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青春の後悔  作者: イトユウ
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9

萌花の家では、嵐が来たような騒がしさで萌花の両親は右往左往していた。


「あなたはなぜ娘が誘拐されたにも関わらず、そんなに呑気でいられるのですか」


「そんなこと言っても、まだ誘拐されたと決まったわけではない」


言い合っているのは萌花の父である浩之と母親の美里であった。


「あなたの立場も分かりますが、第一には萌花の身の安全ではないですか」


「分かっている。だから、今警察と話し合って捜索を進めてもらっている。俺達素人が出る幕ではない」


「あなたが社長職を退けば萌花は無事に帰されるということでしょう」


「確かに犯人はそういうつもりらしいが、そんなの何の確証もない。実際に犯人がどう出てくるかなんて誰にも分からないんだ。そういう微妙なバランスは警察がプロなんだから指示を待とうと言っているんだ」


駒井家には、警察が数人、物置として使われていた六畳程の部屋につめていた。


この駒井家に直接犯人から何らかのコンタクトがある可能性がある為、その際の電話の録音や、駒井家の安全を守るためということであった。


居間では、萌花の父であり、駒井運送の社長である浩之とその妻である美里が別室にいる警察に聞こえないような声で、言い合っていた。


これまで、駒井運送の社長である浩之を献身的に支えてきた美里であったが、流石に子供の命がかかっている今の現状に、浩之が警察に任せきりで自らの保身に走っているように見えてしまい、苛立ってしまっている。


頭の中では分かっている。社長職を辞したところで萌花を無事に帰してくれる保証なんてどこにもない。


下手に自分達が動くよりもプロである警察の指示を待つ方が得策であるということを。


しかし、親というものは子供の命が危険に晒されるというのに、こうも冷静でいられるものであろうか。美里は初めて浩之に疑いの目を向けてしまっている。


何を疑っているのか自分でも分からないまま、なぜと。


夜の十時を過ぎ、普通の会社員やその家族は一家団欒を楽しんだり、子供と共に寝てしまっている家族もいるであろう。そんな中、浩之はスーツに着替え会社に戻ろうとしていた。


「会社に行ってあなたに出来ることがあるのですか。警察に全て任せるのではなかったのですか」


「全てとは言ってないではないか。自分に出来ることはなるべくやる。いつ何時犯人からの連絡があるか分からないから、幹部其々が交代で会社に待機することにしたんだ」


「では、犯人から何か連絡があったら、すぐに連絡ください」


浩之は「分かった」というと玄関に向かうが、振り返り、付け加えた。


「それと、警察が何か言ってきたら、出来る範囲で構わないから対応してくれ。よろしく頼む。会社待機の時間が終わったらまた戻ってくるから」


「分かってます」


「あと、電話は警察が見張っているから、お前は少し仮眠をとった方が良い。倒れたら元も子もないからな」


「あなたも身体に気をつけて」


お互い頷くと浩之は会社に向かった。


美里も少し熱くなってしまったが浩之のことを誰よりも信頼し、分かっているつもりだ。


浩之が自分の娘が誘拐事件の被害者になっているのにも関わらず、他人任せにするような人ではないことを。


しかし、美里自身、少し動揺しているのかああいう言い方になってしまったことを悔て、別室で電話等の対応をしている警察のためにお茶を淹れ始めた。


お茶を持って行こうとした時、その部屋のドアが開いて刑事の一人が出てきた。


「これから長嶋という刑事が奥様の話を伺いたく、訪問したいということですがよろしいでしょうか」


「私にですか。捜査に役立つなら構いませんが、なぜ私の話なんか聞く必要があるのでしょうか」


「それは私どもには。まだ報告はありませんが、捜査に役立たないなんてことはありません。奥様は何も考えず、長嶋の質問に答えていただければ結構ですので」


「何も考えずと言われましても、この状況ですので。しかし、捜査に役立つということでしたら、是非お越し下さいと返事してもらって大丈夫です。しかし、もうこんな時間ですから、明日にしてもらえると助かるのですが」


