第一節
新連載、始めました。
更新速度は遅めですが、読んでいただけると嬉しいです。
その日もいつもと変わらない日常だった―――
放課後を告げるチャイムが鳴り、ホームルームを終えたクラスメイト達が思い思いにこの後の予定を話し合う中・・・一人の少女は誰とも話をすることなく、ポケットから取り出したスマホを操作してイヤホンを耳に差す。
「・・・(瑠子は、今日もいつも通りかな)」
少女がチラッと視線を向けた先には、男女問わず数人のクラスメイトに囲まれる少女の幼馴染『四葉 瑠子』の姿があり、少女の視線に気付くと幼馴染同士でしか分からないアイコンタクトを行う。
「っ・・・(午後八時過ぎに私の家に、いつも通りだね。わかった)」
こくりと小さく頷いた少女は、他のクラスメイトにバレないように静かに教室を後にしようと戸に手をかける。
「あっ?・・・チッ」
その時に金髪のいかにもヤンキーという見た目の男子と目が合ってしまい、舌打ちと共に鋭い視線を向けられる。
「・・・(はぁ・・・)」
少女はそのことに内心でタメ息を吐きながら戸を開けるために力を込める、が何故か一向に開く気配を見せない戸に疑問符を浮かべる。
「・・・なに?」
少女が小さく呟くと同時に教室の床が光り出し、皆が慌ただしくなる中でさらに光が増して目の前が真っ白になる。
「―――寧々ッ!!」
視界が白く塗り潰される中で、幼馴染が自身の名を呼ぶ声だけが鮮明に聞こえた気がした――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
「最後は貴女ですね、ってあら?既に才能を所持しているなんて、珍しい・・・っ!この力の干渉っ、まさかあの子が!?あぁっ、待ってください!まだステータスの更新がっ―――」
白く塗り潰された視界の中で幼馴染ではない慌てた声が頭に響き、彼女は困惑と疑問符を浮かべながら感じる浮遊感が薄れていき――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
眩くて白い視界が晴れると、目の前にあった教室の戸が無くなり・・・鬱蒼と生い茂る木々に覆われた開けた空間にポツンと、一人立ち尽くしていた。
「・・・へぁ?」
思わず間抜けな声が口から漏れた彼女は咄嗟に口を自身の手で押さえ、キョロキョロと左右に顔を向けて辺りを確認する。
しかしいくら確認しても周りの景色が変わることはなく、自然溢れる森の中でスマホから流れる音楽を耳にしながら数分の間放心するように空を見上げていた。
「いや、このままじゃダメ・・・だよね」
無為に時間を浪費してからそう口にした彼女だが、今自身が何処にいるのかを確認しようとスマホから流れる音楽をいったん止めてアプリの中からマップを開こうとタップする。
「うん。なんとなく、わかってた」
がマップは開かれることなくエラーとだけ表示され、彼女はタメ息と共にそう口にしてスマホをスリープ状態にする。
「状況を整理すると、見知らぬ土地でスマホも使えずにひとりぼっち・・・詰み?」
現状を確認したことで内心でどっと冷や汗を流す彼女は焦りを感じながらこれからどうしようかと考え、どうしようもなくない?と諦めの考えが過ぎり始めていた。
―――ズゥンッ
そんな思考を打ち消すように重低音な地響きと振動を受けた彼女は身体を大きく跳ねらせ、音の発生源である後方へと意識を向ける。
「(何かいる、よね・・・?)」
正体の分からない未知のモノは怖いが、確認すればそれが脅威であるかどうかは分かる・・・と内心でそう結論付けて、意を決して振り返った彼女が目にしたモノは――――
『グルルルゥ・・・』
――――周りの木々よりも一つ頭が抜きんでた大きな体躯を有した、白銀の鱗に全身覆われたその場に佇む竜の姿だった。
竜は四つの足を折り曲げて身体を地に着けて翼を折り畳み、吐く息は冷気を含んでいるようで当たりの草木を凍てつかせる。
