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うちの弟が反抗期過ぎる③

 夜遊びするような弟ではないのに、日没になっても恵太たちは帰ろうとしない。

 中央噴水広場のイルミネーションが点灯するのを待っているみたいだ。

 事前にネットで調べたところ、そこはいわゆる恋人同士の憩いの場になるらしい。


 以下、グーグル検索で出たクチコミ評価である。


・一瞬頭が真っ白になっちゃった(はあと)


・超ロマンチックでドラマみたいだったよ(だぶるはあと)


・彼があんまり緊張してたんでこっちからいっちゃった(とりぷるまっくすはあと)


・急に唇奪われて最悪。もうちょっと会話楽しもーよ(中指ファースト)


・ここでキスされてお持ち帰りされました(イエイ)


 なんだこれは……場所の評価じゃなくて体験発表会と化してんじゃん。

 なんてエッチな、なんて卑猥な秘境なんだ……!

 みんな爆発して消し飛べばいいのに!


 恵太は中学時代にも似たような状況で失敗したことがある。時と場所と状況を完璧に揃えておいて、肝心の本番で付き合っていた女の子を怒らせて置き去りにされたのだ。

 なにか余計なことでも言ったんだろう。


 一回失敗しといて懲りないやつ……でもまずいわね。さすがに同じような失敗を繰り返すほどアホでもないでしょうし、アシリアのことは真剣に考えてるのはわかってるので。

 雰囲気に流されて暴走しないように、自分も念入り百二十パーセントで見張らなくては!


 恵太たちが問題の噴水広場についた頃には、そこはエッチな空間になり果てていた。


 キスしているカップルが多すぎる。目を覆いたくなるくらい異性へのアプローチが八割増しになるような領域だ。昔大好きだったジングルベルのBGMはまるで煽ってるかのようにエロティックなアレンジが加えられてるし、モールの運営者もわかってて演出してないか?


 これでは恵太が暴走してしまう。まちがいなくアシリアにキスをせまるぞ。普段の紳士ぶった態度なんてただのポーズ。なにせ頭の中はエロエロな弟。他の人間は騙せても姉の目は誤魔化せまいよ。


 恵太たちが座ったベンチの近くに、パラソル付きのテーブルが空いていたので美夏は穂高、長谷川とともに席に腰かけた。


「時期柄しょうがないって言ってもぉ、他人のキスシーン見せられんのって拷問よね。ムカつくなぁ。月までぶっ飛ばしてやりたいなぁ。あとちょーっと出会うのが早ければ、妙成寺さんの場所はあたしのものだったのにぃ!」


 穂高はむすっとした様子で自分の髪の毛を弄っていた。


「ずいぶん余裕あるわねえ。あんたの王子様がこれからキスしようとするってのに平気なわけ?」


 気が昂って貧乏ゆすりが止まらない。この際キスするまでは一万歩譲って認めるとしても、キス→合体事故→結晶のナイトメアコンボだけは何が何でも防がねばならないのだ!


