第二節
目指していた街『スロー』の門前に馬車で揺られながら着いた彼女とトウカは馬車から降り、警備兵と話すロウの元へと歩み寄る。
「――えぇ、この方たちのおかげで無事にここまで来れたのです」
「ふむ・・・?見ない服装だな、しかも冒険者でもないようだが・・・」
「田舎の方から冒険者になりに来たそうです、実力は申し分ないですよ」
「貴方が言うならまぁ、信じよう。通ってよし!」
会話を眺めることしかできなかった彼女だが、許しが出たことに会釈をしてから歩き出したロウに続いて街の中へと足を踏み入れた。
門を抜けた先には大通りが広がっており、その通りの奥には一際大きな建物がそびえ立っている。
「あれがギルドです、その周りには武器や防具などのお店が隣接していて・・・っとその前にギルドに冒険者登録をすることをお勧めします。今の貴女方は身分証明などができない状況ですから、最悪の場合には難癖をつけられてそのまま・・・ということになりかねませんからね」
言葉を濁したロウだが・・・彼から見た寧々の容姿は優れており、さらにはこの世界でも珍しい黒髪黒目であるためにそういう層には狙われやすい。
トウカに至っては竜族であるので優れた容姿を有しているため目を惹きやすい、最も手を出そうものならただでは済まないだろうが。
「――と、いうわけでこれが報酬です」
「・・・っ?何の報酬ですか?」
不思議そうに言葉を返す彼女に、ロウは笑みを崩さず返事をする。
「それはもちろん護衛をしていただいたものですよ・・・竜族である彼女がいてくれたおかげで周りの獣は怯えて近づいて来ず、盗賊はそんな獣に襲われてそれどころではなかったので僕たちは無事にここに辿り着いた・・・それに冒険者登録にはお金が要りますからね、あと今後もご贔屓にしていただければという下心も込みですのでお受け取りください」
そう口にしてお金の入った革袋を押し付けるように彼女に持たせるロウ、彼女は困惑した様子で革袋を持っていたが根負けしたように苦笑を浮かべて口を開く。
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・今後必要な物があればロウさんに声をかけることにしますね」
「それはなによりです。あの通りに『ロウ・ソク』という商店があって、そこが僕のお店なので用事があればお尋ねください・・・それでは」
会釈をしたロウは馬車を動かして大通りから枝分かれする通りの一つに入っていく、その様子を見送った彼女は大通りの奥へと視線を向けてからギルドを目指して歩き出した。
大通りを歩く人々は珍しい服装とこちらも珍しい黒髪黒目の少女と、幼いながらも整った顔立ちの少女の二人組に視線を向けていた。
「(何だろう、すごく注目されている気がする・・・警備兵さんが言っていたように服が珍しいから?)」
彼女は内心で緊張に晒されて困惑の極みだったが、トウカは周りの視線など気にした様子もなく彼女の手の感触を味わうように力を込めたり抜いたりしてにぎにぎしている。
そんなトウカの姿を羨ましそうに一瞥した彼女は、ようやく辿り着いたギルドに逃げ込むようにして中に入った。
ギルド内は外に負けない熱気と騒ぎに包まれており、一瞬教室にいた頃を思い出して一歩後退る。
「・・・んっ」
そんな彼女の内心に気付いてかは分からないが強く手を握り締めるトウカに、彼女はハッとしたようにトウカへと視線を向けて大きく息を吸いこんだ。
「すぅーーっ・・・はぁっ、うん。もう、大丈夫」
強く手を握り返した彼女は意を決したように一歩を踏み出して歩き出す、受付まであと半分という所で周りからの視線が増えたことに気付く。
「(大丈夫、大丈夫・・・いつもは瑠子がいたけど、今はトウカがいるから大丈夫)・・・ふぅ」
短く息を吐いた彼女がさらに歩を進めるとギルドの受付は三か所あり、内二カ所には人が集まっているが一か所だけ閑古鳥が鳴いている。
「(人が少ないなら好都合、ささっと登録を終わらせよう)あの、冒険者登録を・・・?」
受付に座っている女性に声をかけてすぐにある変化に気付く、まずは受付の女性が普通の人間種ではなく亜人種の獣人であること。