刑事は礼を言うと、その場で電話をかけ、了承を得たので明日の午前中に伺うということで話がまとまったようだ。


美里は、なぜ自分の話なんかを聞きたがるのかを考えた。


関係者全員に話を聞くのは当然だと思うが、今までは浩之と共に話をしていたので、自分一人でということは、浩之のことなのか。


確かに、夫の浩之が脅迫の当事者であるこの状況で、浩之抜きで美里に話を聞くのは当然な様な気もする。


しかし、そう考えると、いささか遅い気もする。自分が刑事だったならば、脅迫されている人物の家族にはまず先に個々に話を聞きたくなる様なものだと思うが。


その後、夜担当の刑事が引き継ぎに来て美里は寝室で睡眠をとることになった。


自分の家に他人がいるこの状況で、眠れるとは思はなかったが、やはりいつのまにか疲れが溜まっていたのか、シャワーを浴びて、ベッドに横になると、すぐに眠りにつき気が付いたら太陽が昇っていた。


起きると、朝食を作ろうと居間に行くとちょうど電話が鳴り出した。


時計を見ると朝の七時を少し過ぎたところであった。


美里は電話に出た。


電話の相手は駒井運送の社員を名乗り、「家からすぐに出てください。刑事が外で待っています」ということであった。


美里は寝起きの頭で整理しようとするもなかなか整理出来ない。


家をすぐに出るといっても、相手が本当に駒井運送の社長なのか、それであったなら、なぜ浩之から連絡が来ないのか。


外に刑事が待っているならば、駒井家にいる刑事が美里に言えば早い。


なぜ、わざわざ社員が美里に連絡したのか、疑問だらけでどうすれば良いのか分からないでいた。


その時、ふと思うのであった。駒井家にいる刑事は確か電話を別室で聞きながら、録音しているはず。


何故何も言ってこないのか。


話を聞こうとドアをノックするも、中からの反応は何も無い。意を決してドアを開けるとそこには、何かの機械が数台あるだけで、人の姿は見当たらなかった。


「いったいどうなっているの」


美里はつぶやくと、夫の浩之に電話をかけた。


しかし、電話先では、呼び出し音がいつまでも鳴り続けるだけで、浩之がでる気配はない。


意を決した美里は服を着替えると、化粧道具や下着類をバッグに詰め込み、家を出ることにした。


美里は予感がしていたのである。


当分この家には戻ってこれないということを。


外に出ると、車越しに何処かで見たことのある様な顔の人物が待っていた。


「ご無沙汰しております。刑事の長嶋です。すぐに車に乗って下さい。詳細は車を走らせながら説明します」


美里は少し不安になるも、言われるがまま車に乗り込んだ。


車の中にはもう一人、女性の刑事が乗っており、崎山と名乗っていた。


「けっこうな荷物ですね」


その崎山という刑事が尋ねると「何か気やな予感がしたものですから」と言い二人の刑事に尋ねた。


「もしかして当分この家には戻ってこれないのでしょうか。そんな気がしたものですから、着替えを一式持ってきました」


運転していた長嶋は感心したような仕草をすると「さすがですね」と説明を始めた。


「落ち着いて聞いて下さい。家につめていた刑事ですが、誘拐犯の仲間だということが判明いたしまして。犯人にはこのことに気付いたと思われたくないものですから、駒井運送さんの社員さんに頼んで連絡してもらいました」


「それは何故ですか。電話は全て刑事さんがチェックしていると思いましたが、社員が連絡してきたところで、内容は筒抜けだと思うのですが」


「それが、調べたところ、チェックしていたのはある一定の番号だけだったのです。それは日本中の警察が使用している電話番号だったのです」


美里は息を呑んだ。ことの重大さに気づいてしまったからである。


「じゃあ、私の家では、犯人が刑事の動きを把握する一番の拠点になっていたって言うんですか」


「残念ながらその通りです。我々の仲間がこういったことに手を染めている事実はショックは隠しきれませんが、そんなことは言ってられません。まずは奥さん、そして旦那さんの身の安全、萌花ちゃんの解放を第一に考えていきます」