「ヒュッ・・・」
野生の獣だろうと考えていた彼女だが、思っていたモノよりも遥かに巨大な存在を前にした彼女は小さく息を漏らして身を強張らせる。
そんな彼女を見下ろしていた竜は静かに瞼を閉じると、億劫とばかりに首を下げてその場に倒れ伏す。
「え・・・ぇっ?」
襲われるものと考えていた彼女だったが、予想外に牙を此方に向けなかったことに疑問符を浮かべる。
「流石に離れた方がいいよね、いつ襲われるか分からないし・・・っ?」
竜から視線を外さず後退っていた彼女だが、不意に何かの気配を感じて振り返るとそこには今か今かと鋭い牙を剥き出しにして、彼女を見つめる三メートルはあろうかという大きさの兎が待ち構えていた。
「ヒンッ・・・!」
兎のあまりの形相に小さく悲鳴を上げると後退りをやめて最初の位置まで戻った彼女、そのことに兎は舌打ちのようなものをしながらも近づいてくることはせずにジッと視線を向けるだけ。
「もしかして、あの竜のおかげ・・・?」
彼女の言葉通り倒れ伏す竜の周りには他の生物が近付いてくる気配はなく、畏怖の感情を持って毛を逆立たせる獣ばかりだった。
何故か竜に襲われない彼女はかろうじて安全地帯にいるようなもので、一歩間違えれば獣の餌になっていたと思うと身体に怖気が走る。
「けれどこの竜の側にいれば安心・・・んっ?」
竜へと視線を向けた彼女は、竜の呼吸が浅く苦しげに歪んでいることに気付く。
「(ぇっ、衰弱してる!?なんで・・・)っ!?あれのせい・・・?」
竜の身体から伸びるそれは一振りの槍であったが白い光を立ち昇るように纏っており、その周りの鱗が黒く変色して剥がれ落ちているのが見て取れた。
「あれが竜の体力を奪ってる、のかな?・・・え、このままだと――」
竜が力尽きるのは同時に自身の死に直結する、その思考に辿り着いた彼女は背負っていたバッグをその場に投げ捨てて駆け出す。
『ッ・・・グゥウゥゥゥッ・・・!』
突然自身の方へと駆け寄ってきた彼女に威嚇を込めて唸るが、彼女は気にした様子もなく竜の鱗に足をかけてよじ登り始める。
そのことに竜は驚いたように目を見開き、呆気に取られていると彼女は竜に刺さった槍に手をかけ―――
「んやああぁぁぁぁっ・・・!!」
―――何とも気の抜ける掛け声をあげる彼女が力を込めると同時に槍はすんなりと抜け、その呆気なさに彼女は尻餅をついて手に持つ槍に視線を向ける。
「あ、あれ?割と簡単に抜けっ――へゃっ!?」
唖然とする彼女が言葉を言い終える前に槍が一回強く輝くと光の粒子となって消え、それに驚いた彼女は竜の身体から滑り落ちると地面に頭を打ち付けて気を失う。
『・・・・・・・・・』
突然のことで竜はただ茫然としていたが、自身を苦しめていた聖槍が消えたことで自然治癒力が戻ったことで傷が塞がり始めていた。
そこでようやく地面に倒れたままピクリとも動かない彼女へと視線を向け、安否を確認するように頭を近づける。
鼓動と呼吸の音を聞いた竜は小さく安堵の息を吐き、周りで彼女を狙う獣たちに自身の力の波動を食らわせて追い払う。
辺りに群がっていた気配が消えたことに竜は満足そうに息を吐き、倒れている彼女を自身の頭付近に引き摺ると瞼を閉じて静かに寝息を漏らすのだった――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
重い瞼を開けた彼女が目にしたのは、寝息を漏らす竜の頭だった。
「・・・・・・フゥーッ」
とりあえず深く息を吐いた彼女は上体を起こすと、投げ捨てたバッグの側まで移動して拾い上げる。
「よしっ・・・」
バッグを背負い直した彼女は意気込むように声を漏らし、その場を後にするために足を動かした。
「何故か周りにいた獣もいなくなってるし、太陽が出てる間に森を抜けないとぉうっ!?」
