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結局、萌花は見つからなかった。スタッフが連携しながらカメラのデータも駆使して捜索したが、とうとう見つからなかった。
健人は何やら考え込んでいた。あれだけの人間がいながら一人の女子の行方も見つけられないなんてことがあるのだろうか。
理紗は、対象的に茫然自失といった感じで、不安に押しつぶされそうになっていた。
涙も出ないようで、いつも明るく振舞っている理紗であったが、今は無言でずっとスマホを見ていた。
萌花からの電話を待っているのであろう。
萌花が飲み物を買う所までは、近くでワゴンで飲み物を販売しているスタッフが覚えていたし、カメラにも映っていた。しかし、その後の足取りが掴めなかった。
健人と理紗はファンタジーランドの事務所で警察と話をしていた。
警察と話すのは初めてのことで、警察の鋭い目、声から滲み出てくる迫力に、まるで自分達が何か悪いことをして尋問を受けている気持ちになってしまっていた。
「つまり、心当たりは無いということだね」
「全くありません。この後の予定も話していませんでしたから」
この会話で警察との話し合いは終わった。健人と理紗にとっては取り調べの気分であったが。
結果、警察にとっては収穫ゼロであったことであろう。
本当に健人と理紗にとって萌花がいなくなる要因が皆無であった。
✳︎
「これだけの人間がいて目撃証言が少なすぎるな」
「まったくです。カメラにも飲み物を買った後から映らなくなりましたし」
健人と理紗の話を聞き終えた警察の二人はカメラの映像を見返しながら話していた。
一人は長嶋純といい、警察署内では若い方で、少しなよっとしているところがあるが、それが相手に安心感を与えるのか、様々な人間から話を聞き出すことは評判が良い。
もう一人は女性で崎山桃子といい、キャリアウーマンといった感じのやり手である。年齢はは長嶋の一つ下だが、崎山の方が上に見られることが圧倒的に多い。
一人の女性である崎山は上に見られることにあまり良い気分がしないようで、よく長嶋に愚痴ることがある。そして、あまり長嶋と行動を共にしたがらないが、仕事だからと割り切っているようだ。
「本部からは指示がきたのでしょうか」
「いや、これから係長に電話をすることになってる。二人の話を書き終えたら連絡することになっていたからね」
長嶋は懐からスマホを出すと事務所から出て行った。
どうやら、外で電話をするようだ。
さすがに健人と理紗の前で警察内部の話を聞かせるわけにはいかない。
残った崎山は、少しでも健人と理紗の緊張をほぐそうと、他愛もない話をしていた。
「健人君の学校では今どんなことが流行っているのかな」
「自分、結構そういうの疎くて。よく友達に言われるんです。健人って世間知らずだなって」
「私もなんだよね。こういう仕事をしているとテレビを見ている時間が少なくてね。見てもニュースばかり」
崎山は苦笑いすると続けた。
「世間の流行の情報源はこういう時くらいなんだよね。この前なんてAKBってグループのこと知らなくて、母親が悲しい顔してたよ」
理紗はふふっと笑った。崎山はそんな理紗を見て少し安心した。
崎山はこの仕事に就いてから、数々の事件に携わり、何度も事件解決に貢献してきたが、一番苦手なことがこういった不安になっている関係者との接し方である。
元来、気の強い崎山は、犯人を相手にしていると、身体の奥底から湧き上がってくるアドレナリンで対応できるが、相手が未成年になってくるとそういう訳にもいかず、気持ちの持っていきかたが難しい。
それはどの警察官にも共通していることだが…。
「二人はよくカラオケ等行くのかな」
健人と理紗は互いに顔を合わせると苦笑いで「まさか」と言った。
「この年になって兄弟でカラオケなんて行かないですよ」
ーーこの年って、まだ十代だろ。
崎山は心の中で毒づいてしまった。
こういうところが良くないのであろう。十代というだけで、子供に見てしまうところが自分にはあるのかもしれない。
