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うちの弟が病気すぎる

 十月十六日 金曜日


 心境の変化というのも気のせいだったかもしれない。


 美夏は、盗聴用スマホの画面を見て、頭を悩ませていた。


(なんであいつ、登録してる女の子の名前が増えてんのよ!)


 以前からフレンド登録された女子数が尋常ではなかったが、十月の半ばに入ってからはさらにひどい。

 すでに二クラス分に達する勢いだ。

 どうして……どうして……。


 ちゃんとお付き合いしてる彼女がいるのに物足りないとでもいうの?

 ガールフレンド増やさないと発狂しちゃう病気なの?

 あなたにとって女の子は増えるワカメと同じなの?

 なんかもう自分で言っててわけわかんなくなってきたわ……。


 八月の間もアシリアとお付き合いを続けつつ、ほかの女子の誘いに応じて会ってるのに気づいたときは、さすがに叱ってやろうかと真剣に考えた。

 それでも念のため尾行して確認はしてみたが。


 アシリアを除く女の子との密会は小一時間ほどお茶したり、買い物したりが多かった。

 友人と喧嘩してしまった、と恵太に相談を持ち掛けてきた女の子もいた(女友達に相談しなよと思わなくもない)。

 そんな相談にも慣れた様子で、恵太は親身になって話を聞いていた。

 この時ばかりは弟がスクールカウンセラーに見えた。


 偵察の結果、恵太が不埒なことをしているわけではないのはわかった。

 誘いを断れず応じてるだけともいえる。

 リア充にありがちな苦労の一端かもしれない。


 アシリアと図書館で会っているときは、だらしない顔で見惚れてることが多く、ほかの女の子たちに応対するときの爽やかな笑顔とは違う。

 他の女子と付き合ってるときは三週間もたずに別れてばかりだったし、そういう意味でもアシリアとはかなり長続きしているほうだ。

 アシリアという女の子が恵太にとって特別なのはまちがいないだろう!


 ……あ。


 フレンド登録画面をよく見てみると、水城舟穂高の名前もあった。

 これ、勝手に削除したらバレるかな……。




「お邪魔します」

「はいはい、どちらさまですか」


 美夏が返事をしながら玄関に向かうと、恵太と、そのお友達の遠山達也が来ていた。


「あら、遠山くん。いらっしゃい」


 美夏は、和らげた表情で出迎えた。

 このとても賢そうなお顔をした達也という少年は、恵太の数少ない男友達なのだ。

 ボーイフレンド……! ここ超重要。


 友人の男女比が非常に偏っている弟の、希望の光といっても過言ではなかった。

 どうかずっと恵太のお友達でいてね、という願いを込めて、自分にできる精一杯のもてなしをしてやりたい。


「今でもお友達なのよね?」


 にっこり微笑んで尋ねてみた。

 聞くまでもないけれど、どうしてもこれを聞かないと安心できず、会うたび同じ質問をしてしまう。


「え、ええ。もちろん」

「お飲み物でもお出しするわね」

「滝沢のお姉さん、どうかお構いなく」


 達也が遠慮がちにいうと、どこか浮かない顔をしている恵太を連れて、弟の部屋のある二階へ上がった。


 ……さーてと。


 美夏はそそくさと自室に戻って、盗聴用のスマホを手に取った。

 任務を開始しなくては。


 本来であれば、これを使うのは恵太の女性関係を把握するためと決めていた。

 だから、恵太の男友達との会話まで聞く必要はないだろうと思っていた。

 しかし、最近は事情が異なる。


 このところ恵太の様子が変だ。

 以前は姉である自分に対してすら、爽やかな笑顔を崩さないやつであったのに、最近は心ここにあらずといった感じで呆けていることが多い。

 なにか大きな悩みでも抱えてしまったんだろうか。


 アシリアのことで思い悩んでいるのか。

 それともほかの悩みか。


 一応それとなく聞いてみたことはあったものの、「なんでもないよ」とはぐらかされるだけであった。

 なかなか素直には教えてくれない。


 美夏は恵太の姉だ。

 小学校の教師という職につくママは、家庭の時間が取りづらい。

 必然的に、弟の面倒を見るのは美夏の役目であった。

 つまり保護者である。

 保護者であれば弟のメンタルケアは仕事の内。

 ケアのためには、恵太の悩みを正確に把握しなくてはならない。

 だから、秘密アプリを起動しなきゃいけないのは仕方ない本当に仕方ない。


 ワイヤレスイヤホンをつけ、秘密アプリを起動した。


『よし、では今月の作戦会議だ』


 達也の声だった。

 作戦? 作戦とはいったいなんのことだろ。


『ねえ、この会議ホントに必要? なんか楽しんでない?』

『バッカ、そんなわけあるか。お前の秘密を知ってるのは俺だけなんだぞ。問題解決のためには、事細かな情報交換は必須だぜ』

『……まあ、たしかに』


 なんと、恵太には秘密があるというのか。睨んだとおりだ。

 おまけに達也は、弟の秘密を知っているという。

 一気に確信に近づいた気がする。


『では今月の成果を……ってすげー増やしたな。ネズミ講かよ。なあ、いつも思うんだがお前これどうやってるんだ? 女にモテるコツでもあるんなら、ぜひ聞いてみたいんだが』

