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chapter3 真桜

 side 真桜


 とても華奢でかわいくて、戦うようには見えなかった。けれど、その第一印象はすぐに崩れることになる。握った手が、あまりにも硬くて……。


 そして、その後の出撃ですぐにその理由がわかる。私が援護をする暇もないほど鮮やかに、華麗に、敵を倒していく様子に見とれてしまった。一体どれだけの訓練を積めばあんな動きができるんだろうか。復活でも治らないほどの指になってしまうだなんて。


 憧れた、と同時に怖くなった。突然出てきたメリウに対しての戦い方に。


 手足をもがれようと五感の一つを潰されても敵に食らいつく。そして何より、援護がしやすかったのだ。まるで私がどのタイミングでどこを撃つか最初からわかっているかのように彼女は動き回り、むしろこちらが援護されているような気分にさえ陥った。


 隊長は気づいていなかったかもしれないけれど、彼女、笑っていた。最後にメリウの右目に獣核を取り出すために手を突っ込んだ時に。


 霧散したメリウを確認してすぐに彼女の元へと駆け寄った。倒れそうになった彼女を支えて私は驚愕することになる。


 無くなった手足。メリウの水の玉が当たったであろう場所は無残に抉られていて、今復活せずにそのままでいるのが不思議なくらいだった。早く拠点に戻って復活させなくては。


 私はたちにはすぐ復活できるように安楽死薬がある。しかしたまたま隊長も私もそれを切らしてしまっていたのだ。


 だから早く運ぼうと思ったのに、彼女は……。


「これじゃ帰れないのでちょっくら生き返ってきますね」


 迷いなく自分の首を掻き切ったのだ。なんの躊躇もなく。


 ヒッ、と怖くなり手を放してしまった彼女の体を、慌てて隊長が支えた。首からはドクドクと血が止まらない。もう骨も見えていてどれだけ強く迷いなく首を切ったのかが分かった。


 しばらくして傷がどんどんふさがっていき、無くなった手足も回復した。パチリと目を覚ました彼女が発した一言で私はさらに驚愕することになる。


「お待たせしました」


 まるで迷惑をかけた、とでも言うかのようだった。いや、実際に彼女はそう思っていたのだろう。申し訳ない、と言った表情をしていたのだから。そのあとに続いた言葉にも、私は思わずつばを飲み込んだ。


 帰るぞ、と声をかけた隊長にうまく返事ができなかった。恐怖心が少しでもあったから。得体のしれないこの子に。


 拠点に戻った後、医務室へと連れていかれる彼女を一人にするのがなんだか怖くて、思わず隊長に私がついていますと声をかけた。


 先に医務室に入り戸を閉めた彼女に続こうとしたとき、隊長から


「春音の事、よろしく頼む」


 と頭に手を置かれた。ここで私は気づいてしまった。まだ私が心の中で彼女の名前を呼んでいないことに。


「ま、任せてください! 年も近いですしね!」


 隊長の表情も見ずに、次の言葉も聞かずに、私も医務室へと入った。





 医務室へ先に入っていた彼女は、この拠点専属医師の縷紅(ルコウ)という女性に問診を受けていた。


「それで? 痛むところとか、違和感があるところはあったりしない?」


「大丈夫です。私治るのは得意なので」


「あら、得意な人だって失敗はするものよ。過信してはいけないわよ?」


 む、と言葉に詰まってしまう様子は年相応で、私は先ほどの恐怖心が消えていることに気づいた。


 彼女はまだ若いから、冷静な判断ができなくて突っ走ってしまったのかもしれない。


「そうだよ春音ちゃん、ちゃんと見てもらわないと。いきなり首斬っちゃうからびっくりしたよぉ」


「首……? 首!? 斬ったの? 自分で?」


 えぇ、と驚きの声を挙げる縷紅さんに彼女は普通に答えた。


「そうですけど……なにか……?」


「うちには安楽死薬があるから、拠点に帰ってきさえすればそんなことしなくてもよかったのよ! 痛かったでしょう……?」


「痛み……は、ないですね。そういう体なので……」


 驚いた。まさか痛みを感じないとは思っていなかった。それならこの子は、また同じようなことを繰り返すだろう。痛みを感じないのだから。


「真桜、この子の資料をちょっととってきてくれる? 資料部屋の一番新しい棚に置いてあるから」


「あ、はいわかりました。すぐとってきますね!」


 二人の横を通り過ぎて医務室の奥へある資料部屋へ入る。一番新しい棚にあると縷紅さんは言っていた。新しい棚……新しい棚……。あ、きっとこの棚だ!


