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青春の後悔  作者: イトユウ
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雨がひとしきり降りしきる中、男は仕事場へと向かっていた。


民間の宅配業者で駒井運送という。近年大手宅配業者の過度な受注問題により、民間の宅配業者への宅配の依頼が急増していた。


男が務めている宅配業者もその一つで、売り上げにすると、三倍近くにも上り、そ受注量の倍増に伴い、社員の増員がされ、その恩音を受けて男も入社することが出来た。


その道中、ビラ配りをしている青年にあった。男が住んでいる所から徒歩五分程にある駅の前で、東京と違い五分おきに電車が来ることはないが、通勤時になると東京の電車にも劣らず押し合いへし合いの満車状態である。


この女の子を探しています。少しでも情報があったら教えて下さい。


男はビラを受け取るとそのビラを眺めた。どうやら隣町のテーマパークで行方が分からなくなったようだ。


それにしてもと男は思った。その青年はどこからどう見ても人前に出て、何かを率先してやる人間には見えないし、他人のために自分を犠牲にするような人間でもなさそうだ。


男は数年前の自分と置き換えた。


当時、自分はどうしたか。例の彼女が学校に来なくなってしまって、自分は原因を納得いくまで調べたであろうか。再び本人に会える努力をしたであろうか。


ビラを配っている青年とは立場が大きく違うかもしれない。当時の彼女は行方不明でもないし、家にいることは教師達が確認していた。


そして、おそらく一番違うであろうことは事前に何かしらの異変があったかどうかである。


青年がテーマパークを離れてこのようなあまり、人通りが多くない所でビラを配っているところを見ると、おそらく目星が付いてなく、人通りが多いところから、この場所まで足を伸ばしているのであろう。


もしくは駅周辺をくまなく歩いてビラを配っているのかもしれない。


どちらにしろ、まだ情報が全然集まっていないと思われた。


対して自分の場合は目の前で彼女が涙を流していたのである。


彼女は助けを求めていたに違いない。男は今までそのことをずっと思って、後悔してきた。


自分の力の無さに。そして、自分の行動力の無さに。


あの青年のような必死さが自分にあれば彼女はきっとあのような状態にはならなかったであろう。


彼女の心を癒すことが出来ていたらと思うと涙が出てきた。


これから仕事だというのに、涙が止まらなくなった。


こんな状態で行ったら、同僚達に何を言われるか分からない。


男はそのビラを鞄にしまうとシャツの袖で涙を拭いながら、会社に向かうのであった。




「おい、どうした。目腫れてるぞ。失恋でもしたか」


そう言って笑っているのは上司の北島である。


北島は会社創業時からの社員で今は担当配達区の統括部長を務めている。大手と違い、そこまで細かく区域を分割しているわけではないが、区域が広いので何かと苦労は多いであろう。


しかし、元来明るく会社内では部長という役職があるにも関わらず、何も威張ったところもなく、部下と共に汗を流す。


しかし、少し相手が嫌なところにも土足で踏み込むようなところがあり、男はあまり北島に気を許せないでいた。


「似たようなものです」


元々口数の少ない男は正反対の明るさの北島の前では更に口数が減ってしまう。


「仕事まで引きずるなよ。失恋もパワーに変えないとな。仕事に没頭すればその時だけは少し和らぐものだ」


男は「はぁ」と気のない返事をした。


北島は男の背中を強く叩くと「シャキッとせい」と言い、自分の仕事に戻っていった。


男は配達する荷物を整理すると配達に出た。


配達では、色々な家をまわる。新築から昭和の名残が残る家まで様々だ。


そんな中で、あるマンションの一室で男が配達するのを楽しみにしている部屋がある。


近年では防犯意識の高さからか、宅配ボックスたるものが新築マンションでは導入するところが増えており、配達員は各部屋に行くことはなく、その宅配ボックスに部屋番号ごとに荷物を入れることになっている。


しかし、何か新しいものを導入するにはどうしてもデメリットはつきもので、配達員が宅配ボックスの各部屋の暗証番号を入力してボックスを開けるのだが、その暗証番号が他人に知られてしまい、荷物を盗まれるケースが増えてきている。


暗証番号さえ分かれば誰でも開かれてしまうので、対策が急がれている。


人対人ではなく、人対機械となるとどうしても、他人が介入する隙ができる。


それは宅配便に限らず、スマホやパソコン等でも同様で、同じく暗証番号を盗まれ、悪用されるケースは今や社会問題となっている。


そんな中、このマンションは直接部屋に行くタイプで、マンションの入り口がオートロックになっているが、入り口のインターホンで各部屋の住人に連絡し、ロックを解除してもらい、部屋に荷物を届けることができる。


そして、この日もその部屋の荷物がある。A4サイズぐらいの大きさで、厚さは約三十センチのもので、この部屋の住人は一週間に一度はこの全く同じ大きさのものを受け取っている。


差出人の欄には中古本専門の大手通販会社の名前があり、読書が趣味で、小説か漫画であろうと予想していたが、その住人を見た雰囲気から、漫画ではなく、小説であろうと決めつけていた。


