もう一度ウィズネス
「よお、これって偶然だと思うか」
機嫌を良くして部屋を出た美夏を見送り、達也がいった。
「俺が死んだ日と同じなんて。偶然、かなあ……」
三百六十五日の内の一日が一致しただけとは思えない。
「美夏さんの口から手掛かりが得られないかと聞いてみれば案の定だ。それにしても、なにが相手をよく知るのは当たり前だっての。一番の要注意人物のリサーチが足りてねえぞ」
いうとおりだった。
我が家には誕生日をその日に祝う習慣がなく、行事はクリスマスにまとめてやるのが慣例だった。
達也が気を利かせなければ、美夏の誕生日に気付くのはクリスマスになっていただろう。
「面目ない……いつも一緒にいたから、完全に抜け落ちてた」
「姉弟の生と死が同じ日に起こるか。俄然面白くなってきた」
達也が顎をさすった。
「で、もう一人の要注意人物、妙成寺とは最近どうだ。なんか変わったこととかないか」
「う~ん、差しあたっては特に。相変わらずだよ。学校ではいつも通り話してるし、たまにその……デートしてるぐらいで」
「ふうん、仲のいいことで。しっぽりアチアチなこととかねえの?」
「オヤジか! しかもそれ絶対今の状況に関係ないだろ」
「関係あるかもしれないし、ないかもしれない。実は妙成寺がこの世界を創造した女神だとして、女神に対するお前の態度ひとつで今この瞬間にもデカイ巨人が暴れだし世界がぶっ壊されちまうかもしれない……だろ?」
「いいや、絶対にごまかされないからな。単にタツの下世話な興味でしかない!」
「ちっ」
達也は、面白くなさそうに舌打ちした。
「だいたい、アシリアのことはタツの方が詳しいだろうに。少なくとも顔なじみなんだろ」
「まあ、一応な。ガキの頃、たまに勉強みてやったぐらいだ」
「勉強? なんで? アシリアって勉強苦手?」
図書館で一緒に勉強していて、苦手であるようには感じなかった。
「ちょい事情があって、あいつ、学校の授業を満足に受けられなかったことがあるんだよ。俺の親父は大学の非常勤講師で時間の融通がきく。だから、妙成寺の親が頼ってきたんだ。その流れで、俺もたまに教えてた」
「授業に出られない? どうして?」
なにか大病でも患ってたのか。
それともまさか、苛められて登校拒否にでもなっていたとか。
「それはまあ…………いや、よそう。お前の言う通り、これは関係ない」
「なんだよ。歯切れが悪いなあ」
「安心しろ。お前が心配してるようなことじゃないから。本人が話す気になれば、そのうちわかる」
いつになくまじめな様子をみるに、本当に話したくないのだろう。
「わかった。アシリアのことは自分でなんとかしてみる。でも、意外だった」
「なにが」
「タツが本当にアシリアのこと心配してるんだなって思って。俺が知らないことを知ってる。羨ましいくらいだ」
「そんないいもんじゃねえぞ。今でこそああだが、ガキの頃はとんでもないわがまま女だった。ちょっと見た目がいいのなんて打ち消しちまうぐらいの。おかげでだいぶ手を焼かされた」
「わがままだったのか」
「ああ。わからせんのがクッソめんどくせえメスガキだった」
「言いたい放題だな」
軽口叩けるくらいには仲が良いらしい。
「そうだ、これだけは教えてくれ。アシリアの誕生日っていつ? まさか……」
「あいにく違うぞ。妙成寺は五月生まれだ。あいつになにか秘密があるとしても、それは美夏さんとは別の理由だろう」
「そうか」
達也はゆっくり立ち上がった。そろそろお暇するようだ。
「そうそう。お前、出歩くときは背中に気をつけとけよ。交通事故だけじゃなく、人間は人間に刺されて死ぬことだってあるんだからな」
「今更それ言う?」
一気に増えたガールフレンドのことを言ってるんだろう。
言われなくとも日頃から女性との付き合い方は十分気を付けている。
ドロドロした男女の情念渦巻く昼ドラみたいな展開にはならないはず。たぶん。
達也は美夏にも挨拶して、この日は帰っていった。
その日の夜、恵太は夢を見ていた。
亜麻色髪の小さな女の子……よく見ると美夏だった。
幼い頃はまるで西洋人形のような可愛さである。
夢には脈絡のない写真のような情景ばかり浮かんでくる。
家族三人の集合写真、どこかの公園で遊ぶ幼児姉弟、自宅のお風呂ではしゃぐ児童姉弟(一緒に入ってたの!)、小学校の運動会で笑顔の姉に抱きつかれている自分。
ああ、これは家族のフォトアルバムの夢なんだな。
あれから何度もアルバムを見返して、少しでもオルタネイトの情報を得ようとしていたので、きっと夢として見てしまっているのだ。
夢の中で夢だと認識できるのは明晰夢だっけ。
中々狙って見れないので少し得した気分だ。
場面が変わった。
今度は中学生の美夏だった。
ブレザーの制服が恵太の通った中学校のものと同じ。
この頃はセミロングの髪型をしていて、活発そうな現在よりもおしとやかに見える。
「姉さん、今度の誕生日、というかクリスマスになにか欲しいものある?」
「なによ、突然。まあ、あるにはあるけど、高いわよ。ウエストウッドのアクセとか……、うん、ホントに高いのよね」
恵太は、いつの間にか写真情景でなく動画情景になっていることに気づいた。
夢の美夏は、大喜びでスマホの画面を見せてきた。
ゼロがいくつもついた高級品が多い……。
美夏が満面の笑顔でゆっくり指さしたものは、金色の細い鎖のようなブレスレット。
値段は────税込み四九八〇〇円! 高い! 中学生が出すには厳しすぎる!