自身の元に来ると思っていなかったのか、驚いたように目を見開いて彼女とトウカを交互に見つめている。
そしてギルド内の空気が少し、張り詰めたような感じがして彼女は内心で頭を抱える。
「・・・登録お願いします(そういえば亜人種は酷い扱いを受けているんだっけ?ともかく一刻も早く目的を果たしてここを出よう、簡単な依頼を受けてすぐに)」
「へっ、あぁ・・・!はは、はい!こちらの紙に名前などを書いて、その後にこの水晶に触れてください・・・!」
強張った笑顔を浮かべる女性に申し訳なさを感じながらも紙に必要事項を書いていく、トウカにも同じ紙を渡した方がいいのかと考えた彼女が顔を上げると・・・トウカを視界に入れないように必死に視線を逸らす女性の姿を目にして、そっと紙に視線を戻した。
書き終えた紙を女性に手渡してから置かれた水晶へと手を添える、すると淡い光を放ったかと思うと水晶の台座から紙が出てくる。
「(FAXみたいだ)」
などと考えながら出てきた紙を見た女性が浮かべた表情に、彼女は疑問符を浮かべながら成り行きを見守る。
女性は慣れない手付きで引き出しからカードを取り出すと水晶から出てきた紙に翳す、そうすることで紙に書かれた文字がカードへと流れ込んで表示される。
彼女が書いた紙の文字も同じ方法でカードへと移し、出来上がったカードを彼女へと手渡した。
「ど、どうじょ・・・!」
「(噛んだ・・・)ありがとうございます、これで依頼を受けられますか?」
女性の醜態を口にすることなく他のことを尋ねる彼女に、女性は戸惑いながらもしっかりと質問に答える。
「は、いぃ・・・駆け出しなのでEランクの依頼しかありませんが、その分危険も少ないので大丈夫だと思いますっ!」
女性の返事になるほどと頷きながら何ともなしにカードへと視線を落とす、そこには名前やステータスなどが記載されている。
ステータスは高い順からA〜Eで表記されており、稀にAよりも上のSが出ることもある。
「(名前はしっかり日本語なんだ、違和感も持たれてないから問題無さそう)・・・ぅん?」
彼女のステータスは運以外ほぼEが記されており職業はテイマーになっており、従えた生き物の欄にはトウカの名と種族が記載されていた。
「(俊敏がDで、それ以外E・・・運がAあるだけマシ、かな?)って、テイマー・・・?」
「て、テイマーというのは獣や魔物を従属・・・つまり従えることができる人のことを指します、たまに人間種や亜人種を従える人もいますけど。従えた生物には独特な紋章が刻まれるそうです、好感度によって刻まれる紋章の形は変わるそうですよ」
女性が彼女にチラッと視線を向けてからサッと顔を逸らす、説明を受けた彼女は馬車で見たトウカの首筋の紋章を思い出してあれはそういうことかと一人納得する。
「ちなみにどんな紋章が刻まれるとか、わかりますか?」
「えっと・・・一番低い、この場合だと奴隷ですね。は骸骨で、一番高いと心臓になるそうです・・・よ?」
女性の説明を受けた彼女は視線をトウカへと向ける、しかし珍しくトウカは彼女ではなく女性に視線を向けている。
「とりあえず、どんな依頼がありますか?」
「――あひゅっ、ぁっ・・・は、はいっ!ここ、こちらです!」
突然怯えた表情を浮かべて頭に生えた獣耳が垂れ気味になっていたが、彼女の言葉で我に返ったようにテキパキと動いて依頼書を並べ置く。
そのほとんどは採取クエストというもので、最近増え始めた魔物討伐クエストよりも危険の少ない依頼である。
「じゃあコレ、とコレ・・・って依頼は複数受けられるんですか?」
「へぇ・・・?あっ、はい!それは大丈夫ですけど、今日はもう遅いので一つにした方が――ほふぃっ!?」
言葉を言い終える前に変な声をあげて顔を青褪める女性に疑問符を浮かべながら女性の視線の先を確認すると、トウカが変わらずずっと女性に視線を向けている姿があった。
「(そういえば、トウカはこの世界だと最強の種族だっけ?獣人だから本能的に怖いのかも・・・)やっぱりコレだけにしておきますね」
「ひゃ、ひゃいっ!わかりまひたっ・・・!」
怯えながらもしっかりと仕事をこなしてくれた女性によって依頼は受注され、依頼内容が書かれた紙が渡されるまでの間彼女はトウカを宥めるように頭を優しく撫でる。
