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青春の後悔  作者: イトユウ
8/17

8

駒井運送では刑事の二人、長島と崎山が事件の概要を説明していた。


「皆様もご存じかと思いますが、昨日、同町にありますファンタジーランドにて行方不明事件がはっせいいたしました」


事件の概要を説明しているのは長島と名乗る刑事で、見た目からもあまり威圧感は感じず、男は少し拍子抜けた。


急に呼び出され、警察がいるというこの状況はあの河川時期での事件を思い出させるのに十分であった。


あの夜に遠くからでも眩しく感じる赤色灯、テレビや新聞で見た時の身近に起きたという実感。


テレビや新聞で大きくはないが報道されていたその事件、男は被害者達の名前を一人も見なかった。


近くで起きたといえ、自分には関係のないこと、いやもしかしたら昔自分の目の前から消えた女子生徒のことかもしれないと勝手に怖がっていた。


当時、担任だった桜川が近況を教えてくれ、少し安心したがどうしても人目見るまでは完全に安心できないものだ。


しかし当時から何十年もたって安心もなにもあったものではないのだが。


「当初、我々も普段の行方不明者の捜索と同様に動いていました。しかし、行方不明者宅に脅迫状が届き、この事件は大きく変化しました」


脅迫状という言葉を聞いた社員たちは先程とはうって変わり一様に驚愕の表情になっていた。


「内容は捜査上の秘密ですので申し上げることはできませんが、誘拐事件と断定するだけの内容でありました」


長嶋は、社長の顔を見るとお互いに頷きあった。


「先程駒井社長にはご報告いたしましたが、脅迫状の中でこの駒井物産の名前が出てきております」


部長である佐々木が大きな声で「何故ですか」と社長の駒井に詰め寄った。


「警察に知らせる前に我々に相談してほしかったですよ」


「佐々木さん、落ち着いてください。警察より先にこの事実を知っていたらもちろん、相談していました。私も先程知ったことです」


佐々木は「確かに」と言い、頭の後ろをかいていた。


「驚くことが普通ですので、部長様の反応が一般です。それだけ今回のことは異例のことであります」


「それはどれだけ異例なのですか。よくある誘拐事件のように思うのですが」


今度は課長である越水が発言した。


「まず、誘拐した場所が異例です。皆様もご想像してみてください。県内で一番の入園数を誇るテーマパークで、人気のあるアトラクション近くで行方がわからなくなっています」


社長の浩之は何度かしんみょうの赴きで頷いていた。


「そして、次に脅迫状の内容が異例です。警察にどうぞ知らせてくださいという内容が書かれていました。推理小説やドラマなどでは多々あることです。劇場型犯罪というやつですね。しかし、現実ではまずありません」


一度間を置くと続けた。


「そして、脅迫状は、二度にわたり投函されています。一度目は被害者宅に、二度目は警察署でした」


「二度目の脅迫状では、警察に被害者から連絡があったのか、警察はどう対処するのか楽しみだといった内容で、我々警察に対する、挑戦状なようなものでもありました」


社員達はざわつき始めた。それもそのはず、犯人から警察がなめられていることを警察自ら言っているようなものだ。



長嶋も、警察がなめられていることを分からないはずもなく、あえて言ったのではないかと勘繰り、自分達の中、もしくは関係者が疑われているのではないかと、感づく者もいるようだ。


「発言よろしいでしょうか」


部屋の端に立って聞いていた、まだ二十代と思われる社員が許可を求めると、長嶋は「どうぞ」と先を促した。


「ここにいる何人かの人達は感づいていると思いますが、刑事であるあなたが、わざわざ自分達警察がなめられていて、自らの恥をさらすような脅迫状を正直に言うということは何か狙いがあるのでしょう。我々を疑っているのでしょうか」


「確かに、そう捉えられても仕方ありません。先ほども申し上げましたが、脅迫状の詳細な内容はお伝えできないので、大まかな内容を申し上げたまでです。全文読んだなら、きっと我々警察が御社の関係者を疑う以前の問題だということが分かると思います。重ねて申し上げますが、詳細を伝えられないので、勘違いなさっている方々が多いと思いますが、どうか御社の関係者だけを疑っているのではなく、広い範囲を操作していることをご理解下さい」