 私がいない間二人がどんな会話をしていたかなんて、私は知りもしなかったのだ。


「とってきましたー!」




 side 春音


 真桜さんは、きっと私が怖いのだろう。いきなりあんなことをしてしまったから。けれども仕方がない。今まであれが普通だったのだ。ほかのリザルとはあまり関わってこなかったから……。次からは気を付けていこう。


 医師……縷紅さんの質問に答えていると、縷紅さんの顔色がさっと変わった。


 真桜さんに私の資料を頼み、真桜さんは別の部屋へ移動していった。


「それで……痛みがない、というのは?」


「? そのままの意味です。私は痛みを感じません。触覚がないわけではないのですが、痛みだけありません」


「それはいつから?」


「いつから……でしょう、気づいた時にはそうなってました。多分リザルになった時からだと思います」


 問診表にスラスラと何かを書いていく縷紅さん。そして書き終えた後にこちらを見て言った。


「あなたが前にいた所を今ここで聞いたら、私は消されるのかしら?」


 その言葉に私は即答した。


「はい。今後ろにいる真桜さんごと」


「あら怖い怖い。それじゃぁ私は聞かないことにするわ」


「そうした方がいいと思います。私がやらなくても……やる人は必ずいる。聞かないことが、あなたにとっても私にとっても一番いい選択だと思います。」


 誰だって自分の身が一番かわいいだろう。私だって死にたくないし。


「とってきましたー! これですよね? 春音ちゃんの資料」


「ありがとう。そうそうこれが欲しかったのよ」


 明るく響いた真桜さんの声に、緊張していた空気が緩む。真桜さんから受け取った資料をパラパラと呼んで、縷紅さんが私に話しかけた。


「向こうから引き継がれていない情報があるわね。血液型とか。その辺調べたいからちょっと残ってくれる? このあと任務はないでしょう?」


「分かりました。真桜さん、付き添いありがとうございます。もう大丈夫だと思いますので、先に戻っててください」


「分かった、じゃぁまたあとでね、春音ちゃん」


 笑って出て行った真桜さんを確認して、私は口を開いた。


「私、血液型ありませんよ。基本どの血液でも行けます。それになにかあっても復活すればいいですし……」


「こら、その物騒な発想はやめなさい。ここに来たからにはうちの方針に従ってもらうわよ。まずは“命大事に”。いくら復活できるとは言え復活の後遺症が何もないとは限らないんだから。後遺症として目が見えなくなった、耳が聞こえなくなったなんて話も聞くのよ? 私たちには自然治癒能力もあるんだから、それを十分に使って治すのが一番なの」


「でもそれじゃぁ任務に行けないじゃないですか……」


「怪我人に出す任務はないのよ。治るまでお休みよお休み」


 休み、だなんて私には無縁だった。絶えずドロップを狩って殺して喰って、それが当たり前だったのに……。


「それじゃぁ獣核が足りなくなりませんか?」


「ここの後ろの部屋にいざという時のストックは大量にあるから心配なんざしなくていいのよ。自分で狩ってた昔とは違って今は政府からの供給もあるし。最近はなんだか少なくなってきたけれど……」


 政府からの供給。それには聞き覚えがあった。きっと私が前に居た部隊で聞いた話だ。私たちが回収した獣核は政府に一度全てを渡し、その後私たちの最低限の分が配布される。きっとあの膨大な量の獣核はこうして配られていたのだろう。


 すべて回収されるならと、私たちは常に最前線で戦い喰らい続けていた。


 ……? まてよ? ぞれじゃぁ、部隊が解散した今はどうなるんだ? 私たちが今まで狩り続けていたものは部隊が解散したため供給がストップされている。それをどうやって政府は獣核を手に入れるんだ?


「その、少なくなってきたって話……もっと考えた方がいいかもしれないです。もしかしたら、政府からの配布がストップするかもしれない」


 もし配給がなくなったのなら、きっと獣核の奪い合いが起こる。人間、リザルとドロップとの戦いだけじゃなく、ドロップ同士も戦うことになってしまうだろう。


「ストックがある、てさっき言いましたよね。それはきっと、隠しておいた方がいい」


「……どうして、ていうのは聞かないわよ。分かったわ。上にもそう伝えておく」


 あと話がそれちゃったけど血、とらせてね。と笑う縷紅さんを見て、この話は終わりだと悟った。




 色々と検査が終わった後、新しくいただいた自分の部屋に戻ると、部屋の前に真桜さんがいた。真桜さんは苦笑いしつつ、私に向かって手を振った。






 side 真桜


 勢いできてしまったけれど、いざとなって何を話すかが出てこなくなってしまった。彼女の部屋は当たり前だがまだ必要なもの以外何もそろっていなくて、冷蔵庫から取り出し渡された配給の飲み物をちびちびと飲んでいた。


  さて、なにを話そうか。彼女も彼女で話すタイミングが分からないのかさっきから口を開けたり閉じたりもじもじしている。こう見ると普通の女の子なんだけどなぁ……。


 よし、話す、話すんだ!!