「ん、っ・・・」
くすぐったそうな声を漏らすトウカに微笑みを浮かべる彼女、そして感じていた圧が消えたことを不思議に思った女性がその光景を見て口を開けてポカンとする。
「―――はっ!?こちらが依頼書の複製です、どうぞっ!」
「あ、ありがとうございます・・・えっと、『ルースナ』さん」
彼女が受付の女性の胸元についている名札を見てそう口にすると、女性ことルースナは驚きと信じられないものを見るような表情を浮かべて彼女へと視線を向ける。
「え、どうかしました?」
彼女は何故そんな表情をするのか分からずに困惑した声を漏らす、そこでハッと正気に戻ったルースナは一つ咳払いをして取り繕うとなんでもないと首を横に振る。
「それじゃあ、私たちはこれでっ「あっ、あの・・・」――はい?」
呼び止められた彼女は不思議そうに聞き返すと、ルースナは引き出しからいくつかの紙を取り出して彼女に手渡す。
「これはこの周辺の地図で、こっちが大陸全土を映した地図です。それとこっちはこの街の宿屋で使えるチケットで、使うと一週間は無料で泊まれるものです。一週間あればお金をある程度なら貯められるはずなので、活用してください」
「あぇっ、えぇっと・・・?ありがとう、ございます?」
最初と打って変わって薄っすらとだが笑みを浮かべるルースナに首を傾げながらも、役立つものを手渡してくれるルースナにお礼を口にする。
「依頼が終わったらまたこちらに来てください、待っていますから・・・ずっと、ずっと」
疑問符を浮かべる彼女はよく分からず頷きで返すとギルドを出るために踵を返す、その背を見送るルースナの瞳には恍惚とした熱のこもった感情が込められていた。
受けた採取クエストをこなすために近くの森へと向かおうとギルドの出入り口に差し掛かったところで、三人の男が彼女とトウカの行く手を阻むようにして並び立つ。
「? えっと・・・?」
彼女が見上げるようにして真ん中に立つ頬から額にかけて傷のある男に視線を向けると、気に入らないものを見るような不機嫌な表情を浮かべながら口を開く。
「テメェ、なんであの獣人のところへ行ったんだ?新米とはいえ亜人種の扱いは知ってんだろうが、せっかくアイツの泣きそうな顔を酒の肴にして飲んでたってのに・・・興覚めだろうがよっ!」
男の怒鳴り声に周りでその光景を眺めていた殆どの冒険者は笑い声をあげ、彼女はまたも教室での出来事を思い出して表情を歪ませる。
「・・・」
トウカはそんな彼女をジッと見つめてから男の方へと視線を向け、表情は変えずとも心中は苛立ちで満たされていた。
「だが今ならまだ間に合う、馴れ馴れしくした後に冷たくすれば・・・あの獣人の悲しみに歪んだ表情が拝めるからなぁ、テメェもあの獣人と同じ扱いはイヤだろ?だからよっ―――」
彼女の肩に手を置いてゲスな笑みを浮かべて語り掛ける男に、彼女は身体を震わせながら怯えた表情を浮かべて震える瞳を向けた瞬間、男の姿が掻き消える。
「「―――え?」」
突然リーダー格の男が消えたことに取り巻きの二人は間抜けな声を漏らす、彼女もキョトンとした表情を浮かべていたが上からドズッという重い音が聞こえたので全員が見上げる。
「「あっ、兄貴ィッッッ!!?」」
取り巻きの二人が叫んだとおり先程まで彼女の目の前にいた男はいたが、頭を天井に突き刺して微動だにせず身体を揺らしている。
「ぇっ、ぇえ・・・?わっ、トウカ?」
「ん」
思考が追い付かない彼女は困惑の声を漏らすが、トウカが握った手を引っ張りながら歩きだしたために騒ぎを背にしつつその場を後にした――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
トウカに引っ張られるままギルドを後にした彼女は、『スロー』の街から少し離れた森の中へと来ていた。
「よくよく考えたら、この依頼書に書いている薬草知らない・・・」
ギルドでの出来事は一旦思考の外へと追いやった彼女は、今更なことに気付いて頭を抱える。
「っ?・・・んっ」
そんな彼女の様子に気付いたのか、トウカが彼女の服の裾を引っ張って注意を引いてから指を差す。