「そうでないなら、わざわざここまできで、我々を集めた理由は何なのでしょうか。聞いていると、我々がどういう形で関係しているのか全くつかめないのですが」


すると、社長の浩之が手を挙げ、立ち上がった。


「皆の言いたいことは私にも分かる。しかし、事件の詳細を細かく話してしまうと今後の捜査に支障が出るのは皆も分かるはずだ。警察は我々がお客様に荷物を届けるのと同様に、様々な人々を疑い、その中から犯人を絞り出すことが仕事だ。今分かっていることは、我々駒井運送がこ誘拐事件に何らかの形で関わっている可能性が有り、それは犯人に繋がる可能性が高いということだ。我々は警察に協力することしかできないのだよ。もちろん我々は捜査のプロではないのだから」


社長の一言で、ざわついた室内も静かになり、再び長嶋の話を聞く態勢が整った。


「皆さんに一番分かってもらいたいのは、何らかの形で皆さんの業務や生活にこの誘拐事件が関わってくる可能性があるということです。皆さんの身の安全を守るためにも、しばらくの間、我々警察から数人の捜査員をこの駒井運送さんに送ることになりました。皆様の仕事に支障をきたすことのないようにしますので、ご了承下さい」


「仕事を共にするということでしょうか」


「いいえ、違います。空き部屋があるということでしたので、数人でその空き部屋で待機させてもらうことになります。御社宛の手紙等はその捜査員のチェックが入るようになります」


越水が何か言おうとし、手を上げようとした時、先に崎山が手を挙げ、立ち上がった。


長嶋が止めようとするも、崎山は話し出した。


「先ほど長嶋が申し上げましたように、御社が何らかの形でこの事件に関わったいることは確実です。本来ならば、各配達員一人一人に捜査員を付けたいところですが、御社の業務に支障がありますし、我々も人手不足に陥るということで、駒井社長と話し合った結果、御社の空き部屋を貸していただき、待機する形になりました。皆さんの協力と注意によってこの事件は、簡単にも難しくもなります。配達先では再三の注意をよろしくお願いします」


長嶋はため息をついた。


今回の事件の概要説明は、崎山の役割は一言も発さず、自己紹介のみの予定であった。


それだけデリケートな問題で、経験の多い長嶋のみが説明する予定であったが、崎山は我慢できなかったようだ。


少しでも口を滑らすと捜査上の秘密が漏洩してしまう。


しかし、そのことばかりに気がいくと、肝心の内容を伝えきれず、捜査協力どころではなくなってしまう。


すると、越水はすかさず意見した。


「それでは、当初は警察は我々と共に配達する予定だったというのですか。あなた達も仕事かもしれないが、こっちも仕事なんです。なめてもらっては困りますな」


越水は顔を歪めながら吐き捨てた。


崎山はこの越水の言葉は予想していなかったようで、答えられないでいた。


「それは、あくまで検討の話で、実際に行う可能性はゼロに等しかったんです。我々警察は捜査方法は、数多くの選択肢を考える必要があり、そういった選択肢もあったということです。あくまでも最終手段の話です」


越水は納得しないようだが、社長の浩之にあまり反論するなと首を振られ、黙ってしまった。


その後、長嶋が再度協力を仰いで、緊急会議は幕を閉じた。


社長室のソファーで社長の浩之と長嶋と崎山が向かい合って今後の捜査の進め方や、駒井運送の協力体制をどこまで出来るかといった話がされた。


その間も、崎山はあまり口を開かなかった。


先程の越水の反応に少し驚いたようだ。


「崎山さんと言いましたね。先程は越水が失礼しました。彼は少々気が短いところがあり、得意先にもあんな風に怒ってしまうのです。しかし、安心して下さい。なんの魅力も無い人間にはあんな風に怒りません。彼の人を見る目は私が保証します」


