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蟲と薬使いの魔女見習い

作者: 藤森かつき

 気がつくと、イリルミント・グルクは、見知らぬ部屋で、椅子に縛りつけられていた。

 椅子の背を背後に抱くような形で手首が縛られ、更に、胸の上下を椅子ごとガッチリと縛られている。

 ご丁寧に、足首同士も、縛りつけられていた。

 

 眠っているふりをして、回りの様子と自分の状態を確認する。

 

 がいとうや衣服の下までは調べなかったのだろう。くさりかたびらのように、素肌に直接、魔法防御の鎖と細かい宝石の飾りを、大量にまとっているのは無事だ。

 ただ、どうやって眠らされたか、分からない。

 大抵の薬は盛られても平気だし、魔法を掛けられたのなら、素肌に纏った防御が弾く。薬使いの魔女見習いとしては、かなりのくつじょくだ。

 

 少し顔を巡らせると、黒い外套を身に付けた見知らぬ男が、何かを、準備をしているような動きをしているのが、視野に入った。

 

「気がついたようだな」

 

 不意に振り向いて男が言う。

 茶色の髪、薄茶っぽい眼の色。長い髪は、前髪も全部ひっくるめて、後ろで纏めて縛り、黒い宝石のめられた黒い金属で作られたような額飾りをつけている。見た目の年の頃は、三十前後だろうか?

 

 特徴のない顔立ちで、額飾りが一番目立っていた。

 

「貴方は、誰? 私をさらったの?」

 

 挑戦的な響きの声音で、イリルミントはく。

 

 まだ、十三になったばかりだったが、魔法と薬の扱いに関しては、既に師匠のお墨付きだ。

 ぐるぐると、思考が空回りする。

 魔法防御は師匠から贈られたもので、最強なのだ。余程強い魔法でも無効化するはずだった。

  

「どうやって攫ったの?」

 

 せない。何故、攫えたのか分からない。イリルミントは、思わず重ねて訊いていた。

 

「穴に落ちたろう?」

 

 極々当たり前のことのように、何か作業を続けながら、男は言う。

 首輪? 枷? 何か、物騒なものに、魔気を込めている。

 

「穴に落ちた? そんな覚えはないわ。なぜ、私を、ここに連れてきたの? あなた、何者なの?」

 

 思い当たることは、何も無かった。

 

「私は、黒の魔道師だ。魔道を使したに決まっているだろう?」

 

 しかし、魔道を掛けられた形跡は、残っていないのだ。

 どんな術なら、師匠の最強の防御をり抜けることが可能だというのだろう。

 

「黒の魔道師? 私をどうする気?」

 

 縄から抜けようとして、イリルミントは、ジタバタと暴れたが、思ったよりも、縄目はきつかった。

 

「眠っていられると、記憶を抜くことができないのでね。目覚めるのを待っていた」

 

 手にした首輪をかかげてみせながら、黒の魔道師は物騒なことを言う。

 

「記憶を抜くですって! そんなことして、どうするの?」

 

「帰りたい場所を無くしてから、奴隷として売るんだよ。君くらいの年の子が、一番、高く売れるんでね」

 

「冗談じゃないわ」

 

 会話を引き延ばして、術で記憶を抜かれる前に逃げださなくちゃ、と、焦りつつも、イリルミントは、こっそりと、思いついた術の用意を始めた。

 

 幸い、窓は、開け放たれている。

 

「お前は、少し、ある女に似てるな。憎い女だ。代わりに、いたぶるのも良さそうだ」

 

 憎い女? 黒の魔道師の言葉に、わずかに首を傾げた。

 黒髪の巻き毛に青い瞳。

 それとも、顔の造形だろうか?

