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もう一度クリスマス②

「はい、撮れました」


 恵太がアシリアの後ろから抱き着いてる写真に仕上がった。

 恵太は戸惑った笑顔で、アシリアはさすがというべきか満面の笑顔でベストショットとなっている。

 素人目にみてもアシリアの写真写りの良さは素晴らしい。


「どうもありがとうございました」

「いーえ。あなたのお名前、ケイタっていうんですか?」


 女性がスマホを返して、小さな男の子の手を取り直した。


「そうです」

「私の子もケイタって名前なの。偶然ねえ」

「偶然! そうだったんですね」

「よければどんな字を書くか聞いても?」

「恵みに太いと書いて恵太です」

「あ~、さすがに字は違ったわね、この子は慶応の慶で慶太」

「そうなんですね。最高の名前にしてもらったね~」


 恵太は小さな幼児に声をかけた。

 慶太は「んー」といいながら母親の足を力いっぱい引っ張っていた。


「慶太くんがご機嫌斜めみたいなので……、どうもありがとうございました!」


 女性に頭を下げて、恵太たちはプラザセルコンエリアへ向かった。

 南部アウトレットモールをどうかと提案したときから、真っ先にプラザセルコンに行きたいとアシリアはいった。

 今冬稼働のVRゲームをやってみたいらしい。


「見て、さっきの写真。アシリア、被写体慣れしててすごいね。俺とはぜんぜん違う」

「こういうのはカメラを意識するから失敗するんだ。気の持ちようだし」

「カメラよりもアシリアに抱き着いてたのが落ち着かなかったかな……」


 手をつなぐぐらいなら問題なくなったが、後ろでに抱き着くのはまだ慣れが足りない。


「……やっぱり、この髪型だと難しいカンジ?」

「髪型?」


 言われてみれば、今のアシリアは昔の美夏に似たヘアスタイルだ。


 美夏を思い出したら、また急に恥ずかしくなってきた。

 本当になに考えてたのか、大まじめな顔であんなモノ渡そうとして。

 性欲魔人じゃないんだぞ。

 目が鬼気迫ってたので、心底本気だったようだ。


 女性問題なんか起こしたら、母さんから地獄の磔刑に処されるのは火を見るよりも明らかなのに。

 考えるだけで恐ろしい……!!


 美夏にとって俺はクズ男なのかと問い詰めたい。とことん問い詰めたい。

 優しくて素晴らしい姉だとは思うのに、なんだろうこの百パーセント信頼されてない感じ……。

 ときどき俺を見る目が某新世界の神みたく「早くなんとかしないと」感満載なんだよな……。


 それとも、姉というのはどこもこういうものなんだろうか。


「……まあ、それもあるかな?」


 アシリアが恵太の顔をまじまじと見つめてきた。


「ふ~ん。初めて会ったころより恵太も演技が上手くなってきたね。けっこう真に迫ってみえるしー」


 感心したようにアシリアはうなづいた。


 演技ってなんのことだ?

 またオルタネイトの恵太じゃないとわからないことかな?


 たまに二人の間でしか通じないことを言われると笑ってゴマかすしかなくなる。

 わからん……まったくわけがわからん……。

 とにかく自然体でいくしかない。

 話が食い違って、初めてデートしたときのような醜態を晒さないよう気をつけよう。


 到着したプラザセルコンのVRコーナーへアシリアが楽しそうに走り出した。

 まるでトランプリンではしゃぐ子供みたいだ。


 今冬稼働のVRゲーム『レジデントデビル バリアントレイド』。コンシューマー向けの同タイトルを完全VRシューティングとして再現した本コーナーの目玉作品である。


 プレイヤーは特殊部隊員となってゾンビの襲撃を防ぎ、ヤバすぎる研究所から脱出を試みよ!

 血しぶきあり、臓物あり、笑いや情けは一切なし!

 VRヘッドセットを装着しこの世の地獄に飛び込め!

