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そして再びたどり着いた世界では

 気が付くと自分の部屋で突っ立っていた。

 ここがあの世? それとも天国? そんなわけないか。


 また転生したのか? スタンドミラーを見てみると、今までと変わらないイケメン顔が映る。

 滝沢恵太、十六歳、高校二年。焼け死んでなければ、個人情報は正しいはず。


 ……いや待った。違う。ぜんぜん違うし!


 よく見ると年齢が違いそうだ。今までよりたいぶ若いし背も低い。服装も小学生の頃に着ていたTシャツとジーンズのような気がするし。机の上には傷み始めてところどころ革が落ちたランドセルまである。

 まちがいない。たぶん十歳前後だ。小学四年生くらいか。


 マジか~。また転生した上に今度は小学生。見た目は子供、頭脳は大人……じゃないな。広義的には高校生は子供だった。

 今回みたいに若返り転生を繰り返していたら、最後は赤ちゃんになりそうだ。


「恵太~」


 美夏の声だ。

 良かった、また会うことができたんだ!

 姉がいるということはオルタネイト側のようだ。


 少しずつでも情報を集めないといけない。

 前回は失敗したが、今は危機の迫った慶太や冷河、そして謎の声の主(あれが死神か? 比喩のつもりだったのに本当にいたのが驚き)のことをしっかり記憶している。

 今度こそうまくやってやる。絶対にあきらめない。意地でも運命を変えてやる!


「いるんでしょ?」


 ドアが開いて美夏がひょっこり顔を見せた。

 当然のように、美夏も子供に戻っていた。

 ひとつ上だからたぶん小学五年生くらいだろう。この頃は亜麻色の髪が長くておしとやかに見える。


「はやくお風呂入るよ。ほっとくと三日に一度しか入らないんだから」

「ああ、お風呂ね。わかった。いまいくよ」


 そういえば小学生のころは毎日お風呂に入らなかった。面倒だし、三日くらいなら入らなくても特に臭わなかったし。さすがに中学生になった頃には改めたが。


 着替えを持って脱衣所のドアを締めようとすると、美夏が滑り込むように入ってきた。


「姉さん……どうしたの?」

「どうしたって? お風呂入るんでしょ?」

「そうだよ。先に入りたいなら俺あとで入ろっか?」

「なにいってんの。早く一緒に入るんでしょうが」

「……うん?」


 今なんて言った? そういえばさっきも「入れ」じゃなくて「入るよ」と言ってたな。言いまちがいだと思ったのに。

 美夏は恥ずかしがる様子もなくシャツを脱ぐと、ショートパンツと下着を一気に下ろして素っ裸になった。


「ちょっと! なんでいきなり! こういうのが普通!?」


 手で両目を覆ったけれど遅かった。あっという間に脱いでしまったものだから、ばっちり美夏の全裸が見えてしまった。

 なんなのこの人……丸見えで恥ずかしくないの?

 弟とはいえ一応俺も男なんですけど。


 せめてもの救いは、男が期待するような凹凸とは無縁なことか。

 ローマ彫刻のように滑らかで美しくはあっても、裸体の彫刻にいやらしさなんて感じないのと同様。

 その点においては冷静さを保てそうだ。


「なに大声出してんの。ママから恵太の体よく洗えって言われてるんだから、さっさとして」

「いやいやいやいや、いいって! 自分で洗えるから一緒に入るのやめよう! こんな年まで一緒に入るなんてカッコ悪いじゃん!」

「やかましいわ」


 抵抗虚しくジーンズのチャックを下ろされて強引にブリーフごと脱がされた。


「わかった! わかった脱ぐから! 自分で脱ぐから脱がすのやめて!!」

「最初から素直にそうしなさい」


 なんて性格だ! おしとやかに見えたのは清々しいくらい気のせいだった。大体、女子に気安く触るなと注意しといて自分が一番ダメじゃん。こんなことを日常的にされてるとアナザー恵太の性癖がおかしくなるんじゃ?


 ……いかん、ヤバいかもしれない。

 向こうは気にしなくても、こっちは意識するんだ。

 風呂場にいると思うからダメなんだ。

 南極にでもいると思って頭の中をクールにしなくちゃダメなんだ。


 バレませんように……見られませんように……悟られませんように!


「なにブツブツ言ってんの。さっさとそこ座って」


 美夏は足もとのバスチェアに目をやった。

 まるで古代ローマの浴場にいるように堂々とした立ち振る舞いだ。


「はい……」

「さて、まずはオチンチンから」

「ぜったいヤだ! そこは自分でやるから! 触らせない!!」


 さらっとなにいってるおかしいよ! そういうことは特殊なお店でしかやらない!


