世界の仕組み
英理とピーチは高級ホテルの前に立つ。
……さっきはああ言ってみたけど、消火栓叩き壊そうとしちゃったし、断られたらどうしよう。別のホテルにも無料で泊めてくれないか聞いてみて、全部断られたらルイさんの家に2人まとめて泊めてもらおう。
英理はピーチと一緒にホテルの中に入り、ホテルマンに尋ねる。
「あのー、無料で泊めてもらうことって可能ですか?」
「もちろんですとも。最上階のお部屋にご案内しますね」
よかった。大丈夫みたい。
美人であれば、ほとんど望みが叶う世界みたいだ。
でも、なんで火事の時、ホテルから覗いてる人たちは鍵を素直に渡してくれなかったんだろう。消火栓の鍵を壊すにしたって野次馬も手伝ってくれなかったし。
上流とか中流とか階級の問題が絡むと複雑になるのかな?
英理とピーチは最上階の部屋の中に入る。
「広―い! すごーい!」
ピーチは驚く。英理も初めて高級ホテルに泊まったので実際に写真で見るよりもインパクトがあった。
ピーチは英理と同年齢だが、無邪気にはしゃいでいる。
「クリスさんはいいですよね」
「え?」
「そんなに美人だったら、どこでもフリーパスでしょ?」
「ああ、そうかも……」
「うらやましいなー。あたしも美人に産まれてきたかったなー」
英理は平凡顔のピーチを地球の自分に重ねて見ていた。
「そのことなんだけどさ、ピーチさんに聞きたいことがたくさんあるんだけど」
「うん。命も助けてもらったし、美人だし、何でも言ってください」
そして、英理とピーチは夜が更けるまで話し込む。
ピーチは英理がまったくこの世界について知らないことに驚くが、英理は本当のことを言うべきか迷い、とりあえず自分は記憶を失っていると話す。
「そろそろ、寝よっか。ピーチさん、先お風呂どうぞ」
「ありがとうございます」
ピーチがお風呂に入っている間、英理はベランダに出て、心地良い風にあたりながら、夜景を見て物思いにふける。
この世界は最上流階級の王族が支配していて、地球とは違い、国なんてものがない。
その王族が数百年前に美女を優遇する制度をつくって今に至る。
人々は階級で区分されていて、王族である最上流階級、貴族である上流階級、一般人である中流階級、底辺の仕事にしか従事できない下流階級、戸籍なしの奴隷である最下流階級がある。
私はこの世界では身分上、最下流階級にあたるのね。
でも、美貌があればあるほど身分関係なく、いろいろなものを手に入れられる、優遇される世界。
死後にこんな世界に行く場合もあるなんて地球の科学者が知ったら仰天するだろうな。
私だって絶対にこんな世界があるなんて言われても信じなかっただろうし、どんな人間も死んだら無だと思ってた。
この異世界には、転生してきた者が私一人しかいないことは直感でわかる。
しっかし、実際に美人に転生してみると、妄想とは違うなー。
整形とはわけが違う。整形は元の顔をいじるという、お化粧の延長みたいなものだから、整形後の顔に恋されても、自分に恋してくれたんだって感じれると思う。
でも、転生はこれまでの自分の人格や精神と共に形成されてきたわけでない、まったく自分とは関係のない顔と体が与えられる。
そんな姿に恋されてもなー。自分の人格や精神はあくまで、元の顔と体によって形成されたものだから、好きになられても、元の外見だったらどうなのって思っちゃう。
まあ、中にはそれでも自分を好きになってくれたって感じれる人もいるんだろうけど、私もそういうタイプの人間だと思ってたんだけど、私はそういうタイプの人間ではなかった。
私は今の姿で恋を楽しめないと思う。
記憶がない状態で、最初っから美人が一番いい。
ナンパしてくる男が多いけど、この世界では無理矢理に力ずくで迫ろうものなら、逮捕され想像を絶する苦痛を受けた後、死刑にされるみたいだから、美人であってもそういう心配はしなくていいみたい。男にとってはその刑は最大の恐怖の対象らしいし。
まあ、壁ドンとか顔を至近距離まで近づけるとか、ぎりぎりのことをしてくる男はいたけど。でも、同意の上じゃないとそこから先には進まなかったんだと思う。
あーあ。私これからどうしよう。せっかく美人に転生しても恋愛を楽しめないって致命的でしょ。何を楽しむの? 外を歩けば美人が優遇される制度に腹立つし。私もこういう状況を楽しめる人間だったらよかったのになー。
コンコンと玄関をノックする音がした。
英理はびっくりして振り返る。
そろりと玄関まで寄っていく。
「誰?」
「クリス様に封筒とメッセージが届いております」
手紙? 誰が? ここに私が泊まってること知ってる人なんていないよね?
英理は不審に思う。
「封筒は玄関ドアのポストに投函させていただきます」
ポストに白い封筒が入り、英理は手に取る。
「メッセージを申し上げます」
「あなたの秘密を知っている。ぜひお会いしたい」
私の秘密? 何!? 転生のこと?
「以上でございます。では失礼いたします」
ドアの近くから足音が遠ざかっていく。
英理は白い封筒から手紙を取り出して開く。
「明日の13時にメンデル広場の中央カフェでお待ちしています。 クラウン・ナイト」
……クラウン・ナイト。ああ、あの男か。
英理は少し違った魅力を放っていたイケメンの男を思い出す。
でも何でこの部屋を知ってるの? まさかストーカーされた?
その時、ピーチがお風呂から出てきた。
「クリスさん。お風呂もすごかったです」
「そっかー。じゃあ、私も入ろ」