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もう一度クリスマス①

 十二月二十四日 木曜日 クリスマスイヴ


 学校が冬休みに入って、初雪が降っていた。

 恵太はカーテンを開けて、ゆらゆらと儚げに降ってくる小さな雪を見ながら、拳を高く掲げた。


 ロマンチックでまさしくデートするには最高すぎるシチュエーションだ。

 唯一の問題といえば、自分が度を超えた寒がりということくらい。

 これから出向く先の零下に精神が耐えられるよう祈るだけだった。


「恵太ー、準備できてるの?」


 部屋の外から美夏が言った。


「今準備してるとこ!」


 恵太は、寒さ対策用のレギンスを履いた。


 三週間ほど前、達也から連絡が入った。

 美夏とアシリアが偶然出会ったところに、彼も居合わせたらしい。

 オルタネイトにしか存在しない者同士が出会ってしまった。

 なにか運命めいたものを感じると、達也は電話越しに告げた。


『わかってるだろうが、オルタネイトと滝沢のいた世界は相関関係にあると考えられる。一方で起こることは、もう一方でも起こりうるんだ。でなきゃ同じ人間がいたり、まったく同じ歴史を辿ったりするはずがない。極端なことをいえば、今、俺がぽっくり死んじまったら、もう一方の俺も死んじまうんだろうな。逆もしかり。さて、そこで問題なのが妙成寺と滝沢の姉貴だ。オルタネイトにしか存在しない者同士の場合、影響がどんな形で波紋を広げるか予想できない。そんな二人が示し合わせたわけでもないのに出会ってしまった。俺には偶然を超えた必然に思えてならないんだ』

『特別って言っても大げさじゃないか。偶然ってそんなものだろ。二人とも俺に近い人だし、いつかは知り合ってたさ』

『まさにそれなんだ。お前の知り合いだからこそ見過ごせない。偶然ってのは、事象の一部しか覗けない人間のこじつけだと俺は思ってる。物事の流れを決定づけかねないなにかの始まりって見方もある。……どうも予感がするんだよな。それも善いことじゃなく、最悪の予感ってやつだ』