「うっさいわ。あんたいつも適当じゃん。お湯で流して湯船入っておわりじゃん。ちゃんと石鹸で洗わないとわたしがママに怒られるの」

「だから自分でやるって! ちゃんと石鹸も使うから!」

「いつもいつも洗い方が甘いのよ。ちょいちょいってさあ。文句があるならちゃんとゴシゴシできるようになってから言え」


 美夏がしゃがんでスポンジと石鹸をこすり始めた。絶対にマズイ。しかも目のやり場が本当に困る。どことはいわないが我が姉は正面きって開けっぴろげすぎだ!

 先人達曰く、姉とは最凶の暴君であるとか、生まれた時から一緒にいるラスボスであるとか、弟は生涯のオモチャであるとか、そんなことないでしょと思ってた時期もありました。

 ついさっきまで家族の元に帰りたいとか思ってたのに……逃げたい。火事の時以上に逃げだしたい。


「本当に、本当にいらないから。よその家だって姉に股間洗わせてる弟なんていないよ」

「よそはよそ、ウチはウチでしょ。ほら、隠してないではやくオチンチン出して」


 股間を隠してる腕を美夏に掴まれた。

 離すわけにはいきません! 離せないワケがあります! 離したら男としての尊厳が死んでしまうんです!


「なんで今日は強情なの! はよチンチン洗わせろ! 仕事終わらせないとわたしが怒られる言うとるやろがい!!」

「やります、自分でやりますから。やるからやめてぇ!!」

「やめるかっ! いっつもそういって結局やらないじゃん!」

「またこの流れ!? ちょっとは弟を信じても良くない?」

「日頃の行いが悪いんじゃい! いいからまずはこの手をどけえ!」

「やだ! ぜったいやだ!!」

「じゃかあしい! さっさとチンチン出せ!」

「ヒドすぎる! 横暴だこんなのセクハラだ!」

「なにがセクハラだ子供のくせに!」


 超得意げな顔で美夏は後ろの浴室鏡を指さした。


「あ、あれなに? 鏡にヘンなの映ってるよ」

「うん?」


 隙をつかれ、股間を隠す手が払いのけられた。


「…………………ありゃま。オチンチン元気になっちゃってる。先っちょも少しだけ大人だ。恥ずかしかったん?」


 うわあああああああああああああああああああああああああ見られたあああああああああああああああああああああああああああ────(魂の叫びエンドレス)。


「ねえなんでおっきくなってんの? オシッコしたいんならお風呂あがるまで我慢しなきゃダメよ。タマの裏からハイ、キレ~キレ~。ゴシゴ~シ、ゴシゴ~シ~」


 鼻歌交じりのベテラン手つきで、皿洗い時と変わらない真顔のまま丁寧に洗いだした。

 ヤ、ヤバイ。これはヤバい!


「ピーンって反ってると洗いやすいじゃん。次から立たせといていいかも」

「あぅぅ……」

「ちょっと、腰引かないで。こら、浮かすな! 終わるまでジッとする!」


 恥ずかしすぎて顔面の毛細血管が破裂しそうだ。あ、やめてください如意棒を面白がってニギニギしないでください。

 これまでの狼藉と打って変わりまるで華奢なガラス細工を扱うかのような手つき。

 嗚呼すばらしきかな姉の絶妙なる力加減。

 はっきり申しましてこの世の天国かと思えるくらいには気持ちいいので困ります。


「どうでもいいんだけどさあ……オチンチン大っきくしててこれなの? なんか小っちゃくない? ていうか体つきもヒョロいんだよね。女じゃん。コレついてなかったら完全に女の子じゃん。男なんだからいっぱいご飯食べれるようになってもっと筋肉つけなきゃダメよ」

「まだ……子供なんだから……しかたないし……」


 どうして人の心をえぐりにかかるんですか!

 徹底的に心を打ち砕かずにはいられない病なんですか。

 スポンジと泡と指先に、達人のワザが組み合わさると凄まじいエクスタシーを産み出すって、すごくどうでもいい知識が増えました!

 とても気持ちはいいんですが……死にたいくらいの羞恥と屈辱のハムエッグ地獄には変わらないよ!