崎山ははっとしたように顔を上げ、「すいません」と言うと浩之に長嶋を見ながら話した。


「今回は長嶋さんのみが、事件の説明をする予定でした。長嶋さんのように皆に気を使いながら話すことがどうしても出来なくて、長嶋さんには怒られっぱなしです」


浩之はクスッと笑った。


「誰でもそうですよ。きっと長嶋さんもそうだ。私だってそうでしたよ。若いうちから周りに気を使いながらやってるようでは、つまらない大人になってしまう。そんな大人が、犯人を説得する言葉が頭に浮かぶとは到底思えませんよ。色々な経験を積んで長嶋さんのようになるのが一番なんじゃないでしょうか。って素人が失礼しました」


「いやいや、その通りです。自分もそうですが、警察官というのは、歳を重ねるに連れて、頭が硬くなってしまうのでしょう。人の成長というものに無頓着になってしまいます」


早速明日から、警察が数人駒井運送に詰める事になり、備品の搬入や細かい時系列等細かい所まで話し合った。


そして、最後は社長の浩之と長嶋、浩之と崎山という順で握手をし、お互いの健闘を誓い合った。


崎山と握手をするとき浩之が一言言った。


「我々と違って警察官というのはミスがそのまま人命に繋がってしまうので、長嶋さんのように慎重になるのは当然です。しかし崎山さん、その中で、長嶋さんはここまで堂々とした警察官になっておられる。与えられた環境や状況でベストを尽くし成長する。これは我々運送業にも言える事で、お互い頑張りましょう」


崎山はこの言葉を噛みしめるように「ありがとうございます」と大きくお辞儀するのであった。


長嶋と崎山は駒井運送を出ると、車の所まで歩きながら、駒井運送のことを話していた。


「駒井社長の言葉が胸に刺さったみたいだな。立派な社長だよ。社長の言う通りだ。だけどな、俺たちはそういう社長でも、疑わなければならない。事件関係者だということを忘れるなよ。脅迫状に名前の出た関係者が犯人だなんてことは、最近じゃ珍しくない。カモフラージュになるからな」


「それは私もそう思います。しかし、先程の言葉はありがたくこれからの人生の糧にしますよ。だけど、感謝ことすれ、疑わこととは別問題ですから、心配しないで下さい」


「あの、すいません」


長嶋と崎山が振り返ると、一人の男がこちらに走って来ていた。


「どうしました?何か事件のことで心当たりがあるのですか。そういうことでしたら、話せる場所を探しますが」


男は肩をすくめた。


「敬語とか堅苦しいし、会社の外だから普通に話すけど、俺のこと覚えてないか。長嶋刑事」


長嶋は訝しがるような表情をし、なんとか思い出そうとしたが、なかなか長嶋の記憶の中にある人間達と一致しない。


「その感じじゃ完全に忘れちまってるな。桜川という名前を出せば分かるだろう」


「高校の担任だったが……あ!同じクラスだった……悪い。名前が出てこない」


「それも当然さ。存在感のかけらも無かったからな。今も変わらないが」


崎山が気を使ったのか「先に車に乗っていましょうか」と言うも、男が崎山にも聞いて欲しいことがあるようだ。


「なにも昔話をしにあんた達を追いかけて来たんじゃない。長嶋は覚えているか分からないが、俺たちのクラスに途中で不登校になり、そのまま転校した子がいただろ」


「そういえばいたな。この前同窓会で少し話に出たな。今何しているか誰一人知らなかったけどな」


男は少し頷くと、長嶋にとって少し気になることを言い始めた。


「詳しい理由は話したくないが、その女子生徒の行方を俺は今も探していてな。たまにビラ配りなんかもしているんだ」


長嶋は驚くもあまり外に出さず、何度か頷き続きを促した。


「その中でこの前、その女子生徒を知っているような事を言っている人がいて、話を聞いたんだが」


そこで、「何してるんだ。会議始めるぞ」と佐々木が男を呼んでいた。


男は舌打ちすると、悪いなと言い長嶋に名刺を渡した。


「今夜八時にあそこに見えるファミレスに来てもらえるか。もちろん二人で。警察のことは分からんが、忙しいことは分かっているつもりだ。時間が取れないようだったら名刺にある番号に電話をくれ」


