第十八話 バール、警戒を促される
月曜日踏破('ω')!
お疲れ様でございます。
ささ、バールをどうぞ。
冬が過ぎ、緑が芽吹き始めるころになっても世界に変化はなかった。
むしろ、【勇者】が派手に活躍して、少しばかり例年よりも平和なくらいだ。
ただ、それが上っ面のものであることを多くの人々が肌で感じていた。
というのも、数か月前におきた教会の内部紛争が貴族社会にまで飛び火して……内乱の気配すら見せているからだ。
【勇者】を擁する『神勇教団』は、「自らこそが真なる神の使徒である」と唱え、それに追従した貴族たちと、それを認めない貴族たちの間で小競り合いが起き始めていると、手紙を届けに来た『メルクリウス運送』のブジリが言っていた。
各地に拠点を持つ『モルガン冒険社』からも同じ報告があがっている。
そんな折、バーグナー伯爵ザガンが俺達の小屋敷を訪れていた。
『ガデス』から戻っての会議の後、王都に行ったままだったザガンが、急に来るというものだから、昨日は掃除に大忙しだった。
何せ、曲がりなりにも相手は居住地の領主だからな。
「お茶どうぞ」
「ああ、すまぬな」
ロニの出した茶を前に、顔の四角い領主殿が会釈する。
でかい図体をやや緊張させた様子は、あまりいい知らせを持ってきたという感じではない。
「それで? 話って何なんだ? 『ズヴェン』関連の事か?」
「そちらについては、まだ何もつかめていない。だが、少々まずいことになっていてな」
茶を一口すすったザガンが、大きく息を吐きだす。
「……『神勇教団』が君たちを引き渡すよう、内々に要求があった」
「は?」
一瞬、何を言っているのかよくわからなかった。
「どういうことだ?」
「わからん。ただ、『神勇教団』の教皇ナブリスは、元は教会の大司教……ナンバー2だ。君たちの事を把握している。君たちがそれを隠していることもな。その上で、引き渡しを要求してきておるのだ」
「え、ナブリス大司教? あの人……」
「知ってるのか? ロニ」
ロニがうなずいて説明を始める。
ナブリス大司教はサルヴァン師に次ぐ教会権力を持った教会の重鎮だ。
だが、その方向性で度々ぶつかることがあったようだ。
曰く、「俗っぽすぎる」と。思わずお前が言うなと言いたくなるが、俗っぽさの種類が違うらしく、強い権力志向を持っていたようだ。
ザガンが補足するには、俺たち二人の事に関してもかなり反対をしていたらしい。
〝勇者〟と〝聖女〟を最大限活用して、権力拡大を図るべきだと主張して、サルヴァン師と強く対立していたとも。
「わたし、あの人は好きじゃない。わたしの事を道具みたいに言うんだもの」
「生臭具合が一段違うな。さて、そのナブリスとやらは何の用事だろうな」
手元に戦力を集めるつもりか?
もしかしたら『ズヴェン』の事を何か掴んだのかもしれないが、それならそれでそう言えばいい。目的がわからない。
「すまない。こんなことになってしまって」
あまり軽く下げてはいけない頭を下げるザガンに、俺は首を振って応える。
「仕方ないだろ。しかし、そんなことになって、サルヴァン師は大丈夫なのか?」
「今のところはな。だが、徐々に切り崩しを受けている。何せ、『神勇教団』には【勇者】が三人もいる。派遣をちらつかせれば、コロっといく領主もいるのだよ」
魔物被害で困っている場所は、比較的多い。
それは古くから続く、生存競争でもある。人と魔物の生活圏は常に隣り合わせるか……重なり合うのだ。
その脅威を取り除けるのであれば、『神勇教団』に恭順してもいいという領主が出るのも仕方あるまい。
背負うものは、自分の命だけではないのだから。
「しかし、引き渡しとはな……」
「だよね。用事があるなら、依頼でもしてくればいいのに」
ロニの言う通りだ。
俺達は冒険者だ。リスクと報酬が見合えば依頼に応じる。
それなのに、居住地の領主に引き渡し要求をするなど、少しばかり動きがおかしいな。
そもそも、用事があるなら直接会いにくればいいのだ。
「彼らが脅威に立ち向かってくれているのは確かだ。冬を安全に越せたという未踏破地域に隣接する領も多い。だが、争いの火種になっているのも確かなのだよ……。このままでは、内乱になる」
「それは……まずいな」
『ズヴェン』が潜んでいる状況で内乱など起きれば、取り返しがつかない事態が起きるかもしれない。
今は人間同士で争っている時ではないというのに。
「さて、どうするか」
こういう頭を使う仕事は向いていない。
しかし、クライスは『ズヴェン』の件で他領に出張っているし、キャルもそれについていっている。
……デクスローに相談するか。
知恵者だし、きっと何かいい案を考えてくれるだろう。
「ああ、いや心配ない。要求そのものは突っぱねておいた」
顔に出てしまっていたらしい、苦笑したザガンが軽く手を振ってそう告げる。
「そうなのか?」
「当然だ。どうにも『神勇教団』は胡散臭い……」
「確かにな。いきなりすぎる」
いくら【勇者】とはいえ、そこまで急速に求心力を得られる物だろうか?
「何にせよ、『神勇教団』が次にどう出るかわからぬ。充分に用心をしてくれ。困ったことがあれば、ワシにすぐに知らせてくれよ」
「ああ、知らせてくれてありがとうよ」
ザガンが椅子から立ったその時、扉が叩かれた。
「誰だ?」
「オレだ。そこに叔父上はいるか?」
扉を開けると、元『パルチザン』でパーティを一緒に組んでいたヴィジルが顔をのぞかせた。
「なんだ、久しぶりじゃないか。せっかく来たんだ、茶でも飲んでいけよ」
「そんな悠長な話じゃねえんだよ……!」
あの飄々としたヴィジルがこうも取り乱す事態は珍しい。
「どうした、ヴィジル」
「叔父上、『神勇教団』がトロアナに来ています」
「なんだと……?」
ザガンに断られて即行動とは、フットワークの軽い連中だ。
「いい機会だ。俺が様子を見てくる」
「わたしも行く」
「ロニは留守番だ。連中の考えがわからんからな」
「……わかった。気を付けてね」
二人で頷き合う。
「叔父上殿、行きますよ。連中に見つかると面倒ですからね」
「……すまぬ、バール殿、ロニ殿」
「気にしないでくれ。どうせ、居場所はバレてんだ……遅かれ早かれって話さ」
ザガンとヴィジルに軽く手を振って別れを告げ、俺は今にも降り出しそうな曇天の中をトロアナの市街地に向かって歩き出した。
いかがでしたでしょうか('ω')
そろそろ、物語が加速してまいります。
今週は少々心を抉る場面もありますのでご注意ください。




