もう一度フレンズ②
達也が恵太の肩をぽんぽんと叩いた。
「いや~、今回は俺の負けだぜ。完全敗北。女だけじゃなく素晴らしい趣味があるとわかって俺は嬉しいぞ。質問があるんだが、滝沢は宇宙に満ちてる実態の無いダークエネルギーや異次元空間・時間跳躍・平行世界、またはサイコキネシス・テレパシー・UMAやUFOに代表される未確認生物や飛行物体を信じてたか? それとも夢見がちなガキの自慰的な発想だと笑うか?」
「ちょっとよくわかんないかな……」
うん、本当に何言ってるのかわからん。
結局信じたのか?
「生きてる間にまさか当事者になれるとは思わなかった。今ほどお前とダチで良かったと思ったことはない。お前、マジで最高だな!」
なぜか達也は爛々と目を輝かせていた。
「まさか、本気で信じたの? 自分で言ってて頭おかしいって思ってるくらいなのに」
「安心しろ。お前はまともだ。ちゃんと話の辻褄もあってるしな」
達也の目には自信が満ちていた。
「それでだ。先に俺の見解を言っておこう。可能性は三つ考えられる。まず一つに、全てお前の言う通り。死んで時間が巻き戻った可能性。二つ目に、全てお前の勘違い。お前が妙成寺と姉貴のことだけを忘れちまって妄想に憑りつかれた可能性。……ま、もっとも現実味があってつまんねえ可能性だがな」
「そこまでは自分でも考えていたけど……。それで三つ目は?」
「三つ目はどちらでもない。まったく未知の可能性だ」
「ようするにわからないってことか」
「無限の可能性といえ。考えられることは色々あるぞ。例えば、今現実だと思ってるこの世は、実は滝沢が死ぬ寸前に見てる走馬灯なのかもしれない」
「俺の感覚だともう二ヶ月くらい経つからなぁ。ずいぶん長い走馬灯だ」
「大昔からその手の説は多いんだよ。この世は誰かが見ている夢みたいなもんだと。俺としてもこういう曖昧な説は好きじゃないが。できるなら一つ目のファンタスティックな可能性を支持したいところなんだ。そこで滝沢に確認したいことがある」
「確認って?」
「お前にしたらここは過去なんだろ。先のことがある程度わかる。それを確認したい」
「わかった。だけどさ……、覚えてる限り特別なことなんてなかったんだよ。もちろん、細かいことなんて全然覚えてないし。だから、今から一時間後になにが起こるかって質問には答えられないぞ」
「なら俺のことはどうだ? 一年も俺と一緒にいたならなにかあるだろ。例えば、俺には今誰にも言ってない趣味があるんだが、それがなにか知ってるか?」
達也の趣味については聞いたことがある。
進級前の春休みに駄弁っていたのを覚えていた。
「たしか、競馬だっけ」
「おお、その通りだ。ついでに来月の優馬記念レースの結果も知りたいんだが」
「し、知るわけない……。というか、俺たちの歳で馬券なんか買えないだろ」
答えていると当時の記憶が蘇ってきた。たしかこう返すと達也は──
「「細かいことは気にするな」」
見事に発言がかぶった。前世と同じだった。
達也がヒューと口笛を吹く。
「けっこう面白いな。前の遠山達也もそう言ってたか。似たような状況だと同じセリフを吐くってことか」
「予言ついでに、タツはうちのクラスの宝多仁美さんには告らないほうがいいとだけ言っとく」
胸の内を読まれたのか、達也の肩がびくっと震えた。
「おいやめろ。親切心で言ってるのかもしれないが、まだなにもしてねえ!」
「わかった。もうこれ以上言わないよ」
「……真偽の材料としてはまだまだ不十分だが、お前の言うことは九割方信じることにするよ」
「残りの一割は?」
「妙成寺とお前の姉貴が残りの分だ。滝沢が二人を知らないってのが筋が通らないからな。単純に過去ってわけじゃないようだ」
「やっぱりそうか~。なあ、知ってるなら教えてほしいんだけど、タツから見て俺とアシリアってどんな関係なんだ。もともと今日呼び出した理由もあの子のことだったろ?」
「なるほど。そこも言っておく必要があるか。理由は簡単、お前らが付き合ってるからだ。だが、滝沢が回りの女どもとの付き合いを清算してなかったから、忠告しときたかったんだよ」
「えっ」
それはおかしい。付き合ってるにしては、自分の対応がちぐはぐ過ぎる。
デートに誘ったことすらないようだったのに。