 なお、一人プレイする毎に二五〇〇円、値段設定も激ヤバなのでそのつもりで!


「二人で五〇〇〇円……。ねえアシリア、さすがにこのゲームは高いから俺も出すよ。せめて割り勘にしない?」

「絶対ダメ。アタシが出すって決めたしー」

「お客様、このゲームは最大四人プレイ可能です。三名以下の場合、他のお客様と同時にプレイすることもできます。ゲームの設定上、多人数でプレイしたほうが有利になりますが、どうされますか?」


 スタッフの男性が、恵太たちとすぐ後ろにいた二人の女性にいった。


「俺たちは一緒で構いません。いい?」

「もち、問題なし」


 後ろにいた女性たちは声を出さずにうなづいた。

 二人とも大きめのマスクにサングラスをかけており、VRコーナーが薄暗いのもあって顔は確認できなかった。

 片方の女性は体格が美夏に似てるような気がした。

 でも黒髪だから、他人の空似だろう。


 スタッフの指示で私物はトレイの上に置き、ヘッドセットと二丁のハンドガン風コントローラーを持った。


 ゲームスタート!

 このVRゲームは、ゲーム上の通路中央にある床下エレベーターが起動するまでの防衛戦なので、その場から動くことはできない。

 動くとプレイエリアの外ですと表示され、近くに控えたスタッフに元の位置へ戻されてしまう。


「えー! ゾンビの数多すぎ!? あー、あーっ、ああーーっ!」


 とにかくアシリアのリアクションが激しかった。

 このゲームに興味はあってもプレイ自体が初めてで、基本的な武器チェンジやリロードを忘れて操作が追いついていない。


「アシリア落ち着いて、慣れてないならショットガンに変えて」

「ショットガン? 変えるってどうやんの?」

「両手でバンザイして!」


 同時プレイしている女性二人は声一つ上げず冷静そのものであった。

 ヘッドセット越しで現実の身体は見えないが歴戦の猛者さながらのスタイルで狙い撃っているようだ。

 恵太自身、背後からの襲撃でビビッてしまうのに、女性二人はそれすらなくて地味にすごい。


 第一ステージはなんとかクリアできた。続く第二ステージはもはやクリアさせるつもりがないような難易度で、ゾンビが多すぎる。おまけにコート姿の巨躯なボスキャラが出てきて敗色濃厚。そして、なにが起きたかわからないまま、プレイヤー全員がボスに引き裂かれてゲームオーバーになった。


「ふぅー、やっばい、超楽しい! 恵太、並んでもっかいやろ」

「たしかにすごく面白かったんだけど……もう一回となるとお金が……」


 ヘッドセットを外してから見たアシリアは、負けたのにとてもご満悦だった。

 ちらりと協力者の女性二人に目を向けると、特に感動もない様子で隠れながらマスクとサングラスをつけていた。

 なぜか顔を隠すことを徹底しているような二人だった。


「だいじょうぶ! この日のためにちゃんと予算確保してるから。三十万までなら問題ないし」

「さ、三十万!?」


 急にめまいを催した。

 アシリアといい、穂高といい、オルタネイトに転生して出会った女子は金銭感覚がおかしい! 狂ってるぞ!