そう言うと、長嶋の電話番号も聞かずに戻って行ってしまった。


「あの人、どう言う事ですかね。例の女子生徒とあの人の関係はどうだったんでしょうか。お付き合いしていたんですかね」


「いや。そういう恋愛に敏感な高校生が、同じクラスの中で付き合っている二人がいたら間違いなく気付く。何か深い事情があるかもしれない。取り敢えず本部に戻ろう。課長に報告しなくちゃならんことが山ほどあるからな。もちろん今の男のこともな」


✳︎


工藤に駒井運送での出来事を報告した長嶋と崎山は先程の男の話へと移った。


「確かに気になるな。空いている者に探らしても良いが、お前自身が調べた方が色々と都合が良いんだが」


「警部の言いたいことは分かっています。そんなに手間もかからないでしょうから、自分が調べます。それに、空いている捜査員などまずいないでしょうから」


「悪いな。捜査するにあたって必要な許可や物が出てきたら遠慮なく言ってくれ。最優先で対応しよう。しかし、お前ならストレートに言った方が良かったかもな。こっちが考えていることは分かっちまうからな」


「警部には敵いませんよ。最初からノーという選択肢が無いのは誰にでも分かりますけど」


お互いに目線を合わせると笑ってしまった。


そんな様子を見ていた崎山は気分がどんどん塞いでいってしまっていた。見るからに余裕のある二人に対し、自分は長嶋についていくのがやっと、しかも今日の駒井運送の件もあった。


「崎山!」


工藤が崎山を呼ぶと肩をびくつかせてすぐに返事が出来なかった。


「そんな辛気臭い顔をするな。まだ捜査は始まったばかりだぞ。今後ちょっとしたミスや捜査が全然進まなくなることは大いにある。そういう世界だ。今回のような些細なミスでそんな様子になっているようでは先が無いぞ」


「すいません。長嶋さんや警部を見ていたら、私の余裕の無さに嫌気がさしてきて」


長嶋と工藤は顔を見合わせると、苦笑し長嶋が崎山の顔を覗き込んだ。


「俺たちが余裕があるように見えるか。事件が起きて捜査本部が立っているにもかかわらず余裕がある刑事は正直迷惑だぞ。どんなに忙しくても辛くても、表に出しても誰も得なんてしない。聞き込みに来た刑事が忙しそうにしたり、辛そうにしていたら、市民の立場になってみたらそんな刑事に協力したいと思うか」


崎山は小さく首を振った。


「長嶋の言う通りだ。しかし、正直長嶋も昔は手を焼いたぞ。忙しい自分に酔っているところがあってな。聞き込みでもそんな調子で回っていたら、「なんか勝手に忙しなくしているけど、こっちの方が予定狂ってんだからな。刑事は自分が来たい時に来て話しているが、こっちは突然来られて自分のやる事をストップさせてんだよ。自分だけが忙しいと思ったら大間違いなんだよ」って面前でドアを閉められたなんてことがあってな」


「長嶋さんでもそんなことがあったんですね」


崎山は驚いた様子で長嶋の顔色を伺っていた。


「警部の言う通りだよ。しかも、崎山よりも刑事歴は長かった時だな。多少捜査等が出来るようになってきていてな。今考えれば大して忙しくもなかったな」


「その事件はどうなったんですか。それだけ覚えているということは何かあったということでしょうか」


警部は少し微笑むと顎を長嶋に向け席を立ちどこかへ行ってしまった。あとは長嶋に任せるということらしい。


「実はその事件、今回の誘拐事件に似ていてな。」



ある日、ある企業に脅迫状が届いた。内容はある幹部の役職を解けというものであった。さもなければ子供を殺すと。勿論警察には知らせるなという条件を付けて。


子供を殺すといっても、どこの誰かも分からなかったので当初はその企業も、イタズラだろうということで相手にせず、勿論警察にも通報しなかった。しかし、その一週間後にその企業の部長の子供に捜索願が出された。そこで警察が調べると、脅迫状が届いていたことが判明した。


警察はまず、その部長がなぜ子供が行方不明な事を会社に黙っていたのかということに疑問を持ち捜査すると、部長の家族は数カ月前から別居しており、子供は妻の方についていったことが判明した。連絡も取っていなかったようで、妻と子供がどこに住んでいるかも知らなかったようだ。