「「あのっ……」」


「「あっ……」」


 お互いにかぶったことにわたわたと慌てて、なんだか異様な光景になってしまっている。ふぅ、と一息ついたところで彼女から、真桜さん先にどうぞ、と言われたので頷いて話しかけた。


「あの、春音ちゃんは、死ぬこと……復活することが怖くないんですか?」


 私はとても怖い。ここで治療する場合安楽死薬を使うから眠るように死んで復活できるけれども、もし戦闘中に死んだ場合苦しいし、復活してすぐにまた殺されることだってある。それなのに彼女はなんの躊躇いも見せなかった。


「いくら復活できるからと言って、いや、復活できるからこそ、殺され続けることだってあるんですよ? 脳を破壊されない限り生き続ける私たちは……実験動物にだってされかねない」


「もうなりましたよ」


 話している最中にどんどんうつむいてしまっていた顔が、彼女の一言でガバリと上がった。


「もう……なった……?」


「ちょっとした研究所に居た時。どこまで行ったら死ぬのか、どこが復活できてどこができないのか、痛みを感じない私は格好の餌食でした」


 辛くない、と音声は語るのに、顔が全然合っていなくて、私は声が出せなかった。


「他にも何人かいたけれど、私以外全員、自害しました。皆それぞれの方法で頭を潰して、かけらも残さず霧散して逝きました。方法は聞かない方がいいと思います」


「それじゃ……残った春音ちゃんは……?」


「私一人残ってしまったもので……実験全てを引き受けさせられました。頸は何回も飛びましたし、意識のあるまま内臓を引きずり出されたことだってあります」


 もう綺麗に治ってますけどね。と笑っていても、全然……笑えていなくて悲しそうで、思わず彼女の手を握ってしまった。


「……次にいた所、前の部隊では上司はまともとは言えない人がたくさんいたけれど、同じリザルたちは気さくで、こんな私にも話しかけてくれて、とてもいい仲間に恵まれました」


 握った手を更に握る。彼女の手が震え始めたからだ。


「みんな、霧散しちゃったんです。跡形も残らずに」


 また私だけ残ってしまった。とこぼす音になりきれてない声は、私の耳にしっかりと届いていた。


「だから、死ぬのが怖い。ていうのが分からないんです。死んだ時だけ、みんなにちょっと会えるから。たとえそれが幻覚だとしても」


 ポタリ、と手に落ちたのは私と彼女、どちらの涙か。いや、泣いているのは私だけだったのだけれど、彼女も確かに泣いていたのだ。心が、泣き叫んでいた。


「真桜さん? どうして泣いているんですか? 何かいけないことを私は言ってしまったのでしょうか?」


 焦った様子の彼女に私はただ首を振って応えた。


 私はなぜ彼女に恐怖していたのだろう。理由があったのに、ただ事実だけを見て怖がって。こっちの方がよほど失礼じゃないか。


「ごめ……ごめん……なさい! 私、春音ちゃんが怖かったんです。迷いなく自分の首を斬ったとき、怖くて手を放しちゃったんです! ごめんなさい! ううぇええぇん!!」


 誤った瞬間にあふれ出てくる涙が止まらなくて、右手はつないだまま反対の手でよしよしと頭を撫でられた。それにまた涙が出てくるものだから困った。いや、困っていたのは彼女だろう。なんせいきなり謝られて泣き出されたのだから。


 それでも私の言いたいことはなんとか伝わったようで、彼女は……春音ちゃんは、いいんですよと一言口にした。





「そういえば、春音ちゃんの言いたいことってなんだったのでしょう?」


「あー……え……っと、その……」


 私が泣き止んだ後に聞いてみれば、指をくるくる動かしてなんだか落ち着かない春音ちゃん。


「私が……怖くないか聞きたかったんです……。もう、解決しましたので……」


 顔を真っ赤にして話す春音ちゃんは、なんだかとても可愛くて……。


「もう、怖くないです!!」


 大丈夫です! と抱きしめれば、ありがとうございます。と照れたように春音ちゃんは笑った。


 よーし! 今日は夕飯食べた後親睦を深めるため夜にまたお話ししよう!!





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