長嶋が険しい顔をして事務所に戻ってくると、崎山に手招きをして、一緒に外に来るように促した。
「少しここで待っていてもらえるかな。何かあったら、ドアの外に私たちの同僚がいるから遠慮なく声をかけてね」
二人が頷いたのを見て、長嶋の後を追って外に出た。
長嶋は少し白い顔をして崎山に言った。
「脅迫状が行方不明者、いや、被害者の自宅に届いたようだ」
「脅迫状ってことは誘拐ってことじゃないですか。こんな大人数の中で誘拐って」
二人は時間が止まってしまったかのように固まってしまった。
二人は気づいていた。この環境下での誘拐がどういう意味を持っているのかを。
「これから帳場が立つようだから、俺たちへも召集の声がかかった」
「でも、彼らはどうするのですか。このまま帰宅させるわけにもいかないですよね」
「これから、両親が迎えに来る。今日のところは帰ってもらうことにした。後は所轄の刑事に頼んである」
崎山は少し考えるような間を空けた後、声を小さくして囁くように言った。
「しかし、正直まだ彼らがこの誘拐事件に関わっている可能性がありますよね。高校生や中学生といったら、頭はもう立派な大人です。まだ子供な部分が残っていると思いますが、その子供な部分によって、今自分達が犯していることの判断がつかないのだとしたら、可能性は低いですが……このまま家に帰して良いんですかね」
「まさか、あの様子で犯人だったら、アカデミー賞ものだよ。芸能事務所に推薦しても良いよ」
崎山は「そうですかね」と言い、まだ少し納得していない様子だ。
「後は、所轄の刑事に任せておけば大丈夫だ。何かに関わっていたら、親と顔を合わせた時にほっとして、何らかのボロが出るさ」
「それならば、尚更私達がいた方が」
「少しは所轄の刑事を信頼しろよ。相手は高校生と中学生だ。何かボロが出たら、それは誰にでも分かるようなものになるさ」
崎山は渋々ファンタジーランドを後にすることを了承した。
長嶋と崎山は健人と理紗に担当の刑事を紹介し、警察署に戻る旨を伝えた。
所轄の刑事は石山といい、ベテランの域に入っているようで、温厚そうな表情からはとても刑事とは思えない雰囲気を醸し出している。
こうした雰囲気にも崎山は何か不安を感じたのであろう。
✳︎
健人は刑事の二人が帰ってしまうのを知り、萌花を見捨てられたような気持ちになっていた。
もう、これで萌花の行方が一生分からなくなってしまうような。
今だったらあの二人の刑事と協力すればまだ間に合うかもしれない。確信めいたものではなく、胸騒ぎなのだが。
「崎山さんでしたっけ。一応電話番号を教えてください。何かあったら電話したいので」
答えたのは長嶋であった。
「所轄の刑事さんが外で控えているから、その刑事さんに話せばいいよ。僕らより経験豊富だから、きっと君達の助けになると思うよ」
「いや、崎山さん達が良いんです。僕も話しやすいし」
長嶋がまた何か言おうとした時、崎山が先に口を開いた。
「いいよ。名刺をあげるから、そこに電話番号も書いてあるよ。長嶋さんの名刺も渡しておくね。私が電話に出れなかった時は、長嶋さんに電話して良いからね」
崎山は健人に名刺を渡すと、長嶋にも名刺を出すように促して、長嶋も渋々健人に名刺を渡し、事務所から出て行った。
普段の警察は捜査中、とりあえず名刺を渡して、少しでも情報源を確保したがるものだが、最近名刺にある電話番号を使ったイタズラ電話等が多数発生しており、長嶋は血気盛んな健人達学生に電話番号を知られるのを嫌っていた。
そもそも健人と理紗を容疑者候補から外してしまっていることにもなるのだが。
二人の刑事が出て行ったドアから、ふんわりとした優しそうな顔の石山が現れた。
「二人とも喉乾いていないか。何かジュースでも買ってくるよ」
理紗は「オレンジジュースお願いします」と即答するも、健人は何やら石山から視線を遠ざけようとしている。
「持ち場離れて大丈夫なんですか」
石山は驚いたような顔をすると「参ったな」と言って頭の後ろをかいた。