突然足に何かが巻き付いたことで彼女はその場でつんのめって倒れ込む、顔を上げて背後へと視線を向けた彼女は自身を見つめる竜と目が合ったことでビクッと身体を震わせる。
「えっ、えぇっとぉ・・・ぉっ、おはようございます?」
竜は彼女の声に反応するように身体を起こして歩み寄ると、凄まじい冷気を辺りに撒き散らし始めたことで視界が覆われてしまう。
「わぷっ・・・!な、なにが――ぁうっ?」
晴れた視界の先には霜に覆われた木々と地面があり、その中心には白銀の少女が彼女を見上げるように佇んでいた。
「・・・ん?」
「これでいいの?って聞かれても・・・あれ?」
少女の言葉とは言えない吐息にそう返事をした彼女は、何故意味を認識できたのか分からずに首を傾げる。
「っ!っ!」
少女は目を輝かせて両腕を振り上げて喜びを露にする、そんな少女の頭には氷柱のような角と尾骶骨付近から伸びる彼女の足に巻き付いた鞭のように長くしなる尻尾が生えている。
服は純白のワンピースを身に着けており、靴は履いておらず裸足だがくるぶし付近まで白銀の鱗で覆われている。
「もしかしてさっきの竜、が人の姿になったの?」
「ん、んっ・・・!」
彼女の言葉に同意するように頷く少女を見て、信じられないことでも信じるしかないことを悟る。
「とりあえず、足に巻き付けた尻尾を離してくれる?」
見た目が幼いので言い聞かせるような口調になってしまったことに顔を青褪めさせたが、あっさり尻尾の拘束が離されたことにホッと息を吐く。
「ん・・・」
「『トウカ』、っていうの?私は『竜胆 寧々』っていうの、よろしく・・・おねがいします?」
自己紹介を済ませた彼女はぎこちなく挨拶を交わし、トウカと名乗った竜は満足気な息を吐きながら彼女の手を握る。
まるで逃がさないといわんばかりに指を絡ませてくるトウカに対し、寧々はもしかして一緒に来たいのかな?と考えてから口を開く。
「えっと、一緒に・・・来る?」
「っ・・・!んっ、んっ!」
大きく頷くトウカの様子に彼女はこの世界のことが聞けるかもと思い、了承の意を返すとトウカは嬉しそうに笑みを浮かべて彼女に抱き着いた。
こうして見知らぬ土地に辿り着いた彼女は、初めての仲間でありこの世界最強の種族、竜族を味方に付けることに成功した唯一の人間種となった――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
現代日本のように舗装されていない剥き出しの大地を踏み締めながら、トウカの指差した方角へと歩みを進めていた。
「(やっぱり日本どころか地球でもないよね・・・いや、竜がいる時点で違うってわかってたけど)――ぅわっ・・・っと?」
考え事をしていた彼女は足元への注意が散漫になっていたために木の根に足を取られ、転がりそうになったところを小柄な体躯のトウカに支えられたことで地面と熱いキスをせずに済んだ。
「あ、ありがとう・・・トウカ、さん?」
「? ん・・・!」
元の竜の姿がチラつく彼女は呼び捨てにすることができずにぎこちなく敬称を付ける、そのことに疑問符を浮かべていたトウカだったがすぐに不機嫌そうな声をあげる。
「え?呼び捨てでいい、の?・・・本当に?」
困惑する彼女の言葉に無言の頷きで返したトウカに少し考える素振りを見せてから、ジッと見つめるトウカに根負けする形で呼び捨てにすることになった。
「・・・」
森の中を獣に襲われることなく無傷で進む中で、トウカが唐突に鼻を動かして向かっている方向とは別の方向へと顔を向ける。
「? トウカ?」
彼女が問いかけたと同時に草木が揺れる音が聞こえてそちらに視線を向けると、手綱の付いた馬が飛び出してきて彼女目掛けて地面を駆ける。
「っ、ひゃぁっ・・・!?」
突然のことで動けずその場で頭を押さえることしかできなかった彼女は、来るであろう衝撃を予想してギュッと瞼を固く閉じる。
「・・・・・・っ?何も来な、い?――わっ」