「一般的にデートなんて、いくら多めに使っても一万いかないから。それ以上は絶対にダメ!」

「えー、そっかな~」

「そういうもんだから!」

「まあ……わかった。わかったから、もっかいやろ?」

「本当にわかってる……?」


 あと一回奢られるだけで上限の一万に届いてしまうぞ。


「そこそこ行列もできてるし、またあとで来ようか。それと……」


 どうしてもやるというなら、アシリアのめちゃくちゃな銃の構え方を何とかしたほうがいい。

 先ほどのプレイを見ていると、狙った場所に弾が飛んでなかった。

 レティクルが表示されないので、銃身ブレが難易度に直結する。


 恵太はアシリアの後ろに立って、彼女の腕を取った。右手をまっすぐに伸ばし、左手は利き手に沿えさせる。ウィーバースタンスと呼ばれる銃の構え方だ。


「二丁スタイルとはいえ、銃身と目線は、こうやってまっすぐ揃えたほうが的に当たりやすいと思うよ」


 されるがままで固まっていたアシリアが口を開いた。


「恵太……マジ、ウソつき」

「え?」

「抱き着いたら落ち着かないっていってたじゃん! ぜんぜん平気じゃん!」


 言われて気づいた。ごく当たり前のように、アシリアを後ろから覆う恰好で構えを取らせていたのだ。

 互いの頬は触れてしまいそうなくらい近くなっていた。

 マスク女性二人の表情はうかがえないが、何か言いたそうにこちらを見ていた。


「ああっと、ごめん!」

「………………むぅ」


 さすがにぴったりくっ付きすぎた。薄暗くてわかりづらいがアシリアの頬は赤みを増していた。


 いかん。日頃から美夏姉さんと母さんに「軽々しく女性に触れるな」と口すっぱく注意されてるのに。

 過度なボディタッチは不快感を与えかねないので、普段は注意してるつもりなのに。

 話に熱が入ると注意事項が頭からポンと抜けてしまう。


「次、次行こう! 色々お店あるし、絶対楽しいから!」


 見たいものを順番に見て行こうと決まり、まずはアシリアの希望でアクセサリショップへ。

 可愛らしいデザインのものが多く、興味のある人には楽園に見えるだろう。

 アシリアが表情を輝かせる横で、恵太は陳列された品物の値段を確認。

 アウトレット品とはいえ万単位のものがザラにある。

 彼女の金銭感覚だとちょっとでも気に入ったら全部買うとか言い出しかねないので、思いとどまるようにさせたい。

 若い身そらで金遣いが荒いと将来ヤバいから。


 目に入った棚にウエストウッドメーカーの物があった。


 美夏が好きなブランドの天然石ラップブレスレット。明日姉に渡す用のプレゼントはすでに用意していて、部屋の机にしまってある(例のアレとは別)。

 このカラフルな天然石ラップブレスレットは、先日購入したプレゼントより安い。二〇〇〇円程度なら気軽に買えるし渡せそうだ。


「恵太、ソレ買うの?」

「うん。姉さんが欲しがりそうだから。アシリアは?」

「……アタシはいいや」


 意外にもウィンドウショッピングのみだった。


「じゃあ貸して。買ってくるから」

「いや、これは個人的なやつだから自分で買うよ」


 アシリアが影のある笑顔で指をふった。


「ちっちっ。最初の約束は契約事だと思ってほしいなぁ。アタシは今日、恵太の支払いについて責任を負ってるわけ。そっちの都合で内容を変えるのは契約違反なんだよねー」


 急に賃貸契約みたいなことを言い出した。


「違反って……、ちなみに破ったらどうなるの? トイチで返せとか?」

「そんなこと言うわけないし。恵太のヒミツをあの人に告げ口するだけ」

「……ええっと」


 おいおいおい、ヤバイよこれ。また内容不明なヒミツが来てしまったぞ。

 遊園地のときもいってた「アノコト」か?

 アノコトをあの人にバラすといってるのか?


 あの人って誰なんですかそれは。

 自分には知られて恥ずかしいヒミツなんてないし、何かを知られて困る人もいないというのに。

 俺でなければアナザー恵太しかいないが何なんだ?

 というかなにやらかしたんだアナザー恵太よ!


 人格交代の可能性も考慮して、引き継ぎ事項はメモ帳にでも書いといてほしかった!

 付き合ってると同時に脅されるって、俺たちはどういう関係で結ばれてるんだ?

 かなり歪んでる気がするぞ!