『どうやってるもなにも……普通にアカウント交換しようってお願いしてるだけだぞ』


 恵太のスマホのフレンド一覧を確認しているようだ。

 しかし、なぜだろう。弟の女好きが秘密とやらに関係してるのか?


『ンなわけねえだろ。ろくに面識ない男と、二つ返事で交換できるはずがない。やっぱツラがいいってのが重要なのか?』

『タツ……それはぜったいに違う。断言できる。顔さえ良ければ女子にモテるなんてのはただの幻想。マンガやドラマの中だけ』

『なんだと』

『たしかに俺は、外見だけは恵まれてる。だがしかし! それだけでぜんぶ楽に運ぶと思ったら大間違い!!』

『お、おう』

『今月は十九人のアカウントをゲットできたわけだけど、ここまで集めるのに何人に声をかけたと思う? 他校の女子含めて三十人以上に声をかけてこれだから、四割くらいは失敗してる』

『マジかよ! お前クラスでも失敗すんのか』

『そりゃそうだ。むしろ俺ほど失敗を重ねた人もいない気さえするよ。何度も何度も心をへし折られて、おかげでメンタルは鍛えられまくったなあ……。それはさておき、闇雲に当たっても増やせる気がしなかったんで、今回は知り合いの知り合いから当たっていった。ほとんどの子は地元の中学から上がってきてて女子同士はネットワークができてるし、俺だって元々ある程度知ってるし』

『な、なるほど。滝沢も苦労してんな。……そういやお前言ってたよな。俺は宝多仁美には告らないほうがいいって。俺が失敗する原因はなんだと思う?』

『ああ、それは本人から聞いてて。タツって、仁美さんが可愛いからって見た目ばっかり褒めてない?』

『それがいけないってのか! お前だってよく女を褒めてるだろ』

『褒めるポイントが違うんだ。本人がなにを褒めてほしいか、そこを見極めないと』

『褒めるポイント、だと?』

『考えてもみて。男子に人気のある可愛い子は、女子にはどう思われるか』

『どうって……可愛いなら人気出るんじゃないのか』

『明るい性格の子ならそうかもしれないけど、仁美さんって口下手なほうじゃん? やっぱり見た目だけって思われると嫉妬されることもあるんだ。本人もそれが分かってるから見た目を褒められても喜べないだろ。たとえば、部活がんばってるねとか、努力してることを褒めてれば違ったんじゃないか』

『なん……だと……。いや、しかし……。考えてみりゃ、今ならまだ間に合うんだよな……』


 なんだこれ?

 わたしいったい何を聞いてるんだろ。ナンパ講座?


『お前なんなの? いつもそんな細を穿つようなこと考えて女に接してんの?』

『いや、相手のことをよく知るのは当たり前だって』

『正論だが……、ちなみにうちのクラスの梶原悠紀の長所と短所、仲良くなる方法を答えてくれ』

『美術部所属で絵が上手い。隠れて漫画を描くのが趣味って聞いた。短所は絵に関して妥協できないから、納得いかないと苛立っちゃうところかな。仲良くなりたければ、少女漫画の《あなたに届け》を全巻読破して、名場面をソラで言えるようにしたらいい』

『…………東方不敗マスターラヴァーって呼んでいいですか』

『イヤに決まってるだろ!』


 なにやらもみ合い始めたようで、ドタバタとうるさい。

 しかし弟よ……お前……お前……。


『とにかく、首尾は順調だな。これならルートも爆発的に増えるのはまちがいない』

『恋愛ゲームじゃあるまいし、これが実を結ぶとはどうしても思えない』

『なにごとも過程の段階だとそう思える。全部無駄なんじゃないかってな。評価を下せるのは結果が出てからだ。できることはすべてやっておいて損はない』


 ルートという単語が出てきた。

 ルート……、√……。

 文脈から判断して経路のことだと思われるがなんだろう。

 なにかの比喩、もしくは暗号だろうか。

 聞いてる限りだと、なにか目的があって恵太はガールフレンドを増やしてるのか?