「君、頭良さそうだし冷静だね。将来は警察官になるといいよ」
「お兄ちゃんはむいてないよ。こんなに喋っているの久し振りだし、聞き込みなんて出来っこないよ」
先ほどまで一言も口をきかなかった理紗が、ここぞとばかかりに話し出した。
萌花はいなくなってしまったショックから少し落ち着いたようで、やはり石山のこういう雰囲気の方が安心感があるのだろう。
「刑事になるなら、先程の崎山さんや長嶋さんを見習います」
素の顔で言ってのける健人に理紗が焦って「私は石山さん派です」と言うものの、時すでに遅しで、落ち込んだ表情を見せた石山は「何かあったら呼んでね」と言って出て行ってしまった。
「お兄ちゃん、さっきのは良くないよ。石山さんきっと傷ついたよ。相当落ち込んだ顔してた」
「あの人、俺達のことを子供扱いして、萌花の行方なんてどうでもいいような感じだったら、ついね」
「どうしてそう思うのかな。きっと石山さんだって考えてくれてるよ」
「それなら、なぜ俺達が探しに出ようとする可能性を考えないのかな。飲み物なんて買いに行っていたら、俺達が外に出ても気付かないだろう」
「それもそうだけど」
「結局、あの人は仕事で、仕方なくここにいるんだよ。見張りとかつまらないから、話し相手が欲しいだけ」
理紗は眉を細めて言い返した。
「相変わらずだね。久し振りに話したかと思えばこれだもん。やっぱりお兄ちゃんだ。いつになっても彼女の一人も出来ないよ」
健人は返答もせず窓から見える景色を眺めていた。
理紗は兄の健人のことが分からなかった。
確かに健人なりに萌花のことを心配しているのであろう。
しかし、こうも冷静にいれるものだろうか。
「もしかして、萌ちゃんの行方知ってる?」
「なんでそうなるんだよ」
理紗の突拍子のない言葉で健人は少し笑ってしまった。
「やけに冷静というか。いつも喜怒哀楽が乏しいとは思っていたけど、友達が急にいなくなったんだよ。少しは焦ったりしないかな」
「そんなこと言われても、こういう性格だから仕方ないよ。萌花のことは心配しているし。焦って混乱してしまった方が本末転倒だよ」
理紗は納得しない様子だが、健人にこれ以上言う言葉が思いつかないようで、黙ってしまった。
✳︎
捜査本部が設置された警察署に崎山と長嶋は応援に駆けつけた。
崎山と長嶋がついた時にはすでに机やパソコン等必要なものは全て設置されており、すぐに捜査会議がひらかれることとなった。
警察幹部と向かい合う形で長嶋と崎山は座り、何百人といる中で、警察幹部の紹介から始まった。
そして、事件の概要へと話が移った。
会議の進行をしているのは長嶋と崎山の上司でもある、長嶋と崎山の所属している班の長である警部の工藤だ。
「まずは、事件の大まかな概要を」
長嶋は返事をして立ち上がり、事件の詳細を話し始めた。
「事件の被害者は駒井萌花十六歳。県内公立高校に通う十七歳。今日午前八時に、甲府市東部にあるファンタジーランドに入園。行動を共にしていたのは須藤健人と須藤理紗。被害者と須藤健人は同学校同クラスで家が隣り合っているようで、昔から家族ぐるみで行動を共にすることが多かったようです。須藤理紗は甲府市中央にある中学校に通う十四歳。須藤健人の妹にあたります。三人はいくつかのアトラクションを楽しみ、絶叫系のアトラクションに乗った際、須藤健人が体調不良を訴え、アトラクション横のベンチにて休息。
被害者が飲み物を買って行ってくると言い、買いに行ったところで行方が分からなくなりました。
そして先程、誘拐犯と思われる人物から、被害者宅のポストに手紙が投函されました。切手や消印が無いことから、大胆にも犯人が直接ポストに投函されたものと思われます。資料に添付されておりますが、念のため読み上げます」
【まずは自己紹介。名前はQとしておきましょう。謎だからQ。
山梨県内の会社に勤める至って平凡なサラリーマンです。
この度、御宅の娘である萌花ちゃんを誘拐しました。
警察に知らせるなり自由にして下さい。
要求はただ一つです。
萌花ちゃんの父親である浩之氏が社長を務める駒井運送の社長職を辞して下さい。
