好きと言わせたい女優
恵太やミカと知り合って、穏やかな日々が過ぎていった。
そして、十二月二十四日のクリスマスイブがやってきた。
アタシは、アウトレットモールでのクリスマスイブデートに備えてあるモノを用意した。
恵太へのクリスマスプレゼントである高級ペンと、ブラウンヘアのフルウィッグ。
うまい具合に中学時代のミカそっくりのものが手に入ったので、このウィッグを付けていく。
ある意味でアタシの覚悟の証だ。
恵太のミカへの想いはアタシの想像する以上に大きいものであるようだ。
どこまでも姉離れできない彼をいくら理屈で諭しても無意味かもしれない。
人の心はそう簡単に割り切れたりしないんだから。
お姉さんを諦めるのが無理なら、せめて代わりになってみるのはどうか。
恵太が求めるのであれば、ミカの役割を完璧に演じてやる。
そう思っていたのに、ウィッグをつけたアタシを見た恵太のリアクションは、拍子抜けするくらい淡泊なものだった。
目をぱちくりさせて「なんでそんな髪型に?」と不思議そうにアタシを見る。
人の気も知らないでコイツは……。
というよりわかっててトぼけてるのか?
以前のうろたえぶりがなかったみたいに、ウソつくのがずいぶんうまくなったもんだよ!
アタシの覚悟のほどを知らせたくて、目的地に向かうバスの中、あえて自分から髪型の話題を振る。
恵太の髪型も普段はやらないオールバックだ。
大人っぽくワイルドに決まっててカッコいいと思ったのは本心。
「そのオールバック、自分でやった?」
「いや、姉さんに頼んだら勝手にこうなった。似合わない?」
「超似合ってるよ。ずっとそれでいいくらい」
「ありがとう。アシリアもよく似合ってて可愛いと思うよ」
沸々と怒りのボルテージが上がっていくなあっ!
マ・ジ・か。さらっと言っちゃうんだ!
けっこう覚悟決めてきたつもりなのにこの軽さよ!
ここまでミカに見た目似せてきたんだから、もうちょっとリアクションってモンがあるでしょーよ!!
ま、アタシが勝手にやってるだけだし? 押しつけがましいのもどうかと思うので口には出さないけどさあっ!!
「……恵太にとってはそうでしょうねえ!」
「ど、どしたの急に」
「べ・つ・に」
気負ってんのがバカらしくなってきた。
膨らんだ風船が萎んだみたいで、初めて恵太に声かけられたときを思い出す。
何の悩みもないですってノリで、今も同じくらい肩の力が抜けてる。
アタシへの苦手意識がなくなったのはいいんだけど、勝手を言わせてもらえれば、もうちょっとだけこっちの気持ちも汲んでほしいかな。
ホント、ほんのちょっとでいいから……。
念願のクリスマスデートだったのに、ここでも恵太節炸裂であった。
財布事情が厳しいくせに本気でアタシに奢る気満々だったし、しかもそのお金の捻出方法が心を痛めそうなくらい切実なのだ。
アタシは知っている。恵太が十一月の初めあたりから、学校でお昼ご飯を食べていなかったことを。
これには達也も不信に思ったのか彼に尋ねていたのだ。
「お前、メシどうした? 最近学食でも見かけねえぞ」
「なんか、お腹空かなくて……」
「そうかい。成長期のうちはムリにでも食っとくもんだぜ?」
その様子を見てアタシは気付いた。
一食五百円くらいだとしてそれを浮かすのを一月ほど続けたら一回のデート代を賄うくらいのお金になる。
こんなおバカな方法で本日のデート代を捻出してきてるのを知ってるんだアタシは。
よって意地でも恵太にはお金を使わせない。
デート時は男がお金を払うものだという認識を改めさせる必要がある。
ちゃんとお昼ご飯は食べるようにと説教しなきゃいけないのだ!
どのタイミングで説教してやろうかと思っていたら、モールで知り合った長谷川という母子にクリスマス用のプレゼント案内をしだした。
恵太と同じ名前の慶太という小さな子に親近感を感じたみたいで、そのあいだアタシのことカンペキ忘れてるっぽい。
いつものビョーキがでた。困ってる人を見るとおせっかい焼きたくなるのは性格なんだろうなあ。
そうそう、ミカも相変わらずだった。
予想はしてたがやっぱり来てる……。
モールのゲームコーナーにて変装したミカと、同じく変装した胸の大きい女子(友だち?)もいっしょに。
このときのミカの変装はなかなか手が込んでた。
アタシのようにウィッグを付けて黒髪になっていて、そこまではいい。
加えてサングラスにマスクがやりすぎだ。いっしょにいる女子も似たようなものだから怪しすぎて目を引く。
おまけにVRゲームやるアタシたちといっしょのチームにくっついてくるからヤバい。
もっと忍んだほうがいいと思います!