何時まで経っても衝撃が来ないことを訝しんだ彼女は恐る恐る瞼を開くと、目の前に馬の顔があったことで驚きの声をあげて後退る。
「・・・っ?」
そんな彼女の姿を不思議そうに見つめているトウカの手には馬の手綱が握られており、トウカが馬の暴走を押さえてくれたのだと気付いてホッと安堵の息を吐く。
「ありがとう、トウカ。危うく馬に蹴られるところだったよ」
お礼と共にその頭を優しく撫でると、彼女の顔をジッと見つめたまま抵抗することなく撫でられていた。
「あっちに何かあるのかな・・・行って、みる?」
「・・・?」
こてんっと首を傾げるトウカに可愛さを感じながら、気になってしまったことを確認するために木々の間を抜ける。
すると少し開けた道のような場所に出て、そこでは四人の男が一人の男を取り囲むように立っていた。
真ん中の帽子を被った男は縛り上げられてその場にへたり込み、辺りを囲む男は軽装の鎧を身に着けてその手には剣が握られていた。
「これって・・・」
声を潜めてそう漏らした彼女は所々傷付いた馬車の存在に気付いて、あの男たちは盗賊なのだと理解して恐怖を感じて足が竦む。
「・・・」
それを感じたのか、ジッと彼女を見つめていたトウカは手綱を近くの木に括り付けて足に力を込める。
―――瞬間、彼女の横を風が吹き抜けた。
「――え?」
振り返った彼女が目にしたのは木に括り付けられた馬の姿だけで、トウカの姿がないことに不安を感じてから先程の風の正体を悟る。
咄嗟に正面へと向き直った彼女が目にしたのは、へたり込む男を囲んでいた四人の男が血だまりの上に横たわっている姿だった。
「ヒッ・・・!」
少し離れた位置のため傷口などを目にすることはなかったが、初めて見る大量の血に顔を引き攣らせて視界に入れないように背ける。
「ん、ん・・・?」
いつの間にか真横に戻ってきていたトウカは顔を歪ませる彼女に気付き、どうしたと尋ねるようにスカートを引っ張って心配そうに眉を下げる。
「ぅん、うんっ・・・大丈夫、大丈夫だよ」
トウカにというより自身に言い聞かせるようにそう口にする彼女に、トウカは視線を逸らすことなくずっと見つめていた。
「あ、あのっ!すいませーんっ!」
見つめ合うように視線を交わしていた彼女とトウカは、大きく呼ぶ声を耳にしてそちらの方へと視線を向ける。
「貴女たちが盗賊を蹴散らしてくれたのですか!?ありがとうございますっ!ついでに僕の拘束も解いてもらえると嬉しいのですが―っ!」
そういえば縛られている人がいたなと思い出した彼女は、トウカの手を強く握り締めて未だ竦む足を無理やり動かして男の元へと歩みを進める。
「・・・んっ」
そんな彼女を安心させるように手を強く握り返したトウカは、寄り添うように身体を密着させて彼女を支えるように歩く。
「・・・ありがとう」
そのことに小さくお礼を口にした彼女は、弱々しくもしっかりとトウカに笑いかけた。
「いやー、助かりました!一時はどうなることかと肝を冷やしましたが、一瞬で盗賊を制圧するその手腕!凄まじいですね、まさか逃げ出した馬まで連れ帰ってもらえるとはとても嬉しいです!さすがは竜族ですね!」
興奮したようにそう口にする縛られていた男こと商人の『ロウ』は、彼女とトウカの二人に交互に視線を向けながらそう口にする。
「・・・」
「あ、あははは・・・」
トウカはまるで聞こえてないかのように無反応で、彼女は乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。
「ところでお二人はこんな森の中で何をしていたんですか?この森の奥には大型の魔物が住み着いているそうですが・・・って、竜族にはそんなの障害にもなりませんよね!」
常時興奮した状態で話し続けるロウにそろそろ気疲れしてきた彼女は話題を変えようと口を開こうとして、言葉を発する前にロウが呟くように声を漏らす。
「それにしても竜族が人と一緒にいるなんて、珍しいこともあるんですね・・・」