「? あっちに何かあるの?もしかして、薬草がどれか分かるの?」
「んっ、んっ」
彼女の問い掛けに何回も頷きで返すトウカに、暗い表情をしていた彼女はパァッと明るい表情へと変わってトウカの頭を気持ち強めに撫でる。
「ありがとう、トウカぁ・・・!おかげで依頼がこなせそうだよ、トウカがいてくれて本当によかったっ!」
彼女の言葉と手から伝わる温もりに嬉しそうに頬を緩ませるトウカは、薬草の側に歩み寄ると引っこ抜いて彼女に手渡す。
「これが目的の・・・ぜ、全然見分けがつかない」
彼女が薬草を観察している間にトウカは素早く動き回って目的の数より少し多めに回収し、未だ薬草を観察する彼女の元へと舞い戻る。
「んっ」
「わっ・・・もしかして集めてくれたの!?ありがとう、ゴメンね?」
申し訳なさそうに眉を下げた彼女がそう口にして優しく頭を撫でると、トウカは不思議そうに彼女の顔を見つめながら声を漏らす。
「ん、んっ・・・!」
「え?多めに集めたからギルドで換金できる?そうなの?どうしてそんなこと知ってるんだろ・・・ん?ギルドの受付に書いてた?そうなの?」
コクコクッと頷くトウカに自分より周りをよく見てるなと感心しながら、この世界に来てから助けられてばかりだなと少し落ち込んだ気持ちになる。
「(でもこれから先で挽回すれば、たぶん大丈夫・・・なはず)・・・トウカに見限られたら終わりだけど、ははは・・・はぁ」
吐息のような囁き声でそう漏らした彼女は、目的も果たせたのでトウカの手を取って街へと戻るために歩き出す。
そんな彼女へと決して逸らすことなく視線を向けるトウカは、離す気はないとばかりに指を絡めて彼女の手を強く握り締めた。
街の門を抜けてから大通りを進んでギルドへと辿り着いた彼女は、紫髪を靡かせながら彼女に難癖を付けた三人組を正座させる女性の姿を捉える。
その後ろには身長が二メートル以上はあろうかという筋骨隆々の腕組みした大男と、苦笑を浮かべながら求める気はないように頭の後ろで腕を組む青年の姿があった。
「受付のルースナをバカにした挙句に新人を脅して返り討ちにあう、これほど無様なことはないわね。『オード』?」
「・・・チッ!いちいちうるせぇな、俺がどう動こうが俺の勝手だろうがっ!ましてや同じランクのくせに見下しやがって、何様のつもりだ!『ラメ』、テメェはよっ!!」
「同期として忠告してあげているだけよ、そうじゃなきゃ貴方なんて相手にしないわ。自惚れないことね?」
「グギギッ・・・!テメェ・・・!」
腰に手を当てて見下ろしてくるラメを睨みつけるオード、そんな険悪な雰囲気を醸し出す二人のせいでギルド内は緊迫した状況に陥っていた。
「っ?ゲッ・・・!?テメェはさっきの!?」
「あら・・・?その雰囲気、ロウさんの馬車に乗っていたお嬢さんね」
オードが声をあげたことでラメも気付き、他のギルド内にいる面々からも視線を向けられた彼女は居心地悪そうに後退る。
「・・・・・・お邪魔しましたー」
「どうして?貴女はもうこのギルドの一員でしょう?邪魔なんてことないわよ」
戦略的撤退を選んだ彼女だが踵を返す前にラメにそう言われて呼び止められ、彼女は離脱できなかったことに悔しさを滲ませながらもまずは依頼をこなしたことを報告しようと思い立つ。
「えっと、じゃあ依頼の報告をしてもいい・・・でしょうか?」
「別に私に断りを入れなくてもいいのよ、むしろ私たちが邪魔しちゃっているのだから。ごめんなさいね、すぐに片付けるわ」
「俺は塵かなんかかっ!?――ほぶっ・・・!?」
オードの顎を的確に裏拳で打ち抜いて意識を刈り取ったラメは、オードを担いで彼女に手を振るとギルドの一角にあるテーブルへと仲間とオードの取り巻きを連れて移動する。
「・・・とりあえず報告しようか」
「ん」
彼女の言葉に短く返事をするトウカを連れて、受付で待つルースナの元へと歩み寄る。
依頼の報告と換金はすんなりと行われ、報酬金と換金分を合わせて多めに手渡される。
「これからも応援してますから頑張ってくださいねっ、ネネさん!」
報酬を受け取った際にそうルースナに声をかけられた彼女は、自身の力ではないのでぎこちない笑みで返すと会釈してからその場を後にした。