 まだ運命の日は来ていないとはいえ、今まで危機らしい危機は起きていないので、恵太は安心していた。

 というより安心したかった。

 ずっと緊張の糸を張りつめてたら気が変になりそうだったから。

 もちろんそれじゃダメだとわかってる。

 自分たちがやろうとしているのは、運命への反逆みたいなもんだ。

 相当の苦難が待ってると思って気を引き締めたほうがいい。


「恵太、入るわよ」


 返事も聞かずに美夏が部屋に入ってきた。


「リアに恥かかせないためにも、身だしなみはきちんとしなきゃね」


 美夏が顎に指を当てふんふんと鼻歌交じりに、恵太の装いをじっくり見つめた。

 アシリアと知り合ってから、姉はずっとこんな調子だ。

 あなたにはもったいないだの、世界一の幸せ者だのと新たな口癖ができていた。


「グレーのナーバルジャケットに白のニットセーター、下は濃いめのジーンズね……」


 仮装大賞の最後の一点をつけようかという微妙な表情で、美夏は唸った。

 自分としては恥ずかしくないコーディネートだが、女性の目で外から判断してもらえるのは助かる。


 美夏がパチンと指を鳴らした。


「悪くないんじゃない。これならリアにも釣り合いそうね。でーも」


 言いながら、恵太の頭を両手ではさんだ。


「髪型がいつものまんまなのは怠慢ね。降ろすんじゃなくて、たまには上げたら?」

「上げるって……どの程度?」

「そうねぇ、金髪にしてツンツンに逆立ててみるとか」

「戦闘民族じゃないんだから。ふざけんなってアシリアにどつかれそう」

「ウケは取れると思うのになあ。だったらせめてワックスで動きくらいはつけなさい」


 注文の多い美夏に応え、恵太は洗面所でハードワックスを取った。

 髪に適当に馴染ませてみる。


「こんな感じでどう」

「……うーん、いまいち思い切りが足りないわね。ちょっと貸しなさい」


 美夏がワックスの容器を奪い取り、恵太を椅子に座らせて髪を弄り始めた。

 ……もう好きにして。


「なんだか思い出すわねぇ。今年の四月にも、こうやって恵太の髪いじってたっけ」

「え?」

「黒に染めてくれって、言ってきたじゃない」


 恵太は一瞬考えこんだ。

 きっと冴子先生に黒に染髪するようにと注意されたときのことだろう。

 アナザー恵太は、姉に染髪を頼んだのか。

 自分の認識だと、鏡を見ながら自力でやろうとしたところ母に止められたんだっけ。


「そういやそんなことあったか~」

「ねえ、恵太。前から聞こうと思ってたんだけど、前に映画館で穂高を説得したときに、茶髪なのは昔からだと友達に証言してもらったって、確かそう言ったわよね?」

「ああ、確かにいった」

「あれって言いまちがい?」


 美夏がワックスを馴染ませる指に力を込めた。


「なんで?」

「だって、それ、先生にいったのわたしじゃん」


 美夏は、髪を揉みこむ動きを止めなかった。


 一瞬言葉を失った。


 しまったな……こんな小さなことで墓穴を掘るとは。

 自分がこれまで生きてきた記憶とオルタネイトでの人生に差異があるのは、当然といえば当然。

 小さな綻びが不信を生む……今の自分が、アナザー恵太とは別人という事実を、美夏は受け入れられるだろうか。

 達也のように好んで超常現象を信じる人間は稀だと思えるのに。


「はい、できたわよ」


 肩をぽんと叩かれた。

 見事にオールバックスタイルだ。鏡で確認してみて、今までの少年らしい風貌とは別人のように見えた。


「ごくたま~に、恵太が別人に思えるときがあるのよね。知ってるはずのことを知らなかったり、らしくない奇行が目立ったり。ほんと、ごくたまだけど」


 そういった美夏の表情がとても寂しいものに見えた。


(だめだ。この人には……姉さんには話すべきじゃない)


 たぶん美夏には、事実は受け入れられないだろう。

 今日まで一緒に暮らしてきて、家族への愛情が本物なのはわかっている。

 それなのに突然弟から、過去の記憶がない別の恵太になったと告げられても困惑させるだけだ。


「いやいや。俺だっていろいろ悩みぐらいあるし。穂高先輩のときも、姉さんに頼んだっていうとシスコンみたいだから言わなかっただけ」

「あっそ。なあんだ、心配して損しちゃった」


 時計を見ると午後一時四十分。アシリアとの待ち合わせは午後三時からだ。

 少し早いが遅刻するよりマシだと思い、恵太は玄関にいった。


「忘れ物ない? お金は足りてる? 寒がりなんだからマフラーも巻いときなさい。手袋にあとホッカイロも」

「だいじょうぶ。プレゼントは持ったし、お金は……貯金でなんとか」


 姉がたまに近所の世話焼きおばちゃんに思えてしまう。

 扉を開けようとすると。


「それとね、恵太! けっこう大事なことがあってね……」

「まだなにかあるの?」


 美夏の顔がやや赤くなっていた。


「リアは相当気合入れてくると思うのね。でもってあなたも気合入ってる。となるとアレが心配なのよ」

「アレってなに?」

「つまり……ああっと……アレというのは」


 しどろもどろになりながら、美夏は恵太の手に小さな袋のようなものを握らせた。


「なにこれ?」


 恵太は渡されたものを確認した。

 天然ラテックス……四個入り……コンド──

 急激に恥ずかしくなり、恵太は渡されたものを床に叩きつけた。


「こんなの使うわけないだろ!」

「ええっ、使わないなんてそんな! リアを思いやらなきゃダメじゃない!」

「いやそうじゃなくて! 使うようなことをしないって意味」

「そんなのわからないでしょう。ただでさえクリスマスイブなのよ。雰囲気に流されてついってことがあるかもしれないじゃない!」


 この姉はいったいなに考えてんだ! さっきまでのシリアスな空気を返してほしい。

 というかそんなことよりも。

 

