第9話:遠い刹那
校長:
「……という
わけでですね〜」
いつもの無駄に
長い話も終盤を向かえ、
皆がざわめきだした頃、
マイクがガタンッと
軽く音を立て、
校長の足が奥にいく。
代わりに
短い靴下を履いた
下級生の
女子の足に変わる。
見上げようと
上を見た途端、
それはすでに遅かった。
河南:
「まだ朝礼は
終わってないぞ!!
みんな最後まで
話を聞いてくれっ!!」
耳慣れしない大音量が
体育館中に響き渡る。
もちろん俺は
一瞬の勘を信じて
耳を塞いだが、
隣りにいた古今は
潰れていた。
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《遠い刹那》
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人混みの中にいた
河南を見つけ出し、
「よっ」、と声をかけ
話をし始める。
漉音:
「今日も
名演説だったな。
全員がお前に
耳を傾けてたぞ」
河南:
「やめてくれ。
あんなのただ
一喝しただけだ‥」
河南はこっちを
振り向きもせず、
ただ、軽く溜め息を
つくばかりだった。
河南:
「…ん、いや、
心配しないでくれ。
何でもないんだ‥
本当に、何でも‥」
一瞬のうちに
河南が膝を折り、
廊下にしゃがみこむ。
漉音:
「お、おい!
河南、大丈夫か?」
河南:
「し、心配…するなと」
漉音:
「もう喋るな。
保健室行くぞ」
河南:
「お前にそんな心配…
かけられる筋合いは‥」
漉音:
「意地張るなよ。
ほら、連れてってやる」
河南を
背中におんぶして、
俺は急いで
廊下を走り出した。
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放課後、保健室
先生からの呼び出しで
保健室に行くと、
静かに寝息をたてながら
眠っていた河南がいた。
幾つもの包帯を巻いて。
漉音:「河南‥‥?」
先生:
「由来君、
彼女は私には一切
何も話してくれないの。
そんなときこの子が
小さく由来って呟いて…
ちょっと起きるまで
ここにいて、
事情を聞いて
くれないかしら」
漉音:
「………」
先生:「…よろしくね」
先生が考慮してくれか、
席を外す。
漉音:
「…ったく、
どうして生徒会長さんが
こんな包帯
まみれなんだよ」
届かない独り言。
いや、聞いてない方が
いいから俺はこんなこと
言ったのか‥
河南:「……由来か?」
一瞬飛び退きそうになる
誰だって
死んでるはずの人が
いきなり起き上がったら
驚くのと一緒だ。
漉音:
「目…覚ましたか、
河南?」
河南:「まあ……な」
ひとまず、渚の家に
連れて行くことにした。
あそこに行けば
河南も元気になって
くれるだろうからな。
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環那:
「河南さん、
遠慮せずに
くつろいでくださいね」
河南:「ど、どうも‥」
玖珠:
「生徒会長たぁ、
すげえじゃねえか」
河南:
「そんな大層な
ものでは‥」
完全におされてた。
なんかまずいな‥
渚:
「お鍋が出来ました〜」
渚が鍋を
にこにこしながら
持ってくる。
この一家にとって、
来客は嬉しい限りだ。
しかも環那さんと
おっさんにとっては
娘の友達が
遊びにくるほど
嬉しいことはないだろう
漉音:
「ま、気楽にやれよ」
河南:「む…少々苦手だ」
玖珠:
「ほらほら、
会長さんもぱーんと、
楽しんでいけえ!」
だが河南の顔は
苦笑いで留まっていた。
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河南:
「ふー…如月さんの
御両親はすごいな。
いつもこんな
感じなのか?」
渚:「んー、ですね」
それを聞いた途端、
河南の顔が暗くなる。
(なったように見えた)
河南:
「そうか、
羨ましい限りだ‥」
漉音:
「…なあ河南。
どこか
悪いんじゃないのか?
その傷だって‥」
河南:
「な、何でもない!」
……結局
このあとも河南が
話してくれることはなく
空が暗くなってきたので
帰ることになった
河南:
「それじゃあな、
由来、如月さん」
漉音:
「本当におくって
かなくていいのか?」
河南:「心配するな。
私は河南亜希だぞ」
それだけ言うと
河南は扉から姿を
消してしまった。