車の中は重苦しい雰囲気になっていた。


長嶋は美里に考えを整理する時間を与えようと黙っていた。


美里はこの今の状況を整理しようと試みるも整理出来る訳もなく、徐に口を開いた。


「こんなこと教えてもらえないと思いますが、何故この事が判明したのですか……その、仲間である刑事さんが犯人に関わっているということを」


長嶋は少し考えると「奥さんの言う通り、捜査上の秘密ということで、詳細は教えられませんが」と前置きして続けた。


「警察には数多くの部署があり、今回の誘拐事件とは別の捜査をしていた部署が警察内部で不審な動きをしている人物がいることを掴んだものですから、捜査を進めるとすぐに詳細が判明したということです」


〜昨日の夕方〜


捜査会議を終えた長嶋と崎山は先ほどの駒井運送の社員との約束通りの時間に指定のファミレスに出向いた。


仕事上、席取りはどうしても店内の端になってしまう。


長嶋と崎山はたまには中央の席で腰を落ち着かせて食事を楽しみたいものだと思うのであった。


そんなことを考えていた長嶋と崎山は席に着くと、例の社員の到着を待った。


すると、窓の外から社員が入り口に向かっているのを見た長嶋と崎山は立ち上がってすぐに分かるように配慮した。


「待たせたな」


男は言うと徐に懐から名刺を出し、二人に渡した。


「そういえば、二人に名刺を渡してなかったな。といっても平社員だからなんの変哲も無い名刺だが」


長嶋と崎山は礼を言い受け取ると男が座るのを待って座った。


「二人共忙しいだろうから、本題に入る。例の女子生徒だが、名前は調べれば判明するだろうから言わないが、といっても俺は分からないんだ。突然現れて突然消えたからな」


長嶋と崎山は先が読めない話にお互い顔を見合わせた。


「まずは、何故俺がその女子生徒にこだわっているのか。細かいところまでは正直言いたくないが、あれは高校生くらいだったか。登校する時にいつも一緒になる女子生徒がいたんだ。それはもう綺麗で可愛い子でな」


長嶋はこの女子生徒が今回の事件とどう関わってくるのか、全く予想出来ないまま、耳を傾けた。


「毎日会う度にテンションが上がったんだ。一目惚れだったな。といっても、あれは極度の人見知り、そしてその時少し人を寄せ付けないところがあったから、その女子生徒には俺がどう映っていたか、今でも分からないよ。だけど、何回も話しているうちに打ち解けていったんだ」


ここで、店員が注文を取りに来たので、三人は揃ってホットコーヒーを注文した。


店員が下がると再び話し始めた。


「ある日、俺が屋上で本を読んでいたら、その女子生徒が俺の前に現れたんだ。さっきも言ったが、少し気難しかった俺は本から顔を上げず、女子生徒に気づかないフリをしていたんだ」


男はそこで一呼吸置くとコーヒーを口へ運んだ。砂糖やミルクを入れていないため、口の中にコーヒー特有の苦さが広がり、これから男が話そうとしている内容に妙な合っていた。


長嶋と崎山は相槌を打ちながらも頭の中で様々なことを整理し、男に続きを促した。


「そしたら、本との隙間から俺の顔を覗き込んできたんだ。そして一言二言他愛も無いやりとりをしていたら、本の下から見えていた女子生徒の上履きに一粒の水滴が落ちてきた。俺はてっきり雨かと思い顔を上げたら、その女子生徒が肩を震わせて泣いていたんだ」


「確かに驚くようなことだと思うが、それと今回の事件とどういう風に繋がってくるのかいまいち分からないんだが」


男は長嶋に「まあ待て」と掌を長嶋に見せて「これからが本題だ。順を追っていかないと分からなくなっちまう」と言い続けた。


「更に驚くことに目の辺りは青く腫れていて制服もボロボロ。とっさにいじめという言葉が頭に浮かんだ。しかし、そんな考えは吹き飛んじまった。突然俺の胸に顔をうずめて泣き喚くんだよ。異性にこんな形で頼られたことが初めてだったから、動揺して頭が真っ白になっちまった。そんな俺はその女子生徒に何の言葉もかけられず、授業のチャイムと同時に何処かに行ってしまった。教室では無い何処かに」


