3人の男
そんな中、黒髪の美青年であるルイ・シファーが英理の後方から走ってきた。
ルイは燃え盛る建物を見た後に、必死で消火栓を石で叩いている英理の後ろ姿を見る。
「残ってるのは下流階級の子だそうだ」
その野次馬の声を聴き、ルイは一目散に火事の建物に向かって走り始める。
英理は石で必死に鍵の破壊を試みていると、横で金属音がして視線を向ける。
鍵が十数個ついたリング状のキーホルダーが地面に落ちている。
鍵!? 誰か落としてくれたの?
英理はすかさず鍵を拾い、いくつもある鍵を順番に錠に差し込み始める。
次の瞬間、野次馬がどよめく。
「青年が火の中に入っていたっぞ!」
英理は驚いて、燃えている建物を見る。
「残ってるのが下流階級の子だって言ったのか!」
「言ったさ。いつ崩れ落ちてもおかしくないとも忠告した!」
「見りゃわかる!」
「なのに、無視して行きやがった!」
英理は鍵を必死で順番に錠へ差し込むことを再開する。
ルイは燃え盛る建物の中を必死に走った。
くっ……火が強い! 仮に生きて出られたとしても、重度のやけどを負って助からないかもな。
少女のところへたどり着いたときには、ルイの衣服に火がつき、少し燃え始めている。
「大丈夫か!?」
少女は煙で咳き込んでいる。
ルイは急いで少女を抱え、出口に走っていく。建物がところどころ崩れ始めている。
駄目だ。体に炎が燃え移ってる。出口までもつか? 消火栓を使おうとしてたやつがいたが、鍵がなければ無理だろう。
英理は鍵で消火栓の開錠に成功し、ハンドルを回し、ホースから水が勢いよく出る。
大量の水はそのまま、野次馬の頭上を通り越して建物の中に放出される。
建物の中で少女を抱えて出口を目指していたルイに水がかかる。
水!? 消火栓の鍵を開けられたのか。助かった!
ルイと少女は勢いよく出口から入ってくる水を浴びながら、出口を目指す。
おおっという野次馬の歓声が上がる。
建物の出口から少女を抱えたルイが出てきたのだ。
英理は女の子と美青年が出てきたのを見て、ほっとする。
ルイは少女を抱え、英理のところへ歩いてくる。
「ありがとう、あんたのおかげで助かった」
ルイは少女を地面におろす。
「お二人とも本当にありがとうございます。助かりました」
少女は2人に感謝する。
ホテルの最上階のベランダから、その様子を見ていたクラウンは小さく笑み、部屋に入っていく。
燃えていない場所に少女は取り残されていたので、2人とも同程度の軽度のやけどで済んでいた。
「でも、やけどが!」
「ああ、これくらいで済んでよかったよ。薬草があれば完璧だけど、高くて買えないしな」
英理はここに来る途中、薬屋があったことを思い出す。
「私、薬草もらってくる! ちょっとここで待ってて!」
英理は走っていき、薬屋につく。
「すいません。このお店で一番やけどに効く薬草を2人分無料でください」
「美しい……これが当店で最高級のやけどに効く薬です。持っていって下さい」
英理は薬を手に入れ、走って2人の下に帰り始める。
その瞬間、馬車とすれ違う。
馬車に乗って外を何気なく眺めていた金髪の美青年であるノア・フェリックスは、すれ違った英理が一瞬視界に入る。
「馬車を止めてくれ!」
「は?」
運転手は聞き間違いかと思い、聞き返す。
「馬車を止めろ!!」
「かしこまりました」
馬車が止まり、ノアは勢いよく扉を開け、外に出て馬車の来た道を見る。
くそっ……見失ったか。あんな美しい女性は見たことがない!
英理は人混みの中で角を曲がって、2人の下に走っていた。
「薬もらってきたよー」
ルイと少女は走ってくる英理を見る。
「はい! これ使って」
英理は2人に薬を差し出す。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
2人は薬を使うと、やけどがみるみる治癒していった。
「こんなに効果があるの?」
英理は驚いて2人のやけどの治りを見る。
「薬草じゃ、ここまでの効果はないけど、これはさらに高い薬だな。それに軽度のやけどだったからここまで回復が早いんだ。重度だとそうはいかない」
「そうなんだ」
……地球じゃ、こんな数秒でみるみる治癒すること自体ありえないんだけど。
完全に2人のやけどが治ってしまう。
「あんた、名は?」
ルイに聞かれて英理はドキッとする。
「栗栖英理です」
「そっか。ありがとうな、クリスさん」
「あなたの名前は?」
「ルイ・シファー」
ルイの端正な顔立ちに英理は見入ってしまう。
「ルイさんは何をされてる人なんですか?」
「時計屋。時計をつくったり、修理したりする」
「そうなんですか」
「あんたは?」
「私は……」
英理は答えに詰まる。
「……まあ、働く必要がないよな。それだけの顔があれば」
ルイは察したように目を瞑る。英理は釈明しようにも、どう言えばいいのかわからず、黙り込む。
「この子をどうするかだな」
ルイは少女を見る。
「君の名前は?」
「ピーチ・テレサです。私はあの建物の中で従事する唯一の下流階級でした。住み込みで働いていたので、建物が全焼して住む場所がなくなっちゃいました」
ピーチはむなしそうに建物を見る。
「じゃあ、俺の部屋に一時的に来るか? 狭いけど」
「いいんですか?」
「いや、私のところに来なよ。恋人でもない男女が狭い部屋で生活するのはちょっと……」
「それもそうだな。じゃあ、頼めるか? 何か困ったことがあったら、あっちに時計屋があるから、訪ねて来いよ」
ルイは方角を指差し、立ち去っていく。
……カッコいい。あんなイケメンが見ず知らずの人間を助けるために命懸けで火の海に飛び込むなんて。地球じゃ絶対にイケメンでそんなことできる人はいないよね。
英理はルイの立ち去っていく後ろ姿を見つめていた。