ギルドを出てから宿屋を探して大通りを進んでいると、不意に肩を叩かれた彼女は疑問符を浮かべながら振り返る。
「どうも、お嬢さん。さっきぶりね」
そこには微笑みを浮かべたラメが軽く手を振りながら立っており、彼女は咄嗟のことで言葉を発することはできなかったが会釈だけは返すことができた。
「緊張しなくてもいいのよ、宿屋を探しているんでしょう?なら案内するわ、こっちよ」
そう口にして彼女を手招きして歩き出すラメに、彼女はトウカの顔を見合わせた後に見失う前に後を追う。
「ここよ、通り過ぎていくからビックリしちゃったわ」
笑いを漏らしながら宿屋に入っていくラメに彼女は通り過ぎていたことに気恥ずかしくなり顔を俯かせる、トウカはそんな彼女の姿を一瞥してからラメへと視線を向ける。
「すでに部屋は取ってあるからそこで休んで、それと少し話したいこともあるし・・・ね?」
ラメの言葉を受けて彼女は頷いて了承し、着替えてくると告げて隣の部屋に入ったラメを見送ってから取ってくれていた部屋へと足を踏み入れた――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
ラメが取っていてくれた部屋は二人部屋でベッドが二つあり、何故かトウカが不服そうに眉を顰めていることに彼女が疑問符を浮かべていると扉がノックされる。
「あ、はーい」
扉を開けると着ていた鎧を脱いでラフな格好となったラメが立っており、彼女の姿を確認するとニコッと微笑みを浮かべて部屋に足を踏み入れて扉を閉める。
「さてっと・・・世間話で緊張を解したいけど、その娘が許してくれなさそうだから本題に入るわね」
トウカを一瞥してからそう口にしたラメは、一つ深呼吸をしてから口を開く。
「貴女がどうして竜族と一緒にいるのか、教えてもらえるかしら?」
その問いかけに彼女は身体をビクッと震わせ、視線をトウカに向けてからラメに恐る恐る視線を向ける。
「えぇ、っと・・・それはその、助け合った結果・・・?」
「・・・ん」
彼女の言葉に小さな頷きで返したトウカは、少し細めた視線をラメへと向ける。
「そう・・・その娘が竜族だと知っている人は、いるのかしら?」
「商人のロウさんだけ、だと思いますけど・・・」
ふむっと顎に手を当てて考える素振りを見せるラメに、彼女は居心地悪そうにそわそわと身体を揺らす。
「んっ」
「ありがとう、トウカ。心配してくれて、ふふっ・・・なんだかトウカにはお礼ばっかり言ってるね」
「ん、ん・・・」
「謝られるよりいい?もっと頼ってほしい?・・・なら、これからも何かあったら助けてね?もちろん私もトウカの手助けするからね、できるかはともかくとして・・・」
「ちょっと待って」
彼女とトウカが隣り合って話し合うのを見ていたラメは、我慢できずに口を挟む。
「? どうかしましたか?」
「・・・」
不思議そうに口を開く彼女と細めた鋭い視線を向けるトウカ、後者の圧に気圧されかけたラメだが取り繕うように咳払いを挟んでから口を開く。
「もしかして、竜族の言葉が・・・というか、考えが分かるの?」
「トウカの言葉ですか?はい、わかりますけど・・・?」
彼女の返事に額を押さえて天を仰いだラメだったが、すぐに顔を彼女へと向けて口を開く。
「その娘のことはなるべく、いいえ・・・絶対バレないようにしなさい、でないと貴女の身に危険が降りかかるわ」
「え」
困惑した声を漏らす彼女に配慮することなく、何故そんなことを口にしたのかを説明する。
「いい?この世界では竜族が絶対的強者なの。そんな存在と意思疎通ができて、しかも共にいて襲われない・・・そんな存在がいたら洗脳だろうが魅了だろうが、とにかくあらゆる手段で手中に収めようとする輩が出てくるわ。そうすれば他国との交渉が楽になるし、最強の武力を手に入れたも同然なんだからね・・・だからこのことは隠し通すこと、ロウさんには私から話をしておくわ」
そう告げて立ち上がったラメは部屋を後にしようと歩き出す、その後ろ姿に彼女は慌てて声をかける。
「あ、あの・・・!どうして、私なんかを気にかけてくれるんですか!?ほぼ初対面ですし、そこまでする義理もないのに・・・!」