「何処かにってそんな状態の生徒がいたら、何かしら騒がれただろう。分からなかったのか」


「おそらく学校は出て行ったと思うんだ。長嶋の言う通り、何の騒ぎにもなっていなかったからな」


「結局、いじめだったのですか。制服がそんなになるまでいじめるということはあまり無いと思いますが」


と崎山は男と長嶋を交互に見ながら言った。二人の反応を窺うように。


「ほお、なぜそう思うんだ」


男は崎山の顔をまじまじと見て、初めて崎山に関心を示したようだ。


「いじめをしているという感覚が無いからです。私の持論が入ってしまうかもしれませんが、いじめをしている人の大半は無意識のうちにそのスリルに依存してしまっていると思うんです。いかにバレなそいようにターゲットをいじめるか。一種の依存症です」


「その考えは無かった。確かにその通りだ」


長嶋は感心しながらもう少し崎山の考えを聴きたい様子だったので、崎山は続けた。


「なので、制服がボロボロになるまでいじめるというのは考えにくいですね。あるとしたら、下校後校舎の外でするのではないでしょうか。そして、その場合は快感に依存しているケースですね。ターゲットをいたぶる快感。いじめられた人間はそんな状況になっても学校に行かないのでバレるとしたら家族。しかし、いじめられていることを家族に報告できるケースは稀ですね」


「だから、バレるかバレないかのスリルは減る代わりに徹底的に痛めつけるわけか」


今度は男が崎山の話に関心を持ったようだ。


「その通りです。よく、いじめというのは、いじめている方はいじめているという自覚が無いと言いますが、それはいつのまにかスマホをいじってしまっているということと同様です。私もそうですが、今の日本では大半の人がスマホ依存になっていると思いますね。いつのまにか、SNSを見てしまっているなんてことは日常茶飯事ですから」


「だから、その女子生徒はいじめでは無いと言うんだな。かなり説得力があるな」


「あんたの言う通り、いじめは無かったかもしらんが、本当のことは分からない。何があったのか、担任の桜川には相談して、職員会議にまでこのことを持っていってくれたようだ」


「よく相談したな。その年代といったら、そういうデリケートなこととなると自分の中に溜め込みそうなものだが」


「長嶋の言う通り、通常の俺ならそうだったさ。現に今そういう状況に追い込まれたら、誰にも言わないだろうな」


長嶋は「それでその後はどうなったんだ」と続きを促した。


「そもそも名前を知らなかったから、どこのクラスの何という名前なのか調べることから始めたんだそうだ。そして、その女子生徒を突き止めたらしいが、俺は聞かなかった」


長嶋と崎山は不思議そうな顔をしながらも黙って聞くことにした。


「自分で聞きたかったし、本人の口から聞きたかったんだ。今になって思えば訳分からないこと言っていると思うよ。自分から相談しといて聞きたくないなんて、担任の桜川も困っただろうな」