それだけです。
これに従わなかった場合は、萌花ちゃんを新宿のとあるビルから突き落とします。
浩之氏なら検討がつくでしょうね。
以上。Qより】
「この駒井運送ですが、数十年前に社員による金銭横領が発覚し、社長である駒井和義が辞任に追い込まれています。和義は浩之の父にあたります。当時連日テレビや新聞で取り上げられ、かなりの話題になった事件です」
以上ですと長嶋ら締めくくり、着席した。
工藤がここで質疑応答を求めると、数人が手を挙げ、城之内という幹部席に一番近い最前の席に座っている人物が意見を述べた。
「犯行声明が出る前から、警察が介入しているようだが、そもそも警察が介入するようなことだろうか。犯行声明が無かったならば、数時間見つからなかったとはいえ、広大な敷地であれだけの人数が集まるテーマパークだ。そんなの日常茶飯事だと思うが」
今度は対象的に最後尾に座っている若い青年の刑事が手を挙げた。
「そのことについて捕捉があります。実は、このテーマパークでも十数年前に事件が起きております。まだ、詳細は調べきれていませんが、スタッフの話すところによると、今回の状況に似ており、四人で遊んでいた高校生グループのうちの三人が絶叫系のアトラクションに乗り、一人は絶叫系が苦手ということで、ベンチで待っていることになったそうです。そして、三人が乗り終わりベンチに行くと、その人物の姿はありませんでした。当初、トイレに行っているものと思った三人は待っていることにしましたが、三十分経っても戻ってこないことから、探しに出ます。さらに一時間近く探しましたが、結局見つからず、ここで初めてスタッフに相談。スタッフも一緒に探すも見つからず、閉園間際になり、警察に通報し刑事が駆けつけたそうです」
再び城之内が意見する。
「その何が問題なんだ。ただの迷子じゃねえか」
「それが未だにその行方不明者が見つかっていないのです。ここからは、捜査中のことですので、捜査資料にのっとって説明します。その行方不明者は自宅にも帰ってなく、その後の警察の捜査で、三人がアトラクションに乗ったと思われる時間の約十五分後に、テーマパークから出てすぐにある駅の改札にて、監視カメラで行方不明者を確認しております。テーマパーク側としてはテーマパークから外に出たことには変わりがないということで、テーマパーク側は捜査に非協力的だそうです。その後、甲府市を中心に行方を追っていますが、未だに見つかっておりません」
本部内が大きなざわつきを見せると、幹部席の中央に陣取る菊山管理官が軽く手を挙げた。
「その話は私のところにもあがってきている。どうも不思議な案件だ。すぐに詳細調べてくれ。こんなことを私がいうのはよろしくないと思うが、この事件、根がかなり深いぞ。心して捜査にあたってくれ」
通常、管理官が捜査会議中に口を挟むことは珍しく、会議の終盤に皆の士気を盛り上げる言葉を言うのが常である。
最初の捜査会議ということで、判明している事実が少なく、早くもここで捜査の割り振りが行われた。
長嶋と崎山は、駒井運送への事件報告や調査依頼、駒井運送周辺の聞き込みを割り振られた。
「工藤警部!」
会議終了後、各々の持ち場へと捜査員は本部を出て行った。
そんな中、工藤ら数人の幹部は会議中も使用していた幹部席で何やら話し込んでいた。
「どうした。何か捕捉でもあるのか。会議中に言ってもらわないと困るな」
「いえ、違います。駒井運送と周辺の聞き込みということでしたが、自分と崎山君の二人というのは、無理があると思います。時間がかかりすぎるかと」
工藤は菊山を見ると、菊山は大きく頷いていた。何らかの了承をとったということだろうか。
「ちょっと来い」
工藤は長嶋を連れて本部を出て行き、現在は使われていない隣の会議室へと移動した。
会議室といえど、物置になっておりダンボール箱がいくつも積み上げられ、埃がたまっていた。
「埃っぽいな。窓開けるか」
工藤は自ら窓を開けると、端に積まれていた椅子を二脚取り出し、一脚を長嶋によこした。
