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解き明かす女優

 味をしめたエマが下ネタばっかりふるもんだから、それから数日間アタシの頭ん中はエロいことでいっぱいになっていた。

 万が一アダルトなことになったときに、準備がなにもないのはヤバいかもって心配するくらいには。


 作法とかだって知らんし。服を脱ぐのだって自分から? それとも彼から?

 脱ぐ順番は上から? それとも下から?

 下着は上下そろえたとして、生地は? 色は? デザインは?

 う~ん、なんにもわかんない。


 十二月頭の放課後、「今日は用事があるからごめん」と恵太が先に帰ってしまったので、アタシは学校帰りのついでに駅前ショッピングモールのランジェリーショップに足を運んだ。

 優しそうな店員さんが接客したそうにタイミングを見計らっているけれど、カレシに見られても恥ずかしくないやつどれですかって聞くのってアリなのかな。

 たぶんナシ……かな。


 セクシーな赤いレース付きブラ発見。透けがスゴくて大事なトコ以外全部見えるじゃん。こんな頭の悪そうなものをマジでつけるの?

 まあでも。念のため。念のために知っておくのは悪いことじゃないよね。

 クリスマスデート控えてて何の準備もナシとか常識的に考えてないよね。

 穴が開きそうなくらいブラを見つめ続けてプシューと茹るような頭のままアタシはショップの一角に立ち尽くした。


 ……いや待って! 目的と手段がすり替わってる気がしてきたし! 常識的に考えて違うでしょアタシ! これじゃあ恵太とナニしたいみたいになってるぞ!


 確認しておくとアタシは恵太を正常な性癖に戻してやりたいのであって、彼との関係はあくまでその手段。プラトニックな関係のままでいいはずだし、向こうだってきっとそう思ってるはず! むしろ内心アタシを煙たがってすらいるかもしれない!

 冷静になったら甘酸っぱい青春ラブストーリーにはなりそうもないなと泣けてくる。


 帰って頭を冷やそうかとモールを出たところで、偶然にも最重要人物を発見した。

 滝沢美夏。恵太のお姉さんだ。

 あいかわらず背高いな~。一六〇後半……いや一七〇届いてるかも。スタイルが良くて鮮やかなブラウンヘアも良く映える。

 誰もが羨む美貌の持ち主といっていいと思う。


 肩を落とした様子でとぼとぼと駅前の書店に入っていった。

 なにかあったのかな? すごく気になる。いい機会だし、お姉さんのことも調べてみるべきか?


 お姉さんについてはほとんど何も知らないというのが実情だ。

 恵太みたいにあまり話題に上ることはなく(良い意味でも悪い意味でも)、上級生なので接点も持ちにくい。


 今まで恵太に張り付いてなんとかしてみようとがんばってはみたが、ここで逆転の発想が閃いた。

 逆からいってもいいじゃん。

 お姉さんについて調べていけば、恵太の問題にも突破口が開くかも!

 家庭教師である達也もよく言っていた。わからない問題があるときは別の方向から攻めろ、と。

 問の解はひとつだけとは限らないのだ。


 アタシは書店に入り、女性誌の立ち読みに耽るお姉さんの後ろ姿を観察していた。


 恵太はお姉さんのことが大好きなわけだが……具体的にどこが好きなのかはわからない。

 まさかお尻じゃないよね? 前にデレデレと凝視してたっけ。


 たぶん見た目じゃないとは思う。恵太はあまり女子の見た目を重視するタイプじゃない。


 立ち読みのフリして後ろから眺め続けること数十分。

 見た目じゃなければあとは内面、それを知るには当たって砕けるしかない。

 お姉さんの人となりをアタシ自身が体験してみるのだ。


 なるべく偶然を装って……話しかけてみるか?

 少なくともアタシは恵太の彼女で、お姉さんは見るからに彼の姉だとわかりやすい見た目なので、「もしかして恵太くんのお姉さんですかー、すごーい、超偶然ですねー、良かったらちょっとお茶していきませんかー♪」作戦が使える!


 アタシはお姉さんの後ろから声をかけ、適当な雑誌を取った。

 なるべく自然に行きたいので立ち読みしててお姉さんに気づく、という状況を完璧に演じた。


 見てる見てる……お姉さんめっちゃアタシを見てる。

 わかりやすい人……コレ気づいてるな。アタシが恵太の彼女だって知ってて観察してるな。

 図書館デートのときも見張ってたしぜったい気づいてる。

 良し、お膳立ては十分だって思ったところでアタシは一つだけ失敗していたことに気づいた。


 アタシが流し読んでた雑誌が、計らずもクリスマスデート特集(カップル向け)だったのだ。

 い、いけない! ヤる気満々だと思われたらバツが悪い!