「もちろん平気ってわけじゃないけどさぁ。恵太くんたちもお互い了承済みでここ来てるんでしょうし。むしろ今キスしなかったらいつするのっていうか」

「あっそ。案外冷静だこと」

「フフン。それに、ほかの誰とキスしようが、最後はあたしの隣にいてくれればいいのよ」

「そんなムダに漢らしいこと言われても」


 恵太たちは雑談を交わしながら、プレゼントを交換し合っていた。

 距離があるせいで会話までは聞き取れないが、どうもお互いのプレゼントが被ってしまったらしく、笑い合っていた。


 実に良い雰囲気だ。

 なんだかイケないことが始まるカウントダウンのように思える。……五。


 恵太が果敢にも愛を語り合うカップルに声をかけて写真撮影を頼んでいた。美しくライトアップされた噴水をバックにアシリアの肩を抱いてパシャリ。……四。


 再びにベンチに戻ると今度はアシリアが積極的になった。恵太の肩に頭を乗せて甘々子猫モード。……三。


 アシリアは姿勢を正して恵太に向き合っていた。なにを言っているかわからないが、恵太が虚を突かれたような顔で固まっている。……二。


 そして──アシリアから恵太に口づけをしていた。……一。


 まさかリアのほうからいくとは……! なんて大胆。すごいなホントに。


「ねえ、なんか様子がヘンじゃない?」


 目を丸くして放心状態だった美夏の肩を穂高が揺すった。

 美夏は、気をしっかり持つのよと自らに言い聞かせるように頭を振った。


 穂高の言う通りなにかトラブルのようだ。

 アシリアがあたふたと慌てるのも無視して、恵太は少女漫画の伊達男のような仕草で顎クイ。

 アシリアの美しい唇をロックオンしていた。


 それはまるで斧でぶち破った扉の隙間から顔を覗かせる変態のような。はたまた悪霊に憑りつかれたイタコのような真剣過ぎる表情でゆっくりアシリアの顔へ近づいていく。


 遠目に見ててもただ事ではない!


「カウントゼロよ! ヤバいわ! 恵太が暴走した!!」

「カウントってなに!? しかも暴走って。マジでなんなん?」


 椅子を蹴とばすような勢いで立ち上がった美夏の腕を穂高が捕まえた。

 長谷川がさも可笑しそうな笑いを漏らした。


「あれは自分の血を見てハイになってるのでは?」

「ハ、ハイって?」


 目を凝らしてみるとたしかに恵太の唇からはいつの間にか結構な量の流血が見られる。


「たぶんあちらのお嬢さんの歯が当たったんでしょうね。防衛本能みたいなものです。血を見慣れてない人だと精神の均衡を保つため脳にアドレナリンが過剰分泌されるんですよ。自分の大学時代にもいましたね。ラグビーの試合中ケガを負って流血してるのに余計元気になってる選手がね。今の弟さんもそんな感じです」


 すらすらと懐かしくも楽しい思い出を語るようだった。


「だだだ、だいじょうぶなんですかソレ!?」

「一時的なものですから問題はないと思いますが……ただ」

「なんです?」

「アドレナリン・ハイは闘争本能に近いものです。そして、動物というのは闘争本能を刺激されると……。まあ、異性に積極的になるといいますか」

「異性にって……まさか!」

「止めたほうがいいかもしれません」


 元から女に積極的な男がさらに積極ブーストがかかるとどうなるか? 考えるまでもない!


「ヤバいーっ! 恵太が、止めないと恵太がっ! 性犯罪者になって前科ついて留置場に送られるーっ!!」

「いや送られないし送らせないよ!? まーたとんちんかんなこと言ってるなぁ。でも止めるってのは賛成ね!」


 初めて穂高と意見が一致した気がした。

 美夏と穂高はうんと大きく頷くとマスクを外した。ついに正体を明かすときが来たのだ。


 待ってなさい! お姉ちゃんがあなたを助けてあげるから。このまま黙って警察の御厄介になるようなことはさせないからね!


 小さいころはとても素直だった恵太。

 小さいころは天使みたいに可愛らしかった恵太。


 今じゃだいぶ可愛げがなくなっちゃったけれど、それでもあなたはわたしの大切な弟だからね。

 最近のあなたときたらナマイキでたま~にムカつくことだってあるけれど、それでもあなたはわたしとママの自慢なんだからね。

 たとえ捕まるようなとんでもなく悪いことしたとしても、わたしはあなたを見捨てたりしないからね!


 パーン!


「!?」


 それはアシリアが右手で振り上げた平手が恵太の頬を打った音だった。

 彼女の顔は真っ赤になっており、全身がわなわなと震えているように見えた。

 冷たい空気を裂くような破裂音に、まわりのカップルたちも固唾を呑んで目をやっていた。


 そして、恵太は、まるでバッテリーが切れたロボットみたいに止まったのだった。


 恵太は「ここはどこ? わたしはだれ?」とでもいいたげに目をぱちくりさせていた。

 さっきまでのヤバいクスリを決めたみたいなマジ顔ではなくなった。

 弟が性犯罪者になる危機は回避されたのだ!


 リアすっご! グート!

そろそろ第一章終了予定です。

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