「なら、今からでもその桜川先生に会いに行くっていうのも手じゃないか。路上でビラ配りするよりか、その方が早いと思うが」


「そこなんだが、実は数年前に桜川に会っていてな。その女子生徒、実は行方不明になっていたんだ。実際に両親が捜索願いを警察に出して調べてもらっているらしい」


長嶋と崎山は顔を見合わせ、崎山が「署に連絡します」と言い、一旦席を外した。


「一つ聞きたいことがある。さっきも言ったかもしれないが、本当に何も知らないんだな」


「ああ。分かっていたらビラ配りなんてしていないさ」


「それで、その女子生徒のことはある程度のことなら調べれば分かるだろうが、その件と今回の誘拐事件とどういう関係があるんだ」


男はファミレスの外を行き交う人々の流れを眺めながら訥々と話した。


「人が溢れるほどに多い、この日本で何で親父だったんだ」


長嶋は訝しむような表情をしながら「何のことだ」と問うた。


「俺のことを調べれば分かると思うが、俺の旧姓は服部。服部雅也。親父は服部孝一、この駒井運送でのあの金銭横領事件の犯人にされた男だ」


長嶋はあまりの驚きに男、いや雅也から目が離せないでいた。


「色々聞きたいことがあるがいいか」


「ああ、その覚悟はしてきたつもりだ」


雅也は一つ深呼吸をすると、長嶋の言葉を待った。


「犯人にされたと言ったが、どういうことだ。もしかして事実は違うっていうことか」


雅也は少し苦笑いすると「流石だな」と言い続けた。


「相手の一言一言しっかり聞いて、少しの隙も見逃さない。きっと長嶋は優秀な刑事なんだな」


長嶋は肩をすくめて「そんなことないさ」と言うと、続きを促した。


「さっきの質問の答えだが、イエスだ。親父の言い分では本当の犯人はかなりの立場の人間らしい。詳しいことは教えてもらえなかったが」


長嶋は雅也のこと言葉を信じて良いのか考えながら次の質問に移った。


「そこ親父さんは今何処にいるんだ。一緒に暮らしているのか」


雅也は険しい顔をした後、遠くを見るような目をして答えた。


「親父は死んだよ。刑期を終えてそのまま河川敷で集団で服毒自殺」


長嶋は記憶を頭から引っ張り出そうとすると一つの事件が思い出された。


「もしかして、河川敷で複数の死体が発見された事件か」


「ああ、その通りだ。実は、その時俺は世間では行方不明になっていた。両親が捜索願いまで出してな。そしてひっそりと暮らしていた家の近くの河川敷で複数の人間が大騒ぎしているのを見たんだ。遠くからだったし、時間も深夜だったからそのまま帰ったが、その次の日騒ぎになっていたから驚いたさ」


「捜査資料が残っているだろうから、調べるのは容易なことだが、あの事件と今回の誘拐事件がこういう形で関わってくるとわな」


長嶋は腕を組み、考え込んでいる様子で、少しの沈黙に陥った。


「長嶋さん、警部には報告し、詳細を調べてもらえるようです」


崎山は席に戻ってくると、席を外している間の話を長嶋に聞いた。


「もしかして、署に連絡するのは早かったですか」


「悪いな。刑事の事情はよく分からないから自分の思うがままに話しちまった」


崎山は顔の前で手を少し振ると「そんなことないです」と微笑した。


「自分の思った通りに話さないと話せるものも話させなくなってしまいますから、その後のことは気になさらないでください。改めて連絡しますから大丈夫です」


「もう一つ、これは他の刑事には話してもらいたくないんだが」


長嶋と崎山は頷きあうと「約束します」と答え、話を聞いた。


「親父が自殺した後に、俺の家に刑事が何回か来たんだ。書き込みというやつだな。家がさほど事件現場から離れていなかったから、それ自体は問題ないんだが、最後に刑事が来た時に俺のお袋も連れて来たんだ」


長嶋は眉間にしわを寄せ、詳細を促した。


「そして、部屋に上り込むなりいきなり言うんだ」


『親父のことについては刑事にも何も知らないと言うんだ』


「本当にその刑事が言ったのか」


「そうだ。お袋は下を向いたまま何も話さない。お袋にどういうことだと何度聞いても、答えるのはその刑事さ。暴力団じゃないかと思ったほどさ」


長嶋と崎山は驚きを隠せない様子で聞いていた。


「そのことが本当なら、大問題だ。その刑事は本当に刑事だったという確証はあるのか」


「正直疑っていた。何回か聞き込みに来た刑事と違い、その刑事は何が全ての事に強引でこっちの言う事なんか聞いちゃいなかったよ。本当に暴力団かと思ったこともあったんだ」


「それで、刑事だと確信したきっかけでもあったのか」


「もちろん、刑事と名乗っていたこともあるが、その事件の調査で親族ということで警察署に呼ばれたんだが、そこにその刑事がいたんだよ。数人の部下を連れてな。そういや長嶋の姿も見かけたぞ。その刑事と何やら神妙な顔つきで話していたのを覚えている」


長嶋は昔の記憶を呼び起そうとするも、目の前の男を警察署で見かけたことを思い出せない。


その刑事の名前を聞けば思い出すだろうと雅也に聞くも名前は覚えていないようだ。


「だけど、ちょっとした特徴というか、その刑事を特定できる材料はある。当時、警察署で俺と話した刑事にそれとなく聞いたんだ。例の刑事のことを。もちろん教えてもらえなかったが、一つだけ聞き出せた。最近、娘を亡くしていたようなことを言っていたんだ」