 

 黒の魔道師は、何気に悠長に、何かの準備を続けている。記憶を抜く術の準備には、時間が掛かるのかもしれない。

 

「あなた、名前は?」

 

「それは、記憶を抜いてから教えてやるよ。二度も名乗るのは面倒なのでな」

 

 記憶を抜かれるまで、待ってるわけないでしょう、とイリルミントは、心中で叫ぶ。

 

「ふむ。その青い瞳。やはり、記憶を消してから、私専用の奴隷にするか」

 

 つぶやきながら、やがて、黒の魔道師の手が止まった。

 

「以前は、水晶玉に記憶を入れていたんだが、それだと管理が面倒でな。首輪に記憶を入れて嵌めておくのが効率がいい」

 

 言いながら、首輪を手にすると、黒の魔道師は、此方(こちら)に向かって歩き始めた。

   

 黒の魔道師と言いながら、こちらが魔法を使う者であることには、気付いていない様子だ。

 とはいえ、黒の魔道師の術に掛かってしまったのは、不覚すぎて、悔しすぎる。

 

 縛られているので手間取ったが、ギリギリの所で、ようやくく、準備が整った。イリルミントは、黒の魔道師に気付かれないうちに、低く小さい呟きで呪文をとなえる。

 

 術の効果で、()()()は、じわじわと、窓の外に集まって来ていた。

 

 

 黒の魔道師が、真っ正面でイリルミントを見下ろす。首輪を掲げ直し、何か呪文を唱えながら、イリルミントの首へと嵌めようとし始める。

 

 首輪に、記憶を抜く効果があるのに違いない。嵌められてしまう前に、なんとかしなくては!

 

「今よ! みんな来てらって!」

 

 イリルミントは、叫ぶと、もう一つの呪文で、外のものどもを呼び込んだ。そして、なんとか身体を伝わせて口に含ませた薬粒を割り、中の粉を、黒の魔道師に思い切り吹きかける。

 

「うわっ、何をする!」

 

 怒号のように黒の魔道師の声が響き、薬を吹きかけられて驚いたのか、手を離れた首輪が床に転がっていった。

 

 甘い香りはどんどん拡がり、辺りに漂う。粉を吸い込んだのか、黒の魔道師はせ返っている。

 

 そこへ、急激な速度で呼び寄せた大量のむしたちが、雪崩(なだ)れ込んできて、黒の魔道師を包み込む――。

 

「ぅわぁッ……うぐぐっっぅぅ!」

 

 雪崩れ込んできた蟲の全てが、一気に、襲いかかるように、甘い粉(まみ)れの黒の魔道師にたかっていた。叫び声を上げる口にも、入り込んだのだろう。声は途中でくぐもって途絶えた。

 

 その混乱の中、イリルミントは、呪文でふところの薬の一つを、自分の口の中へと放り込んだ。

 途端に、身体は、二回りほど小さくなり、縄目が緩む。

 楽々と縄目から抜け出し、扉は鍵が掛かってる可能性が高いので、窓へと駆け寄り、よじ登って、脱出した。

 

 そして、今度は俊足の薬を飲み込んで、息が続く限り走り続けた。

 

 

 黒の魔道師に集った蟲には、木や藪などの地上に居るものだけでなく、土の中のものも居た。様々な甲虫に体当たりされれば、かなり痛いだろうし、蜂や百足(むかで)や、様々な毒虫、蛇のたぐいも混じっていた。

 

「魔女見習いをめないで欲しいものね」

 

 はあはあと、息を切らせながら、走り疲れて動けなくなった所で呟いた。

 

「はぁ、でも、危なかったわ。さすがに、お師匠さまの術と薬は、最強だけどね」

 

 きょろきょろと辺りを見回すが、追っ手は、今の所ないようだ。

 

「薬に丁度よさそうな蟲が沢山いたのに、惜しいことをしたわ」

 

 無事に逃げられたと分かると、不意に、そんなことを思う余裕すら出てくる。

 

「ところで、ここ、何処?」

 

 随分と、寒そうな場所だった。

 魔法の探査で辺りの情報を集めてみると、師匠の居る温暖なエダリアルの街からは、ほど遠く、四つほど街を飛び越えた場所だとわかる。

 随分と、遠い所に運ばれてしまったようだ。追っ手が来たら、拙いことになる、と、不意に、また焦燥感がつのった。

 

「テュエッカさまぁ、何だか、攫われてしまったの。一応、逃げ出してきたのだけど、歩いて帰れる場所じゃないみたい」

 

 衣服の帯に刺してある緊急連絡用の手鏡を手にとって声をかけると、応えが返ってくる前に、自分の身体が師匠の屋敷まで、飛ばされていた。

 

 

 