『しかしよぉ、今思えば女に限ることもなかったな。新しいルートを切り開くんなら、男にもいっとけばよかったか』


 え、なに。男にもイっとけとはいったい。


『正直言って俺、男と仲良くなるのはどうも苦手で』

『おお、そうか。お前にも苦手なことがあって安心したよ。なんならそこは俺が手取り足取りじっくり教えてやろうか』

『うーん、教えてくれるんなら頼もうかな』


 待て待て待て待て。

 いったいなにを教えようとしているの。

 ちょっと怪しい風にしか聞こえないぞ。

 最近、BLに目覚めた友人がしょっちゅうその手の話を振ってくるから、余計にそう聞こえるんだよ!


 滝沢家の大事な男手に手取り足取りじっくりくんずほぐれつだなんてそんなこと……!(意味不明)

 そんなん切り開かなくていいルートじゃん!


 遠山くん、わたしがあなたに求めてるのは、恵太をニュートラルな人にしてほしいということであって、そっち側に目覚めさせてほしいわけではないんだよ。あなたには希望の光を見出していたのに、急に絶望の闇に思えてきたよ!


 もしこれで恵太が現在の女好きから、正反対の人間になったりしたら……女好きの反対って男好き……もしかして弟の秘密というのは──


「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

『なにっ』

『お前の姉ちゃんか?』


 イヤホンから、困惑した声が聞こえた。

 バカ、わたしのバカ!

 これはまずい。なんとか、なんとかごまかさないと。


「姉さん、どうかした? だいじょうぶ?」


 恵太が大きな声を上げた。


「だ、だいじょうぶよ! おっきなクモが出て、驚いただけ」

「滝沢のお姉さん、手を貸しましょうか」

「だだ、だいじょうぶよ。もう逃げちゃったから。すぐに飲み物を出しますから、ゆっくりしててちょうだい」


 美夏はイヤホンを外した。

 ああ、しまった! イヤホンを落としてしまったわ。しかも拾いにくいベッド下に……でも回収してるヒマはない。


 慌てて台所に向かい、冷蔵庫からスポーツドリンクアクアのボトルを取り出した。

 不審がられないよう、発言と行動を一致させなくては!


「あのー……姉さん?」


 恵太が台所まで来て、おずおずと声をかけてきた。


「ななな、なにかしら。すぐに持っていくから、あなたは部屋で待ってていいのよ」


 平静を装い笑顔で言ったが、動揺したせいで盆を持つ手が震えてしまう。


「ほら、手が震えてるじゃん。俺が持ってくから」


 恵太が寄ってきて、美夏の手から盆を受け取ろうと手を伸ばした。

 他意はないのだろうが、美夏の手を包むような形になった。


 当たり前のように女性の手に触れる恵太に、美夏は安心したような、呆れたような、なんともいえない気持ちであった。


 最近は姉へのボディタッチも落ち着いてきたと思ったのに、まただ。

 自分たちは家族だから構わないが、日頃からこの調子では思わず意識させられる女子もいるだろう。


 穂高みたいな下心満載の女が寄ってきたらどうすんだ。

 ただでさえ多忙なのにこれ以上わたしの仕事を増やさないでちょうだい。

 なので……注意だけはしておかねば。


 美夏は盆を引いて、そっと恵太の手から逃れた。


「恵太、軽々しく女性の手に触れるのはやめなさい。もう少し遠慮して」

「あ、ああ、うん。ごめん」


 美夏は、飲み物を持って恵太の部屋へ行った。

 どうもと一礼して、あぐらをかいた達也がグラスを受け取る。


「そういえば、滝沢のお姉さん。ひとつ聞きたいんですが」


 達也があらたまって尋ねた。


「ええ、なにかしら」

「ここの家は国際結婚ですよね。お姉さん自身は日本で生まれたんですか? それとも向こう?」

「ちょっと、タツ?」


 恵太が困惑した顔をみせた。


「わたしは日本の生まれよ。生まれも育ちもこの町。恵太もいっしょね」


 こういった質問はよくされる。ハーフで生まれた以上、人生でかならずされる質問というやつだ。

 人に興味を持ってもらいやすい、会話の糸口にしやすいという点で言うと、個人的には良いことだと思う。


「そうなんですね。滝沢はたしか十二月生まれだったか。お姉さんの誕生日もそのくらいですか」

「いえ、わたしは八月生まれよ。八月一日」

「えっ」


 恵太が驚いたように声を上げた。

 知ってるくせになによ。


「夏生まれだから、美夏って名前なの。単純よね」

「いやいや、いい名前だと思いますよ。すみません、お姉さんって呼ぶの言いにくいから、これからは美夏さんって呼んでいいですか」

「ええ、もちろん。好きに呼んで」


 美夏は、上機嫌に答えた。

 今までは恵太のお友達だからと、達也とは一定の距離をおいていたけれど、これからはもっと仲良くできそうな気がした。

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