長嶋は激しく立ち上がり、その勢いでテーブルにぶつかり、コーヒーをこぼしてしまった。


コーヒーをこぼした事に気付きもしない様子で雅也に詰め寄った。


「その話は本当か。その当時、子供を亡くしていたというのは」


「どうしたんだ、いきなり。嘘をついたところで何の得もしないさ」


長嶋は気が抜けたように、肩を落とし座り直すと、そこで初めてコーヒーをこぼしていた事に気付いたようで慌てて側にあった紙ナプキンでそのこぼれたコーヒーを拭いた。


しかし、ただただ紙ナプキンにコーヒーが染みるだけで、こぼれたコーヒーは思うようにきれいにならなかった。


まるで、今長嶋の心の中の溢れ出てきた黒いシミのように。


すると崎山は、はっとしたように反応し「長嶋さん、駒井社長の奥さんが危険です」と、周りを気にする素振りも見せず言い放った。


「駒井社長の家に詰めているのは、確か工藤警部のオレ達の班だ」


雅也は身を乗り出し「どういう事だ」と長嶋に説明を求めた。


「悪いが、流石にこのことは一般人のお前には言えない。でも、この情報をくれたお礼に一つだけ。そのお前の部屋にお袋さんと来たという刑事は俺たちの知っている上司で、現在一緒に動いている仲間だ」


雅也は、驚きのあまり、身動きがしばらく動くことが出来なかった。


まさかこんな形で例の刑事が判明するなんてことがあるだろうか。


「じゃあ、社長の家に詰めているっていう刑事達は、社長の家で何をやっているんだ」


「名目上は犯人からの電話のために電話の録音、奥さんへの電話の対応の指示の為だが、今お前の言ったことが本当なら、何かしら企んでいるかもしれん」


雅也は何度か頷くと、腕を組みどうしたものかと考えた。


刑事でもない素人が考えても何のアイディアも出ないのは分かっているが、何か考えていないと自分がおかしくなってしまいそうであった。


すると、長嶋が何か思いついたように雅也の顔を覗き込むと「お前に一つ頼みたいことがある」と言い、続けた。


「これから言うことは、誰にも言ってはならなし、悟られてもいけない。最悪、駒井社長の奥さんの命に関わる事になりかねない。約束できるか」


「俺みたいな素人が隠し通せるか分からないが、できる限りの努力はする。言ってみてくれ」


そして、長嶋は捜査会議の時間中に駒井社長宅に奥さんを迎えに行って欲しいこと、そしてその後の段取りを教えたのであった。


「ああ、それなら俺にも出来そうだ。それから俺にも一つお前達に頼みというか、言っておかなければならないことがある」


すると雅也はスマホを取り出し何処かへ電話をかけ「いますぐに二人で来てくれ」と何者かに言うと切る合図も無しに電話を切った。


「そういうこで、今からある二人が来るが、長嶋達にはかなりの衝撃になるかもしれん。一つ約束してくれ。俺が説明し終わるまで、警察には報告をしないでほしい。」


長嶋と崎山は顔を見合わせると「内容にもよるが」と長嶋は少し考えると


「分かった。取り敢えず会って話は聞いてみよう。しかし、あまり時間が無い。駒井社長の奥さんが心配だ」


「それは、分かっている。だけど、その工藤とかいう警部は、まだ手を出せないと思うぜ。これから来る二人がいるかぎりな」


それから十五分後、お互い当たり障りのないかいわをしていると、雅也のスマホが鳴り二言三言話すと「入って一番奥の席だ」と言うと長嶋達に「もうすぐ来る」と報告した。


少しすると、雅也が顔を上げ、入口の方に手を振った。


その目線の先に目を向けた長嶋と崎山は驚きを通り越し、腰が抜けそうになった。


そこにいたのは、今回の誘拐事件の被害者、駒井萌花の幼馴染の須藤健人だったのである。


共に歩いてくる人物は帽子を目深に被り、マスクをし、俯き加減に歩いているので顔はなかなか見えない。


帽子からはみ出る部分の髪の長さを見ると、どうやら女性のようだ。


雅也の対面にいる二人を見た健人は目を丸くし、一瞬止まってしまっていた。


「なんだ。お互いに顔見知りか。今回の捜査中にでも関わっていたのか」


「捜査も何も、萌花ちゃんが行方不明になったとテーマパークから通報を受けて、駆け付けたのが俺と崎山だ」


雅也は「まいったな、どんな偶然だよ」と自分の頭の後ろを撫でた。

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