちょっとやめてよ。アタシにそんなことできるわけないでしょ。超能力者じゃないんだから」

「それに近いナニカだとはわりとマジで思ってるんだがな。じゃあ教えてくれ」

「なにを?」


 向き直って大真面目な顔で。


「雨よ降ってくれ~、とか願ったか?」

「ま、まあ願ったよ。ええ願いましたとも」


 ごっくりと唾を呑んで同意。


「炎よ滝沢の回りから退いてくれ~、とかは?」

「う~ん、火が早く消えてほしいとはもちろん思ったよ」

「じゃあ決まりだ。お前には強く願ったことを実現する力がある」

「……あんたバカ?」


 アタシは呪術の使い手かい。

 たしかに人を呪い殺す悪霊役で映画に出たことはあるとはいえ、突っ込む気も失せる。

 普段は理路整然としているクセに、いつから空想の世界に浸るようになったんだろう。


「なんでアタシを超能力者にしたいのか知んないけどさ。アタシが一度でもあんたの前でスプーン曲げとか披露したことある? 指先から電気を発したり、何もない中空から物を取り出したり。子供の頃から一緒にいて、そんな兆候少しでもあった?」

「たしかに昔のお前には超常的な力なんてなかった。ただの鼻っ柱の強いガキでしかなかったよ。だが、昔と今のお前では決定的に違う点がある」

「バカバカしくても一応聞いてあげる。違う点って?」

「お前は美夏さんと出会った」

「……はあ?」


 完全に意味不明だ。

 ここにきてアタシは思い至った。

 そうか達也も疲れてるんだろうなって。

 激動の一日だったもんね。

 誤解されて引っぱたかれもしたし。

 今日だけは優しく接してあげるべきか。


「前にもいったろ、お前と美夏さんはスペシャルなんだ。この世も、この世以外も含めて唯一無二。もちろんそう断言する理由はある……。ただ、それをどこまでお前さんに伝えていいものか正直迷ってるってのが俺の本音だ。洗いざらい話すべきなんだろうが、知ってしまったためにかえって事態を悪くするってこともある。今日の滝沢みたいにな」


 達也と目が合う。ふざけた様子は少しもない。

 ただの与太話だと聞き流すことができない。

 こいつはさっきから何を言ってるんだろう。

 アタシとミカのなにが特別だと言いたいんだろう。


「アホらしく思って当然だ。今はとりあえず頭に入れておいてほしい。滝沢の危機は、まだ完全に去ったわけじゃねえ」

「え?」

「今日本当にヤバかったのは、助けた子供のほうだ。滝沢は巻き込まれた……つか巻き込まれに行ったに過ぎない」

「まるで何が起こるか知ってたみたいに言うんだね」


 恵太にしたってそうだ。

 なぜあのマンションに、モールで出会った少年がいることを知っていたのか。


「当たらずとも遠からずってとこだ。つっても俺は晩飯買いに外出しただけで、火事の詳細知ったのはほぼ直前だったが」


 直前といわれて、アタシの脳裏にマンションの前でみた白日夢が浮かんだ。

 横断歩道……青い車……倒れた恵太。

 彼を見下ろす光のマネキンの姿に、ザラついた不快な声。

 アレはなんだったのか。

 この先に起こることの暗示? まさかそんな──


「お前いまなんつった?」


 無意識に口走ってしまった。


「横断歩道と青い車って言ったな? なぜ今それを言うんだ? お前なにを知ってる?」


 そんなの教えてほしいのはこっちのほうだ。


「さっきからなんなの! アンタの方こそなにか知ってるならちゃんと教えてよ。アタシにはなんにもわかんないんだよ!」

「いずれちゃんと伝える……俺にも考える時間をくれ。言えるのは、お前にはこれまで通り滝沢についててもらいたいってことだ」

「答えになってない。恵太になにが起こるっていうの? まさか本当に交通事故に遭うとでも?」

「……やはりお前には分かるんだな? 本来なら分かるはずがないことまで」


 アタシが見た現実感のない白日夢を否定してくれない。


「今日の幸運が神の気まぐれじゃなくて、人為的な奇跡だというんなら、起こしたのはお前だ。今のとこ、滝沢への災いを止められる可能性があるのもお前だけ。もしかしたら、美夏さんとふたりでいるのが必要なのかもしれないが……」

「自分がなに言ってるかわかってる? そんなバカみたいな説明でアタシが納得できると思う?」

「霧生冷河」


 ピクっと身を強張らせる。

 達也の口から出るとは思えない名前だったから。


「って名前の子が、いずれウチの学校に転入するらしい。放っといたら、滝沢同様この子も危ないかもしれない」


 この場を離れていた水城舟穂高さんが電話を終え、アタシたちに言った。


「とりあえず必要な人たちには一通り連絡しておいたよ。今日はとりあえず帰りましょうか。これ以上いても美夏ちーん家の邪魔になっちゃうからね」

「たしかにそうですね」


 達也は平静さを取り戻し答えた。


「妙成寺さんと、ええと……遠山くんだよね? うちの学校一の秀才って有名な。あたしこれから迎えを呼ぶつもりだけど、よかったら一緒に送りましょうか?」

「いいんですか」

「こんなときだし、助け合わなきゃね」

「すみません。じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」

「いいってことよー」


 穂高さんが迎えを呼ぶため再度電話をかけ始めた。


「明日からでいい。お前はできるかぎり滝沢についててやれ。俺も俺にできることをやるつもりだ」


 達也の目には決意の色が浮かぶ。

 これ以上の疑問は一切差しはさむなと言いたげに。

次回第二章終了です。

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