「姉さん……なんでこんなの持ってんの? まさか……」


 姉の普段の様子からして特定の彼氏がいたとは思えないのに。

 美夏は顔を真っ赤にしていった。


「ちっがうわよ! 女子は全員学校で渡されるの!」

「ええー、初めて聞いたなあ……」


 ちっとも知らなかった。そんな海外みたいなことやってたなんて。

 美夏は慌てて、床に捨てられたものを拾った。


「つべこべいわず持っていきなさい。女の子を守るためのエチケットでしょう。必要なときに無いってのがダメなの!」

「なんでする前提なんだよ。そんなの持ってたほうが余計意識するじゃん」

「やかましいわ! たまに女子をヤラしい目で見てるくせに。その空っぽの頭ん中は、どうせ悶々とした妄想で詰まってるんでしょう!」

「なんでそうなるの。脚色がヒドすぎる……ちょっとは弟を信じてもよくない?」

「どの口が言ってんのよ! あんたのこれまでの行動みて、ミリ単位でも信じられると思ってんの?」

「なんで? 俺なにかマズいことした?」


 心外な気持ちで拒否する恵太と、なんとしてもモノを持たせようとする美夏の熾烈な押し付け合いが続いた。


「ああもう、強情な! わたしだって恥ずかしいんだから、あきらめて持っていきなさい!」

「実の姉に下半身の心配されるこっちが恥ずかしいよ!」

「それがあんたの正当な評価なんだから仕方ないでしょ」

「そう思われてる理由を聞きたいんけど! 姉さん、実はバカなんじゃないの?」

「はぁあああああ? あったまきた! 本物のバカに言われたくないわ!!」

「なんで!?」


 埒があかなかった。

 美夏の愛情は本物って思ってたのに、これ愛情と違くない?


「とにかく、いってきます!」


 さっさと逃げるが勝ちだ!