 違うんです、アタシはそんなヤらしいことなんて一切考えておりませんという気持ちで、アタシはお姉さんとばっちり目が合った。

 挙動不審な後輩に戸惑っているような目だった。

 お姉さんは静かに雑誌を戻すと、軽蔑したような態度でそそくさと立ち去ろうとした。

 帰すわけにはいかないとアタシは必死の思いで呼び止めた!


「あの」

「は、はい」

「あの、恵太の……、恵太くんのお姉さんですよね?」

「ええ、そうですけど……、あなたは?」

「妙成寺アシリアといいます。弟さんと付き合ってまして……、お姉さんのことは以前から聞いていました」

「あら、恵太の彼女さん? これはどうも。滝沢美夏と申します。いつも弟がお世話になっております」


 これぞ淑女のたしなみといった品のある微笑みときれいな礼。

 まじめな人っぽいので失礼は厳禁だ。

 お姉さんとコンタクトを取ることに成功したアタシは、カフェに連れ出して話を聞くことができた。


 アタシが知りたったのは大まかにいってふたつ。

 お姉さんが恵太をどう思ってるかと、お姉さん自身に想ってる人(あるいは付き合ってる人)がいるか。

 ぶっちゃけ恵太がお姉さんを好きなのは姉離れできないの延長線上、園児が保母さんを好きになるようなものだと思ってた。

 幼い頃から一緒にいる異性、おまけに姉弟仲が悪くなければ意識して拗れることもあるだろう。


 だったら話は簡単だ。

 お姉さん自身に想い人がいるのなら、恵太としては諦めざるをえまい!

 女子の気持ちをないがしろにしてまで我を通すような性格じゃないからね。

 なのでまず。


「あの、それで、今日お話ししたいのはですね、お姉さん」

「美夏でいいわよ。そんなにかしこまらないで」

「わかりました。アタシのことも呼び捨てでかまいませんので」

「わかったわ」

「それでずばり聞きたいんですけど……美夏さん、今付き合ってる人いますか?」

「……はぇ?」


 いきなり失礼厳禁を破ったが、どうしても知っておかなくてはならない。

 嘘をつかれても見破れる自信はある……お姉さんに付き合ってる人がいるならば、それとなく恵太に言い含めて諭せば良い。


「ええと……なぜに?」

「すみません……それはワケあって話せません。けどすごく大事なコトなんです。本当に大事なコトなんです! 会ったばかりの後輩に言いたくないというのはよっくわかるんですけど、秘密はぜったい人に言ったりしないので、どうか教えてください」

「に、二回いうぐらい大事なことなら仕方ないわね。……今付き合ってる人はいないわ」


 目が泳いでないからたぶん本当かな? 交際相手がいないとなると恵太がいらぬ期待を持ってしまうのでアタシ的には良くない。


「あ、でも、今はっていうと昔いたみたいよね。正確にいうと今も昔もいないわ。白状しちゃうと、男の子と付き合ったこと自体ないの」


 お姉さん優雅に微笑んでるのにちょっと泣きそうにも見える……お姉さんって、恵太みたいに異性にぐいぐい当たるタイプじゃないみたい。


「そうですか。なんか、意外でした。恵太くんがアレなのに……。では好きな人はいますか。あるいは言い寄られた人とか。もちろん、名前は言わなくてだいじょうぶです」

「好きな人……、好きな人かぁ……、ええと」


 宙に目をやって考えるお姉さんカワイイな……年上でもいい意味でフランクな感じ。


「あんまり考えたことなかったわね……。なんというかこう、そのうち、自然にそういう人ができるのかな~なんて」

「……わかりました。今のところ、好きな人はいないんですね」


 アタシ的にはこれも良くない。お姉さんのフリー状態が続くと、恵太がダメな期待を捨てられなくなる。

 クールそうな見た目に反してカワイイ人だからモテそうなのにな。恵太みたいに誰も当たってかないんかい、お姉さんの学年の男子たち。


「でも告白されたことならあるわ。今日もここに来る前に、ある人に……」

「告白された!?」


 アタシは思わず立ち上がった! まさかの急展開。ついさっき告白されていたとは。


「アシリアちゃん、どうどう。落ち着いて」

「す、すみません。今日、告白されたって、もしかしてオーケーしました?」


 良かった、ちゃんとお姉さんを口説く英雄がいた! アタシ的にはオーケーしててほしい。お姉さんのフリー状態が終わると、恵太も次のステップに移れる!


「いえ、ちゃんとお断りしたわよ」


 きっぱりそういうと優雅にコーヒーを一口。さも「当たり前でしょう」と言いたげ。アタシはめっちゃ落胆。そこはオーケーしててほしかった!