「親同士が知り合いで、俺と妙成寺は昔から顔なじみでな。で、お前が俺に妙成寺のこと教えろって言ってきたんだが。それも知らないか?」
「ああ、完全に初耳」
「そうか。とにかく、お前たちの関係で俺が知ってるのはこれだけだ。実際にどれだけ仲が進展してるかは聞いてないからな。まあ、読み違えないようにうまくやってくれ」
簡単に言うなよ。
また一つ問題が増えた。
「しっかし、こうなると滝沢を責められなくなったなぁ。お前は自分の記憶に従って行動してる。その『運命の日』だったか。滝沢とガンマが生き残るために」
「苦肉の策だよ。他に手が思いつかなくて」
「情報ほぼゼロじゃしかたない。運命論の観点でいえば、まちがいとも言い切れねえよ。人の生死に関わるような事故を丸々回避してしまうと、また別の危機が訪れるってのはホラーサスペンス映画じゃ定番だ。事故は起こるが命は助かるように、そうした方が死神の追撃は弱まりそうだもんな」
「……なんてこった。言われてみれば、子供の頃そういう映画見た覚えあるぞ。たしかファイナルデス……なんとかだっけ。最悪だ。どうやってもまた死ぬじゃないか」
「そのストーリーだと救いがねえな。天からの命題をクリアできなければ即死亡! こう思えばいくらか気が休まらないか」
「また古いドラマを……しかも全然変わんないだろ!」
「ま、どっちにしたってただの仮説だ。悲観するのは早い。ここは滝沢の知る過去と違うとこもあるから、まったく同じになるとは限らない。お前のいうそのガンマさんだって、ここには存在しないって可能性もあんだぞ」
「存在しない子か……。それは考えてなかった」
「あえていうなら、お前の姉貴と妙成寺……滝沢がいうところのアルファとベータって呼んでみるが、この二人が怪しいな。滝沢から見て世界観の違いを象徴してる。お前は二人に会ってなにかピンと来なかったか」
「ガンマさんかといわれると、正直言ってわからない。頭には死ぬ直前のあいまいな映像しか残ってなくて」
「二ヶ月前、それも夢同然の記憶じゃ無理ねぇか」
「一応聞いておきたいんだけど、タツは俺の姉さんのことは知ってる?」
「お前の姉貴か? 滝沢ん家には何度か行ってるから面識はある。美人だとは思うんだが……ちょい変わってるよな。なぜか俺に会うたび、仏に拝むみたいにありがたがられるんだ。『恵太のお友達よね?』ってしきりに聞いてくるぞ」
「ええー……」
普段の美夏には謎が多い。
弟の交友関係が気になるだけか?
達也も思うところがあったのか、含み笑いをもらした。
「俺からも聞いとくが、アルファとベータ以外で初めて関わった人間はいるのか」
「ああ、姉さんの友達で穂高さんって人がいる。フルネームは水城舟穂高さん」
「ミキフネ? 水城舟って、大手キャンプ用品ブランドの水城舟か。そういやうちの学校にでかいとこの社長の娘がいるって聞いたことあったな。噂のリアルご令嬢か」
「え! あの人そんなにすごい人だったのか。どうりで所作がきれいだと思った」
「年商ン百億の雲の上の人だ。水城舟グループの出資で市庁舎の改築とかインフラの援助までしてるらしいし、街に対する発言力は絶大だ。現代の公爵令嬢ってとこか。またえらいのと関わったな。その水城舟穂高ってのは、お前の記憶にはいたのか」
「それもよくわからない。一つ年上だったし……。でも、言われてみれば水城舟って名前は聞いたことあった気がする。たぶん、前世にもいたんだと思う」
「ならあくまでもキーパーソンはアルファとベータ、それとガンマに絞られるとみていいか」
恵太はうなずいた。
座して待つしかない状態で、美夏とアシリアが結末を変える鍵を握っている可能性はある。
達也はしばらく黙り込んだ後、おもむろに黒板に向かい、単語を書き出していった。
《滝沢恵太》《滝沢美夏》《妙成寺アシリア(ベータ)》《正体不明》《過去》《未来》《死神》《異世界》そして《alternate》という聞きなれない単語に大きくマルをつけた。
「いいか滝沢。色々反論はあるだろうが、これはおそらく三つ目。まったく未知の可能性だ」
達也は《過去》の文字を消すように、チョークの腹で横線を引いた。
「過去というのは正確じゃない。たとえある程度合致するといってもな。お前にとって二人の人間が増えたって時点で、すでに別物なんだ。いうなればオルタネイト(互い違い)の異世界……、だから、お前の命を脅かすような危機が起こるのかもしれないし、起こらないかもしれない。コトが起こるのは一年後かもしれないし、明日かもしれない。すべてが未知数だ。あらゆる可能性を想定しておくべきだ」