「あ、こらっ」


 無用な争いに時間をとられてしまった。

 扉の向こうで「いまごろ反抗期ーっ」と嘆く声が聞こえたが、恵太は無視してバスターミナルに向かった。


 恵太は南口駅前のバスターミナルに到着すると時計を確認した。

 午後二時十二分。早すぎた。待ち合わせまであと五十分近くある。

 吐く息は白く、身を刺すような寒さが堪えた。


「お・ま・た・せ。てか恵太、超早いしー」

「うわっ」


 背後から両肩を掴まれて、恵太はぎょっとして振り返った。

 現れたアシリアは、髪の色が変わっていた。


 明るい茶髪で、自分や美夏の髪色に近い。

 おまけに髪も長くなっていた。

 ついこないだ学校で見たときは肩くらいだったのに、今は背中まで届く。

 着ている白セーターや紺のロングスカートも十分魅力的で素晴らしいが、イメチェンが急すぎる。


「いつも通り最高だけど……、どしたの、その髪?」

「ああ、これ? 恵太やミカの色に合わせてみた」

「色はともかく、長さはどうやって?」

「気合で伸ばしてみたぜぃ」


 アシリアがアイドルっぽく目元でVサインをつくった。

 いや、長さはどう考えても無理です。


「てのは冗談で、アマゾンでフルウィッグ買ったんだ」

「フルウィッグ?」

「つまりカツラのこと」


 アシリアは自慢の一品かのように、髪をかきあげて見せた。

 古今東西、これを見てグッとこない人はいないくらい魅惑的な仕草だった。


「すごくよくできてるね。本物にしか見えない」

「でしょー」

「でも、またなんで急に?」

「ちょっとカタチから入ってみようかなーって思って」

「カタチから?」


 けっきょく理由がよくわからん。


 茶髪でセミロングのアシリアは新鮮で、恵太は目が離せなくなっていた。

 こうしてみるとハーフかクォーターの少女にしか見えない。

 誰かさんに似ている感じだ。


 答えはすぐに行きついた。

 今のアシリアは、アルバムでみた美夏の中学時代の髪型にそっくりなのだ。

 二人とも仲良くなったらしいし、たぶん姉をリスペクトしてやってるんだろうと納得。


 一番ターミナルにバスが到着した。予定より早いが、これも目的地行きだ。


「待ってるのもなんだし、出発しよっか」

「よっし、じゃあいこー」


 今日の目的地は、県の南に位置するアウトレットモールだ。

 二〇一〇年にオープンされたこの辺りでは比較的新しいショッピングセンターで、アメリカのリゾートタウン的な街並みを模した施設の集まりである。


 ここを選んだのにはいくつか理由があった。


1.アシリアとまだ来ていない。

2.アウトレット品専門だけあって財布に優しい。

3.最近、施設内にプラザセルコンが増設された。(ボウリング・カラオケ・VRなど遊び場多数)


 ようするにデート場として究極にありがちなところだ。

 手垢まみれ、思考停止、ローテーション染みてる、エトセトラ……

 どんな文句を言われてもここが最高だったんだから仕方ないのだ。


 バス車内の暖かい空気にほっとしながら座席につくと、アシリアがいった。


「そのオールバック、自分でやった?」

「いや、姉さんに頼んだら勝手にこうなった。似合わない?」

「超似合ってるよ。ずっとそれでいいくらい」

「ありがとう。アシリアもよく似合ってて可愛いと思うよ」

「……恵太にとってはそうでしょうねえ!」


 怒るときのクセで語尾が鋭く上がった。


「ど、どしたの急に」

「べ・つ・に」


 イメチェンを褒めたのがマズかったかと、恵太は不思議に思いつつもアシリアをなだめた。

 バスに揺られながら三十分ほど経ったあたりで、目的地のアウトレットモールが見えてきた。

 まわりが傾斜の緩い山の中にあって、モールを取り囲むように立つ白い壁が目立つ。


「いい恵太? 今日、お金はアタシ持ちでいいからね。恵太はビタ一文出さないで」

「ええー……でも」

「でももなんでもない! 奢られるほうの心苦しさ、存分に味合わせてやるし」


 到着したアウトレットモールの正面ゲートを通った先に噴水広場があった。

 時期柄、派手なウィンターイルミネーションを施した大きめのツリーも併設されていて、SNS受けする風景だ。

 夜になったらもっと幻想的な光景で魅了してくれるだろう。


「恵太ー、ここで写真撮ろ。バックにツリーも入れて」


 一足先に噴水の前まで走っていったアシリアが腕を振った。


「いいね。じゃあ撮るからポーズを」

「いや、恵太も一緒に」

「それだとバックも入れるのが難しいかな。誰かに頼まなきゃ……」


 近くにいた三十代前半くらいの女性が微笑ましそうにこちらを見ていた。

 モコモコの耳付き帽子をかぶった小さな男の子を抱いている。

 女性が声をかけてきた。


「よかったら、撮りましょうか」

「いいんですか。すみません。このツリーも入れるくらいでお願いします」


 恵太は自分のスマホを渡して、アシリアと一緒に噴水の前に立った。


「二人とももっと近くに。彼氏さん、彼女の肩に腕をまわして」

「ええー……」

「ほら、いわれたとおりにする」


 アシリアが仕方なしといった面持ちで、恵太の腕を取り、自らの肩に回させた。


 どうもアシリア相手だと調子が狂ってしまう。

 他の女子だとそんなことないのに、アシリアに触れるとなぜか気持ちが落ち着かないのだ。

 まあ、たぶん、自分で思っていた以上に好きになってしまったからだと自覚はある。

 ただ、なんとなく……、それだけではないような気もした。

 頭の中に靄がかかったようにはっきりしないのだが……。

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