空から降ってきた
アタマント王国
3つの大国に囲まれているこの国では古くから大国同士の争いの緩衝役としての顔がある。
ここに1人の男が空から落ちてきた。
「おい、空から何か降ってくるぞ!」
「え!おい!人じゃねぇか!」
街の人はみんなして空に目を向ける。黒一色の人が地上に近づく。やがて建物で見えなくなり、ガシャンッとけたたましい破砕音が聞こえてくる。
「落ちたぞ!」
「行くぞ!」
街にいた人たちが落下地点へと集まる。そこは多くの一流店が並ぶパスチレン通りの中でも一際気品あるグレイシュ宝石店、3階建ての建物を貫通して1階のフロアに大穴を開けた。
いつもなら近寄り難い雰囲気を放つグレイシュ宝石店に続々と街の人が入っていく。店の中では、豪華な服を身に纏った貴族の人達とスーツを着た店員達がポカンとした顔で穴を見ている。徐々にみんな近づいていくが誰も穴の中を見ようとしない。
「おい、見ろよ。」
「お前が見ろよ。」
「俺、見てみるわ。」
「「お、おう...頑張れ。」」
1人の勇敢な男が穴の中を覗く。穴は意外と深く、結構覗き込まないと底は見えない。
「おい、見えたか?」
「まだだ。」
「もう見えただろ?」
「いやまだだ。」
「どんだけ深いんだよ!」
「あ、」
「「どした?」」
「見えた、人だ!」
「生きてんのか?」
「いや、分からない。男だ。血は出ていなさそうだ。でもあの高さだからたぶん...」
「俺衛兵呼んでくる!」
「いや、その必要はない。」
人垣を掻き分けて穴に近寄ってきたのは白色の騎士服に身を包んだ衛兵達だった。
「本当に人が落ちてきたのか...とりあえず引き上げるぞ!」
リーダーと思しき男が号令をしてロープを垂らしていく。
「ロープ垂らしてどうやって助けんだ?」
◇
アタマント王国 首都リーガイア クランダン宮殿
「ん?人が降ってきた?」
「はい。それも生きているようです。」
「飛び降りか?死にたいのに死ねないとは哀れだな。」
「いえ、どうやら文字通りの意味で空から降って来たと衛兵隊が言っております。どうやら多くの目撃者がおり、誰に聞いても同じように言うので真実であると断言できます。」
「身元は分かっているのか?」
「いえ、ここら辺の人間ではないとだけ。」
「ほう、なぜ分かった?」
「黒髪に白い肌、綺麗な翠眼で空から降ってきて傷一つ付かない体の持ち主などあらゆる意味で有名になりますが、今まで誰も聞いたことがありませんでした。」
「おもしろい。そいつはどこいる?」
「衛兵に3時間かけて救助された後は騎士団本部の牢獄に留置されています。どうやら落ちてきた時にグレイシュ宝石店を破壊したようで一応罪人ということになっています。」
「よし、会ってみるか!」
「ダメです、殿下。それに彼は今気を失っています。」
「はぁ、分かったよ。安全と分かってから会うよ。」
「そうしてくださいませ。」
執務机でのんびりと学院の宿題をしているリチャード第一王子とその専属侍女のレイカ
ふと、書く手を止めてレイカを見るリチャード。
「どうしましたか?」
「いや、大事なことを聞き忘れていた。」
「なんですか?」
「ソイツの名前、なんて言うの?」
「まだ本名は分かっていません。何しろ発見した時から気絶しているので...」
「あ、そっか。」
「医師によれば1週間はまだ眠ったままになるそうです。」
「それからだな。」
◇
「ついに我らの願いが叶うぞ!」
「神話の始まり、天より神の子が舞い降りる。来たる終末を回避する人類最後の希望、勇者クルガンセルト!」
アタマント王国 首都リーガイア ネルメア教神殿 地下
11代目ネルメア教皇と8人の幹部はネルメア教の悲願が達成されるのがそう遠くないことを確信して祝杯をあげている。
「現在のところ、魔物の増加及び活性化は見られていません。引き続き調査をしていきます。」
幹部の1人が教皇に報告する。魔物はその昔、天使と悪魔が地上で争った際に悪魔が召喚した眷属がそのまま住みつき、繁殖していった物だと考えられている。過去にも悪魔が現れて国を滅ぼした時に魔物の軍勢が大都市を覆ったという文献が残されている。不吉なことが起こる時は魔物の数が増えたり、活発に行動するようになる。
「あぁ、頼む。1度クルガンセルトには教会に来てもらわないとな。」
40手前の教皇は体格こそ恵まれていないものの引き締まった身体からは覇気が溢れている。11代目ネルメア教皇ソルノック=トン=トーリーはまだ見ぬ勇者に想いを馳せる。
「大国が1つ、カーリスト帝国に謎の集団が突如現れたようです。全部で33人。まだ詳細は分かりませんがリーガイアに落ちた勇者様と共通しているように思えます。」
1人の幹部がもたらした情報を全員で吟味する。
「まだ、何とも言えんな。」
教皇のこの言葉でその日の会議は終わった。
◇
1週間後
「え、ここどこ?」
空から落ちてきた男は目を覚ました。