もう一度アウェイク①
うかつなことをしちゃったと反省している。
十六年間生きてきて無我夢中という言葉の意味を理解できた。
登校中、横断歩道で前を歩いていた同じ学校の少女が、直進してきた青い車に轢かれかけた。
考えるより先に自分の体が動いていた。
少女の背中を思い切り押し出して、身代わりに轢かれた。
車は急ブレーキを踏んだようだったが、勢いは止まらなかった。
腰から下に圧力が加わり地面に押し倒された。
体中が……痛いぃ……。
ゴッと頭の中に鈍い音が鳴った。
霞んでいく視界の中では、茫然とした様子で助けた少女が座り込んでいた。
これはもうだめかなぁ……。
通りゆく人々は足を止め、口々に何かを言っている。
救急車と叫んでいるのだけわかった。
どこか遠くのほうから刃と刃を擦り合わせるような金属音が聞こえてくる。
まるでハサミみたいだ。
人生の幕切れに聞くには、場違いな音だった。
◇ ◇ ◇ もう一度アウェイク
八月一日 土曜日
十年ぶりの空気かのように、大きく息を吸いこんだ。
蒸し暑く、体中にいやな汗がびっしりだ。
滝沢恵太、十六歳、高校二年。
頭を打ってなければ、個人情報は正しいはず。
自室のベッドから起き上がって真っ先にシャツをめくり身体を確認したがケガはない。
頭にも触ってみたがコブはないようだ。
夢だった……んだよね?
リアリティが真に迫ってた。
頭が冴えてくるにつれそうじゃなくなるかもしれないけど。
腕を広げて大きく伸びをしながら日付を見た。今日は登校日だ。
顔を洗おうとドアを開けたところ、目の前にはきょとんとした表情の少女がいた。
年齢は同じくらいだろうか。Tシャツにショートパンツというラフな格好。亜麻色のショートヘア、目鼻立ちの整った顔立ちに抜けるような白い肌。見た目は西欧風のきれいな少女だった。
「なぁんだ、もう起きてるじゃない。早くしないと遅れるわよ」
そう言って、パタパタとスリッパの音を鳴らしながら、少女は階段を下りていった。
その様子を見ながら強く思う。
誰!?
まさか羽目を外して家に連れ込んでしまったか?
まったく記憶はないが、そうとしか考えられない。
いやでもしかし……女子を連れ込んだにしても、自宅は絶対に避けるはずなんだ。
母がいるのに、見つかったら何を言われるかわかったもんじゃない。
というかそもそも、そこまでふしだらになった覚えもない!
確かに女の子は好きだし、同学年の子たちにはマメに声をかけているが、それだって節度は守ってる。
自分は、みじめでぶざまで見苦しい真似はしないと、母に固く誓っているのだから。
というより、小学生の時、声をかけていた女子数人が家に押しかけて「恵太くんは誰が好きなの!」的な修羅場になりかけて以来、母が鬼のように怖くて誓わされたのだから!
「失敗した……女性にだらしない息子にだけはしたくないわ……」
母にそういわれ冷ややかな眼で見られて、背筋の凍るような思いをしたのが忘れられない。
母は本当に厳格な人物で、女性問題なんか起こそうものなら、家から追い出すほどの剣幕で激怒するような性格だ。
たとえ正気を失ってイケナイことを致すにしても、残った理性で自宅だけは確実に避けるはずなんだ。
おそるおそるドアから頭を出して確認。
母親の姿はないのでいったん部屋に退避。
あの子が誰か分からないけど、いらぬ誤解を招かないよう誠実な対応を……。
「ねえ、ちょっと、母さん!」
もう一度ドアから頭を出して声を上げた。
「ママは仕事に出かけたわよー」
返ってきたのは謎の少女のあきれたような声だけだった。
いないのか、良かったーとりあえずしばかれずにすむ……いや、ぜんぜん良くないな!
ああもう朝っぱらからすごく心臓に悪い。
すごく呑気な返事でしたが、こっちは裁きの雷が落とされるかどうかの瀬戸際なんだ!
とにかく! とにかくまずは何者か聞かなきゃ。
一階の台所では、いつの間にか学校の夏服姿で、少女が焼きあがったトーストパンを食べていた。
「あのー」
「時間ないんだからはやく食べなさい」
「……あなたはだれなんですか? なんで家にいるんですか?」
「……ああん?」
サクっとパンを一齧り。
ヤンキーみたいにあごをしゃくってアホを見るような目だった。
「なにそれ。バカのマネ? それ以上バカになったら人間やめてゾンビになっちゃうわよ」
少女はリビング隅に置かれたスタンドミラーに目をやった。
「はやく人間に戻りなさい。わたしたちの顔見比べたらアホでもわかるでしょ」
バカだのアホだのゾンビだの辛らつな。
初対面の人には控えたほうがいいと思うのに。
言われるまま鏡を覗き込んでみた。きらりと差す光とともに映った自分の顔。控え目にいってもイケメンだろう。
生まれつき亜麻色のサラサラ髪、目鼻立ちも整っており、ルックスについてはまったく不満がない。
少し日本人離れしているのは、今は亡きドイツ人の父親の血が流れてるせいだ。
……って、よく見てみると目の前の少女に顔系統が似ているような。
「なにバカやってんの。みっともないからやめなさい!」
なんとなく顎に指をあててポーズを取っていたら、棘のある注意が飛んできた。
初めに読んでいただきありがとうございます。
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