「そうね・・・自分でもよく分からないけど、ほっとけないと思ったからかしら?あとは―――」
そこで言葉を区切ったラメは振り返ると、彼女の顔を真っ直ぐ見つめてから微笑みを浮かべて口を開く。
「貴女がとっても可愛くてタイプだったから、かしらね?私の恋愛対象は同性だから」
「ふぇっ!!?」
「んっ・・・!」
ラメの言葉を受けて顔を真っ赤に染めた彼女を護るように立ちはだかったトウカは、歯を剥き出しにして怒りの唸り声を上げる。
トウカの怒気を受けないためにそそくさと部屋を出て行ったラメの姿を見送った彼女は、最初の緊張感とはまた違うドキドキを感じる胸を押さえながら深呼吸を何度も繰り返す。
「んっ」
「ぁうっ?トウカっ――わ」
トウカの声に顔を上げた彼女は声の主によってベッドに押し倒され、ポカンとする彼女を尻目にトウカはその身体に顔をうずめて強く抱き着く。
彼女はトウカがラメの言葉で自身と引き離されると思ったのだろうと予想して、髪を手櫛で梳きながらもう片手で抱き締めて安心させようとする。
「んぅ、んっ・・・」
嬉しそうな声を漏らすトウカにホッと胸を撫で下ろしながら、トウカが満足するまで抱き締めながら頭を撫でている内に夢の世界に飛び立っていたようで・・・気付けば窓から朝日の光が部屋に差し込んでいた――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
宿屋一泊分を奢る形で提供してくれたラメにお礼を口にしてから朝一でギルドを訪れた彼女とトウカは、採取クエストを数種類受けると『スロー』の街を出て前回訪れた森へと訪れた。
「んっ」
依頼書に書かれている薬草やキノコなどはトウカが探して持ってきてくれるため、彼女は切り株に腰を落としてボンヤリと空を眺めていた。
「(手伝おうとしたら止められちゃったし、トウカがいないとどれが目当ての薬草か分からない)・・・その内トウカに教えてもらって手伝えるようにならないと、私ヒモにっ――ぅん?」
タメ息交じりの呟きを漏らした彼女は、近くの茂みが揺れたことに疑問符を浮かべながら視線を向ける。
「(トウカが戻ってきたのかな?)トウカ?もう集め終わったの?」
そう声をかけると一際大きく茂みが揺れ、その茂みから顔を出したのはトウカ・・・ではなく、体長が三メートルはあろうかという、牛の顔を持った筋肉ダルマ『ミノタウロス』だった。
「――はぇ?」
突然現れた巨体を目にした彼女は驚愕と困惑で身体を強張らせる、その隙を見逃さずにミノタウロスは担いでいた斧を持ち上げた勢いのまま彼女目掛けて振り下ろす。
「ひゃぁっ・・・!?」
眼前に迫る死の脅威に我に返った彼女は咄嗟にその場から飛び退くように転がる、数瞬遅れてドズンッという重い音と振動が森に響く。
彼女は震える身体を押さえつつ立ち上がりながら振り返ると、今まで腰掛けていた切り株が蒔き割りのように真っ二つにされており、さらには地面まで抉るように深々と斧がめり込んでいた
「ヒッ・・・!と、トウカ―――っ!」
恐怖で腰が抜けてしまった彼女は這う姿勢で叫ぶようにトウカの名を口にするが、巨体の割に素早く動くミノタウロスによって片足を掴まれて持ち上げられる。
「ぇっ、ひゃっ・・・!?離しっ、てぇっ・・・!」
『ブモオオオォォォォォォッ!!』
雄叫びのようなものをあげるミノタウロスに耳を塞いだ彼女は、ミシッと嫌な音と足に激痛が走ったことで呻き声を上げる。
「ぅぐっ・・・!ああぁぁっ・・・!!」
彼女が表情を歪めて叫ぶのを確認したミノタウロスは愉しげに口角を上げ、もっと獲物を鳴かせるために腕に力を込める。
「隙だらけだぞ?」
静かに告げられた声と身体を揺らすほどの衝撃を受けたミノタウロスは、何が起こったのか理解する前に身体が光に包まれて消滅した。
「――うぶっ!?いっ・・・!」
「大丈夫か?」
足の痛みに顔を顰める彼女だが、気遣う声をかけられたことで顔を上げて相手に視線を向ける。
そこには白を基調とした鎧に身を包み、片手に淡く光る槍を携えた仏頂面の輝く金髪を靡かせる青年が手を差し出している姿があった。