 男としての尊厳は、今この瞬間に死んだと思います。




 気が付くと、高校の靴箱にいた。


 あれ? さっきまでどこにいた? たしか小学生で、美夏姉さんといっしょにお風呂に入って、それから……。

 なんか超屈辱的なことが起きた気がするのに、なんだったかな。思い出せない。思い出さないほうが幸せな予感がひしひしとする。


「じゃあね恵太」


 校舎内に続く靴箱の裏から美夏がひょっこり顔を出して手を振った。美夏だけでなく、バッグを抱えた生徒たちが続々と靴を置いて校舎に入っていく。

 朝の登校時間のようだ。


 また転生したのか? 今度はいつだ? 高校生のどのあたりの時間だ? 転生するのは死んだときだけだと思ってたのになんでまた? いやまて……さっきもある意味死んだ気がするぞ。


「わ!」

「うわっ」


 いきなり後ろから抱き着かれた。

 抱き着いた腕を思わず払いのけると、やけにしたり顔のアシリアがいた。


「あ、アシリア?」

「いやあ、滝沢くんがいつもいいリアクションするから、驚かす甲斐があるしー」

「そ、そう?」


 よかった~。アシリアにも会えた。


 大好きな人に会えたのは嬉しいけれど、さっきからなんなんだろう。マンションの火事で慶太とともに死んでからなにか変だ。

 美夏がいてアシリアがいるということはここもオルタネイトなのは間違いない。

 今はいつだ? 高校生なのは間違いないが、今は何年生だ?

 アシリアが「滝沢くん」と呼んだということは、まだ付き合う前の時期なのか?


 知らない男子生徒が恵太の横を通り過ぎて、靴箱の前で靴を脱いだ。

 靴箱の手前には大きく「二年」と書いてある。

 ついさっき美夏もいたことだし、つまり彼女は今二年生。そして自分は一年生ということだと思うが……。


 なんだか自分が知らない場面にばかり立ち会っている。


「ねえ、ひょっとして滝沢くんってさぁ」


 アシリアが手を後ろに組んで言いにくそうに尋ねた。


「なに?」

「お姉さんのことが好きなんでしょ」

「……うん?」


 どういう意味? もちろん家族として好きではあるが、さっきの小学生美夏のインパクトが強すぎて素直にはいと言いづらい……。


 素晴らしい姉とはいえわりとポンのコツというか。ありえないくらいパソコンオンチだし、母さん並に口うるさいし、あと親の命令ならめっちゃ非常識になるわ、しょっちゅう口げんかもしてるわで一緒に暮らしてるゆえに欠点ばかり目につくんだよね。


「ま、まあ、うん」


 はっきり好きだとは言いづらい微妙な答えになった。


「そんな驚かなくていいし。いつもうまく笑って隠してたんだよね? ほんの一瞬、キミが気を抜いた瞬間が見えちゃってさぁ」


 アシリアがうんうんと納得いったように腕を組んだ。


「明らかに他の子相手にしてるときと違うし。なんていうか……エロい目? いつもの鮮やかな笑顔じゃなくて、完全に素の表情。わかっちゃったんだよね~」


 アシリアの言っていることがどうも引っかかってきた。


「ちょっと待って。アシリアが言ってる好きってのはつまり……」

「他の人にはわかんないだろうねー。アタシみたいな慧眼には一目リョーゼン? うちのクラス、滝沢くんに憧れてる子も多いのに、とんでもないヒミツだし。試しにちょっとテストしてみていい?」

「……テスト?」

「アタシの問いに好きって言ってみ。ただし、笑顔で言ったらダメ。滝沢くんにとって、笑顔は本音を隠す仮面になってるからねー」


 この流れには憶えがある。アウトレットモールでのやり取りと同じだ。

 アシリアが恵太の手を引っ張って、場所を変えた。

 人が来そうにない校舎裏に回って準備万端。

 アシリアが一呼吸のあと、柔らかい笑顔を作っていた。


「恵太……、わたしのこと、好き?」


 普段の声音とは違っている。優しげで穏やかで温かい感じ。

 あの時は誰を演じているのかわからなかった。

 これは美夏の演技なのか?

 美夏の真似をして言っているのか?

 そして、これは家族の愛を問うているのではなく、男女の愛を問うているのか?


 つまり……アナザー恵太は、実の姉である美夏を好きだったというのか。


 アシリアはプロの役者だった。

 センシティブでデリケートな感情を読み取るのに長けている。

 その彼女が言っているのだから、きっと正しいのだろう。


 まあたしかに。たしかにうちの姉は素晴らしい人ですよ? きれいだし優しいし、しつこいくらいこっちを気遣ってくれるし。ただ、長所と短所が表裏一体というかですね。はっきり言っちゃうと、アナザー恵太って気は確かなのかなって思う(確信)。


