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気に入られたい女優

 この出会いをきっかけに、アタシは恵太のお姉さんであるミカと友人になった。

 数日後、ぜひウチに遊びに来てほしいとミカからお誘いを受けた。

 金曜日の放課後、校門の前で待ち合わせていたミカが滝沢家に上がる前の注意事項を告げた。


「リア、先に注意しとくと家には今ママがいるの。今日のことは恵太には言ってあるから、アイツとは初対面を装ってね? 今日はわたしのお友達としてって体でお願い」

「わ、わかりました。演技は得意なので任せてください。……あの~、ミカのお母さんが厳しい人とは聞いてるんですけど、恵太と付き合ってるって知られたら、アタシたちどうなります?」

「そのときは明日の太陽が拝めなくなるかもしれないわね…………わたしが」

「なんでですか!? アタシか恵太が怒られるならまだしも、なんでミカが?」

「家庭の事情ってやつだから気にしないで」


 ホホホと優雅に笑ってるが責任重大だ。恵太の家に上がるのは初めてで、彼のお母さんに会うのも楽しみにしてたのに。ミカに迷惑かけられないからバレないよう気をつけねば。


 たどり着いた滝沢家はごく普通の白を基調とした一軒家だった。

 アタシの家から意外と近くて驚いた。

 こんなに近くにいたのに、高校生になるまでお互いに知らなかったんだ。ちょっと感慨深いな~。


「ただいまー。ママ、お友達連れてきたからお茶とお菓子お願い~」


 廊下奥のドアが開いて女性が出てきた。

 この人が恵太のお母さん……恵太やミカと全然似てないな。二人そろってお父さん似なのかな。

 お母さんは無造作に束ねた髪がおしゃれでキマっててキャリアウーマンって感じの人だ。

 アタシが知る中だと副担の冴子先生の雰囲気に近い。


「あら、いらっしゃい。初めての人ね?」

「はじめまして。妙成寺アシリアといいます。お邪魔します」

「ご丁寧にどうも。妙成寺さんとおっしゃいました? どこかでお会いしたかしら? なんとなく見覚えのあるお顔してるのよね」

「さ、さあ? たぶん初めてかと思います」


 アタシにこうした既視感を得ている人は、ほぼ子役時代のアタシを覚えている人だ。

 特に四〇代くらいの女性には気づかれやすいように思う。

 成長による子供の容姿の変化に敏感だからだろうか。


「わたしの部屋に連れてくね~」


 ミカがアタシの手を引っ張って二階へ上がった。

 二階に上がったところで制服姿のままの恵太が「ようこそ」と如才ない笑顔でいう。

 初対面を装う約束なので、照れくささを押し隠して「こんにちは」とアタシも挨拶。


「あとで呼んだげるから、あなたはまだ自分の部屋にいなさい。ママの検閲が済んだらあとは好きにすればいいから」


 なんの気を回してるのかミカが恵太に耳打ちしていた。

 案内されたミカの部屋はきれいに整頓されていた。

 ベッド、本棚、机、開けたままのクローゼット。どこをとっても性格が出ていそう。


 よく見ると本棚にアタシの好きな漫画「あなたに届け」発見! しかも全巻揃ってる!


「ミカもこの漫画好きなんですか? アタシも好きです」

「それね。小学生の頃から好きで集めてたら、結局三十巻まるまる集まっちゃった」

「よく見ると二十巻目だけ二冊ありますね?」

「それがねー。そこ物語の佳境だったから、『買わなきゃ!』って想いが先走っちゃったのね。家帰って確かめたらすでに買ってたみたいな」

「漫画好きあるあるだし~」


 机の上に目をやると恵太とミカが映ったフォトフレーム発見!

 家の前で撮ったようで恵太は固い表情で直立不動、ミカは彼と腕を絡めて笑顔でピースサイン。

 ふたりとも制服が高校のものと違うので中学時代だ。


 恵太は今より幼いカンジで、ミカは髪を伸ばしててけっこう印象が違う。

 恵太の表情から察するにこの頃からすでにアレだったっぽい。


「ああそれ? 恵太が気になるなら、もっと昔のアルバムもあるよ」

「ぜひ見たいです!」


 鼻息荒くなったかも。

 姉弟の歴史の一端に触れるチャンスなのでありがたく便乗しておいた。


 微笑ましい様子でミカが本棚から取り出したフォトアルバムを開いた。

 いきなり赤ちゃんの写真だ。小指みたいな突起物晒した下半身まるだしの。たぶんおむつ替えの場面。


「ああ! さすがにこれは……カワイイかんじで嫌いじゃないですけどぉ……」

「ごめんなさい! いきなりお見苦しいものを……小学生くらいからいこっか?」


 ミカがパラパラとページをめくった。


 小学一年か二年くらいか。家の玄関を背景に、愛らしいお子様の恵太と知らない少女が映っている。

 本当に昔っから女子と仲良くなるのが得意だったようだ。

 いっしょに映った少女は黒檀のような黒髪にきりっと吊り上がった目つきで、可愛いながらも気高いような凛々しいような。

 目元に特徴あって気になるなあ。なんかどっかで見たことあるような子だ。


「この女の子は誰ですか?」

「気になる? この子は霧生冷河ちゃんっていって、恵太が初めて家に遊びに連れてきたお友達だったの。内気な子でね~、か細く喋るのがすっごい可愛くて。ご両親のお仕事の都合で転校しちゃったんだけど、わたしは今でもSNSで連絡とってたり」