「なんでですか!? 試しに一度くらいお茶してからでも遅くないじゃないですか。結論はやくないですか。そんなにダメそうな人でした?」

「ダメどころか、すごい人だと思うわね。顔良し、頭良し、運動神経良しで……、ぱっとみ完璧みたいな人だったかな」


 あれ? なんでわたしお断りしたんだろと不思議な表情を隠さないお姉さん。

 恵太のお姉さんって……。いや、アタシからはなにも言うまい。

 思っていたよりだいぶ先はキビしそうだ。


 お姉さんと話してて思うのは、「自分なんてちょっと目立つだけ」「相手に釣り合わない」と自己評価がとにかく低いことだ。

 気持ちが表情に出やすい人なので、謙遜じゃなさそうだ。

 おまけに人からの好意にも鈍そう……いいカンジに隙だらけなので、恵太が懸想するのもわかる気がする。


 裏表なく表情がコロコロ変わって見てるこっちが嬉しくなってくる。

 お姉さん、実はアタシたちのこと見張ってません? と突っ込んだらとたんに早口で誤魔化そうとするのがあんまりにも可笑しくて。

 相手に合わせた表情を崩さない恵太とは違うけど、見るものを引き付けて離さない人徳があるんだと思えた。

 不思議と初めて話す人というカンジがしない。


 少しの雑談の途中、話題は恵太のことに移っていった。


「ごめんなさいね。恵太、すっごく鬱陶しかったでしょう」

「はじめのうちは……。でも、結果的にはよかったかな。おかげでいまは楽しいです」

「小学生の頃からずっとそういう感じなのよ。わたしがうっかり、女子には尽くせって言っちゃったから、本気にしちゃって以来ずっと」

「……なるほど。今も飽きずに続けてるのって、そういうことなんだ」


 恵太とアタシが付き合ってるという事実は、クラスの女子の間ではわりと浸透してきている。

 最近は他のクラスの女子とも積極的にコンタクトを取り、なにかトラブルを抱えてる子を助けたりしてるらしいことは人づてに聞いた。

 これだけだと浮気野郎なのに、うちの高校は中学から恵太と一緒だった女子も多くてその性格も知られてるので悪く思われてないのがすごい。


「そ。いくら注意してもやめやしないんだもん。だから気を悪くしないでね。本人に悪気はないの。アシリアちゃんみたいな素敵な彼女がいるのにまったく」

「素敵だなんてそんな。……ほんっとバカみたいだし。なんでこんな回りくどいことばかりするんだろ……」


 恵太の本当に好きな人を知る以前から不思議でしかたなかった。

 本当はお姉さんと一緒にいたい、気持ちを伝えたいと思ってたはずなのに、なんで他の女子のために行動し続けるんだろう。

 気持ちが満たされない寂しさなのか?

 実の姉への想いなんてムダだというあきらめなのか?


 こうは考えられないかな?

 お姉さんは女子に親切にしようとする恵太を苦々しく思っていて、心配のあまり彼を見張っていたりする。

 アタシとのデートのときに限らず、それ以前からもずっと。

 アタシはそのことに気づいたけど、恵太がお姉さんの見張りに気づかないなんてありうるのか?

 誰よりも他人の機微に敏感な恵太が?

 本当は気づいていたんじゃないの?


 気づきつつもそのままにした。

 お姉さんが自分を見張っているままに。

 その結果どうなる?


 手当たり次第に女子と短期間の付き合いを繰り返し、そんな様子を心配してお姉さんが見張るループ。

 恵太にしてみればこれほど都合の良いことはなかったんじゃないか。

 最愛の人が誰にも奪われることなく、常に自分だけを見てくれるんだから。


 お姉さんはフリー状態でいるわけじゃなくて、フリー状態にさせられているんだ。

 知らず知らずの間に恵太に誘導されて。


 ……うっわあ、これがマジだったら、恵太ってどこまでバカなんだ。

 気持ちを伝えられないからって。

 他にどうしようもないからって。

 めちゃくちゃ打算入りまくりだし!


 どんだけ回りくどい愛情表現なんだ!

 ぜったい他人には渡さないという妄執すら感じるぞ。

 どこまでもあきらめが悪いなホンットに!


 このぶんだと、普段から女子に優しくしてきたのも、自分の都合に利用した贖罪の気持ちもありそうだ。


「ねえ、アシリアちゃん。恵太のどんなところが好き?」


 お姉さんが愛嬌のある笑顔で聞いてくるのにアタシは微笑みで返した。

 だけど、心の内はたまらなく悲しい。


 この人は気づいていないんだ。

 恵太の本当の気持ち……執念染みたあきらめの悪さを。

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