「あらゆる可能性……、具体的にどうすればいいと思う? 過去じゃないなら、俺が前世の行動をなぞって未来を変えないようにって前提がそもそもムダになってくる」
「考え続けるしかないな。もちろん俺も手伝うが、最終的には当事者の滝沢が決めないといけない。思考停止が一番の敵だぞ。……俺の好きな言葉に、最悪を知る者こそ最善を目指せるってのがあるんだが、お前はすでに死という最悪を経験してるんだろ。だったらきっと最善になるさ」
恵太は笑ってしまった。
小難しく言っているが、自分の話を信じてくれて、応援してくれる頼もしい友達がいたことが嬉しい。
「とにかくお前は、危ないと思ったことに首を突っ込むな。いるかどうかもわからんガンマのことより、まずは自分の命を優先しろ。間違っても、死んだらまた別の世界に行くなんて都合のいいことは考えるなよ。奇跡はこれっきりだと思え」
「わかった。肝に銘じとく」
「もうひとつ、俺の好きな言葉がある。行動するものにこそ無限の可能性が開ける。危ないのはご法度だが、それ以外は遠慮するな。ガンガン動いていけ」
「つまり今まで通り、俺の記憶にある通りの行動を続けろってこと?」
「それだけでは足りない。重要なのは最悪の可能性を想定して備えておくことだ」
達也は、黒板の端から端まで長い横線を二本引いた。
上には《生存》、下には《死神》と付け加える。
「この下の線を、滝沢が前回たどったルートだと思ってくれ。仮にお前が同じ運命にしたがって死ぬとすれば、かなり限定的なルートを通らないといけない。だってそうだろ。来年二〇二一年の八月一日の朝、通学路の交差点で、お前とガンマの二人がドンピシャのタイミングにいる。これが死神に追いつかれる唯一のルートだ。ひとつでも外せば《生存》なんだよ」
「だけど、そこで《生存》のルートを通ったとしても、また次の危機が起きそうだって話じゃない?」
「そこでこうしたらどうだ?」
達也は、《生存》の線に、枝分かれするようにいくつかの線を引いた。
「《生存》ルートが一本しかなくて死神から逃げきれないのなら、もっと《生存》ルートを増やしてしまえ。滝沢にとって未知の人間であるアルファとベータ、なんなら水城舟令嬢やほかの人間とも関わっていくんだ。前回になかった新しい人間関係、それが新たなルートを指数関数的に増やす。増えすぎたルートに、死神が対応しきれなくなるかもしれない」
「ううん……」
恵太は首を傾げた。
達也の発想が柔らかすぎて話が理解できない。
「難しく考えなくていい。とにかく死神から逃げ切れればいいんだよ。《生存》分岐の全てがバッドエンド直行ってこともないだろ」
「新しい人間関係で《生存》ルートを増やす、か。なんとなくわかった……いや、本当はぜんぜんわかってないかも……。たださ、今の俺はアシリアと付き合ってるんだろ? それでほかの子とも関われというのは最低じゃない?」
「バレないようにしろ。緊急事態だから構うことない」
一度確信めいた結論に達した達也に、常識を説いても無駄だった。
「はあ。タツはぜんぜん変わんないね。俺の知ってる人そのまんまだ」
「そりゃあな。オルタネイトっつっても周囲を取り巻く環境が変わらないなら俺も変わるわけねえや」
「そっか。じゃあタツから見て今の俺はどう思う? アナザー恵太と比べてなにか違うところはある?」
「妙成寺と話してるとき以外だと特には。相変わらずの色男で俺の知る滝沢のまま。だが、それも重要か」
達也はそういうと、黒板の《滝沢恵太》にマルをつけた。
「俺からみれば、今のお前はオルタネイトの《滝沢恵太》だ。俺とお前は厳密には初対面、ようこそ異世界へってことになるよな?」
「あ、ああ、そうかも」
「では、俺の知ってる滝沢はどこいったんだろうな。今もお前の頭の中で眠ってるのか? それともお前と同じようにオルタネイトの異世界に飛ばされちまったのか?」
「ううん、それは……」
恵太は返事に窮した。
あえて考えないようにしていた。
アナザー恵太がどうなったのか、その答えは自分にもわからない。
「そこもかなり引っかかるんだ」
達也の目が鋭く宙を見つめていた。