 部屋のドアが二回ノックされた。


「どうぞごゆっくり」


 お母さんがお茶菓子を丸テーブルに置いた。


「ありがとうございます」


 お礼を言ったらお母さん、疑いの眼差しでジーっとアタシのことを凝視。


「やっぱり見覚えあるのよねえ。どこだったかしら? 美夏のお友達っていってらしたけど二年生?」

「……いえ、アタシは一年生です」

「あらそうなの。じゃあ恵太と同学年ね。同じクラス?」


 いきなり確信を突いてきた!

 同じクラスでも恵太くんとは話したことありませんってのが一番マルイ気がする。

 慌てるな。ヘタにウソつくと矛盾点を突かれる孔明の罠かもしれないし。

 考えろアタシ! これはキリシタンをあぶり出す踏み絵みたいなもんだ。『実は恵太目当てじゃないか』というお母さんの疑いをベストアンサーで払拭すべし!


 『恵太くんとは好きな漫画の話題で盛り上がって、お姉さんもファンって教えてもらい、その縁で友だちになりました』というのはどうだ?

 うん悪くない。恵太と知り合いですよと伝え、たった今知ったがミカと趣味が合うって共通点もあるから筋は通る。

 真実を言ってないだけでウソはついてない。よしこれでいこう!


「えっとアタシは」

「もう、そんなのどうだっていいじゃない! はよいったいった!」


 ミカがお母さんの背中を押して部屋から追い出そうとしている。


「あ、こらっ」


 お母さんを追い出して封印するようにドアを閉めるとミカはフーっと一息。


「いやー危なかったねー。ごめんね、ママって小学校の先生やってるせいか、隠し事ありそうなコ見るとネチネチしつこいの」

「先生だったんですか? 言われてみればなんとなくそんな気が……。良かったんですか? 無理矢理追い出したりして」

「いいのいいの! 問答に付き合うよりいっそ話題を切ったほうが足がつかないから」


 ミカがなにやら扉に耳を当てている。お母さんが階下に降りたのを確認しているらしい。


「そろそろよさそうね。邪魔者はいなくなったから、恵太呼んでくるわね~」


 ミカが言った矢先、階段を大急ぎで駆け上がる足音が。


「また? 今度はなに?」


 再度ドアがノックされた。今度はまるで面接でもするようにきっちり三回。


「美夏! ちょっとちょっと」

「……はいはい」


 お母さんがドアの隙間から興奮した様子で手招きしていた。

 ミカが連れ出されアタシ一人部屋に残された。

 アタシは気になってドアに耳を当てた。

 なんだろう。やっぱりバレたのか?

 恵太と付き合ってるとバレたら怒られるかな?


 お母さんは興奮冷めやらぬ声音だ。


「あの子あれじゃない? ほら、ちょっと前にテレビにバンバン出てたあの子! アシリアってお名前もずばりいっしょじゃない!」

「ママ、もう少し声落として……」

「なんであんな有名な子がウチに? いえ、そんなことより急いでサインを!」

「ちょっとぉ、わたしとまったくおんなじこというのやめてよ。恥ずかしいじゃない」

「美夏ばっかりズルいわよ。お母さんだってサイン欲しい!」

「わたしも貰ってないから! リアはいま一般人なんだからそういうのはお断りなの!」

「ええーそんなーっ」


 会話を盗み聞きしてて思った。

 このふたり、そっくりだな~。まちがいなく母娘だな~。


 結局この日はお母さんから質問攻めにあい、中々解放してもらえなかった。

 恵太の家にいながらにして彼には会えないという変な事態に。


 お母さんからどうしてもとねだられたので、数年ぶりにサインを書いてみた。

 アタシの拙いサイン色紙をまるで遺跡から発見した金銀財宝のように抱えるお母さん。

 とても喜んでもらえたようなので、良しと思うことにしよう。


 帰り際、ミカが実に申し訳なさそうに。


「……今日はホントにごめんね。こんなはずじゃなかったの」

「いえ! 気にしないでください」


 ピロン!

 計ったようなタイミングで恵太からLINEが届いた。


『今日は本当にごめんなさい』(土下座するアザラシのスタンプ)


 スマホの画面とミカを見比べながら思った。

 この家族……みんなそっくりだな~。

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