「買ってくれるの? ねえ、ねえ」
美夏は、家のソファに寝転んで、小躍りするように足をバタバタさせていた。
すでに買ってもらえる気満々で喜んでいる姉には申し訳ないと思う。でも、これは無理だ。
そうでなくとも、洋服や交際費にお金がかかっていて常に金欠気味なんだから。
「うそうそ。べつに見栄張らなくていいわよ。いつも通りお花とかで十分だから。わたしはそうするからね」
美夏はサバサバと笑った。
また場面が変わる。
今度は……恵太だ。
まだ幼さの残る少年の頃の自分。
彼が机の三段目の引き出しに何かをしまっていた。
夢だからどうでもいいのだが、こうして恵太を客観視している自分は誰なんだという疑問がわく。
夢はそこで終わった。
スズメの鳴き声が聞こえた。夢か現実かうまく区別できない。
開けてくれ──誰かがそういった気がした。
恵太はいつの間にかフォトアルバムを開いたまま机で寝てしまっていた。
長時間同じ姿勢でいたので首が痛む。
「机の、三段目の……、奥?」
まさかと思いながら、机の引き出しを開けて奥を探ってみた。
小さな箱がある。
結婚指輪を入れるケースを平べったくしたような箱だ。
中身は──
税込み四九八〇〇円!
金額を連想したとたん、箱の重みが増したように感じた。
十月十七日 土曜日
恵太は、ベッドに大の字になって考えていた。手には朝になって発見した例の金色の鎖が握られている。
これがなんなのか気になってしかたない。
ふつうに考えれば誰かへのプレゼント……でも、いったい誰に?
夢の通りに美夏に? 俺ってそんなに姉思いだったの?
税込み四九八〇〇円なんて乾坤一擲のプレゼントを実姉に?
たしかに女の子の喜ぶ顔を見るのはうれしいが、それでも釈然としない……。
給料三ヶ月分ならぬ小遣いプラスお年玉数年分を奮発ってどういうことだ。
一生添い遂げてくださいレベルに重い気がするぞ。
自分はお金には厳しいほうだ。母の性格もあり、お金がないからと親に無心したところで譲歩は引き出せないのだから。
もっとわからないのは、なんで机の奥にしまいっぱなしなんだ?
夢の通りならこれを購入したのは中学生の頃。つまり二~三年前のはず。
封印したみたいにしまっておいたのが意味不明だ。
仮に美夏に渡したかったなら、予定通りクリスマスに渡せばよかったじゃないか。
あの姉のことだからきっと大喜びだったろうに。
考えられる可能性は……やはり渡す相手が美夏ではなかったということか。
なんらかの理由で渡したい相手が不在だったのでは?
アルバムばかり見て寝入ったせいで、妙なストーリーの夢を見ただけ……そう思うことにする。
午後二時頃、水城舟穂高から電話がかかってきた。
彼女から連絡がくるときはすべて通話のほうだ。
いまどきLINEで済ませないところがなんとも珍しい。
「もしもし、穂高先輩ですか」
「こんにちは。恵太くん、もしご予定がなかったら、今日これから一緒に映画を見に行きませんか」
穂高とは軽い世間話程度しかしていない仲なので、直接的なアプローチはこれが初めてだった。
前世で接点のない穂高には警戒をしなれけばならないところ……しかし、達也にいわせればむしろ新しい人間関係こそが重要らしいので断れない。
「喜んでいきます。どこで待ち合わせましょうか」
「ありがとうございます。場所はそうですね……東宝シネマズはいかがですか?」
東宝シネマズは、このあたりだと巨大ショッピングモールに隣接した一店舗しかないので、迷うことはない。
ローカル電車で一駅分といったところだ。自転車で楽に行ける。
「わかりました。じゃあ、これから向かいますね」
「いえ、それには及びません。恵太くんは今、お家ですか?」
「ええ、そうですが」
「では、こちらからお迎えに参りますから、そのまま待っていてください。あと二十分ほどで着くと思いますので」
「……え?」
今日は3回目のコロナワクチン接種に行ってきます。
これまで2回とも発熱と頭痛、筋肉痛などばっちり副反応起きてましたので、また耐えてきます。