 それでも指摘されてみればストンとハマるように腑に落ちる。

 ああ、そうだったんだな、そう思うだけだった。

 机の引き出しにあった税込み四九八〇〇円のブレスレット……あれは美夏のために用意したものだ。

 しかし、アナザー恵太には渡せなかった。


 その答えもアナザー恵太が美夏を好き……というより女性として愛していたのなら理解できる。

 渡せるわけない。金額がガチすぎて渡すのは想いを伝えるも同然だから。

 伝えられるわけがない。実の弟から「あなたが好きです」「愛しています」とか打ち明けられても困惑させるだけなのは目に見えてる。


 もしこの話が事実なら……悔しかったろうな。

 実の姉で最初からチャンス自体がないなんて耐えがたかったろうな。

 もう一人の自分のことだから、気持ちは痛いほど想像できる。


「ふぅ。好きな人が実の姉かー。重症だねぇ、これは……」


 アシリアが演技を止めてため息をついた。

 苦言を呈するのは理解できる。

 今の自分だってそう思うんだから。

 彼女は眉をひそめて、インモラルなやつめと呆れてるようだった。


「滝沢くん……。キミはこれからアタシのカレシやって」

「え?」

「今付き合ってる子もいないんでしょ? じゃあ問題ないじゃん。アタシのカレシやって」

「まあ、それはもちろん──」

「キミに拒否権はないから。カレシやんないならあの人にヒミツバラすよ」


 あれ? べつに断ってはないのに。さっきから微妙に会話が噛みあってないような。


「これは契約だと思って。キミがちゃんと履行してくれればアタシは絶対バラしたりしないから。そうだ、今から恵太って呼ぶことにするね。恵太もアタシのことは呼び捨てでいいよ。これから付き合うんだから、他人行儀なのはやめないとだし」


 なんとなくわかりかけてきた。アシリアはここにはいない。美夏もいない。さっきから登校している生徒たちもみんなここにはいない。すべて幻影だ。これは通り過ぎた過去のビジョンだ。


 今見ているのは、アナザー恵太の記憶なんだ。


 はっきり現実だったと断言できるのはマンションの火事までで、それ以降は記憶の残照……走馬灯といえば走馬灯か。

 今の肉体はアナザー恵太のものだから、彼の記憶を見れても不思議ではない。


 ということは、まだ自分は死んでいないのか。死んだら走馬灯なんて見れないもんな。現実の肉体はマンション火災の中、こんがり焼かれているのか。

 身を焦がすような熱さを感じずに済んでるのはせめてもの救いか。


 と思っていたら急に息苦しくなってきた。喉の奥に異物を挿入されたような気持ち悪さを感じる。

 例えるなら夢の中水中で溺れているような感覚。

 声が出せない。さっきまで喋れたのに、記憶だと意識した途端自由が奪われていく。いつの間にかあたりは闇に覆われて体も動かせなくなった。指は握れるが腕が上がらない。同じように足の指は動かせても脚が上がらない。


 平衡感覚が失われていく。自分は地面に対して垂直? それとも平行? たぶん平行だ。自分は今寝ている……そして拘束されているんだ。


 嫌だなあ。拘束ってことは捕まってるってことか。あの死神の仕業かな。そういえばお前も連れていくとか言ってたっけ。ここってどこだろう。目を開ければわかるかな。さっきからすごくまぶたが重い……。


 眠りの誘惑を振り切って目を開く。水平線から翌朝の太陽が顔を出すような、まぶしい光が差し込んでくる。

 太陽の光じゃない。これはLED電球の光だ。白色が目に痛い。


 パキン!


 花瓶、あるいは湯呑み……何か陶器のようなものが割れた音が聞こえた。


「……太。聞こえる? 恵太!」

「恵太!」

「恵太くん!」


 複数の女子の声。少なくとも三人いるのはわかる。返事をしたいのだが、相変わらず声は出せない。それどころか喉の異物感がますます酷くなってきて吐きそうだ。もしかしてチューブを挿入されてるのか?


 もう一度目を開く。見慣れない白い天井と壁、LED電球の白い光、白いカーテンレール。ベッド両サイドの白い手すりも見える。

 そして、こちらを覗き込む美夏、アシリア、穂高の三人が瞳に様々な色を浮かべて安堵した顔になったところも。


 また別の世界に来たわけじゃない。根拠はないがきっとそうだ。

 ここは火災のあとの世界か。

 ……生きている。

 なぜ助かったのかはわからない……。

 死神が仕事を仕損じたんだろうか。

 死にかけたけれどもまだ生きている。

 今の自分には、このオルタネイトでやれることが残ってるんだ。


 最後の時は、まだ来ていない。




 二〇二一年一月二四日 日曜日


 運命の日まであと一九〇日──

第一章終了です。

ここまで読んでいただいた方には心から感謝申し上げます。

いや~下ネタに走るのって、本当にいいもんですね(水野晴郎氏のように)。

第二章からも引き続きよろしくお願いいたします。

今の想定だと全三章くらいになる予定です。

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