「イリル。あんた、どうして、捕まった場所で、直ぐに助けを呼ばなかったの?」

 

 状況の説明の途中で、師匠の魔女テュエッカは、目前に座るイリルミントに苦情のように言い放った。

 

 派手で露出の激しい衣装が良く似合う、魅力的な身体。頭の両脇で結わえた、長く直な黒髪が大量に両脇に流れ落ち、髪を結わえた根元には大量の花飾り。翡翠のような美しい瞳。

 薬使いの魔女テュエッカは、憧れの師匠だった。

 

「そう言われてみれば、そうね。全く、思いつかなかったわ」

 

「まったく。手鏡、身につけてるんだから、助けて、って叫ぶだけで済んだものを。取り返しのつかないことになってたら、どうするつもりだったんだい?」

 

 テュエッカは深く溜息をつきながら、イリルミントに聞いた。

 

「ごめんなさい。次は、必ずそうするわ」

 

「次なんて、あってたまるものですか」

 

 テュエッカが、深く深く溜息をつく。

 

「黒の魔道師だって言ってたけど、記憶を抜いてから名乗るって言って、名前言わなかったわ」

 

 屈辱の記憶ではあったが、思いだしつつ、報告する。

 

「記憶抜いて、奴隷として売るんだって」

 

 報告というよりも、イリルミントの言葉は、既に、世間話のような調子になってきていた。

 

「でも、どうやって攫われたのか、全く分からないの。魔道師は、穴に落ちただろう? って言ってたけど、そんな覚えないし。魔道に掛けられたって、テュエッカ様の防御は効いてたし。魔道掛けられた形跡もなかったの」

 

 少し眉根を寄せながら、テュエッカは黙ってイリルミントの話を聞いている。

 

「そんな奇妙な技を使うのに、私が魔法使う存在だって気付かなかったのは何故かしら? 衣服の下の魔法防御も調べた形跡なかったし」

 

「それは、不幸中の幸いだったわね」

 

 テュエッカは、呟くと、また、深く溜息をついた。

 

「ただ、魔法を掛けずに攫うことが出来たというわけね。ちょっと厄介だわ。あたしの方でも、少し調べてみるけど。しばらく、ここの結界の外に出るのは止めておいた方がいいかもね」

 

 テュエッカの言葉に、イリルミントは、渋々の態でうなづいた。

 

「私、魔法の杖が欲しいなぁ」

 

 イリルミントは、不意に、そんなことを口にしていた。魔法の杖があったら、穴に落ちる、なんてことの前に、何かを察知することができたかもしれない。

 

「それなら、作りなさい? 沢山沢山、蟲を集めて、魔気で固めて作るといいわ」

 

 造り方なら、もう分かっているでしょうに、といった口調で師匠が言う。それは、その通りで、ただ材料を全部集めるのが、とてつもなく大変なのだ。

 

「それじゃあ、私は、あんたの姉弟子の修行に付き合ってくるとするわ」

 

 大体の状況は分かった、という表情をしながら、テュエッカは立ち上がった。纏うドレスの寸隙から、綺麗な脚が露出して、流れる直な黒髪が妖しく揺れる。

 

「行ってらっしゃ~い。私は、修行なんて、面倒なこと嫌よ。薬で済むのになんでわざわざ」

 

 テュエッカを送りだそうとしながら、修行と聞いて、イリルミントは少し不服そうに唇をとがらせた。

 

「あんたは、薬作るのが上手(じょうず)だからね」

 

 テュエッカと姉弟子の修行は、一体、何をやっているのか知らないが、物凄い爆発音に加え、尋常ではない振動が伝わってきたりきょうせいが聞こえてきたりする。

 

「それじゃあ、店の留守番よろしくね」

 

 更に、一言、テュエッカはイリルミントにそう言い付けた。

 

「はーい。任せて、テュエッカさま」

 

 テュエッカの屋敷の一角は、薬屋の店先になっている。

 イリルミントは、店番を引き受けられるくらいには、既に薬の知識にもけていた。

 

 店先の、いつもの場所で、日々の修行代わりの薬を造るために、乾燥させた蟲をゴリゴリとつぶし始める。取り敢えずは、普段通りの日常が戻ってきているようだった。

 

 



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