「? そうなんですか?」
彼女が問いかけるとロウはキョトンとした表情を浮かべながら口を開く。
「そりゃそうですよ、竜族はいわばこの世界で最強の種族・・・そんな存在が魔物よりもひ弱な人間と友好関係を築くことなんてありえませんよ?例えるなら人間が蟻に意識を向けますか、っということですよ」
ロウの言葉を受けて思わずトウカへと視線を向ける彼女に対して、トウカは目が合ったことが嬉しいのか少し口角を上げて笑みを浮かべる。
「もしかして貴女は・・・」
ロウは難しい顔をして囁くように呟きを漏らす、がすぐに商人の命である笑顔を浮かべて口を開く。
「ともかく此処で会ったのも何かの縁、近くの街まで馬車に乗っていきませんか?荷物を載せているので少し狭いですが、歩いて向かうよりはるかに楽ですよ。もちろんタダではありません、護衛として働いてもらいますが・・・どうでしょう?」
ロウの申し出に彼女は暫し考えるように視線を彷徨わせ、トウカに視線を向けて瞳で問いかける。
「ん」
トウカは彼女の意志を読み取ったように頷きで返し、彼女の手を引っ張って馬車へと視線を向ける。
「そう、ですね・・・乗せてもらえます、か?」
彼女の返事に嬉しそうに頷いたロウは、馬車に乗るように促してから馬を操作するために前方へと乗り込んだ。
「行こうか、トウカ」
「んっ」
彼女の言葉に短く返したトウカと共に馬車に乗り込み、狭い空間の中で座る場所を確保したと同時に馬車が揺れ始めて移動を開始した――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
近くの街まで馬車で進んだとしても数時間かかるということで、彼女は商人のロウからこの世界のことを聞きだすことにした―――
現在彼女がいる大陸は『ローガー大陸』という場所で、大陸は五つの国で成り立っており、今いる国は『サフォット国』と呼ばれる場所で向かっている街は『スロー』と呼ばれている。
『スロー』は王都から離れた位置にある大きな街で数少ないギルドがあり、衣服や防具などの生産が盛んである。
彼女がトウカと出会った森は普段ギルドで働く冒険者が狩りを行う場所であったが、二人は奇跡的に冒険者に会うことがなくこの馬車に乗っている。
種族に関しては人間種は変わらずに、トウカのような最強と名高い竜族、亜人種と呼ばれる獣人やエルフやドワーフなど、様々な種族が助け合って生きている。
なんてことはなく、竜族は全ての種族を見下し、人間種は傲慢で亜人種を虐げたり奴隷として従えたりし、亜人種は人間種を憎み竜族を恐れている。
―――っという話を聞き終えた彼女は、大量の知識を整理するために思考を巡らせていた。
「まぁ、ここまでは最低知識ですから。田舎から出てきたと聞いた時は驚きましたが、その純粋な心が竜族に響いたのかもしれませんね」
そう口にして微笑みを浮かべるロウに彼女は苦笑を浮かべながら、自身の太腿を枕にして寝転がるトウカに視線を向けて光を反射する白銀の髪を梳くように撫でる。
「ん、っ・・・」
くすぐったそうに身を捩るトウカだが嫌がっている様子はなく、むしろもっと撫でろと視線を向けて催促しているようだった。
「最強の竜族、か・・・(小学校高学年位の身長しかないから、そんなふうに見えないけど・・・それに今は角も尻尾もないから本当に普通の子供みたいだ)」
滑らかで肌触りのいい銀髪を撫でながらボンヤリとこれからのことを考えていると、トウカの首筋に小さな痣のような紋章があることに気付く。
「? これは・・・?」
顔を近づけてよく確認した彼女が目にしたのは、ハート形に模られた紋章だった。
「・・・っ?」
頭を撫でる温もりの動きが止まったことにトウカは不思議そうに顔を上げる、彼女が自身の首筋を見つめていることに気付くと気恥ずかしそうに身を捩りながらも差し出すように身を乗り出す。
