2、お嬢様は料理に執着を見せる
もともとパーティーでは、位の高い人ほど遅く会場に入るという暗黙のルールがありました。お嬢様は今日の参加者の中でもかなり上の方ですから、遅くなるのは当然であるという見方が強いでしょう。
しかし、遅くなった理由がまさかお嬢様が私の撮影に時間を割きすぎたからだとは誰も思わないでしょうね。ドレスで急ぐの、結構大変でした。
「間に合ったんだから良いじゃない」
「あと一歩遅れてたら王族の方が来ちゃってましたけどね」
会場に入った瞬間、どよめきが広がりました。聞き耳を立ててみると、誰だあの子……とか可愛い……とか、お嬢様を賞賛する声が聞こえてきます。
これならお嬢様の相手探しも問題なさそうですね。一目見た感じでは、良さげなのは五、六人ぐらいでしょうか。そんなことを考えながらお嬢様と手を繋いで席へ向かいます。
「…………むう」
「どうしましたか、お嬢様? まるで私のドレス姿が見たかったから着せたけど思った以上に周囲に注目されてしまって失敗したみたいな顔をして」
「よく分かってるじゃない」
お嬢様の頭を撫でていると、入口の方で今度は歓声が上がりました。王族の方が来たようです。
王族の方……王子様は愛想のいい人で、歓声を上げている女子学生の皆さんに笑いかけています。それでまた歓声が上がり、王子様が席につくまで止まりませんでした。
彼は容姿も及第点で、成績が良いと聞きます。臣下の人々からも慕われているご様子ですし、性格も良いのでしょう。
噂ではこの学園で伴侶を探すということなので、お嬢様を推薦してみるのも良いかもしれませんね。
「……エマは、私より王子様の方がいいわけ?」
「いえ、全然」
「そ、そう? ならいいわ」
私は別に王子様はどうでもいいです。お嬢様にお似合いだとは思いましたが。
そんなことを話している間にパーティーは始まりました。落ち着いた音楽が流れ、一人ひとりが立ち上がって、思い思いの相手とダンスを踊り始めます。
パートナーの決まっている人はパートナーと最初に踊るのが普通なので、お嬢様も私と踊りの輪に参加しました。
私には社交ダンスの心得があります。それも男性側の、です。幼い頃のお嬢様のわがままで、一緒に踊りたいと言うお嬢様に押されて二人で授業を受けました。
結局、その時の経験は今日も含めて何度も生かされることになるとは私にも予想外でした。お嬢様は、パートナー選びの度に『エマと踊るのが一番慣れているからエマとがいい』って駄々をこね……もとい、ご意見なさられて、ずっと私がお嬢様の男役を務めているのです。
「ねえ、エマ。あなたは私のものよ」
「なんですか、いきなり。確認しなくても私はずっとお嬢様のものですよ」
「ええ、それでいいわ」
お嬢様は周囲の視線を気にしている様子です。周りの皆さんの視線は主に女性の方は王子様に、男性の方はお嬢様に向いていました。
なるほど、これはお嬢様が嫁ぐことになっても着いてきて欲しいという意思表示ですね。お嬢様も少し子供らしい所があります。
ダンスを終えると、パートナーを変えてまた再開したり、用意された食事を食べたりと様々な過ごし方が考えられます。
お嬢様のお好みは後者のようで、私の手を取ったまますたすたと食事の席に戻ってきました。ですがお嬢様、掴む手の力が強くて若干痛いです。
「お嬢様、そんなに急がなくてもお料理は逃げませんって」
「誰にも渡したくないの」
「お嬢様ってそんなに食い意地張ってましたっけ……」
私達は隣に座って、食事に手を付けます。うん、おいしいですね。ドレスでなければ食べすぎてしまっていたかもしれません。
二割ほど食べた頃、遠巻きにこちらを窺っていた男子学生の方がやってきました。私は立ち上がろうとしたのですが、お嬢様に止められてしまいます。
相手の方は気にしていないようで、緊張した面持ちで手を差し出しました。
「そこの可愛いお嬢様、お、俺と踊ってくれませんか?」
……私の方に。
助けを求めてお嬢様に視線を向けると、ものすごい敵意の篭もった視線で相手の方を見つめています。お嬢様の助けは望めませんね。
「……失礼ですが、お相手を間違えていませんか?」
「いいえ、桃色のドレスを着たあなたで間違いありません」
さて、どうしましょうか。お嬢様を差し置いて私に声をかけてきたのは不可解ですが、お嬢様付きとはいえメイドの私から見ればこの学園の方々は目上の人です。
断り文句を考えていると、さらに相手は続けます。
「従者と共に踊っていたということは、相手がいないんでしょう。今からは俺が相手になりますよ」
「……従者? どなたのことですか?」
「おや、隣に座っているじゃありませんか。さっきから視線が怖いんですが、あまり教育がなっていないのではありませんか?」
……お嬢様の顔を知らなかったのは相手の責任です。私は頭の中で考えていた断り文句を投げ捨てました。
「お断りします」
「は?」
「お断りしますと言いました。私はいくら罵倒して頂いても構いませんが、お嬢様を従者などと呼び愚弄するような人の顔は見たくもありません」
「は、え? お嬢様?」
相手は面食らった顔でお嬢様の方を改めて見ると、みるみる顔を青ざめさせていきます。今頃気付いたようですが遅かったですね。
「……貴方の顔、覚えておきますわ」
「も、申し訳ございませんでしたああああ!」
男子学生が尻尾を巻いて逃げていった後、お嬢様は打って変わって上機嫌でした。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「さっき、私のために怒ってくれたのよね」
「ええ、まあ。メイドですから」
「ふふ、ありがとう」
頬を染めて微笑むお嬢様は、世界で一番可愛らしく見えました。