 悩んでるヒマはない……とにかく今は話を合わせなきゃ。


「そ、それだけはなにとぞ……。では、これ、お願いします……」


 戦々恐々としながらブレスレットを渡す。


「よろしい! じゃ、待っててー」


 ブレスレットを指でくるくる回しながら、アシリアはレジへ向かった。


 脅されて買ってもらう、普通逆じゃないかと思える流れに一応の感謝を伝えて次の店へ。


 恵太にとっては宝物庫と思えるアウトレット家具店。

 収納スペースのあるふかふかなベッド、組み立てが楽しそうなバラック式の机、趣味で集めたカプセルトイを飾りたいガラス製の戸棚、寝そべりたくなる二人掛けソファ。


 家具は良い。心が洗われるようだ。

 全て家にあるものだから買いはしないが、新しく入れ替えたらと思うと心が躍る。

 妄想してるだけで楽しい。


 仮に今後一人暮らしするときは、全て自分好みのもので部屋を埋めたいと密かに思っていた。

 値段は普通に高いので見ないようにしている。現実に引き戻されるので。


「恵太、超楽しそうだよね。ここ、何か面白いものある?」


 アシリアが怪訝顔を見せた。

 興味のない人には、たしかにつまらないかもしれない。


「なんていうか、頭の中で想像するんだよ。ここにあるもので部屋を飾ったらどんな風になるかな~って。それが楽しくて」

「ふーん……、変わった趣味だし」


 そうかなあ。ウィンドウショッピングの亜種みたいなものだと思うのに。


「買いたいなら今がチャンスだよ?」

「これだけは本当にやめて。見てるだけで満足するやつなんだ」


 好きなだけ見ていいと許可をもらい、ためつすがめつ気に入ったソファを眺めていると、シングルベッドのコーナーに一人の女性が立っていた。

 さきほど写真撮影を買って出てくれた女性だった。モコモコ耳付き帽子の慶太はベビー用カートの中で眠っていた。


 女性はベッドの造りや値札を確かめながら思案している。

 また会ったのもなにかの縁、恵太は声をかけることにした。


「こんにちは。またお会いしましたね」

「あら」

「慶太くんのベッド探しですか」

「実はそうなの。このベッドなんて素敵だけど、うちはマンションの最上階だから、搬入が厳しくてね」

「なるほど。それはたしかに厳しいですね~」


 買う気は満々なのに住居の都合で無理……親近感がわいた。


「どうしてもベッドにするなら、組み立て式のものがいいかもしれませんね」

「やっぱりそうなるわよね~」


 女性が恵太に耳打ちした。


「こんなおばさんに構っててだいじょうぶ? 彼女さん、退屈そうにしてるわよ」

「だ、だいじょうぶですよ。この後のメインイベントで挽回しますから」


 本番は日が落ちて噴水前イルミネーションが点灯してからだ。

 そこでアシリアにプレゼントを渡したくて、このモールを選んだようなものだ。


「とっても可愛らしい彼女だものね。逃げられないようにしなきゃ。クリスマスプレゼントはもう用意してる?」

「ええ、もちろん。そちらの慶太くんにはどうですか。ええと……」

「申し遅れました。長谷川希里子といいます。こっちは息子の長谷川慶太」

「失礼しました。俺は滝沢恵太で、こっちの彼女は妙成寺アシリアです」


 紹介されたアシリアが笑顔で会釈した。


「これはどうも。慶太のプレゼントもモールで買おうと思ってて。朝やってるヒーロー番組に登場する武器っていっても、私よくわからなくて。この子も寝ちゃってるし……」

「それは大変ですね。ちょうど向かいの店がトイスペースですし、よかったらお手伝いましょうか」


 ニチアサのヒーロー番組は惰性で見ているので、今期番組の主役アイテムくらいならアドバイスできる。

 希里子がまた耳打ちしてきた。


「本当にだいじょうぶ? 彼女さんに構わなくて平気?」

「へ、平気ですよ。せっかく同じ名前の慶太くんに会えたんですし、これぐらい手伝わせてください」


 恵太は、手伝わせてくれと願って手を合わせた。


「はぁ……、しょうがないなあ」


 アシリアは、指で丸を作った。

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