「ぇっ、あぁっ!?違うよっ、別に噛み付こうとはしてないから!」
頬を朱に染めて慌てた様子でそう返す彼女に、トウカはまたも不思議そうに視線を返すだけだった。
少し整えられた道を馬車で揺られること一時間、特に盗賊や野生の獣などに襲われることなく順調に進んでいると何かに気付いたようにロウが口を開く。
「前方から冒険者の方々が来ますね、まぁ擦れ違うだけなので何もないでしょうけど・・・念の為、竜族の方は顔を出さないようにしてくださいね」
「は、はいっ・・・!」
唐突にかけられたロウの言葉に彼女は慌てながら返事をしてからトウカへと視線を向ける、がその視線に反応することなくトウカは穏やかな寝息を漏らしている。
「角も尻尾も出てないから、バレないと思うけど」
そう呟きを漏らした彼女はガチャガチャッと金属がぶつかる音が聞こえ、思わずギュッと口元を固く結ぶ。
ロウが会釈をすると、相手の冒険者は何かに気付いたように声をあげる。
「あれ、ロウさんじゃないですか・・・ってずいぶん馬車がボロボロですね!?」
「いやー、来る途中で盗賊に襲われまして・・・でも親切な方に助けていただいたので、商品は無事ですよ」
「盗賊・・・ということは二日前に逃げ出した連中ね、そいつらは何処に?」
「この道を進んだ先ですが、今頃は獣か魔物の餌になっているでしょうね」
「同情はないが賞金が貰えないのは残念だ、しかしそれよりも依頼が先決だ・・・行くぞ」
「あ、ちょっ・・・待ってくれよー!じゃあロウさん、また街で会いましょう!」
「失礼するわ・・・馬車に乗ってるお二人もね」
ロウは最後の一人が歩き去るのを見送ってから馬車を走らせる、ギルドのAランクパーティーが出撃する程の大事があったのかと考えながら・・・
「(最後の、声で判断するに女性には私たちが乗っていることはバレてた。だとすると他の二人の男性にも?)・・・何はともあれ、トラブルに巻き込まれなくてよかったぁ」
安堵の息を吐いた彼女に気付いたトウカがパチッと瞼を開き、ガバッと身体を起こすと視線を彼女へと向ける。
「どうかした、の?あっ、おはよう」
「・・・ん」
トウカの突然の行動に驚きながらも声をかける彼女に、静かに頷きを返したトウカは視線を逸らすことなく彼女を見つめ続ける。
「・・・えぇっと?」
氷の結晶を宿す瞳に射貫かれた彼女は困惑しながらもジッと見つめ返す、すると何故かトウカの真っ白な肌に朱が差して頬を赤く染める。
「ん・・・」
心なしか嬉しそうに口角を上げたトウカは、彼女の指に自身の指を絡ませてギュッと握り締める。
「・・・っ?」
見た目の幼さが相まって彼女は子供に接するような、寂しがりな妹を構っているような気持ちになりながら空いた片手でトウカの頭を優しく撫でる。
「(まぁ、妹なんていないからよく分からないけど・・・)」
くすぐったそうに目を細めるトウカの姿に微笑みを浮かべながら、目的地に着くまで彼女はトウカの姿に癒されるのだった――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
「さぁ、街が見えてきましたよっ!」
馬車に揺られること数時間、微睡んでいた彼女はロウの声で意識を覚醒して周りに視線を向ける。
「ん」
「――わっ」
すると視界いっぱいにトウカの顔が広がり、彼女は少なからず驚きの声をあげる。
「ん?」
「あ・・・おはよう、トウカ。街に着いたみたいだね」
トウカの頭を優しく撫でた彼女は馬車の前方へと移動して外を確認する。
「あれが・・・『スロー』?」
馬車の向かう先には石レンガの壁に囲われている街の光景があり、唯一の出入り口である門には多くの馬車や人が行き交っている。
「変ですね、ずいぶんと警備兵が多いようです。何かあったみたいですね」
ロウの呟くような言葉に、せめて自分たちはトラブルに巻き込まれませんように・・・と切実に願う彼女であった。