これまではギリギリ尾行と呼べなくもないが、もう隠れる気を忘れたとしか。
どっちにしろ恵太もわかってるでしょこの状況……。
いくら顔隠してたってパッと見の雰囲気でわかるし。
お姉さんの見張りの中でも、恵太はいつも通りのスタンスを崩さなかった。
アタシに親切なのはいつものこと、極度の寒がりのくせに自分のマフラーをアタシに巻こうとしてきたのはかなりトキめいた。
これだけでも今日来た価値があるといえる! ……が、これで満足しちゃいけない。
恵太とアタシのステージを次に進めるための覚悟は伊達じゃないから!!
恵太自身、クリスマスイブという特別な日にアタシを誘ってくれた以上、なにか意図があるはずだ。
けっしてアタシが弱みをネタに脅かしてきそうだからとかマイナスなことじゃなくて。
うん、そうであってほしい。
日が落ちる頃合いになると、アタシの覚悟は徐々に尻すぼみになっていった。
いちおう想定はしておいたつもり。
ひょっとしたらそういう展開もありうるかな~と。
でも、頭から切り捨てていた。
恵太はミカしか眼中にないから、アタシと今以上の関係になることは望まないだろうと。
なのに、これはいったい?
やけに力強く手を握られて連れてかれた先はモール中央の噴水広場だった。
クリスマス用の木を模したイルミネーションが煌びやかに輝き、いっしょに来れて良かったなって思うくらいきれいだった。
……まわりにイチャイチャチュッチュしまくってるカップルが何組もいなきゃね!
あれかな? 盛り場ってやつ? 頭に「夜の」ってつくほうの?
あれ? 恵太ってマジでそういう展開考えてたの? アタシと? なんで? おかしくない?
下着は見られても恥ずかしくないやつをチョイスしたから問題ないし、エマに渡されたゴムもちゃんとある……いやちがう、飛躍しすぎた。
もっと現実的な予想としてキスという接触行為がある。
思い出せ! キスってどうやるんだっけ?
ああもう! 勉強してきたつもりだったのにかなり頭から抜けてるし!!
え~っと、たしかネットで調べたところ、初キスの場所は大別して三種類、デートの別れ際・おうち・ロマンチックな場所らしい。
いまは噴水イルミネーションの前だ。明らかにロマンチックな場所に該当。
さらに初キスの場所で彼氏の本気度がわかるらしい(ホントかよ)。
別れ際にしてくる奴は場所を考えるのがめんどくさい=こいつとならどこでもいいだろ的な思考らしく、地雷。
おうちでしてくる奴は余所行きのコストを惜しむ=こいつに金だすのは損だ的な思考で、やっぱり地雷。
ロマンチックな場所でしてくる奴はいくらか誠実な態度であるものの、キス以上の願望がある=肉体関係結ぶつもりの思考でスケベ野郎だとのこと。
……恵太ってスケベ野郎なの? いやいや、そんなことないでしょ! ミカ以外にヤラしい目つきしたトコなんて一回も見たことないのに!!
そもそもネットの情報なんて鵜呑みにするのもバカらしいし。
相っ変わらず恵太は涼しい笑顔で、盛ってるカップルなんていないみたいに、ぜんぜん緊張してないように見える。
場慣れしてるにも程があるでしょ。
多くの女子と付き合っては別れてを繰り返してたらしいが、キスするのにも抵抗ないのは確かなようだ。
広場のベンチにいっしょに座って数分間……恵太がピクリと腕を動かした!
……来る!