そしてこの日もオートロックの番号を押し、部屋のインターホンを鳴らした。住人である女性の声がしたので、「宅配便のお届けです」と伝えた。


「いつもご苦労様です。どうぞお入り下さい」


その住人の女性は、横山沙織というようで、週に一度は彼女宛の荷物がないか、名前をチェックしてしまう。


今にも折れてしまいそうな小枝のような声をしている。インターホン越しではもちろんのこと、直接聞いても耳を澄ませなければ、聞き逃してしまうような声だ。


カチリという音がしてロックが解除された。男が部屋に行き、再び部屋のインターホンを鳴らすと、今度は沙織が直接出てきた。


「こちらにサインをお願いします」


伝票を沙織に渡し、サインを書いてもらう。


沙織からはローズのような甘い香りが漂ってきており、男は毎回この香りを楽しみにしている。


そして、沙織の隙間から部屋の中を見ようと思ったが、玄関の先は右に折れているようで壁に飾ってある山の絵にしか目がいかなかった。


沙織は童顔であり、顔だけを見ると高校生なのかと思ってしまうくらいであるが、時間帯によってはご主人であろう、男性が出てくることもあるので、二十三前後の年齢なのではないかと勝手に思っている。


なぜ男がこの部屋に荷物を届けることを楽しみにしているか。この沙織に魅力を感じているかといえばそうでもない。数多くの家に宅配している男にとって、失礼な話ではあるが、より魅力的な女性は他に何人も見かけた。


では、なぜか。


それはすぐに分かることになる。


荷物を渡し、ドアを閉めようとした時、カサカサと奥から何やら音が近づいてきた。


すると、沙織の足元から犬が飛びついてきた。沙織が壁になって犬が近づいてきていたことに気づかなかった。


犬は有名な小型犬のチワワ。クラクラした目で男めがけて飛びついたチワワは、男の顔を舐めまわした。


「お兄さん忙しいんだから、駄目だよ」


沙織が男からチワワを引き剥がそうとするが、あまり、いうことを聞かないようで、男から離れようとしない。


男は最初にこの部屋に配達に来た時から、不思議とこのチワワに好かれていた。


あまり他人に好かれることの少ない男は、犬でも好かれることに喜びを感じていた。


犬は過去に遊んでもらい、仲良くなった人間をいつまでも覚えていることがあるということを聞いた男は、遠い過去にまで遡って記憶を漁るも、なかなか犬と仲良くなった、記憶がない。


少しすると、犬は男にじゃれつくのに飽きたのか、沙織に注意されて従ったのか、男から離れると部屋があると思われる方へ歩いて行ってしまった。


「毎回、ごめんなさい。なぜかお兄さんにだけは、反応するんです。他の人には全く興味示さないのに」


「とんでもないです。昔どこかで遊んだことがあって、仲良くなっていたかもしれないですね。犬ってそういうこと覚えてるって言いますし。自分は全く記憶に無いですけど……」


男は沙織にまたよろしくお願いしますと礼を言い、部屋を後にした。


すると、スマホが着信を告げていた。すでに四件も着信があったようで、マナーモードにしてあるので、バイブの振動だけでは気づかなかった。


着信先を見ると全て会社で、このスマホは会社支給なので、私用の電話がかかってくることが無いので、着信に対してあまり敏感にはなっていない。


会社に電話をかけると、部長である北島が出た。


部長自ら電話に出ることは珍しく、何やら緊急事態があったのではないかと、訝しんだ。


「配達中だったか。今の進捗状況は約何割だ」


男はスマホを一旦耳から離し、今から回るべき住所一覧を表示させた。


配り終えた所は、自動的に配達済みフォルダに入る機能になっており、簡単にこれからの配達先を呼び出すことが出来るようになっている。


「あと、約二割です」


北島は少し考え込むような間を取って空けた後「今すぐに帰ってこい」と言った。


男は何も言えずに、首を傾げた。今日配達しなければならないこの残りの荷物はどうするのか。北島がふざけて言っているのではないかとも考えたが、北島も暇ではないだろう。このような電話は初めてだったので、指示に従い会社に戻ることにした。


北島に理由を聞いたものの、電話で話せるような内容ではないと言われ、悶々とした気持ちで、会社に急いだ。


帰りの道中、不在届を入れたと思われる配達先から電話がかかってきていたが、北島の指示でいっさい会社以外からの電話には出なくていいということだったので、そのまま呼び出し音が鳴り止むまでやり過ごした。


会社に近づくと、会社の正門前には脚立や三脚を設置しているマスコミと思われる人達が慌ただしく動いていた。


中にはテレビで見たことのある、人の姿もあり、自分の働いている会社で起きている事態が思っていた以上に深刻であると思わされた。


余計なトラブルを避けようと、裏口から入ることにした。


事務所に行くと、電話の音がひっきりなしに鳴り響き、オペレーター担当の社員達が対応に追われていた。


奥に目を向けると、北島の姿があり、男のことを手招きで呼んでいた。


北島と共に会社三階にある大会議室に行くと、そこには配達担当と思われる社員と、社長の駒井浩之の姿まであった。


男が最後だったようで、席が空いてなく、他の社員同様会議室の端に奥に立って、会議に参加することになった。

その社長の浩之の隣には見知らぬ男女二人の姿もある。



浩之が立ち上がると、険しい顔でその男女二人を紹介した。


その二人は警察官であった。

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