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最悪の出会い

「クラウンさんよ!」


女性の黄色い声を聴き、英理は周囲の女性たちの視線が集中している方を見る。


女性の熱視線を浴びながら、茶髪の美青年が歩いていた。いかにも貴族といわんばかりの風貌である。


クラウンは英理に気付き、足を止めて驚く。そして、英理のもとへ近づいてくる。


「クラウン・ナイトと申します。お美しい人だ、お名前を聞いてもよろしいですか?」


またか……。


英理はうんざりする。さっきから何度もイケメンにナンパされ続けて、イケメンに言い寄られることへの耐性がついてきていた。


「栗栖英理」


興味なさげに英理は返答する。

しかし、クラウンが近くまで来ると、英理は思わずドキッとして、クラウンの顔をガン見してしまう。間近で見るとクラウンのルックスは、先ほどまでアプローチしてきた数人のイケメンとは何か違った魅力を放っているように感じた。


「クリス・エリさんですね。この後……」


「大当たり―!」


クラウンの声を遮る大きな声が近くのお店から発せられる。


英理やクラウン、周囲の人は店の方に視線を向ける。


「1等の当店に1個しかない開業以来ずっと美味しさを染み込ませ続けた饅頭を見事引き当てましたー!」


中学生くらいの女の子が顔を上気させて喜んでいる。


「店主!」


クラウンが大きな声で呼びかける。店主や周囲の人たちがクラウンを見る。


「その饅頭、この方に譲ってあげられないだろうか?」


クラウンは英理に片手を向ける。英理は驚く。


「なんと……美しい」


店主は英理を見ると驚いて目を見開き呆然とつぶやく。


「もちろんですとも! 嬢ちゃん悪いね。あんな美人ならしょうがないよ」


店主は急いで饅頭を1個お皿にのせてもってくる。英理は茫然としていた。さっきまで喜んでいた女の子は泣きそうである。


英理は腹の底から怒りを感じた。


「どうぞお食べ下さい」


店主は饅頭がのったお皿を英理に差し出す。


「どうも」


英理は皿を受け取る。


「よかったですね」


クラウンはにっこりと笑う。


英理は皿を持ったまま、女の子の方へと歩き出す。


クラウンや店主、周囲の人たちは英理を目で追う。


英理は泣きそうな女の子の前まで来て、お皿を差し出した。


「はい、どうぞ」


女の子は差し出されたお皿を受け取り、信じられないという表情で英理の顔を見る。


その光景を見た周囲の人間は時間が止まったように凍り付く。


「ほら、早く食べなきゃ他の人に取られるかもよ」


女の子は英理の言葉に促され、すぐに饅頭を食べた。


「……美味しい」


幸せそうな顔で女の子は饅頭を口の中で噛む。


「よかったね」


「ありがとうございます」


「お礼を言う必要なんてないよ。あなたが当てたものなんだから」


英理はクラウンの方に顔を向け、嫌悪感いっぱいに睨みつける。


クラウンは目を見開いて驚いていた。その他の周囲の人も茫然としている。


英理は無視して、その場から立ち去っていった。


何なの? あれ! どうかしてるでしょ。何であんなことが平然とできるわけ? 何で、誰もかれもそれがあたりまえのように思ってるわけ?


腹立たしい気持ちで英理は街を歩いていた。


私は絶対にこんな世界認めない!


しばらく歩いて、立ち止まる。


……今日どこで寝泊まりしようかな。さっき高級そうなホテルのホテルマンが無料で宿泊していいって言ってたっけ? 本当に宿泊できるか早めに試しとこ。


英理は振り返って、来た道をもどっていく。


高級そうなホテルの近くまで行くと異変に気付く。


ホテルの向かい側にある建物が燃えているのだ。


「火事だ!」


周囲の人たちが叫んでいる。

高級ホテルに宿泊している人たちはベランダから、その様子を見物している。ホテルと燃えている建物は大きな道を挟んで距離があるので、ホテルに火が燃え移る心配はなく、宿泊している人は涼しい顔をしていた。


「一人、女の子が取り残されてるぞ!」


「でも、もういつ崩れてもおかしくない! 危険だ!」


「それに、下流階級の子みたいだ」


人々が叫ぶ中、英理は火が回って、今にも崩れ落ちそうな建物の中を見る。奥の方に少女が一人うずくまっていた。


さすがに火の中には飛び込めない。水はどこに?


英理はあたりを見回し、高級ホテルの近くに設置されている大量の水が出そうな消火栓のようなものを見つける。高級ホテルまで走り、外に出て見ているホテルマンに詰め寄る。


「あれ、水が出るんでしょ?」


「はい、消火栓です。当ホテルが火事になった場合に使用するものです」


「じゃあ、あれ使ってあっちの火を消すこともできるでしょ?」


「いえ、あの消火栓は上流階級の方が持つ鍵がないと使用できません」


「そんなこと言ってる場合? あなたは鍵、持ってないの?」


「我々は持っていません。持っているのは上流階級と最上流階級の方だけです」


英理は消火栓に駆け寄る。地球の消火栓よりは、素人でも大量の水を狙った位置にコントロールして当てることができそうな形をしていて、ホースもついている。しかし、鍵がかかっており、肝心の水を出すためのハンドルが動かない状態だ。


英理はホテルのベランダにいる人たちに声をかける。


「ちょっと! 誰か鍵を貸してくれない?」


「残ってるのは下流階級の子だろ? 上流階級の人間が残ってるならまだしも、中流階級ですらないって」


飽きれたような声が上から降ってくる。


馬っ鹿じゃないの!?


英理は怒りを覚え、無理矢理に鍵を壊そうと近くの石を拾い、鍵を石で叩き始める。


そこまで丈夫そうな鍵じゃないみたい。でも、一人じゃ時間がかかる。


「ねえ! ちょっとこの鍵を壊すの手伝ってくれない! 誰か!」


英理は火事の現場に集まっていた野次馬に声をかける。


「君、残ってるのは下流階級の子だぞ。消防車が来るまでおとなしく見ていなさい」


中年のおじさんがたしなめるように大きな声を出す。


いつ時代だよ!?


英理は頭にきて、一人で必死に石で叩いて鍵を壊しにかかる。


クラウンはホテルの最上階から火事を見下ろしていた。ベランダの手すりに右肘を立て、右手にあごをのせ、品定めするかのように英理を見つめる。やがて、中流階級の野次馬に断られて、必死に石で叩いて鍵の破壊を再度試み始めた英理を見て、クラウンは微笑む。


……おもしろい。


そしてクラウンは左手でポケットから消火栓の鍵のついてキーホルダーを取り出し、それを英理の横に落ちるように放る。


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