部長本人が子供が見つからない事を妻から聞いたのは捜索願が出される直前であった。


しかし、脅迫状には部長の子供ということが明記されていないため、イタズラという可能性もまだ残されてはいたが。


当時はグリコ森永事件の影響もあり、警察には対する風当たりが強かったということもあり、早々に捜査本部を立ち上げ、情報漏洩にも厳重に気を使った緊迫した捜査になった。


そして、当時の俺と警部(といっても当時は警部ではなく、工藤先輩であったが)はペアを組み担当地域の聞き込みに当たることになった。


勿論、誘拐事件の捜査ということは伏せて人探しとして。


他地域の担当の刑事から数多くの情報が報告され、どれも信憑性が高く、早期解決の見込みが出てきたこともあり、警察上層部も捜査員に発破をかけ、俺も部長のも鼻息荒く聞き込みに当たっていた。


そこで、さっき部長が言っていた市民の人に怒鳴られたんだ。部長も良い経験だと言い、そこまで気にはしていなかった。


俺もそこまで深く受け止めず、次は気をつけようぐらいにしか思っていなかった。


ここで、新たな脅迫状が届いた。そこにはもう一つの謎であった、ある幹部クラスの人物の名前と、役職を解く期限、そして誘拐されたと思われる子供の詳細が明かされていたんだ。


期限は二週間後。まず第一に誘拐された子供は刑事の子供だということであった。


しかし、刑事の名前は無く、刑事それぞれの家族の周辺からの捜索願や行方不明者の情報は全く無かった。


第二に、その幹部クラスの人物というのが、当初子供が誘拐されたと思われていた部長であった。


誘拐された子供が当初の推理通り、部長の子供であったなら、脅迫された人物が部長というのは誰もが納得する話だが、誘拐された子供が全くの畑違いの刑事の子供ということになると、捜査は振り出しの戻ると言っていいくらいの事実であった。


犯人に振り回される形になってしまった警察はより一層情報漏洩に気を使っていたが、報道陣経由でインターネット上に警察の子供が誘拐されたと載ってしまった。今の時代であれば、SNSが確立された世の中であっという間に広まってしまうが、当時のは出所も怪しい掲示板が主の時代であったため、各メディアは本気にせず、ほとんど騒がれなかった。


しかし、その掲示板を犯人が見てしまっていた。


警察が関与していると分かった犯人は、警察宛に誘拐した子供の衣服、そして髪の毛を送り付け、手紙にて


「あなた達の杜撰な情報管理で、私は警察が介入していることが分かってしまいました。私にも人間の血が流れているため、死体の写真等は同封しません。親である刑事さんのことを思うと流石に胸が痛むからです。その代わりの証拠となるものを送ります。いくらで情報を売ったか知りませんが、懲りない人種ですね」


といった文側であった。


情報を流した人物はすぐに逮捕された。報道規制が敷かれている中で、なぜ情報を流したのか、ある人物に売ったと言うが、それが誰なのか本人も知らないという。



長嶋は説明し終わると立ち上がり、何も無い壁をただひたすら見つめると再び語り出した。



なぜこれだけの事件があまり目立たなくなったのか。


勿論調べれば捜査資料は出てくるが、実際に死体が見つかっていないため、この事件の処理が難しくなった。


死体が見つかっていないということは、本当にその子供が殺されたのか、確信が持てないということだ。


犯人を突き止める前に、殺人事件が起きた確固たる証拠が無い。


警察も数えきれない程の誘拐事件を扱ってきただけに、この事件そのものがふうかされてしまっていた。


しかし、その数年後、ある事件が同じ地域で起きた。


ある河川敷でホームレスが何者かに刺されて殺された事件。犯人はその時代数が増え始めていた、ホームレス刈りの常習犯で過去に三人も殺めていた。


そしてその捜査中に、誘拐事件の聞き込み時に怒鳴られた市民の家へ再び聞き込みに行くことになった。


そして、その市民から衝撃的な一言を言われたんだ。


「そういえば前も警察が来たけど、その時はついカッとなって怒鳴っちまってよ。あの時から胸につっかえていたんだが、あの行方不明の子供は見つかったのかね。その時言えなかったが、近所の公園で、その時見せてもらった写真の子供が、立派なスーツを着た男と歩いているのを見たんだよ。俺は酒を飲んだ帰りで、時間は深夜の二時過ぎだったな。電灯の灯りだけの薄暗い公園内を無言で歩いているんだ。少し酔っていた俺にも怪しいと思ったから、よくその男の顔と子供の顔は覚えているさ」