そう思ったら、アタシは反射的に恵太へ渡すプレゼントを差し出していた。
怖気づいた防御反応だ。アタシってばミカの代わりになろうとしてたのに。キスしてやるぞって気持ちだったのにこの体たらくなんて。
完全にタイミングを逃してしまったと思ったのに、お互いのクリスマスプレゼントが高級ペンでかぶるというミラクルが起こって、アタシらは笑い合った。
雰囲気が軟化したところで、話を切り出すなら今しかないと思った。
恵太の想いとアタシの想い。折り合うことはないかもしれないけれど、お互いの妥協点を探り出したかった。そうしたくて今日まで付き合い続けてきたのだ。
より良い未来を導き出したくて。
「恵太って、ほんっとバカみたいだよねー」
「どうして?」
「どうしてもなにもないし。女たらしでおせっかいで信じられないくらい回りくどくて。おまけにしょうもないウソはつくわ、そのくせウソがヘタ。得意なのはその鮮やかな笑顔だけ。でも油断してると……アタシみたいなひねくれ者に、ヒミツを見破られちゃうんだ」
「ヒミツ……?」
「いちばんバカみたいなのがそのヒミツ。好きになったらダメな人を好きになっちゃったこと」
「好きになったら、ダメな人?」
大きく見開いた茶色の瞳がアタシをとらえた。
すっとぼけ方が板についてきたなと思う。まるで本当に何のことかわかんないという風だった。演技でやっているんなら、恵太は十分役者としての素養がある。
もう一度、あのときの質問の答えを聞きたくなった。
「初めて会ったときに比べれば、恵太のウソは上手になってるよ。役者でも通用するくらい。……もう一度試してみよっか」
「試すって……何を?」
「前とおんなじ。アタシの質問に『好き』っていってみて。ただし、ぜったいに笑顔でいったらダメ」
最初の演技に比べたら、ミカの雰囲気に近くなってるはずだ。
ミカの性格は、親しくなったので良くわかったつもり。
柔らかくて、時に厳しくて、常に弟のことが心配で。
彼女の言動は弟が第一にきている。
「恵太……、わたしのこと、好き?」
我ながらかなりミカっぽかったと思う。
アタシの質問に、恵太はうろたえる様子もなく。
「大好きだよ」
無表情だったが、その言葉には説得力が感じられた。
以前はいとも簡単に胸の内を晒していたのに。
真剣であると伝えたいようで、茶色の瞳はほんのわずかも揺れてはいない。
迷いのない眼差しがアタシを見つめていた。
……あれ? ミカがってことだよね? けっしてアタシに言ったわけじゃないよね? おかしい。だって最初はあんなに慌てふためいていたのに?
どうしてこんなに迷いなく言い切れたんだろう。
まるで本当にアタシに伝えているようだ。
もしかしてアタシの早とちりという可能性はないか?
ミカが好きとかなんとか全部勘違いで、本当の本当は、アタシのことを……。
いや、そんなはずない。アタシは憶えてるんだ!
二年の靴箱で、恵太がミカにだけ向けた眼差しを! 緩みを!
他の女子には決して示さないヤラしさ含めた醜態も。
あれが恋する男子の情でなくてなんだというんだ。
大好きだという言葉は天にも昇るほどの嬉しさだ。他のなにより聞きたかったセリフ。けれど浮かれてはいけない。
「……ホントに、すごく上手になった。まるで心から溢れてるみたい。でも──」
アタシが恵太のこと大好きだってのは、今日までの付き合いで伝わってるだろう。
そして、彼は女子の気持ちをむげに断ったりできない性分。
だって恵太は、「女子に尽くせ」って大好きなミカに教わってるんだから。
この世で絶対に正しいことだと信じてるんだから。
だからこれは……。
「ウソつき」
嬉しかった反面、大好きだと告げた理由がわかって悔しい。
まだまだアタシは恵太の中で重要なポジションに立てていないということだから。
せめてもの反撃のつもりで、アタシは不意打ちでキスしてやった。
ちょっとはアタシの順位を上げてくれと抗議する気持ちで。
ちなみにはじめてのキスはなぜか血の味がした……あれ? なんで血?
「痛っ」
なんと恵太の唇から見るも無残なくらい血が垂れていた。
いったいどうしたと思ったら、アタシの口の中にも血が!
どうもアタシの歯が恵太の唇を突いてしまったっぽい。
めっちゃ寒空の下で乾燥してるしね……唇って人間の皮膚でイチバン薄い部分だからね。
そもそも初めてのキスなもんで勢い・タイミング・角度諸々わかんなかったからね……。
アタシはすっかりパニックになった。
はじめてのキスで気が動転していたトコに流血まで。落ち着けというほうがムリだ。
恵太の目がヤバい。なんていうか据わってるカンジで、ちょうど酔いつぶれたアタシのお父さんに似ている。
血を拭くように差し出したハンカチをキザなセリフで断ると、アタシの顎をまるでワイングラスでも持つように優しく触れてきた。
恵太がなんかブツブツ言いながら端正な顔を近づけてくる。
うおーーー、まつ毛長えっ!
色素薄い茶色の瞳もめっちゃキレイだし!
普段ニコニコ笑ってるからあんまり意識しなかったけど、素の表情だと本当に王子様みたいだな!
そんな奴がこれまでにないマジ顔で、もちろん血はだらだら出てるもんだから別な意味でドキドキする。
なんか我慢の限界がどうとか、エロいことだって考えるとか、死んでも死にきれないとか聞き取れたセリフの節々が危ない。
恵太の目が欲望にぎらついてる気がしてしかたないよ!
はっきり言って身の危険を感じるって!!
「さっきからなに言ってんの! 待って、ストップ、ダメダメダメ! 目がヤバい、目がヤバいからあっ!」
アタシはめっちゃスナップを効かせた渾身の平手打ちを繰り出していた。