「時間が無いから本題に入るぞ。お前の思っている疑問は至極当然のことだ。二人では不可能なことはもちろん分かっている」
工藤のただならぬ表情を見た長嶋は気を引き締め、どういう言葉を聞こうと、動揺しないよう身構えた。
「これから言うことは他言無用で頼む。マスコミにはもちろんのこと、相棒の崎山君にも黙っていてほしい。もし、割り振りのことで崎山君に説明しなければならないのなら、俺に聞けとでも言って構わない」
長嶋は肯定の意味を込めて軽く頷くと「われわれ警察のことでしょうか」と会議中から思っていたことを聞いた。
「警察のことではないが、きな臭い話ではある。会議中にも出た数年前の行方不明事件のことだが、その行方不明者の身元が判明していてな」
工藤は一旦区切ると長嶋の顔を見た。工藤の顔は、まるで取り調べ中のような鋭い目つきになっていた。
「その人物は服部雅也。これもまた、会議中に出た事件だが、駒井運送の社員による横領事件の当事者の息子だ」
「いつ身元が判明したのですか」
「身元は事件発覚の三日後には分かっていた。実は、その行方不明事件と金銭横領事件は事件が起きた日が同じ日なのだ」
長嶋は「えっ」と言ったっきり次の言葉が出てこなかった。
この事実が何を意味するのか。長嶋はすぐに勘づき、事の重大さに驚きを隠せないでいた。
「驚くのも無理はない。同時期に別々の家族が事件に巻き込まれるなんてことは普通ではありえない。これが何を意味するのか。おまえはもう勘づいていると思うがな」
工藤は立ち上がると尚も続けた。
「そして、なぜ行方不明者の身元が判明していたにも関わらず、先程の捜査会議で名前が出てこなかったか」
工藤は長嶋を試すような言い方で長嶋の言葉を待った。
「金銭横領事件の犯人は別にいるということでしょうか。そして、それは会社内のかなりの立場の人物……」
「そういうことだ。そこまで分かっていたら、後は想像がつくであろう」
長嶋は頷くと工藤に更なる事件の説明を求めた。
「ここからは、俺も詳しいことは聞かされていない。現在、この金銭横領事件は公安が主導で動いている。詳しい捜査資料も我々の手元には無く、公安が管理している」
「公安に協力要請はしたのでしょうか」
「もちろんしたさ。だけど、人が死んでいるわけではない。そして、我々みたいな脳が筋肉でできている連中が絡むと捜査がややこしくなるとさ」
長嶋は眉間にシワを寄せると「ふざけるな」と毒づいた。
「死人が出てからでは遅いです。何のための警察ですか。公安は何を考えているんだ」
「当然の感情だ。俺もはらわたが煮えくり返ったよ。しかし、公安に所属する同期に内密に聞いたことだが、公安の内部でも今回の駒井萌花誘拐事件との結び付きはもちろんあるとみているようで、近いうち話は我々のところにも来ると思う」
工藤は長嶋を見据えると長嶋の目を覗き込むようにして言った。
「その時はお前を、公安との調整役に抜擢するつもりだ」
長嶋は驚きのあまり、後ずさってしまった。
「そんな、無茶ですよ」
「これも管理官の提案でな。お前もある程度は知っていると思うが、公安の連中はプライドが高くてな。俺や管理官が出ると公安の担当が下の立場だった時に、態度を硬化させてしまう恐れがある。そこで、お前にやってもらってはどうかという話になったのだ」
長嶋は頭の後ろをかくと想像してしまった。公安と自分がやり合っている姿を。
「上手くいくイメージが湧きませんが、やってみます。そうすると、余計に崎山君にかかる負担が心配になってきます。公安との調整役を自分がするとなると、聞き込み等、崎山君が一人で行うことがどうしても出てきてしまいます」
「そこは俺がいくことになっている。だから、公安から話が来た時点でお前はそちらに集中してもらい、崎山の相方は俺が就くことになる」
工藤は座り直すと更に続けた。
「そして所轄の刑事にも数人協力してもらうことになっている。あと数年で本庁に上がるであろう、優秀な人材だ。今のうちから経験を積ませてくれということだ」
この異例な事態に長嶋の頭は着いていくことに精一杯であった。