この時、その誘拐事件の捜査本部はかなり縮小されており、諦めムードが漂っていた中での出来事で、あまり人数を掛けることが出来なかったが、その目撃証言から目撃された公園周辺の聞き込みや周辺な監視カメラ等の確認で飛躍的に操作が進み、犯人はすぐに逮捕された。


気になるのは、その子供の行方であったが、犯人を問いただしても殺したことは認めるが、死体のある場所が二転三転し、結局見つかっていない。


そもそもの問題で誘拐事件はあったのか、今になっても分からない。


当時、警察の手腕が疑われる事件が多発しており、警察上層部も敏感になっていた。


今となっては誘拐事件と断定して良かったのか。



「皆がそう思っているが、俺がなぜこんなにもこの事件のことを覚えているかというと、実はその誘拐されたと思われていた子供なんだが、工藤警部の娘だったんだ」


長嶋は崎山の反応を窺うように話を止めた。あまりの事実に崎山は驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。


やっとの事で落ち着きを取り戻した崎山は一番の疑問を投げかけた。


「工藤警部の娘だというのは警察は最後まで分からなかったのですか。分かれば被害者の関係者である工藤警部は捜査から外すのが基本だと思うのですが」


「それはもっともな疑問だ。工藤警部の娘だと分かったのは、警察に衣類と髪の毛が送られた時点では分かっていなかった。そこでDNA鑑定をし、工藤警部の娘がだと分かったんだ。実はそのDNA鑑定の結果が出る前に捜査本部の人数が減らされていたんだ。子供が殺されたと手紙に書かれていたからな」


「その減らされた人の中に工藤警部も入っていたということですね」


「そういうことだ。近隣で殺人事件があったため、その捜査本部もたつことになったから、そっちに回ることになったんだ。俺も含めてな」


崎山は「もう一ついいですか」と、これが一番な疑問だと言わんばかりの顔で長島に尋ねた。


「そもそも、工藤警部は娘の行方が分からなくなっていることを知らなかったということになりますよね。捜査中といえど、娘がいなくなったら、家族から連絡があると思うのですが。脅迫されていた企業の部長でさえ、別居していて連絡をとっていなくても、最終的に連絡があったくらいですから」


「実は、この事件の一年程前に工藤警部の子供は亡くなっていたんだ。交通事故だったようだ。そして警部の子供はその娘だけだったんだ」


「だったらなぜ警部の娘の衣服と髪の毛が送られてきたんですか」


「それが今でも分からないんだ。この謎さえ解けたら、解決するんだが。もし何らかの形で警部の子供の衣類と髪の毛を一年以上前に犯人が入手していたとしたら、そもそも誘拐が無かったということになる」


「そうですよね。何かすごい不思議な事件」


「それもこれも、俺の聞き込み中の態度が招いたことさ。あれだけの有力な証言を持った市民を目の前にしながら証言を聞けなかったんだ。聞けていたら何の問題もなく解決していただろうな」


「でも、被害は出ていませんよね」


「確かに出ていないさ。だけど、犯人に警察が介入していることを知られた時点で、本当に子供が誘拐されていたら、殺されていただろうな。知られたことは警察全体に原因があるが、そもそも自分があの有力な証言を最初にきけていたら、犯人に知られる前に解決出来ていたんだ。本当に子供が誘拐されていたらと考えるとゾッとするよ」


「私も肝に銘じておきます。相手にとって刑事がどういう人間であれ、一人の刑事なんですよね」


「そういうことだ。何年目だろうが、警部だろうが、交通課の刑事だろうが同じ刑事としてみられる。心してかからないとな」


長嶋と崎山は気持ちを新たにまもなく始まる捜査会議に向かったのであった。

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